ちょ、ちょっと舞美ちゃん!! 服、ビショビショだよっ!!
近くでなっきぃに大声を出されたはずなのに、遠くから聞こえてくるような感覚。
まるで映画館のスクリーンから話し掛けられているような錯覚に陥る。
目の前の出来事が全部自分のことじゃないみたい。
確かに、わたしはジュースをこぼしてお気に入りのセーターとスカートがびしょびしょだった。
あわてて席を立ったなっきぃはハンカチやハンドタオル、ポケットティッシュ、
それにテーブルに備え付けのナプキンで周りや濡れた個所を拭いてくれた。
異常に気がついた店員さんは足早に濡れタオル、乾いたタオルの両方を用意してくれた。
なっきぃのおかげでどうにかふき取れはしたけれど、やっぱり濡れた個所は冷たい。
だけど、そんなことどうでもいい。
それよりもなっきぃの話した内容が問題。
だって。
愛理がデートしているところを目撃したってなっきぃが言うんだもの。
話を聞きながら飲んでいたジュースを派手にこぼしたみたいだけれど、これくらいで済んだ自分に感心している。
心臓は早鐘を打ちつづけ、いたい。
心が、いたい。
「……舞美ちゃんもうすぐ18なんだからしっかりしてよ」
なっきぃはジュースをふき終わるとまた向かいの席に戻った。
心底呆れている顔をしている。
いや、なっきぃの様子はこの際どうでもいい。
「そ、それ、で、あい、りの件についてくわし、く」
「んー、昨日もあたしはオフだったじゃん。ひさしぶりにお母さんと新宿のデパートに買い物行ってて。
その時ね、たまたま愛理見つけたんでこっそり跡をつけてみたんだよ」
……そんな当然のように跡をつけたとかいうなっきぃって一体。
いや、そんななっきぃの困った癖なんかどうでもいい。
「でね、よく見ると愛理の隣にちょこちょこ歩く、どこかでよく見たよーな後ろ姿があったわけ!
そのあとね、ふたりしてジュエリー売り場でペアリングを試着して、買ってたよ。 これは、もう間違いないね!!
誰だと思う? 舞美ちゃんもよ―――く知ってる人だったよ」
また、心が痛い。
まさか、まさか――。
「……もも?」
最悪の選択肢をあげた。
「せいかーい!! すごいね、舞美ちゃん。もしかして薄々気がついてたの?」
「いや、別に……」
だって、ももはわたしが愛理のことを好きだって知ってる。
つい先週、ももに「舞美はあいりんのことを本当は好きなんでしょ」
とあまりにもしつこく尋ねられて打ち明けたのに。
そして、お揃いのペアリングをして手を繋いで遊園地で遊ぶのが夢だとも打ち明けたのに。
ももは親友だし、信頼できる仲間。
℃-uteのメンバーにも話せないことを、メンバーじゃないから話せることなどいろいろと相談できる仲だから。
それなのに、ひどい。
愛理に付き合ってる人がいること。
もものことを信じられなくなったこと。
ふたつのショックで気が遠くなりそう。
このまま、ファミレスでもかまわない。
無様に大泣きしてやりたかった。
だけど――。
「あー、なんか羨ましいねー、舞美ちゃん。……で、あのね。もしよかった……なんだけど。
ほら、このごろあたしと舞美ちゃんって一緒によく遊んでさ、なんかいい感じじゃん。
それで大事な話があるから今日は来て貰ったんだけど……」
「ごめん、話はあとでゆっくり聞くから」
「え、ちょっ、ま――」
こうしてなんかいられない。
財布から諭吉さんをとりだしテーブルの上に叩きつけ出口へと走った。
「ま、まいみちゃああ――」
後ろからなっきぃの叫び声が聞こえた気がするけれど、ごめんと心の中で謝って振り返らず駆け抜けた。
もしも愛理に恋人ができたら。
笑顔で思いっきり「おめでとう」って言ってやるんだ。
それでわたしの片想いはおしまいにするって決めていた。
そんな日は来ないで欲しかったけれど、どうやら今日みたい。
◆◆◆
そしてやってきたのは都内にある某スタジオ。
ここでBuono!のPV撮影があると愛理が金曜日のレッスンのときに言っていた。
℃-uteでも使わせてもらったことあるから場所はわかっている。
だけど、入り口まで来てもメンバーでもスタッフでもないから
堂々と入っていくことはできずに外で待ち伏せ……するしかできないのが情けない。
ここに来てまだ半乾きのセーターとスカートが北風に吹かれて容赦なく体温を奪ってく。
いつ終わるかわからない撮影を待ちつづけるのはしんどい……だけど、待たないと。
すると、思わぬ助け舟があらわれた。
「あれ、矢島さんじゃない?」
「あ、ごぶさたしてます」
入り口にたまたま現れたのはBuono!のPVのプロデューサーさん。
以前Buono!のPV撮影に参加させてもらい、
その後も物販のDVDでもゲスト出演させてもらったので顔なじみであった。
「もしかしてメンバーの誰かに会いに来たとか? だったら中に入りなよ。
外で待ってると寒いし、いろいろとよくないからね」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
思わぬラッキーで中に入れてもらえた私だったけれど、中で待っていたのは瞼に入れたくない光景だった。
心底楽しそうに撮影に望んでいる――愛理。
それはBuono!だから?
