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私がいつからか意図的に取るようになっていた距離は、さらに大きなものになっていた。
それはみんなが心配するようなものだったけれど、そんなことにはかまっていられなかった。

私は舞美ちゃんが前へ行けば、後ろへ。右へ行けば、左へ。
ホテルの部屋が一緒になれば、別の部屋へ避難した。
そんな風にして、舞美ちゃんから少しでも離れようとしていた。

出来れば会いたくなかったけれど、それは不可能に近い。
仕事を休むわけにはいかなかった。
そして、仕事があれば、嫌でも顔を合わさなければならない。
撮影があれば、近寄らなければならない。
だから、どうしても側にいなければならないときは側にいた。
でも、そのどうしてもが終われば、すぐに舞美ちゃんから離れた。

ようするに、私はあれから舞美ちゃんを避けていた。

あの日、私は手を離すことが出来なかったし、舞美ちゃんは手を離してくれなかった。
離さないし、離れない手の行方なんて決まっている。
私は結局、舞美ちゃんと一緒に楽屋へ戻るしか出来なかった。

舞美ちゃんに誘われたら断れない。
私は舞美ちゃんが好きで、舞美ちゃんに嫌われたくなくて、無意識のうちに舞美ちゃんに拒絶されないような行動をしようとしてる。
そして、もしかしたらいつか舞美ちゃんも、なんていう希望を胸のどこに持っている。

どんな意味でも私を好きだと言ってくれる舞美ちゃんが、私に嫌われたくないと言ってくれる舞美ちゃんが、私に可能性を信じさせる。

あり得ないと思いながらも、そんな可能性に縋っているから、舞美ちゃんと一緒にいると苦しくて、苦しくて、耐えられなくなる。
だから、私は舞美ちゃんの側からもっと離れることにした。

小さな希望が見えなくなるぐらい遠くへ。
好きだという気持ちが消えてしまうぐらい遠くへ。

何日も、何日も私は舞美ちゃんから逃げ回った。
最初は逃げ回る私を舞美ちゃんが追いかけてきたけれど、そのうち諦めたのか追ってこなくなった。
必要以上の会話をしなくなった。

私はそのことにほっとして、でも、それ以上に落胆した。
心のどこかで、ずっと追ってきて欲しいと思っていて、舞美ちゃんはきっとそうしてくれると思っていたからだ。
どんなことになっても、舞美ちゃんは私の側にいてくれるんじゃないかなんて、幻想を抱いていた。
それを打ち砕かれたことが良かったのかどうかはわからない。
ただ、舞美ちゃんはもう側に来てくれなくなっていた。
それは間違いのない事実だった。

「舞美ちゃんと喧嘩したの?」

ベッドの上で鞄の中から、あれこれと引っぱり出しながら、大して深刻さを感じさせない口調で舞ちゃんが言った。

こほん。

乾いた咳が出る。
入ったばかりのホテルの部屋は乾燥しているようで、身体から水分が失われていくようだった。
私は持ち込んだ加湿器のスイッチを入れながら答える。

「してないよ」
「でも、愛理。舞美ちゃんのこと避けてるじゃん」

私は舞美ちゃんをあからさまに避けていたから、舞ちゃんが気づいても不思議はない。
むしろ、気が付かない方がおかしいぐらいだ。

「……そうだけど」

嘘をついても仕方がないから、本当のことを答える。

こほん。
また乾いた咳が出た。
それは部屋が乾燥している、という理由だけではないような気がする。

「舞美ちゃんが悪いの?それなら、舞ががつんと言ってあげようか?」

小さな正義感を振りかざした舞ちゃんが言った。
でも、普段なら頼もしい舞ちゃんの正義感も、今日ばかりは役に立たない。
だって、舞美ちゃんが悪いわけじゃない。
悪いのは一方的に避けている私で、がつんと言われる必要があるのも私だ。

