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何をどう伝えたら私の気持ちは伝わるのだろう。
誤解を解いて私と舞美ちゃんの気持ちが正しくつながる方法をいくら考えても思いつかなかった。
最初からこんがらがって始まってしまったのは私のせいだ。
私のせいで舞美ちゃんが苦しんでいる。
苦しみを解きたい。
そのために私が本当の気持ちを伝えても余計舞美ちゃんが苦しむだけだ。
嘘か本当か、証明する方法は浮かばない。
わからなくても日々は過ぎていき、舞美ちゃんと顔を合わせる。
何か言葉を紡ぎたくても出てくる言葉が全て舞美ちゃんを傷つけるかと思うと、
おはよう、というのが精いっぱいだった。
私が暗い顔をしているからいけないのか、それとも私の顔を見るたび辛くなるのか、
舞美ちゃんの表情には一瞬陰りが見え、それから無理して笑う。
太陽みたいな舞美ちゃんの温かい笑顔は私のせいで見えなくなってしまった。
泣いてしまいたい。
でも、それだけは絶対にやってはいけない。
私が辛い顔をしていたら、泣いたら、舞美ちゃんは私に近づく。
近づけばまた傷つけてしまうだろう。
心配かけたくなくて私は笑っているようにした。
無理にでも笑っていれば気が紛れた。
心が引きちぎれそうに痛くても、実際にはちぎれることはない。
私が無理して、舞美ちゃんが辛くなければそれでいい。

だけど、これだけではいけないのはわかっている。
ただの一時しのぎにはなっても原因を取り除いたことにはならない。
舞美ちゃんにかかった呪いを解く。
解けるのは私しかいない。
思いついた方法で呪いが解けるか、自信は全くなかった。
どちらにしてもこのままでは幸せになんかなれやしない。
これしか私には考えつかなかった。
舞美ちゃんが、元通りに笑うには時間がかかるかもしれない。
でも今のようなことを続けるのは底なしの螺旋階段を下るようなものだ。
それよりは少しでも早く手を離して、元の世界に戻した方がいい。
舞美ちゃんは太陽のような人でいてほしいのだ。
私なんかに囚われてはいけない。

心を決めるのに何日もかかってしまったのと
都合のいい日が見つからなくてずいぶんと時間が経ってしまった。
その間に私と舞美ちゃんが二人きりになることはなかった。
私が意図的に避けたのだ。
急に二人きりになっては心の準備ができていなくて、何をしてしまうかわからない。
私は私をもう信用できなかった。
舞美ちゃんが関わるとあっという間に、坂を転げるようにどこまでも堕ちてしまう。
こんなことになっても尚舞美ちゃんに欲情する自分の節操のなさが憎い。
私を縛る鎖がほしい。
そうしたら触れずに済む。
大好きな舞美ちゃんを傷つけずに済む。
舞美ちゃんの唇も、頬も、首筋も、髪の毛も、指先も、腕も足も、声も体温も、
舞美ちゃんを構成する全てが愛しくて、ほしくなるけれど、もう諦めるのだ。
そう決心して眠った。
夢に舞美ちゃんが出てきて、前みたいに、お日様みたいに笑っていた。
ぽかぽかの笑顔はみんなを照らしている。
私もその輪にいる。
ほっとしたように笑っている。
これでいい。もとに戻りたい。
舞美ちゃん、大好き。

私が選んだ日はダンスレッスンの日で、次の日は収録や撮影が入っていない。
確か舞美ちゃんも予定はない。
泣かないという自信は全くなかった。いや、確実に泣くだろう。
最悪泣き腫らして次の日がどんなにひどい顔でも仕事に支障が出ないようにしておきたかった。
妙な緊張が体を強張らせて、レッスン場へ向かう足を止めさせようとする。
そういうわけにはいかない。
重たい心を引きずって私はレッスン場の扉を開けた。
もうみんながきていて準備運動をしている。
入口付近にいた舞ちゃんがおはよ、とストレッチしたまま見上げる。
私は気持ちを切り替えておはよ、と答えた。
余計な私情は持ち込まない。私は頬を二度叩いて集中した。
全体の準備運動の後、新曲の振り付けを見せ与えられる。
見ている間、違うことを考えてしまいそうになるけれど、意地で集中した。
誰にも迷惑をかけたくないし悟られたくない。
舞美ちゃんのせいにしたくない。
これから先、こういう気持ちのままレッスンすることだってあるだろう。
今からできなくて今後できるはずがない。
曲が流れて音に集中する。
前奏で目を閉じて息を吐いて、顔をあげたら鏡に映る自分だけに集中した。
そうでなければ隣にいる舞美ちゃんを見てしまいそうだから。
見てしまったら集中力は切れてしまうだろうから。
雑念を振り切るように腕を振り、足で蹴り、ターンで吹き飛ばす。
先生から随分今日は荒いねと苦笑いされるくらいだ。
体を動かしていないと、余計な思考が頭を埋め尽くしてしまうから途切れずに曲を流し続けてほしい。
そんな私の思う通りにはならない。
曲をいったん止めて私や誰かに指示を与えるとき、隣いる舞美ちゃんはどうしても視界に入る。
見ないようにしていたものの、心は抑えられないらしく、うっかり鏡の中の舞美ちゃんを見てしまった。
すっと背筋を伸ばして真っ直ぐ立っている。
たった一瞬だったのに容易に目があった。
心臓が、掴まれる。

