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言いそびれた言葉は言う機会を得られないまま時間ばかりが経った。
そうするうちにまた私は不安になる。
自分が、本当に好きなのか、わからないくせに舞美ちゃんが誰かと接していると嫉妬する。
意識すればするほど気にかかる。
心のバランスが全く取れないからずっと苦しい。
初めて見る自分の一面に驚かされて、同時に失望する。
ふわふわふらふらした私の心はいっこうに定まらないまま泊りがけの仕事の日となった。

千聖と舞ちゃんが適当に5本線を書き、その間に自由に線を書いた。
普通の線やらハート形やら、点線はどう処理するのか、可愛いよりは汚いあみだくじが書かれた紙が目の前に出される。
下にはAが二つ、Bも二つ、Cが一つ書かれ、それが部屋割になる。
紙を折り込んで文字を隠し、端にいたなっきぃから順に線を選んでいく。
純粋に、適当に、皆が選んでいく中、私は舞美ちゃんと一緒の部屋になりたいような、なりたくないような気持で揺れていた。
願ったからといって引けるわけではないのに、
どのような気持ちで向かうのも不適切に思いながら目を引く線を選んだ。
全員が選び終わり、舞ちゃんがぱんぱかぱーん、と紙を開いた。
千聖がいぇーい、と自分のからたどり始めたものの、汚すぎて辿れず、呆れたようになっきぃが代わりになぞる。
「千聖Aね。」
「了解。」
敬礼をする千聖は小学生みたいだった。
ね、舞は、舞は、とねだる舞ちゃんのを辿ると、ほとんど予想通りの結果になる。
「げ。」
「舞ちゃんもAだね。」
「やったね舞ちゃん。」
「えー。」
迷惑そうな顔で舞ちゃんが千聖を見る。
千聖は、なんでだよー、と文句を言うと、舞ちゃんは冗談だよ冗談、といい加減にいなした。
「次、舞美ちゃんね。」
「うん、お願い。」
名前が出るだけで私はどきりとする。
なっきぃが辿る線が一つだけ特別に見えてくる。
角を曲がる度にじれったくなって答えが知りたくなるけど、舞美ちゃんのがわかったところでどうなるかはわからないのだ。
胸の内が誰にもばれないように私は黙っていた。
そのうちに結果が出た。

「舞美ちゃん、Bだ。」
B、ということは、相部屋だ。
残っているのは私となっきぃ。
「じゃ、愛理ね。」
なっきぃが心なしか何か期待したようにあみだくじをなぞり始める。
どきどきしすぎて私はその場で黙って見ていられなくて、私は席を立った。
「ごめん。トイレ。」
「やっておくね。」
嫌なことからはすぐ逃げてしまう。
他のことには向き合ってこられたのに、どうしても舞美ちゃんが関わると私は弱くなるようだ。
手を洗って気持ちを整えて戻ると、結果は出ていた。
「愛理はCだよ。」
結果を聞くだけなら意外とすんなりと受け入れられるものだ。
舞美ちゃんと相部屋という淡い期待が裏切られたにも関わらず、私はほっとしていた。
これで落ち着いていられる。そう思った。
そんな考えは後で脆くも崩れ去ることになる。


みんなで夕ご飯を食べ、ホテルに戻り、各々部屋に散っていった。
私は一人部屋だ。みんなと別れてドアを開くと無音の空間が私を迎える。
張っていた気が抜けて、へろへろと私はその場にしゃがみこんだ。
舞美ちゃんから解放されて安心する、反対に、寂しくなる。
どちらかの気持ちに収まらないと私は壊れてしまいそうなのに、どうにも感情は勝手に暴走して私を食い荒らす。
やっぱり同じ部屋になりたかった。
よりによってなっきぃなのだ。なっきぃは舞美ちゃんを好きなのだ。
私に結果を伝えるときの純粋に嬉しそうな顔が私の胸をつつく。
壁に耳をつけたら会話が聞こえるかもしれない。
でももし、聞こえた会話が楽しそうだったらどんなに私は傷つくだろう。
舞美ちゃんが私のものになってほしい。
気持ちは私に向いている。付き合ってもいる。
なのに、どうしてこんな気持ちになっているのだろう。
ずいぶんと私は自分の膝と仲良くなった。
膝に埋まっていることが増えた。
一人でいれば思考の迷路にぐるぐる迷い込んで出られなくなる。
閉じた世界に私はこもる。
目を閉じた闇の中にはいつだって舞美ちゃんがいる。
えりかちゃんはずっとずっと小さくなって、遠くで私を見守っている。
それが今の状態なのだ。
舞美ちゃんが私の世界を簡単に動かしてしまう。
きゅうう、と胸が痛くなって、自然と涙が出た。