「言わなくていいから。喧嘩したわけじゃないし」

後ろめたい思いに、答える声が小さくなった。
舞ちゃんを見ていられなくなって、ぱたりとベッドへ倒れ込む。

私は舞ちゃんを納得させられるような言葉を持っていない。
見つける事も出来ないから、黙って、枕を抱えて丸くなる。
すると、背中に何かがぽすんと当たった。
手探りで当たった物を探すと、それは枕だった。
舞ちゃんのベッドを見ると、枕はあるべき場所になかった。

「愛理。ちょっとそこ座って」

厳しい声が聞こえてくる。
私は投げつけられた枕を舞ちゃんに当たらないように投げ返して、また丸くなる。

「座って!」

今度はもっと威圧感のある声が聞こえてきて、私は仕方なくベッドの上へ正座した。

「あのね、愛理。℃-uteはみんな仲良しなの。喧嘩とかしてちゃだめなの。わかる?」

舞ちゃんの目は真剣で、本気で言っていることがわかる。
私は自分よりも年下の舞ちゃんに心配されていて、お説教されている。
何だか情けなくて、申し訳なくて、喉の奥がぎゅっと締まる。
こほんと咳が出る。
加湿器を見ると、白い煙をもくもくと吐き出していた。

「だからね、舞美ちゃんとちゃんと仲直りして」

舞ちゃんは誤解している。
私と舞美ちゃんは仲直りなんか出来ない。
だって、仲直りをするための喧嘩をしていない。
舞ちゃんが私に頼まなければならないことは、もっと別のことだ。

『舞美ちゃんのことを忘れて』

嫌いになって、でもいいと思う。
とにかく、私の中にある舞美ちゃんへの想いを消してしまわなければ、私と舞美ちゃんはもとには戻れない。
舞美ちゃんへの想いをどうにかしない限り、私は舞美ちゃんへ近づけない。

「愛理。舞美ちゃんのこと、嫌いになったの?」

何も答えない私に、舞ちゃんが不思議そうな顔をする。
違う。
そうじゃない。
私は今も舞美ちゃんが好きで、だから、舞美ちゃんから逃げ回っている。
でも、そんなことは舞ちゃんには言えない。

一体、どうすれば舞ちゃんは諦めてくれるだろう。

今にも私のベッドへ飛び移ってきそうな舞ちゃんを見ながら私は考える。
良い考えは浮かびそうにない。
言うべき言葉を探して、唇に触れる。
がさりと指が引っかかる。
唇の端が荒れていた。

「ねえっ、あい――」

舞ちゃんが苛立ったように言った。
けれど、言いかけた言葉は携帯の着信音によってかき消される。
何か言いたげな目で私を見ながら、舞ちゃんが携帯に出る。

もしもし。舞美ちゃん。
あ、うん。
わかった。
もう?
じゃあ、今から行く。

私に聞こえてきたのは舞ちゃんの言葉だけだったけれど、舞ちゃんが話している相手が舞美ちゃんだということはわかった。
そして、言葉の断片から、舞ちゃんが夕食のことについて話しているのだということもわかった。

「愛理。ご飯だって」

携帯を切った舞ちゃんが予想通りの言葉を口にした。

今日は、地元で有名らしいお店にご飯を食べに行くことになっていた。
美味しいご飯はツアーの楽しみの一つだ。
いつも私はどんなものを食べられるのかと期待していたけれど、それはもう過去のことで、今は夕食を楽しみにするような気分にはなれない。
他に気にすることが多すぎる。

「早く用意して行こう。もうすぐ出発するって」

舞ちゃんが言った。
私は頷いて、手早く用意する。
舞ちゃんはもうさっきの話などどうでもいいのか、用意を済ませると廊下へ飛び出して行った。



外へ出て、お店に入って、ご飯を食べて。
お店はホテルのすぐ近くにあったから、夕食は大して時間がかからず、すぐにホテルに戻ってくることになった。

私は一人、廊下を歩いて部屋へ向かう。
エレベーターから五つ目の部屋の前。
鞄からカードキーを出して、ドアに通す。
ドアを開けると、電気がついていて、中で物音がした。
舞ちゃんはコンビニへ寄ってくると言っていたから、まだ戻っていないはずだ。