微かに憂いを含んだ黒い瞳は、おそらく、ずっと私を見ていた。
そんな顔しないで。
意識が朦朧としそうになり、だけどその瞬間に先生の声が響いた。
「はい、もう一回行くよ。」
視線を自分に戻す。
振り切らなきゃいけないものが増えた。
雑念も思考も、舞美ちゃんの視線も、私の中からなくさなければならない。
さっきよりずっと難しかった。
舞美ちゃんが見ている。
たった一秒足らずの事実が永遠であるかのようだ。
私は私の中の舞美ちゃんの視線と戦っていた。
集中なんて最初からしていなかったのかもしれない。
息苦しい。苦しい。
もがいて踊り狂っているうちに、休憩時間になった。
計画はここからだ。私は休憩になってすぐに鞄を漁り、中で携帯をいじった。
そして舞美ちゃんにメールを送っておく。
休憩時間には舞美ちゃんは携帯に触れることはあまりなく、
帰りに親と連絡を取るために取りだすのを知っている。
今読まれたらきっとお互いがお互いを気にしてしまうから、そのタイミングで気がついてほしかった。
たった一行の絵文字もないメールを急いで送って、いかにも普通の素振りで休憩時間を過ごした。
休憩が終わってからのレッスン時間はそんなに長くない。
さすがに体力がなくなりかけて、それでも全体で合わせようとすると自然と集中する。
さっきまで見えていなかったみんなの動きが見える。
もちろん、舞美ちゃんのも。
なんとなくだけど調子が悪そうだった。
集中力がないとまではいかないけれどキレが悪いし、なにより苦しそうだった。
その顔を見ると私も苦しくなる。
お願いだから苦しまないで。
今日で終わりにするから。

長い長いレッスンが終わる。
各自少しだけ恒例の自主練習をするが、早く終わってほしかった。
決意が固いうちに済ませてしまわなければ私の自分をつないでいる鎖は千切れてしまう。
気を紛らわそうと水を飲んだりトイレに行ったり、そわそわせわしなく動く。
そうこうするうちにさすがにみんなが帰る支度を始める。
私はそれを眺めながら軽いストレッチをするふりをしていた。
「愛理帰らないの?」
千聖が呑気に声をかける。
「もうちょっとやってく。」
「気合入ってんね。」
そう言っておっつー、と手を出したから私も手を伸ばすとパチンとハイタッチされた。
「お疲れー。」
ぞろぞろとみんながレッスン場から出ていった。
舞美ちゃんはみんなに紛れているせいか私といる時より明るい笑顔になっていた。
嬉しいことのはずなのに胸が痛くなる。
そんなのはしらない。私のことは知らない。
舞美ちゃんが笑っていられればいい。
そう思っているのに、やはり、辛かった。
みんなが出ていったレッスン場はしんと静まり返っている。
ぽつんと残されて、音もない。
動きすぎて体が痛かった。動けなくなってしまいそうだ。
それでも、思考にがんじがらめにされて泣いてしまわないように曲をかけてまた踊り始める。
みんなも先生もいないから集中するはずもない。
今日これからのことが頭に浮かんで体の感覚がぼんやりとする。
舞美ちゃんがメールに気付かなかったらどうしよう、とか、ちゃんと話せるか、とか、
泣いてしまわないだろうか、とか、成功したその先のことだとか、
考えたらきりがない。
一分一秒が長い。遠い。
時間が長いから押し込めていた感情が顔を出そうとする。
嫌だ、離れたくない。
お互い好きなのにどうして。ねえ、なんで?