ずっとうずくまっているわけにもいかないから立ち上がり、さっとシャワーを浴びて、
髪を乾かして、何も考えないうちにベッドに入ってしまうことにした。
目覚ましをセットして電気を消す。
完全な暗闇の中で白い布団だけが窓からの光でぼうっと浮かんで見える。
目を閉じてそれすらも消した。
静寂に慣れると、隣の部屋の話し声と物音が相対的に目立って聞こえた。
なっきぃの高い声がよく聞こえる。
うるさいとは言えない範囲なのだけど私の心がその声を拒否する。
なっきぃは何も悪くないのに、醜い私の心がそうさせるのだ。
逃げるように布団にもぐり込むと声はいくらか聞こえなくなった。
ああ、と安心してもう一度目を閉じると、部屋に舞美ちゃんと一緒にいる自分が浮かんだ。
あんなふうに無邪気に笑って話せるのだろうか。
きっとできない。
二人きりの部屋で一晩を過ごす。
なにも意識しないでいることはできない。

顔を見ると、印象的な目はもちろん、唇に目が行ってしまう。
健康的な細長い指に、整った爪、無駄のない長い手足、真っ白な首筋。
無意識に目が行く。触ってみたいと思う。
骨のラインを辿りたくなる。
その先にある知らないところを知りたくなる。
唇の感触をもっと確かめたいし、肌の質感に溺れてしまいたい。
そんな欲望がかすかに、少しずつ堆積して、意識に上るようになった。
気がついたときに自分が恐ろしく思えた。
今まではそんなことを考えたことがない。
欲望のまま動くのもいいのだろう。
えりかちゃんの代わりだと割り切ればできたことだ。
できないのは、そうではないから、舞美ちゃんが大切だから。

自分の気持ちがわからないまま簡単にはしたくない。
欲望と葛藤する。
だから、一緒の部屋ではなくてよかったのだ。
そう言い聞かせる。
本心なのに、私の心は寂しいと暴れる。
ぎゅっと瞼に力を入れて、舞美ちゃんが私を抱き締めるように抑えようとした。
我慢しなければならない。我慢できない。
そばにいて。私のことを抱きしめていてほしい。
叶わない望みが私自身を蝕む。
私は布団の中で息を荒げて、痛みに耐えながら泣いていた。
気がつけば隣の部屋からの声は聞こえなくなっていた。
音のない世界になり、とうとう見放された気分になった。
だからといって眠れそうになかった。
明日も朝から早いのに、きっとできない。