誰かいる。

カードキーは私と舞ちゃんしか持っていない。
もしかすると、舞ちゃんがコンビニへ寄らずに戻ってきたのかもしれないと思って、私は恐る恐る部屋の中へ入った。

回れ右。

私は逃げ出す。
部屋にいたのは泥棒でも、変質者でもなかったけれど、私は逃げる。

何故なら、中にいたのは舞美ちゃんだったからだ。

そういえば、ご飯を食べたお店で、舞ちゃんが舞美ちゃんの隣に座っていた。
二人でこそこそ何か話していた。

嵌められたと気づいたけれど、もう遅かった。
そして、逃げ出すのも遅かった。

「愛理っ」

私は驚くほど簡単に捕まっていた。
舞美ちゃんに掴まれた腕が痛い。

「やだ。離して」

ずるずると引きずられながらも、私は抵抗する。
けれど、舞美ちゃんの力に敵うわけがない。
すぐにベッドの前まで連れてこられる。

「逃げないでよ」

二の腕に舞美ちゃんの指が食い込む。
その手から逃げようとして、私は腕を闇雲に振った。

「離してってばっ」
「愛理」

ばたばたと手を振る私を舞美ちゃんが引き寄せる。
ほとんど抵抗できないまま、私は舞美ちゃんの腕の中に閉じこめられてしまう。
私をぬいぐるみみたいに抱きしめたまま、舞美ちゃんが言った。

「話、しよ?」
「私、舞美ちゃんに話すことなんかない」
「私はあるよ。愛理、私のこと避けてる。なんで?」

なんで?
そう聞きたいのは私の方だった。

私が舞美ちゃんを避けている理由なんか、すぐにわかりそうなものなのに、わざわざ尋ねてくるのはなんで?

あんなことがあった後に、何食わぬ顔して今まで通りに過ごせというなら、舞美ちゃんは鬼だ。
私の気持ちを知っていて、こんな風に抱きしめて、それで避けている理由を聞くなんて、デリカシーがない。

思いやりがない。
繊細さが足りない。
鈍感過ぎる。

舞美ちゃんを罵るような言葉ならいくらでも思いつく。

「教えてよ。教えてくれないと、私、どうしたらいいかわかんないよ」

胸の中に閉じこめられている私には、私より少し背の高い舞美ちゃんの顔は見えない。
でも、きっと困った顔をしている。
声は困惑したもので、私の方が困惑する。

どうしたらいいかわからないのは私だ。
逃げても逃げても追いかけてきて、それでもまた逃げて、舞美ちゃんが追いかけてきてくれると思ったら、放り出されて、もう諦めたのかと思ったら、また私の前にやってきて抱きしめてきたりする。

私は、舞美ちゃんが私のことを好きじゃないと知っているのに、舞美ちゃんの匂いや感触に胸が高鳴る。
どくんと血液を送り出す心臓に、抱きしめられている身体の熱さに、私はやっぱり舞美ちゃんが好きだと改めて気づかされる。

