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バレンタインを目前にしたある日、舞美ちゃんはこっそりと私に
チョコレートを克服したいと言った。
「みんな私のために2種類お菓子作ってくるの、悪くてさ。」
作っていく側としては2種類も作る機会があるのがなかなか嬉しいし、
なにより舞美ちゃんのために作るのなら面倒になんて思わない。
でも、そうさせる側としてはどうしても気になるみたいだ。
特に舞美ちゃんであるからそうなのだと思う。
「じゃあ協力するよ。」
そう返すと舞美ちゃんはほっとしたように微笑んだ。

他のメンバーには秘密にした。
舞美ちゃん曰く、みんなを驚かせたいのと、下手に言ってしまうと酷い目に合うからだそうだ。
それを聞いた瞬間に千聖の顔が浮かんだ。
椅子を容赦なくぐるぐるまわして目が回って立ち上がれなくなった舞美ちゃんの姿は
あまりにも珍しくて忘れられない。
またあんなことになるのは御免被るようだ。
私は納得して頷く。
そんなことよりも、二人で秘密で行動するということがうれしい。
というのは優しい舞美ちゃんには言い出せないのだけど、
私の頬は自然と緩んだ。


とりあえず色々な種類のチョコを買って試すことにした。
短期間で完全に克服するのは無理だろうから、一つ食べられる種類を見つけて徐々に慣れていく作戦だ。
普通のチョコレートからストロベリーやオレンジ、ビターなど、
他にもなかなかお目にかかれないチョコレートを探して、チョコ専門店にまで足を運んだ。
誕生日のチョコレートもあるらしくついつい二人で買ってしまった。
お店には私たちのように女の子同士で来ている人たちもいれば、
カップルでカフェを楽しんでいる人たちもいた。
何か食べていきたかったけど、メニューすべてがチョコレートだったのと、
ここでお腹を満たすわけにはいかないのとで、おとなしく店を出ることにした。

テーブルには買ってきたチョコがずらりと並んでいる。
カラフルなパッケージには番号と味の名前が書かれている。
食べてダメだったときのためにお茶とコーヒーと牛乳を準備しておいた。
包み紙からは濃厚なチョコの香りがすでに漏れていて、私の部屋に充満している。
私はいいけれど舞美ちゃんはすこしつらそうだった。
綺麗な曲線を描く爪の先で、黄色の紙を破かないように開く。
まずは普通のミルクチョコレートから口に入れた。
薄い板が小気味よい音で割れる。
残した分をそっと皿に戻し口をもごもごと動かす。
ゆっくりと、口の動きが減り、代わりに眉間に力が入っていくのが分かる。
うう、とくぐもった声がチョコの匂いとともに漏れている。
我慢強い舞美ちゃんの顔がこうなることはめったにない。
私はあわてて牛乳を手渡した。
ガラスの中の牛乳は勢い良く減っていく。
コップ1杯ではとても残りのチョコレートは消費できないだろう。
最初の一口でどのくらい苦手なのかを実感した。
申し訳程度に牛乳を残して、お茶も半分くらい飲んでしまった。
お茶を飲んですっきりした顔はしていたが険しさは抜けていない。
「む、無理しなくていいんじゃないかな。」
思わずそう言わざるを得ない顔だった。
「いや、まだまだ頑張る。」
口ではそういっていても無理しているのがわかる。
私は正直直さなくてもいいんじゃないかと思っているのだけど、
ここまで頑張ろうとしているのを見ると止めるに止められない。
黙って見守るしかできなかった。
それから何種類か食べていったけど舞美ちゃんの表情は険しくなっていくばかりだった。
食べられるチョコレートはなかなか見つからない。

それどころか、今日食べ始める前より多分嫌いになってしまっているんじゃないかと思う。
チョコに酔ってしまったみたいで、苦しそうな顔で壁に寄り掛かっている。
「なかなか見つからないね。」
舞美ちゃんは苦笑いを浮かべていた。