涙がつう、と目の横を伝いシーツに落ちる。
何度目かに私の部屋のドアが遠慮がちに叩かれた。
私は布団から起き、今のが空耳でないか、息を殺してドアの前に立つ。
すると、もう一度、こんこん、とドアがノックされた。
「はい。」
目が赤くなっているだろう。見られたくなくて開けずに返事する。
「愛理?あたし。」
その声に驚いてドアを開けると廊下の光に目が眩んだ。
シルエットは確かに舞美ちゃんだ。
夢かと、思った。
「泣いているの?」
情けないところばかり見られている。
会いたくて仕方がなかった。
叶ってしまって抑え込もうとした感情が雪崩のように酷い勢いであふれ出す。
緩んだ涙腺はまだ涙を流す力はあるみたいで、涙が新しい道を作って流れていった。
舞美ちゃんが苦しそうに私を抱きしめた。
包み込む感触がに安心する。
何のためらいもなく私は舞美ちゃんの胸に顔をうずめた。
どうして泣いているのか、理由は一つも聞かずに舞美ちゃんは部屋に入りドアを閉める。
「一緒に寝ようか。」
優しい声色で私の肩を抱いたまま私をベッドにつれていった。
ベッド横の小さな明かりをつけて、布団をめくって私を入れた。
シーツの濡れた部分の大きさに一瞬悲しげに顔を歪めて、その上で何も言わずに布団に入り私を抱きよせる。
舞美ちゃんのTシャツから舞美ちゃんの匂いがする。
この匂いがいつからこんなに心を鎮めるようになったのかわからないけれど、荒んだ私を慰めた。
少しずつ涙が収まって落ち着く。
顔を離して見上げると、私のつむじを見ていたらしい舞美ちゃんと目があった。

「落ち着いた?」
「うん。」
鼻声のみっともない声で答えると、舞美ちゃんはふんわり微笑んだ。
「よかった。」
そういって私の髪をなでる。
布団の中で何度も寝返りをうった分髪がぐしゃぐしゃだった。
恥ずかしいとすら思うのに舞美ちゃんは愛しそうに触れる。
その仕草にどきどきしてくらくらする。
「一緒の部屋になりたかったな。」
ひとり言のような言葉に私は黙って頷いた。
すると舞美ちゃんは嬉しそうに笑う。
「なっきぃが起きる前に戻ればいいから。愛理が眠れるまでいるよ。」
こうしていれば少しは落ち着くのかな。
舞美ちゃんの額が私の額につく。
照れくさくて肯定の代わりに舞美ちゃんの服を掴んだ。
眠れるまで、なんて言わないで。起きた後もずっとそばにいてほしい。
もっと近くにいたい。
言葉にすれば伝わるのにどうして口から出ていってくれないのだろう。
私にできるのはつけた額を離さずに顔を近づけることだけだ。
舞美ちゃんは少し驚いた様子で、しかし私の要求に気がついたらしく、顔を近づけた。
こうやってするキスは初めてだった。
加えて、いつもより長かった。
舞美ちゃんの匂いが鼻をくすぐる。
味のないはずの唇が甘く感じた。
離すのがもったいなくて自然と動くが遅くなる。
いつもより長いのに、もっとほしくなるのはどうしてだろう。
目を合わせた舞美ちゃんは切なげな表情で、私は思わず離したばかりの唇を近づけた。
柔らかな感触が再び戻ってくる。
触れ合っている時間も、離してからまた触れる時間も、どちらも気持ち良くてたまらない。
何度も何度も角度を変えて舞美ちゃんの唇を味わった。

甘ったるい空気は酸素が足りないみたいで頭がくらくらして理性が飛びそうになる。
私はどこまでほしくなるのだろう。
ぎりぎりのところで私は唇を離した。
舞美ちゃんは濃度の高い溜息をつく。
頬が真っ赤だ。おそらく私も赤いだろう。
顔と頭が熱い。
長いキスの後の舞美ちゃんの唇はつやつやと光っている。
白い肌に赤みがさし、黒い瞳が潤んでいる。
私の頭は真っ白になり心臓の音すらこの刹那に消えた。
花の蜜に誘われる蜂のように、私は舞美ちゃんに吸い込まれる。
重ねた唇を味わい、それで満足できなくて、口を開いた。
舌で舞美ちゃんをつつくとおずおずと唇が開かれ、私は舌を侵入させた。
中には舞美ちゃんの舌があり、舐めてみると意外とざらざらしていて驚く。
私の動きに合わせて舞美ちゃんが舌をからめてくるから、私はそれをとらえて舌の先を吸った。
ん、とくぐもった声がかすかに聞こえる。
浅く繋がっていることがもどかしくてもっと深いところまで舌をねじ込んだ。
つるつるの上顎をなぞると骨の感触があり、歯の列も確認できた。
もっと知りたくて撫でていると、舞美ちゃんの体が少し私から逃げようとする。
腕を掴んで、追いかけて、もう一度そこをなでるとまた声にならない声が聞こえた。
口はふさがり、鼻から抜けるしかない。
その声が聞いたこともないくらい甘くて、私の理性を溶かしていく。
舞美ちゃんの全てを食べてしまいたくなった。
荒くなる呼吸も、漏れる声も、私が全部奪いたい。
お上品に口を汚さずになんてできなくて、舞美ちゃんの舌も、歯も、支える顎も、そして唇も、
何度も貪ったら口の周りがべたべたになっていた。
息が辛くなって唇を離すとつう、と唾液の糸が私たちをつないでいる。
その糸は自重で垂れ下がりやがて切れた。
残骸を、私も舞美ちゃんも唇を舐めてとる。