逃げていた分だけ、こうして近くにいられることが嬉しくて、涙が出そうになる。
舞美ちゃんへの気持ちを忘れるなんて出来そうもなくて、涙が出そうになる。

「そんなの、わかってるじゃん」

涙声になる。
でも、涙は出なかった。

言うしかなかった。
舞美ちゃんがわかるまで、何度でも言うしかない。

「私、舞美ちゃんのことが好きなの。だからだよ」
「だったら、逃げる必要ない。私も愛理のことが好きだもん。だから、もう、避けないでよ」

即答される。
私は舞美ちゃんにわかるように説明する。

「舞美ちゃんが思ってる好きとは違う好きなんだよ?」
「同じじゃないと、だめなの?」

心臓が痛い。
目の奥が痛い。
どうして、舞美ちゃんはわかってくれないんだろう。

「だめだよ。同じじゃないなら、苦しくなるだけだよ。私、舞美ちゃんの側にいたら、苦しいんだもん。泣きたくなるんだもん。どうしていいか、わかんなくなるんだもん」

私が好きな人は、私を助けようとして、私を苦しめる。

「どうしたら愛理が苦しくなくなる?私が愛理の為に出来ることって、なに?」

舞美ちゃんは私に何を言わせたいんだろう。
私が欲しいものなんか、たった一つしかないのに。
そのたった一つのものは、舞美ちゃんがくれるつもりのないものなのに。

それをくれないなら、舞美ちゃんに出来ることはない。
でも、無理にでも探すとしたら、一つだけある。
それはとても簡単なことだ。

私が舞美ちゃんから一番聞きたくない言葉。
だけど、それを聞いたら、全てが終わる。
そんな一言を言うだけでいい。

「嫌いだって、言って。そしたら諦めるから。終わりに出来るから」

もう、終わりにさせてよ。
こんな風に舞美ちゃんの体温を感じるのは辛いから。

私は舞美ちゃんの腕の中から抜け出したくて、身体をもぞもぞと動かす。
舞美ちゃんの肩に手をかけて、ぐっと押してみる。
びくともしない。
それどころか、さらに強く抱きしめられた。

「私、愛理のことが好きだよ」

聞こえてきた言葉に、私は舞美ちゃんの腕の中でもがく。
身体にまとわりつく舞美ちゃんの感触から逃れようとする。

「舞美ちゃん、なんで。どうして、そんなこというの?」

どん、と肩を叩くと、舞美ちゃんが私の頭を撫でた。
その手が優しくて、私は動けなくなる。
腕の中でじっとしていると、舞美ちゃんの手が私の髪を撫でた。
長い髪を手で梳く。

「だって、愛理と今までみたいに仲良くしたいよ」

今までの私はもういない。
舞美ちゃんの目の前にいる私は、それを壊してしまった私だ。
舞美ちゃんが望む私でいようと努力していた私は、あの日消えてしまった。
それでも、これ以上私が壊れてしまわないように、舞美ちゃんから離れた。

自分の気持ちに目をつぶって、仲良くなんか出来ない。
出来るなら、舞美ちゃんを避けたりしない。
離れていれば、舞美ちゃんが望まないことをしたりしないと思った。

私は理性が簡単に消えることを知ってしまった。
自分が何をするかわからないことも知っている。

だから、舞美ちゃんの希望は叶えられない。
叶えたいとも思わない。

せっかく、避けていたのに。
舞美ちゃんが私を壊す。

「じゃあ、舞美ちゃん。仲良くしたいなら、言うこと聞いて」

舞美ちゃんが私を壊すなら、私が舞美ちゃんを壊したっていいよね。

私は舞美ちゃんの優しさにつけ込む。
舞美ちゃんは、きっと断らない。
断るぐらいなら、私を待ってこんな場所にいない。

「――服、脱いで」

私を抱きしめていた腕が緩む。
舞美ちゃんの身体がのろのろと離れる。
舞美ちゃんが私の顔をまじまじと見る。
私も見返す。
舞美ちゃんはとても驚いた顔をしていた。
だけど、後へは引けない。

