アットウィキロゴ
 
おつかれさまでしたー。
ライブ終わりのステージ裏。先に捌けた舞美ちゃんを目でさがす。
通路を歩きながらきょろきょろしていると、目的の人物は数メートル先で、ペットボトルをあおって水を飲んでいた。
疲れているはずなのに、思わず小走りになる。私を見つけた舞美ちゃんが笑顔でペットボトルを持った手を振った。

「汗、すごいよ」

ショートカットにしても舞美ちゃんの髪の毛は汗でぺたりと額にはりついている。
それを人差し指ですくうように剥がす。「ありがと」はにかむ舞美ちゃんの表情が優しくて、その顔が見たくて、
いつも私は汗で濡れた舞美ちゃんの髪の毛を指で直す。

「飲む?」

もう半分以下に減ったペットボトルの水を舞美ちゃんがゆらす。

「え」
「愛理、喉渇かないの?」

渇くけど、と答えたらどうぞとばかりにボトルを差し出される。
飲みかけや食べかけをもらうことは珍しいことじゃなくて、だからこそ、自覚してからはそれがつらい。
舞美ちゃんが好き。それを自分で認めてしまってから、あーんされたりだとか、今までにもあった出来事が
急に嬉しいような恥ずかしいような申し訳ないような、複雑な感情が絡むようになった。
今ここにいるのが私じゃなくても、舞美ちゃんは同じようにペットボトルを差し出すだろうと判っているのに、
わずかな期待が湧いてしまうのを抑えられない。

「じゃあ、一口」

飲み口に唇が触れるときは緊張する。
ごくり、とぬるい水が喉を通る音がうるさい。
実際はうるさいことなんてないんだろうけど、緊張の音がそのまま響いていそうで、ちょっと怖い。

「間接だねー」

大事なところを略して舞美ちゃんが言う。
ド天然だと思う。先行きが心配なくらいド天然だ。腹が立ってからかいたくなるくらい、ド天然だ。

「ねえ、舞美ちゃん。お願いがあるんだけど」
「なに?」

優しくてメンバー想いで、頼りになるリーダーが首を傾げる。
にまり、ときっと今の私が浮かべている笑顔はお客さんの前ではできないような悪い顔だと思う。
耳貸して、とジェスチャーで示すと舞美ちゃんは身をかがめてくれた。

「直接していい?」

耳にそう吹き込むと、えっ、と驚いて舞美ちゃんが私を見る。
「だめ?」もう一押しすると、ああ、とか、うう、と唸って舞美ちゃんが純粋に困った顔をする。
きょろりと周囲を見回して、小声で今度は舞美ちゃんが私に耳打ちした。

「直接って、つまり」
「キス」

うーん、でも、と舞美ちゃんが申し訳なさそうに言った。
ここじゃ人が多いから、ちょっと無理かな。

「……じゃ、あっち行こう」
「いいけど、でも。いいの?」
「なにが?」
「だから……愛理は、私でいいの?」

その、するのが。
ちょっと顔が赤い。思わず、かわいい、と呟いてしまって、舞美ちゃんにばしんと背中を叩かれた。

「舞美ちゃんがいいの」

手をつかんで、人通りの少ない通路先を目指す。
手が汗ばむ。まだ汗が出るのか、と驚く。
ちらりと振り向いて舞美ちゃんを見ると、やっぱり頬が赤くて、かわいいなとまた思った。
最終更新:2010年03月23日 23:22