さっきまで絡めていた舌がちらりと見えてどきりとする。
舞美ちゃんの顔はキスの前より赤くなっている。
そう、耳まで真っ赤だ。
可愛くてたまらない。触れて体温を確かめたい。
その欲求はかろうじて残っていた理性のかけらが抑えた。
このまま、続けていいはずがない。
乱れた息を整える舞美ちゃんを目の前に必死に体を止める。
頭がぐるぐる混乱する。
懇願していたものが手を伸ばせば、いや、手を伸ばさなくても届いてしまう。
できることをせずにいることがこんなに難しいことだとは知らなかった。
私の息はうまく整わない。
流されてはいけない、流れてしまいたい。
舞美ちゃんといるといつも相反する思考と感情の間に突き落とされる。
私はじっと唇を見つめていた。
目を見たら、吸い込まれてしまうから。
揺れて揺れて、なんとか理性を取り戻そうとしたとき、舞美ちゃんが私をのぞきこんできた。
いつもは目線が上の舞美ちゃんが、今は見上げる形になる。
「ね。」
さっきの行為が原因で掠れた声で私の意識を舞美ちゃんに戻させる。
赤い頬に、赤く潤んだ目、本当にやめてほしい。
そんな願いも叶わずに舞美ちゃんは私に言う。
「してもいいんだよ。」
愛理なら構わない、と、黒い睫毛が伏せられて、理性ごと唇に奪われた。

舞美ちゃんの言葉の真意もろくにわからないまま
山の頂上から握っていたボールを手から離すように、
バランスをかろうじて保っているジェンガからひとつのブロックを抜き取るように、
私の理性ははあっさりと砕けて崩れ落ちた。
既に激しかったキスを、更に激しくして、舞美ちゃんに余裕を与えなかった。
魚が水面を探すように舞美ちゃんが酸素を求めてもがくのを邪魔して追いつめる。
辛くなって余裕がなくなって、私のことだけ考えていてほしい。
完全に閉じた二人きりの世界に堕ちていく。
舞美ちゃんに跨り、乱れた呼吸のままキスを頬に降ろし、だんだんと首筋に落としていった。
私が移動するのに伴って舞美ちゃんが首を傾け、白い肌が露わになる。
舞美ちゃんが細い分、筋がはっきり浮き出る。
その道に沿ってキスを降らせる。想像よりもさらさらの肌に惹かれて心拍数が上がる。
私が唇を押しあてると舞美ちゃんの体がぴく、と震えた。
もう一度、そうするとまた同じように反応する。
今度はそこから舌でちょろっと舐めるとさっきより大きく体が跳ねる。
キスの時より確実に荒くなっている呼吸が、酸素を奪っているのだろうか、
私には考える力はなくて本能のままに動くしかなかった。
つつ、と筋を舌先でなぞるとこらえきれなくなったのか
舞美ちゃんは音がたつほど顕著に息を吸った。
なぞって口づけて、繰り返し耳のほうに上がっていく。
小さな耳たぶを口に含むと私が一瞬浮くほど体が跳ねた。
顔は見えない。どんな顔してるだろうか。
息の音だけで舞美ちゃんの様子を判断する。
ときおり、んっ、と甘ったるいかすれた声が漏れるから、私はそこを重点的に攻めた。
吐息交じりの声にならない声にたまに音が混じる。
じわじわと私の腰のあたりが熱くなる。
耳たぶを舌で弄ぶと、やっ、と苦しそうに悶えられた。
初めて聞く声色と、初めて味わう肌は、今までの人生の中で格別に甘い。
私は徐々に下に降りて鎖骨のあたりまできた。