ももと一緒にいるから?
胸のうちに黒い雲が立ち込める。
そして、いつもは考えないにしていることが溢れ出してしまう。
愛理にとって℃-uteよりBuono!の方が楽しいんじゃないかって。
そんなことは絶対にない。
普段だったら胸を張ってそう言えるのに、今日は言い切れる自信がない。
中に入って1時間ほどで撮影が終わり、愛理が楽屋から出てくるのを扉の前で待つ。
そして待つこと15分、ついに扉が開き――。
「あれ、舞美どうしたの?」
最初に出てきたのは……みや。
「うん、ちょっとね」
「ふーん、まぁいっか。おつかれー」
みやは興味なさそうに先に帰っていった。
……びっくりしたぁ。
そういえばみやもいるんだったよね。
さらに待つこと10分。
楽屋の扉が音をたてて開いた。
愛理か、ももか。
そのどちらかが出てきただけで辛いのに。
出てきたのは二人そろって、しかもおしゃべりをしながら楽しそう。
心にヒビが入るのを自覚できた。
「あれ舞美ちゃんどうしたの?」
「あ、舞美来てたんだ。やっほー」
愛理とももが能天気に挨拶してくる。
こっちの気持ちも知らないで。
「あ、うん……愛理に話があったんだけれど、その……」
実際にふたりに並ばれているとさっきまでの勢いが削がれてしまう。
「じゃあももは先に帰るからね」
と、ももは先にひとりで帰る旨を伝えてきた。
え!?
ふたり一緒に帰るんじゃなかったの?
ももはバイバーイといつもの可愛らしい声を出して満面の笑みで帰っていった。
取り残されたのはわたしと愛理、ふたりっきり。
「……話、そこの楽屋で聞くから」
愛理は無表情で、感情が読み取れなかった。
楽屋に入って二人して立ったまま入り口のドアによりかかった。
わたしは緊張で口の中がカラカラで言葉がなかなか出てこなかった。
「……それで話って何?」
愛理のほうが先に痺れを切らしたのか口火を切った。
ここまで来たら、言うしかない、よね。
「愛理」
「ん?」
「その……付き合ってるんでしょ?」
「へ?」
「そんな、とぼけなくていいよ。ももと、付き合ってるんだよね? ……おめでとう」
わたしは笑顔で言えただろうか?
いや、多分出来ていない。
だって、視界がにじんで楽屋の光景がよく見えないのだから。
「……なんのこと?」
愛理は首をかしげた。あくまでもとぼけるみたい。
往生際が悪い。
ここまできたら素直に認めてくれたほうがまだ楽なのに。
「もものこと、好きなんでしょ?」
「うーん、それなりに。よく面倒見てくれるし、ああ見えて頼りにもなるしね」
「そうじゃなくて、恋愛って意味で」
「なんで? ももを? 別に」
「うそ」
「うそじゃないし」
「いいよ、うそつかなくても」
「だから嘘じゃないってば!!」
愛理の叫び声にビクっとしてしまった。
気がつくと愛理が正面に立っていて、その大きくて綺麗な瞳には大粒の涙をたたえていた。
「私が好きな人……舞美ちゃんだって知ってるくせに」
「え? だれ?」
「そんなの……決まってるじゃん」
胸元に飛び込まれた。
うそ。
これって。
でも、まさか……。
「舞美ちゃんのこと、ずっとずっと好きなのに」
なんて言葉にすればいいのだろう。
いや、言葉になんかなるはずない。
爆発しそう。
あ、でもわたしも気持ちを伝えなきゃ。
伝えていいんだよね?