自分の内の声に発狂しそうになる。
首を振って、頭を真っ白にしなければ溢れてしまう。
舞美ちゃんに笑っていてほしいのも、舞美ちゃんと離れたくないのも、どちらも本心だ。
どちらも同時には、得られない。
矛盾することじゃないはずなのに。
それでも選ばなければならない。
舞美ちゃんが早く来てくれなければ私は迷ってしまう。

早く、早く、と願うと、音楽とは違うあわただしい足音がドアの向こうから聞こえた、
かと思うとすぐに勢い良く開かれる。
振り返れば、やっぱり舞美ちゃんだった。
息を切らして髪を乱して、そんな風にさせるのは今日で最後にしよう。
酷く慌てた形相の舞美ちゃんとは対照に私は微笑んだ。
よたよたと舞美ちゃんが近づいてくる。
「大事な話って、何、愛理。」
舞美ちゃんは携帯を握りしめている。
見えないけれどきっと画面には私からのメールが開かれている。
心配や不安というよりは恐怖に近い表情だ。
私も怖いよ、舞美ちゃん。
言葉を口に出そうとした瞬間私の中で悲鳴が上がる。
それをぎゅっと押し込めて、息を止めて、吐き出す。
「あのね。」
泣かないよ。そう昨日誓ったのに、泣きたくなる。
えりかちゃんの卒業のときみたいだ。
だけど、今回は意地を張らなきゃいけない。
できるだけ心を殺した。
「別れてほしい。」
自分の声と言葉が響いて耳に届くと息が詰まるほどの痛みを感じた。
しらない。しらない。
私の痛みなんかしったことではない。

痛みを追い出すためにいつもなら目を閉じたり首を振ったりするけれど今回はしなかった。
あくまでも普通でいなければ。
舞美ちゃんが崩れ落ちそうになって、こらえる。
唇が震えている。
手を差し伸べたい、駆け寄って抱きしめたい、気持ちを歯を食いしばって抑えつけた。
鎖をイメージする。できるだけ頑丈な鎖だ。
私はつながれていて動けない。
舞美ちゃんは俯き、顔をあげ、視線を落とし、溜息をついてから私を見据えた。
私はもっと強く歯を食いしばる。
間違った言葉が出ていきそうになる。
今でてきてはいけない。
「あたし、じゃ、代わりになれなかった、かな。」
「そういうことじゃないよ。」
「じゃあ、なんで?」
縋るような視線にぐらぐらする。
もともと頭は感情を抑えつけるために真っ白で、何も考えられなかった。
「私、舞美ちゃんのこと傷つけたくない。できない。」
私はまっすぐ立っているのだろうか。半ばわからなくなっていた。
ほとんど呼吸していなかった。
視線はふらふらとしながら、でも舞美ちゃんから離れずにいる。
舞美ちゃんは目を細めて微笑んだ。
海に沈みかけの夕焼けみたいな切ない光が沁みる。
「そんなこと気にしないで。私が望んだんだから。」
一歩、また一歩、と距離が近づいて、舞美ちゃんが私の腕に触れた。
滞っていた血液がぐるぐる廻り始めるのが分かる。
「愛理が幸せならあたし幸せだよ。」
耳をふさぎたくなるような愛の言葉は、獣の鋭い爪で、舞美ちゃんが触れる感触は猛獣の歯だった。
私をつないでいる鎖をかみ砕き、理性を引きちぎろうとする。
そういうわけにはいかない。

このまま流されたなら、舞美ちゃんは幸せになんかなれない。
目をぎゅっと閉じたらあの日の涙をこらえた舞美ちゃんの顔が浮かぶ。
「だめだよ。」
「だめじゃない。」
やめてよ、引き寄せようとしないで。抱きしめないで。
泣きたくてたまらない。
こうなることは予想していた。
ただ、予想以上の引力だった。
「やだ!」
私を腕に収めようとする舞美ちゃんを、精いっぱい押し返した。
初めての拒絶に舞美ちゃんの顔には絶望が浮かぶ。
痛い、痛くて泣きたくて、こらえなきゃならない。
私は泣いてはいけない。
唇を血が出そうなほどかみしめている舞美ちゃんの、呪いを解けるのは私だけなのだ。
「やだ、舞美ちゃんが苦しいの、いやだ。傷つけたくない。私がそばにいると舞美ちゃんは傷つくし、幸せになんかなれない。」
好きなんだ。舞美ちゃんのことが好きで好きで、たまらなくて、苦しい。
好きな人には幸せに笑っていてほしい。
自分はどうなったっていい。
「なれるよ。」
「なれないよ。だって、舞美ちゃん苦しそうな顔してる。私と付き合ってからずっと。」
舞美ちゃんは黙ってしまった。
ほら、やっぱり苦しいんじゃないか。苦しかったんじゃないか。
私がした行為でどれだけ傷ついただろう。
想像しただけで私は自分の手を、喉を、切ってしまいたくなった。
「舞美ちゃんのそんな顔見たくない。耐えられないよ。」
今だってそういう顔をしている。
いつだって笑っていてほしいのに。
舞美ちゃんの笑顔が遠くかすんで見えなくなる前に取り戻したかった。
「舞美ちゃん、はじめてキスしたとき、私にいったこと、覚えてるよね。」
あの言葉がずうっと私をとらえている。