短い髪の毛の先からシャンプーの匂いがする。
骨の線を辿っていくには服が邪魔になる。
「舞美ちゃん、脱がせていい?」
切なげに眉を寄せているのを見ると、今舞美ちゃんと、そういうことをしているのだという意識が強くなる。
舞美ちゃんは黙って頷いた。
私はTシャツの裾をめくり上げて、舞美ちゃんがもぞもぞとそれを取り払った。
ピンクの花柄のブラジャーが可愛くて舞美ちゃんらしかった。
でもそれも外す。
気になるもののまじまじとは見たことがない部分だ。
舞美ちゃんは恥ずかしそうに隠そうとする。
その手をどかせて私は美しいお腹に唇を落とした。
寝転がっているからさすがに腹筋は浮き出ていない。
しかし無駄な脂肪のない体は、指で触れるとすぐに骨や筋肉に当たる。
脇腹のあたりをさすると少し汗ばんでいてしっとり湿っていた。
森の中の湖で水を飲む動物のように私は舞美ちゃんの肌を啄ばむ。
元来くすぐったがりな分たったそれだけでも体が揺れる。
特別上質の肌の感触に畏敬の念すら抱く。
繊細な曲線を丁寧に、はみ出さないようになぞった。
まるで模写をするときのようだ。
触れるか触れないか、確かに存在する表面の境目を指先で探る。
そうすると不思議なことに指先の感受性が高まった。
舞美ちゃんも同じようで、私がきわどくすればするほど体が反応する。
唇は徐々に上昇し、胸のふくらみをわずかながら登っていく。
切れ切れの息がずっと静かな部屋に響いている。
その音がずっと私に全力疾走した時のような高揚感をもたらしている。
思考は多分この部屋のどこかに転がっている。私の頭には残っていない。
ちゅ、と音を立てて心臓のあたりに口づけながら、周辺の肌色とは違う色の先端を横目で見ていた。
そこは、特別な場所だと思う。
他の誰も触れられない場所だ。
息を飲んで指を当ててみると今までとは全く違う感触だった。
一際寒い日に降った、さらさらの雪を押し崩す、あの新鮮な感動を思い出す。

そして、舞美ちゃんの反応も異なっていた。
息は確かに声に変わる。
私は何のためらいもなくそれを口に含んだ。
舌を押しあて、潰してから吸いつく。
「ふあっ。」
こういうのを嬌声と言うんだろうか、よく知りもしない言葉が現実になり、
なぜかわからないけれどもっとほしくなった。
吸いついたまま舌先で弄び、反対の乳房は手のひらに収めて感触を楽しむ。
私が上から下に押し上げても、押しつぶしても、歯を立てても、そのたびに腰が跳ね声が漏れる。
声というものは人に何かを伝えるためにあると思っていた。
今はそうではない。
舞美ちゃんの声が記号としての機能を持たずに私の本能をかきたてる。
野生の動物に近づいていく感覚は淫らで、その故に強い快感を伴う。
夢中になって触れていると耐えきれなくなったのか舞美ちゃんが口に手を当てて声を抑えた。
そんなの、だめだ。
私は口を離して舞美ちゃんの顔を覗き込む。
苦しそうに眉を寄せている。
そんな顔までも愛しい。
覆っている手を引きよせて私の頬に当てさせて、唇をふさぐ。
私の指の動く通りに呼吸が乱れ、声は私の中に響く。
舞美ちゃんはじっと目を閉じていた。
その表情を眺めていると耐えられなくなる。
もっと乱して、理性なんて飛ばして、私のことだけ感じてほしい。
私は舞美ちゃんの耳元に移動し、耳のすぐ下をちゅ、と吸った。
「んん。」
ぎゅう、と私の手を握り、さらに苦しそうな顔になる。
私の与える刺激に、精いっぱい耐えて、身を震わせるのが愛しくてたまらなかった。
「舞美ちゃん、好き。」
考えることをやめていた私の口からぽろり、とこぼれおちた。
あ、と思う間もなく、押し込めていた感情が波のように押し寄せてくる。
心には感情があった。私は名前を付けるのを拒んでいた。