とん、と舞美ちゃんを押して、少し距離を取る。
舞美ちゃんの服装を改めて見る。

チュニックにジーンズ。
ラフな服装だけど、よく似合っている。
私はそのよく似合っている服を脱いでと舞美ちゃんにお願いする。

「これ、脱いでよ」

過去に戻ることは出来ないんだ。
これでいいんだ。

自分に言い聞かせながら、舞美ちゃんの服を引っ張る。

「……脱いだら、今までみたいに仲良く出来る?」

私は頷く。
頷いたけれど、今まで通り仲良くなんて出来るわけがない。

舞美ちゃんが私のお願いを聞いたら、私達の関係はまた少し変わってしまう。
戻れない方向へと、私達の関係は変わっていく。

「どうするの?舞美ちゃん」

問いかけると、舞美ちゃんがいつもみたいに目を細めてにこりと笑った。
胸がずきりと痛む。

今からでも遅くない。
嫌いだと一言言ってくれたら、それで済む。
それが出来ないなら、この部屋から出て行ってくれたらいい。

私は舞美ちゃんにどうして欲しいのかわからない。
自分の行動を止めようとする私と、先へ進もうとする私が喧嘩する。

喉が渇く。
吸い込んだ空気が喉に張りつく。
そういえば、まだ加湿器のスイッチを入れていなかった。

こほん。

乾いた咳を一つする。
舞美ちゃんがチェニックに手をかけた。

服を脱ぐなんて、簡単だ。

チュニックを脱いで、キャミソールを脱いで、ジーパンを脱いで、下着を脱いで。

それだけだったら、誰にだってすぐ出来る。
でも、舞美ちゃんは、私の言葉がどういう意味を持っているか気が付いているはずだ。
わかっているから、迷っている。

実際は、そんなに時間が経っていないはずなのに、何分も舞美ちゃんの動きが止まっていたような気がする。
舞美ちゃんがゆっくりと動き出して、服を脱ぐ。
意識しないようにしているのか、私を見ない。

