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「ちょっと、愛理! 大変だよ!!」

ショッピングの帰り、駅のホームで電車を待っていたらなっきぃから珍しく電話がかかってきた。
出てみると、第一声から耳をつんざくような大声。
耳がキンキンするのですこし携帯から耳を離す。

「あー、何が大変なのー」

「大変なことは大変なことだって!!」

だから分からないって。

「ちょっと落ち着いてよなっきぃ。話が全然わからないって。で、何が大変なの?」

「か、か、か」

「か?」

「か、仮面ライダー!!」

「え?」

あの土曜だか日曜だかの朝にやってる特撮の?

「仮面ライダーだから大変なの!!」

「いや、意味わからないって。仮面ライダーだと何が大変なの?」

「仮面ライダーだから、みぃたん、ピンチ!!」

「……なにがよ。舞美ちゃん、悪の組織にでも入って怪人にでもなって仮面ライダーにやられちゃうとでも?」

「ショッカーになるくらいだったらまだいいよ! もっと大変なんだから!!」

「だから何が大変なのよ!!……あ」

気がついたら駅のホームで仮面ライダーとかショッカーとかを大声で騒いでいるちょっと危ないアイドルになっていた。
周りの視線が……っていうか、みんな不自然なほどに目を合わせてこないけど。

「……それで、何がやばいの」

声を小さくして、人目を避けるようにホームの隅にいって通話を続ける。

「うん、それでね……」

やたら回りくどい話し方をされたが、要約すると舞美ちゃんの主演舞台が決まったと公式ホームページに発表されたとのこと。
すごく喜ばしいじゃない。
このところ舞台やTVドラマのオーディションをたくさん受けていたから。

「で、それと仮面ライダーと何の関係があるの?」

「実は、みぃたんの相手役が仮面ライダーをやったイケメン俳優で……」

「うっ」

特撮出身のイケメン俳優。
過去に先輩がウルトラマンに……ってことがあった。
これは一大事!!
舞美ちゃんはすごく美人だし、優しいし、しかもスポーツ万能で力持ち。
いや、スポーツ万能とか力持ちはどうでもいいんだけれど、舞台で一緒になったら絶対どんな男性でも惚れちゃうよ。

舞美ちゃんの貞節が危な……。
あ、舞美ちゃんの貞節を奪ったのは恋人の私だった。
……。

いやいや! だからこそ舞美ちゃんのことが心配なんだ。
恋人としての責任感!

舞台で親密になるケースがこの世界では実に多い。
私が傍にいれば、仮面ライダーだろうとウルトラマンだろうと、
他の特撮ヒーローやイケメン俳優でも、お父さんのドライバーで一撃なのに。

こうしてはいられない。
舞美ちゃんは今日は事務所で雑誌のインタビューがあると昨日のレッスンで言っていたから――。

「まったく正義の味方といいつつ中身は悪の組織も真っ青なけだも――」

「あ、なっきぃごめん。ちょっと電車に乗るから」

なっきぃの小言を遮るように通話を切り、電車に飛び乗った。

◆


そして事務所。
応接室で行われている雑誌のインタビューが終わるのを待った。

「あ、舞美ちゃん!」

「あれ、愛理どうしたの?事務所で何かお仕事あったっけ?」

「ちがうよ、ちょっと舞美ちゃんにお話があって……」

「ん? まぁいいや。休憩室でお話しよう」

舞美ちゃんが手を繋いできてくれた。
この手の感触、やっぱり独り占めしていたい。
仮面ライダーが握るのはヒーローショーに来てくれるちびっこの手であって、断じて舞美ちゃんの手ではないはず。

誰もいない休憩室に入り、舞美ちゃんにカップの紅茶をご馳走になる。
ふたりしてテーブルに座ると、舞美ちゃんがなにやら改まった様子で話し掛けてきた。

「そういえば、愛理に一番最初に報告しようと思ってたことがありまして」

「なに?」

まさか……。

「舞台、決まりました!! しかも……なんと主演です!!」

すごく嬉しそうに報告された。
自分で拍手までしてすごく嬉しそう。

「……知ってる」

「え、なんで!? わたしもさっき聞いたばかりでまだ誰にも言ってないのに!?」

「……ホームページに載ってた」

「……そっか。それなら仕方ないね。でも珍しいね。事務所がこんなに早く情報を掲載するなんて」

「だね」

いつもは後出しジャンケンのように事後報告をすることが多いのに。

「で、愛理の話って何?」

「うー」

「もしかして、舞台のこと?」

「うん……その、舞台の共演者のことで――」


舞美ちゃんに正直に話した。
共演者がイケメン仮面ライダーで心配だって。
舞美ちゃんが恋に落ちたりしないかって。

真剣に話したのに、舞美ちゃんはお腹を抱えて笑い出した。

「ちょっと、考え過ぎだって。あー、おかしい、涙出てきちゃった」

「でもでも! 舞美ちゃん凄く素敵だからみんな好きになっちゃうよ!!」

「ありがと。でも、そんな風に疑ってかかったら仮面ライダーさんにも失礼でしょ?
向こうもお仕事で必死に舞台に取り組んでいる方なんだから」

そういう舞美ちゃんの人の良すぎるところが一番心配なんだって……。
舞美ちゃんにかかれば、この世に悪人などいないことになってしまいそう。
もちろん、仮面ライダーと対峙する悪の組織だって普通の芸能プロダクションになってそう。

まぁ、舞美ちゃんの美点だし私も大好きなところだけれど。
ほっとけない。

「あー、もしかしてヤキモチ焼いてくれてるの?」

舞美ちゃんは今度は人の悪そうな笑みを浮かべた。
私にだけ、たまにこういう意地悪いところを見せる。

図星をつかれた私は何も言い返せずに下を向いてしまった。
たしかにみっともないヤキモチだ。

「なんか嬉しいなー。愛理にヤキモチ焼いてもらえるなんて」

「でも! 向こうはイケメン俳優で仮面ライダーで……やっぱり心配なんだもん」

舞美ちゃんの気持ちが動いてしまわないか。
私の隣から、舞美ちゃんの温もりが消えてしまうのが怖い。

「心配することないよ。だって――」

席を立った舞美ちゃんは私の隣に座る。
すると、いつものように片手で肩をギュッと抱いてくれ、そして。

「わたしが好きな人は、恋人の愛理が一番知ってるはずなんだけどな」

耳元で語りかけられた。
心臓が口から飛び出そうになる。

「それでも愛理は心配?」

「……うん」

わがままなのはわかってる。
それでも、舞美ちゃんのことがすごく好きな分、欲張りになってしまう。
いつだって舞美ちゃんの隣にいたい。
役の上であっても舞美ちゃんの恋人になられるのは、苦しい。

「まったく、愛理は心配性なんだから」

「……ごめん」

「しょうがない。ねぇ……愛理。今晩空いてる?」

「え?」

今度は両手で体を思いっきり抱きしめられて、耳元で甘く囁かれた。


「一晩掛けて、愛理のことを一番好きだって証明してあげる」
最終更新:2010年03月23日 23:36