名前をあてられない感情は膨れるだけ膨らんで行き場所を無くして、だから溢れるしかなかったのだ。
名付けた瞬間に好きが満ちていった。
切ない痛みが心臓を掴む。
舞美ちゃんの口からはあられもない高い声が飛びでてきた。
共鳴するように私の体は自然と舞美ちゃんの首筋を音を立てて食み、また薄桃色の先端に戻る。
舌先でいじるうちに固くなっていたから刺激にはより敏感だった。
丹念に舐めあげると、舞美ちゃんは手を使わずに声を押し殺した。
私は声が聞きたくていじわるをする。
弱めに触れて急に強く吸ったり、じわじわゆっくりと触れたり。
効果がないわけではなくて、呼吸は速くなっているし、体の反応も大きくなっている。
さっきよりずっと苦しそうに、唇をかみしめては、酸素を求めて口を開く。
ほとんど泣きそうな顔でこらえられるともっともっといじわるしたくなる。
「舞美ちゃん、声、聞きたい。」
指を止めて見上げると、異変に気がついて舞美ちゃんはうっすらと目を開けた。
黒い睫毛が一層濃く濡れている。
その涙はぎゅっと目を閉じていたせいだと思った。
大きく胸が上下するのでどれだけ乱れていたのかわかる。
こんな舞美ちゃんは初めてだった。
上からじっと舞美ちゃんを見据えるけれど、舞美ちゃんは口を一文字に結んで、視線をそらして首を横に振る。
私は舞美ちゃんの声が聞きたいのに舞美ちゃんは声をあげたがらない。
恥ずかしいのかと思ったけれど少し様子が違うようで、その理由はわからない。
聞けばよかった。しかし聞いても答えなかっただろう。
そんな気がして、悲しい気持ちを引きずったまま、行為の続きに及んだ。

胸から腹、そこから下へキスを移していく。
そうすると当然下の衣類が邪魔になる。
こっから先は引き返せない。なんとなくそう感じた。
「舞美ちゃん、脱がせてもいい?」
伺い立てると舞美ちゃんはこくりと頷いた。
私がジャージを引っ張ると舞美ちゃんがお尻をあげる。
するすると細長い脚が姿を現す。
下着も脱がせると、さすがに恥ずかしそうに足を閉じた。
私は下腹部からまた口づけて太ももに頬を寄せた。
このままでは何もしにくいから、太ももを肩に担ごうとして少しだけ抵抗があった。
ちら、と舞美ちゃんを見ると顔が真っ赤っかになっていて、すごくかわいかった。
思わず可愛い、と呟くと、ぶんぶんと首を振って否定する。
その隙に私は足を持ち上げてキスを落とした。
そうすればこっちのもので内腿を撫で上げてぺろりと舌でなぞると途端に力が抜けていく。
ぴくん、ぴくん、と小さな反応だったのに、足の付け根に近づくと呼吸のリズムが変わって、
含みのある溜息のような長さになる。
そこに触れるのは、緊張と、舞美ちゃんの一番敏感なところに触れるという期待のような感情とですごくどきどきした。
「触るね。」
ゆっくりと手探りでかき分けて、そこの真ん中に指をあてると、ぬるりとした感触があった。
つまりは、そういうこと。
自分の行為で舞美ちゃんがこうなっていることが嬉しくて頭に血が上る。
粘液を指にまとったまま指を少し上にずらすとぷっくりとした突起に出会う。
そのまま滑らせると舞美ちゃんの腰が大きく跳ねて、あ、とか、や、とか、そんな声が飛び出た。
できるだけ優しく、ゆっくりと触る。
何度か往復していると舞美ちゃんの腰がそれに合わせて揺れ始める。
刺激から逃げたいのか求めているのか、どちらともとれそうな動きは淫靡で、それなのに美しくも見える。
本当に小さく、微かに、ん、ん、と閉じた口から出られず鼻から抜ける声が聞こえる。
我慢なんかできないように追いつめてしまいたくなった。
速度を速め、そこを徹底的にこすると舞美ちゃんの腰ががくがくと震えた。