チュニックを脱いで、キャミソールを脱いで。
ベッドの上へそれを放り投げて。
私に言った。

「あとは愛理がやってよ」

舞美ちゃんは狡い。
結局、私に決めさせる。
私達の関係がどうなるかを私に決めさせる。

私は舞美ちゃんに近づく。

背が高いくせに華奢な身体。
髪が短くなったせいか、細い肩がよく見える。
すらりと長い足はジーンズに包まれたままだ。
見慣れているのに、初めて見るような気がする。

露わになった肩に手を伸ばす。
肩のラインを辿るように撫でると、ブラの肩紐が手に触れた。
それを軽く引っ張ると、舞美ちゃんの身体に力が入った。

舞美ちゃんを見ると、やっぱり目を細めて笑っていた。
まるで私がものすごく悪い人になったような気がした。

肩に唇で触れる。
鎖骨に唇で触れる。
その後を指先で辿る。

舞美ちゃん、早く止めてよ。

無責任にそんなことを思いながら、背中へ手を回す。
ホックを外す。
肩紐に手をかけて、ブラを取ってしまう。

胸元に口づけると、肩を掴まれた。
でも、すぐに離れる。

嫌いだって言ってよ。
そしたら、もう終わりに出来るから。
嫌われたくないけど、嫌ってよ。
そしたら、舞美ちゃんの前から消えるから。

「愛理の好きにしていいよ」

笑ってしまうぐらい優しい声で言われた。
私は、躊躇うことなく舞美ちゃんをベッドへ押し倒した。

抵抗はなかった。
呆れるほどあっさりと舞美ちゃんの身体はベッドへ倒れ込み、私はその上へ覆い被さる。

肩を撫で、その下へと手を伸ばす。
少し迷ってから、胸の上へ手を置く。

心臓は壊れてしまったんじゃないかと思うぐらい、激しく動いていた。
乾燥した空気が喉に刺さる。
痛い。
もう、咳さえ出ない。

首筋に何度もキスを落として、柔らかく手を動かす。
指先を這わせ、胸の先端を確かめる。

尖ったそれは硬くなっていた。
でも、指で触れても、舞美ちゃんは声を出さない。
口に含んでも、舌先で転がしても、身体がぴくんと震えただけだった。

どこへ置いていいかわからない手が舞美ちゃんの身体の上を彷徨う。
脇腹を撫でてみたり、肋骨の上を触ってみたりする。

胸へ唇を這わせる。
もう一度硬くなっている先端に舌先で触れてみる。

舞美ちゃんの呼吸が乱れる。
それが、条件反射みたいなものなのか、もっと別の理由によってなのかわからない。

確かめる方法はある。
私は身体を起こして、舞美ちゃんのジーパンのボタンを外す。

舞美ちゃんの呼吸が乱れているみたいに、私の呼吸も浅いものになる。
ジッパーをおろすと、下着が見えた。

この中へ手を入れたら、わかる。

ごくん、と喉が鳴る。
ジーパンに手をかける。
けれど、その手は舞美ちゃんに掴まれた。

「……ごめん。いいよ」

すぐに優しい声が聞こえて、舞美ちゃんの手が離れた。
舞美ちゃんを見ると、やっぱりにっこりと微笑んでいた。
それは、いつもとは違うぎこちない笑顔だった。

嫌われた、と思った。
心臓が凍り付く。
嫌ってくれと頼んだのに、いざそうなってしまうと、もう何も出来なかった。

私はゆっくりと手を離した。

「私、こんなことしたいんじゃない」

口から出たのは、言い訳にしか聞こえない言葉だった。
ベッドの上に散らばった舞美ちゃんの服をのろのろ集める。

「私のこと好きじゃない舞美ちゃんにこんなことしたいんじゃない」

身体を起こした舞美ちゃんに集めた服を押しつける。

「でも、舞美ちゃんから愛理の好きにしていいよ、なんて言われたら止まらなくなる。だって、私のことを好きな舞美ちゃんとこういうこと、してみたいもん」

涙は出ない。
声は掠れていた。
きっと部屋が乾燥しているからだ。

「こんなの辛いよ」

目を閉じると瞼が熱かった。
暗闇の中、ごそごそと音が聞こえて、すぐにやむ。
目を開くと、服を着た舞美ちゃんが座っていた。

「愛理。私、どうしたらいい?」

舞美ちゃんは質問ばかりだ。
同じ質問を繰り返す。
答えは決まっているのに、同じことを聞いてくる。

私は舞美ちゃんが好きで好きで仕方がなくて、もしも願いが叶うなら、舞美ちゃんに同じように好きになってもらいたかった。
だけど、今はそれよりももっと叶えて欲しいことがある。

「お願いだから、嫌いにならないで」

友達でもいいなんて、そんなの嘘だって思ってた。
ドラマや漫画のセリフで、そんなこと思う人なんかいないって思ってた。
でも、今ならわかる。
友達でも何でもいいから、嫌われたくない。
舞美ちゃんに嫌われるなんて考えたくもない。

「大丈夫だよ、愛理。私、愛理がなにをしても、愛理のこと好きだから」

髪を撫でられる。
温かい手で何度も撫でてくれる。

舞美ちゃんの好きと私の好きは絶対に重ならない。
同じ言葉なのに、まったく別の言葉として存在している。
それを知っていても、私は舞美ちゃんが好きだと言うたびに、重ならない好きを重ねたくなる。

「これからも、愛理のしたいようにすればいい。愛理が何しても、絶対に嫌いになったりしないから。だから、安心して」

優しい言葉は私を縛って、どこへも行けないようにする。
どんなに痛くても、苦しくても、辛くても。
私は舞美ちゃんの側から離れられない。

優しい言葉が私を傷つけているということに、舞美ちゃんは気が付いていない。

舞美ちゃんの言葉は、私を傷つける刃物のようだ。
深く深く入り込んで傷つける。
舞美ちゃんが優しくすればするほど、私の気持ちは傷ついて、血が流れ出す。

「愛理。私、どうしたらいい?」

何度目かの同じ質問。
舞美ちゃんは笑っていなかった。

口にすれば、舞美ちゃんは何でも叶えてくれる。
私が一番望んでいるもの以外は叶えてくれる。
それなら、一番叶えて欲しい望み以外、全部叶えてもらえば良いんだと思う。

だから、私は舞美ちゃんが断らないことを知っていて言った。

「――さっきの続き、してもいい?」
最終更新:2010年02月15日 20:13