好きです、って。
もう無理して「おめでとう」って涙を堪えて言う必要ないんだよね?
「わたしも……愛理のこと好きだよ、すごく」
言っちゃった。
どうしよう。
愛理が顔を上げた。
でもその顔は残念そう。
なんで?
「……それも、知ってる。舞美ちゃんがえりかちゃんを、めぐを、なっきぃを、栞菜を、
千聖を、舞ちゃんを、ももやみんなを好きなのと同様に私のことも好きなこと」
え?
どういう意味?
「私の『好き』、舞美ちゃんのとは違うのに」
なぜか睨まれた。
一緒に口を尖らせる当たりがとてもかわいいような気もするけれど。
「ねぇ、舞美ちゃん」
愛理が腕を伸ばし、わたしの肩に置き、強く押されて扉に押し付けられる格好となった。
「私の『好き』、どういう好きか知りたい?」
言ってる意味がよくわからない。
とりあえず頷いてみた。
すると愛理の瞳がこれ以上ないくらいわたしの瞳に近づいてぶつかる、と思ったら。
ぶつかったのは瞳ではなくて、唇同士。
キス、された。
意識が飛びそうになるのを、興奮して走り出したくなるのを抑えるのが大変だった。
「でも、舞美ちゃんの『好き』っていうのはこういうキスをしたくなるような好きとは違うんでしょ?」
違わないんだけどなー。
言葉にしようと思ったけれど、もっといい方法があるのに気がついたので実行!
それは、今度はわたしの方から愛理の唇に触れること。
どんな言葉よりも有効だろうから。
「……どう愛理、違った?」
「うーん、よくわからなかったからもう一回」
そう言って人差し指を軽く愛理自信の唇に当てていた。
……もうわかってるくせに。
再びかわいらしい唇に触れた。
「今度こそ、どう?」
「……同じだったみたいだね。ありがとう、舞美ちゃん」
ギュッと思いっきり抱きつかれ、わたしはそれを全力で受け止めた。
なんか思わぬ遠回りしちゃったけれど、結果的にはこれでよかったのかな?
だってわたしの腕の中にはこうやって愛する人がスッポリ収まっているんだから。
これ以上の幸せなんて世界中のどこを探しても見つからないだろうし。
◆◆◆
「ねぇ愛理、そういえば疑問がひとつ」
「なに?」
スタジオからの帰り道、手をしっかり繋いで歩いた。
「なんでももとデパートのアクセサリー売り場にいたの?」
「あー、それは『まだ』秘密。っていうかなんで舞美ちゃん知ってるの?」
「え? なんでだったっけ」
あれ、なんでだったんだろう。
今日は色々ありすぎて覚えていない。
「ふーん。まぁいいけれど。ともかく秘密」
「ヒントくらいお願い!」
「うーん……じゃあ、大ヒント! 2月7日になったらわかります。それ以上は言わないからね!」
2月7日って、わたしの誕生日じゃない。
……あ、そういうことか!
指輪のサイズ、そういえばももと一緒だったんだ。
だからももが試着してくれていたんだ。
まったくももは回りくどいことを。
でもね。ありがとう、もも。ごめんね、疑って。
「でも、まずは……そのシミの付いた服をどうにかしなきゃね」
「あー、確かに」
愛理のことばっかり頭にあったけれど、よく考えたらこのシミの付いた服で電車に乗って街を歩いたわけで。
なにやってたんだろう……さすがに恥ずかしすぎ。
「ってことで! 舞美ちゃん、洋服買いに行こう?
そのままじゃみっともないでしょ。ほら、いいからいいからー」
愛理に半ば強引に手を引っ張られる形で夕方の街へ。
ずっとふたりが離れないように、強く強く手を繋ぎながら。
こうして始まる愛理とふたりでの初デート。
それはオレンジジュースとちょっとお節介な親友のおかげ。
……あれ、でもわたし誰かのことを忘れてるような?
まぁ、いっか。
最終更新:2010年02月15日 17:54