その姿を眺めながら一気にスピードを落とす。
与えられていた刺激が急になくなって、無意識のうちに舞美ちゃんの腰が私の手に押し付けられた。
自分でそれに気がついたらしく舞美ちゃんは顔を手で覆って私から逃げる。
可愛い。可愛くてしょうがない。
片手はそこに添えたまま私は舞美ちゃんの顔を隠す手を外しにかかる。
首を伸ばして手の甲にキスをする。
すると手と手の間から大きな瞳をくりっとのぞかせる。
開いた隙間を利用して手首を掴んで引くと、なんてことはなく手が外れた。
赤く染まった頬に顔を近づけて体温を唇で感じる。
舞美ちゃんはすぐに警戒を解いてしまう。
私の指がどこにあるかもすっかり失念しているらしい。
思い出させるように指を動かした。
急な刺激に対応しきれず、何の妨げもない声があがる。
「あっ。」
やってしまったとばかりにまた口を覆おうとするから、そうされる前に口でふさいだ。
「やっ、だ、あいりっ!」
「なんで?私舞美ちゃんの声が聞きたい。」
舞美ちゃんが顔をそむけて逃げるから必然的に耳元でささやく形になる。
舞美ちゃんの耳が目の前にある。だから耳たぶを甘噛みする。
どちらからの刺激も強烈過ぎて舞美ちゃんが大きく跳ねる。
白い肌に灯りで影ができる、その境目を口に含み舌で遊ぶ。
指は自然と速くなって、舞美ちゃんの腰が限界まで速く揺れている。
とうとうこらえ切れなくなったようで、甲高いかすれた声が断続的に部屋に響く。
はっ、はっ、と息は鋭く速くなり、目がぎゅうときつく閉まった。
「好きだよ。」
呟いてから耳の裏にキスすると、今までにないくらい体が大きく跳ねて、舞美ちゃんが私にしがみつく。
「あいりっ。」
ぴったりとくっついた場所から、むっとするような濃厚な汗の匂いと、同じくらいの熱が伝わってきた。
二、三度舞美ちゃんは体を震わせて、ベッドに沈み込む。
私は慣性に従って舞美ちゃんの上に堕ちた。

切れた息に合わせて重ねた体が上下する。
くっついているところ全て私の熱か舞美ちゃんの熱か、わからないけど酷く熱かった。
しがみついた舞美ちゃんの腕は私の背中にまわされている。
少しずつ落ち着いてきたようで、私は体を少し離して舞美ちゃんの頬にキスしようとした。
その時、気がついた。
舞美ちゃんの目から透明な液体がつう、とつたっている。
私は無理してしまったのか不安になる。
「どこか痛かった?」
舞美ちゃんは目を開けたまま泣いていた。
私が顔を覗き込むと、私には焦点を合わせずにただただ首を横に振った。
「違う。なんでもない。」
ようやっと私に目線を合わせたと思ったらそれはそれは痛々しく微笑んだ。
ぎし、と音がたってしまいそうなほど無理やり口角をあげて目を細める。
そうやって無理をするからまた涙が落ちていった。
どうして、と、頭を回転させる。
いつもならすらすらと数式だって唱えられるのに動揺して答えが浮かばない。
ふらふらと視線をさまよわせていると、舞美ちゃんが涙を拭いて、仕切りなおして笑う。
透明な扉を閉めて拒否される感覚。
見えているのに入れないのだ。
「大丈夫だから。」
よいしょ、と舞美ちゃんが体を起こす。
つられて私も体を起して舞美ちゃんが服を着るのを黙って見ていた。
ジャージを履き終えるとベッドから出て立ち上がる。
このまま、そこのドアを開けて出ていってしまう気がした。
その予想は当たっていた。
「舞美ちゃん。」
自分でも情けないほど不安な声が部屋に響く。
真夜中だから音がなく、私の声だけが浮いていた。
舞美ちゃんは困ったような顔をしていた。正しくは、傷ついていたのだあとで知ることになる。