私は残っているチョコレートを口に含む。
私にはおいしいんだけど、舞美ちゃんにはおいしくない。
なんだかちょっと不思議な感じがする。
やっとチョコから離れたから私は近づいた。
チョコが苦手な舞美ちゃんからチョコの匂いがするのも、いつもと違って新鮮だった。
肩に頭を寄せると舞美ちゃんの細長い指が私の髪を梳く。
それが気持ちよくて、舞美ちゃんの体温も心地よくて、そうするともっと近づきたくなる。
距離があれば全て埋めてしまいたくなるし、舞美ちゃんの感触がほしくなる。
チョコに夢中だった分自然とお預けされている状態になっていたせいか、いつもよりその欲求が強かった。
座って少し高い位置にある舞美ちゃんの薄ピンクの唇に自分のを合わせた。
想像通りの柔らかさと、想像より確かな感触と、いつもとは違うチョコレートの匂い。
甘くて、甘くて、離すのがもったいない。
そう思いながらも舞美ちゃんの唇を一度ぺろりと舐めてから離れる。
一つ息を吐いてから、唇から目に視線を移した。
「チョコ味だね。」
「愛理も。」
もう一度顔を近づけると舞美ちゃんも少しだけ顔を寄せてきた。
目を閉じて、今度は口を開いて、舞美ちゃんの舌を探した。
さっきは匂いだけだったのに対して今度は本当に甘い。
ゆったりとねっとりと舌を絡める。
顔の角度を動かすと鼻がぶつかった。
一瞬笑いあいながらお互いに手を繋ぐ。
タイミングがそろって心が通じ合ってるようでうれしい。
長いキスのうちにチョコの味は消えてしまった。
残っているのは舞美ちゃんの味だ。
その方がずっと美味しく感じていた。


顔を離すとお互い唇がしっとりと湿っている。
濃度の高い溜息を同時に漏らして目を合わせる。
心なしか舞美ちゃんの頬が赤い。
「チョコ、愛理の口移しなら食べられるかも。」
少し潤んだ瞳で見つめられながらそんなことを言われたら、止まれなくなる。
はやる気持ちを抑えきれずに私は皿に残されたチョコを一口齧る。
自分の舌で溶かしてできるだけ薄めてから舞美ちゃんに口づけた。
舌を入れると、ん、と舞美ちゃんのくぐもった声が鼻から抜ける。
激しいキスであっという間にチョコの味は消えた。
カカオの香りの中に舞美ちゃんの匂いがする。
チョコは好きだけど、今はそれよりずっとほしいものがある。
今こうして貪っても満たされるどころか飢えていくばかりだ。
薄い唇の中の柔らかい粘膜も、絡める舌も、触れている頬も全部熱い。
荒い呼吸が私以外のどこかに漏れるのが嫌で逃げようとする唇を追いかける。
私も苦しいのだけど、苦しいから、いいのだ。
限界ギリギリのところで唇を離すと透明な糸が唇同士をつなげている。
私のその糸を惜しく思いながらも親指で拭いて舐めた。


「克服、できた?」
尋ねると舞美ちゃんは息を切らしながら首を傾けた。
「わかんない。」
掠れた声で、でも、と続ける。
「愛理がくれるなら大丈夫。」
そういわれてしまったらたくさんあげたくなってしまうし、たくさんほしくなってしまう。
バレンタインまで待てなくなる。
「舞美ちゃんのばか。」
「え?」
「そんなこと言われたら、とまれなくなる。」
舞美ちゃんの白い首筋に私はかぶりつく。
ふわりとシャンプーの匂いが鼻をくすぐった。
「え、ちょっと愛理。」
え、え、と舞美ちゃんは戸惑っているけれど気にしない。
だって戸惑いながらも細長い腕はちゃんと私の背中にまわされているのだから。



州´・ v ・)<オチはない
最終更新:2010年02月15日 18:07