あの日のキスも、抱きしめられた感触も、えりかちゃんの記憶を塗り替えてしまうくらいの出来事だった。
舞美ちゃんはこくりと頷いた。
「私のつらそうな顔見ていたくないって。」
もう一度、舞美ちゃんが頷いた。
「私も、だよ。私もなんだよ?」
いつの間にか離されていた舞美ちゃんの腕を、今度は私が掴んだ。
触れたらそこから何か伝わるような気がした。伝わってほしいと願った。
「舞美ちゃんが大切だから、笑っててほしい。」
大好きすぎて苦しくて、自然と目頭が熱くなった。
頭がぐわんぐわん回る。いろんな気持ちが混沌と私の中で混ざっていく。
ぐるぐる、ぐちゃぐちゃに、混ざり合って溶けて、一瞬無になり、たった一つのことだけが渦から自然に浮き上がってきた。
その気持ちはいつも同じだ。
単純で飾り気のない感情。

「舞美ちゃんが好き。」

どこをどう遠回りしても根本を辿れば同じ答えに行きつくようだ。
私は確信とともに諦めた。
えりかちゃんではない。舞美ちゃんがいい。
他の誰にも代えはできない。
「えりかちゃんじゃなくて、舞美ちゃんが好きなの。」
私は舞美ちゃんから逃げられないのだ。

レッスン場の床に、とっ、とっ、と音を立てて涙が落ちる。
私のものではない。
ぼろぼろと次から次へと舞美ちゃんの目から涙が溢れる。
あの日と違う涙なのは明らかだった。

「じゃあ、あの時、も?」
見る見る間に舞美ちゃんの顔が羞恥で赤くなっていく。
耳まで赤くて可愛い。
「そうだよ。舞美ちゃんと、したかった。」
そういうと舞美ちゃんはうー、とか、あー、とか言葉にならないような声を上げる。
「舞美ちゃんだからしたかった。」
照れと恥ずかしさが極限に達したようで舞美ちゃんが顔を隠す。
隠されると外したくなるのが人間というもので、私は舞美ちゃんの手首をつかんで引っ張る。
意外とあっさりと外れて、そこから出てきた舞美ちゃんは俯いていたから自然と上目遣いになっている。
目が合うと照れくさいのか目をそらされた。
いちいち可愛いから私の心臓がもたない。
キスしたいけど、いいだろうか。
「舞美ちゃん。」
呼んでみると素直に私の方に向く。
ぴょこりと耳を立てたうさぎみたい。
「キスしていい?」
尋ねると一瞬理解しかねたようで、頭の上にはてなマークが浮かぶ。
それからすぐに意味がわかって微笑んだ。
いつもの太陽のような笑顔ではない、かといって夕日でもない。
たとえるなら、花が開くような笑顔に私は意識を奪われる。
呆けていると舞美ちゃんの方から近づいてきて私の唇に触れる。
今度は私が真っ赤になる番だった。

私の顔を見て舞美ちゃんはしてやったりな笑顔を浮かべる。
悔しいから私から口づける。
距離が短くなるにつれて伏せられていく睫毛が美しい。
横目で眺めていたけど、触れる間は目を閉じた。
そうしたら舞美ちゃんの感触が確かになる。
二人きりのレッスン場は静か過ぎて心臓の音が聞こえてしまうのではないかと思ったけれど、
多分舞美ちゃんのも大きな音だろうから問題はない。
ゆっくりと離れて顔を合わせた。とたんに私は大事なことに気がつく。
「あのさ。」
「何?」
「やっぱり、別れるの、取り消し。」
ごめんね、と言うと、舞美ちゃんは心の底から幸せそうに笑った。
「ううん、嬉しい。」
とびきり甘い笑顔と声に私はくらくらする。
ずっとそうやって笑っていてほしい。
いや、こうやって笑っていくのだ、と、秘密の誓いを立てた。
最終更新:2010年02月18日 19:58