「舞美ちゃん、戻っちゃやだ。」
部屋の真ん中にたたずんだ舞美ちゃんに近づこうとするのだけど、ただ微笑むばかりで私は制されてしまう。
動けないくせに私は駄々をこねた。
「やだ。」
「ごめん。」
小さな子をあやすように私に近づいて頭をなでた。
こんなときでも相変わらず優しい手が、今は怖い。
怖いのに私には舞美ちゃんしかいなくて服にしがみついて額を押しつけた。
好きなのに、何がいけないのだろう。
私は動揺してまともに考えることができなかった。
少し考えればわかることだったのに。
だから、自分の思ったことがそのまま口に出て、結果舞美ちゃんを、傷つけることになった。

「好き。」

声にした瞬間、舞美ちゃんの手が止まる。
宙ぶらりんの言葉は空気すら止めてしまったかのよう。
違和感に気付き、顔を上げようとした瞬間、服を掴んでいた手に水がはじけた。
心臓が止まる思いで上を向くと、舞美ちゃんが宙を見つめていた。
大粒の涙はもう一度同じ軌道を辿り降ってくる。
痛みに顔を歪めながらも私と目が合うと笑おうとする。
今度は涙を拭くこともない。
「愛理。」
私は凍りついて返事できない。
「私に気を遣わなくていいんだよ。」
どうして、そんなことを言いながら涙をこらえられるのだろう。
表面張力ぎりぎりのところで涙が止まっている。
背中から突き刺されるような痛みを感じた。
「違う。そんなんじゃない。私は、私は舞美ちゃんのことっ。」
いいんだよ、というのは、そういう意味だったとなんでいまさら知ってしまうのだろう。
気が付いていれば、こんなことにならなかった。

誤解を解きたくて私は必死になって首を振る。
しがみついている手を握りすぎて白くなる。
違うのだ。違う。
代わりだなんて思ってない。
本心は舞美ちゃんに届かなかった。
舞美ちゃんは涙を拭きながら私の頭をぽんぽんと叩いた。
「うん。」
何も伝わっていない。誤解は全くとけていない。
私を諭すための頬笑みが落とされる。
気にしなくていい、そう言っていた。
頭が真っ暗になる。絶望とはこのことだ。
心が活動しなくなると体も動かなくなる。
強く握っていた拳は剥がれおち、舞美ちゃんのTシャツにしわの跡だけが残った。
舞美ちゃんが離れて背を向け、ゆったりと遠のいていく。
諦めきれずに私は舞美ちゃんと叫ぼうとして、大きな声を出しかけた瞬間に振りかえって、口元に人差し指を当てて見せられた。
大きな声を出すと隣の部屋のなっきぃが起きてしまう。
舞美ちゃんは冷静だった。
舞美ちゃんが冷静であればある程、距離が開く。
ドアが開かれ、背中が吸い込まれて、スローモーションのようにドアが閉じられ、私はまた一人の世界においていかれた。

いいんだよ、というのは、傷つけて構わない、という意味だった。
声を出したがらなかったのは、自分の声で私を現実に戻したくなかったから。
気付いた時にはもう遅く、事が全て済んでしまっていた。
最終更新:2010年02月15日 18:24