口の中に入れられる塩味のきいた塊。
ポップコーン。
膝枕をするかたちで頭を預け横になっているわたしに、
愛理は雛鳥に餌をやるように親指と人差し指で入れてくれる。
彼女は黙ってそれを繰り返し、わたしもそれを受け入れる。
ポップコーンの袋はいつもわたしが持つことになっている。
寝そべりながら袋の口を上に向けなければいけないのは一苦労だけれど、
彼女は持ってくれない。
だって片方の手はポップコーンを摘む手で、もう片方は飽きることなくわたしの短く
なった髪を撫でてくるのだから。
両方の行為を片手でやったら髪が塩でベタベタになっちゃうし。
もうこれは何度もされた行為。
最初の頃は「これって間接キスになるんじゃない?」とドキドキが止まらなかった。
その親指と人差し指は確実に彼女の柔らかい唇にも触れているわけだから。
すでにキスどころかそれ以上の行為を繰り返していた仲なのに。
けれどいつのまにか慣れてしまい、そうすることが当然になってしまった。
広々としたリビングの中央にはすこし張りがある黒革のつやつやしたおっきなソファーがあり、
前方には50インチではきかないフルハイビジョンテレビには録画したのだろうか、
少し前に流行った恋愛ドラマがながれている。
それを二人して言葉を交わすでもなくポップコーンを食べながらボーっと眺めている。
わたしの方は内容が頭に入ってこない。
愛理もそうかもしれない。
きっと、こうして二人で同じことをするのに意味がある。
一人ぼっちにならないために。
ここは都内某所にある彼女のマンション。
同居している彼女のお母さんはプロゴルファーであるお父さんの仕事のために今日はいない。
そうなると必ず呼ばれるようになった。
口を薄く開いてポップコーンを待っていたわたしの唇に彼女の人差し指と中指の腹が
軽く当てられて、さらに顔を近づけられた。
「舞美ちゃん、ポップコーン切れちゃった」
愛理にそう告げられた。
「そうなんだ。3袋もあったのに」
そういえば、2回ほど空袋を交換されたっけ。
ちょっとだけ残念。
食べ過ぎると体によくないと分かっていても一度手をつけるとやめられないのがポッ
プコーンの罪なところ。
でもなくなるのも当然、ドラマを見始めてからずっと愛理に口の中に放り込まれてい
たんだから。
愛理自身はあまりポップコーンを食べてなかったような気もするけれど。
「もう3袋あってもよかったね」
「……太らす気?」
「そんなつもりはないんだけれどー、
黙ってポップコーンを食べつづける舞美ちゃんが可愛すぎて。ごめんね。
まぁ少しくらい肉がついたほうが抱きごこちがよくなるかも」
「太ったら愛理の膝枕してくれる脚が痺れるかも」
「うわぁ、それは勘弁。
……じゃあしょうがない。口寂しい舞美ちゃんにこれ、あげる」
突然さきほどまで唇に当てられていた人差し指が口内に侵入してきた。
ポップコーンをずっと摘んでいたためにほんのり塩味。
舌に指を押し付けてくるあたりは意地が悪いと思うけれど。
「満足した?」
愛理は口内から指を引き抜き、わたしの唾液にテカテカ光る指をきれいにするためだ
ろうか、自身の舌で舐め取って綺麗にしようとした。
「うーん、満足してないかも」
「だったら」
顔が近づいてきて愛理の唇を押し当てられた。
優しく、長くてまるで時が止まったように。
ただドラマの音声が部屋に響くだけ。
「どう、満足した?」
「うん、なかなか」
「でも……問題発生です、舞美ちゃん」
「何が?」
「私のほうが、満足したくなってきちゃいました」
愛理の目はすでにトロンとして潤んでいた。
もしかしたらこちらもそうなっているかもしれないけれど、こればっかりはわからな
いし。
「ここで、してもいい?」
疑問系の割には既に愛理の手は私の胸に当てられていて。
「するのは、まぁいいんだけれど……せめて寝室に行こうよ。
前回みたいになると面倒だし」
前回に愛理のマンションにお泊りにきたとき、同じようなシチュエーションで
勢いでソファーの上で最後までしてしまった。
最後までしたのはいいんだけれど……後始末が大変で非常に困った。
とりあえず匂いは消したし、シミにはならなかったので最悪の事態は避けられたけれど。
「しようよ」
「だめ」
「……してくれないの」
突然彼女の表情に悲しみの色が宿った。
『ひとりに、しないで』
あの日、あの時、わたしの手を痛いくらいに握りながら泣いている愛理の光景が
フラッシュバックし、心臓を鷲づかみにされるような感覚が走った。
そういう表情をされると、逆らえない。
「……ちょっとしたら、寝室に行こうね」
「うん、わかった」
急に人懐っこい笑みを浮かべた。
……たぶん、わかってないんだろうな。
頭を膝から下ろされ、もともと横になっていたわたしの上に覆い被さるように愛理が
きて、まずは首筋から愛撫が始まった。
テレビを消さないと勿体無いよ、と言おうとしたけれど首筋から響くジンジンとした
快感に妨害される。
きっともうすぐお互いにスイッチが入ってどうでもよくなってしまうだろう。
ただ目の前の愛する人に愛されて、快感と満足感とともに互いに大事な人を失った寂
しさを紛らわす。
そんな行為をもう何度繰り返したんだろう。
二人がこうなったきっかけは――。
そう、とてもとても悲しい出来事。
◆◆◆
それは去年のもうすぐ夏本番といった頃のこと。
「栞菜が早く戻ってくるといいね、愛理」
「だね」
「喧嘩相手がいないと寂しいでしょ」
「……まぁ、ね」
ふたりでよくこんな会話をした。
栞菜は怪我のために療養ってことで活動を一時休止ということになっていた。
愛理にとって栞菜は一番の喧嘩相手、それだけ一番に本音をぶつけられる相手。
ちょっとだけ愛理に想いを寄せていた自分としてはちょっとだけ羨ましかったけれ
ど、
リーダーとして気難しいところのある愛理のよき理解者である栞菜は頼もしい存在で
もあった。
療養は長引いたから不安にもなったけれど、メンバーみんなで事務所の人の「大丈
夫、絶対に戻ってくるから」って言葉を、なによりも栞菜を信じて待ちつづけた。
だけど、結局。
栞菜は戻ってくることはなかった。
そのことは栞菜の口から告げられることもなく、事務所の人からとても事務的に告げ
られるだけ。
また「いままでありがとう」の言葉も言えないで大事な人と別れることになった。
それでもわたしたちはプロ。
いつまでも後ろばっかり見ていることはできない、させてくれない。
悲しんでいる間にもすぐに次のお仕事が、週末のステージがやってくる。
ステージ上では何事もなかったかのように笑顔をファンのみんなに振りまかなければ
いけないけれど、それがたまらなく辛くて、悲しい。
それでも、心に蓋をして自分を騙してなんとか乗り越えようとした。
みんなもそうだと思った。
けれど愛理は――。
栞菜が戻ってこないとわかって一週間くらいだろうか、レッスンが終わった後更衣室
でみんな着替えるわけだけど、その日の愛理はやたらに着替えるスピードが遅かっ
た。
待っていたら、「電気消しておくから先に帰っていいよ」と言われたのでメンバーと
もども先に更衣室を後にした。
そのままみんなと一緒に帰ろうとしたけれど、愛理のことが気になって更衣室に引き
返すと、まだ電気はついたままだった。
「愛理遅いよー」
ドアを開けると、そこには下はスカートを履いていたけれど上半身は下着のままで長
いすにうずくまっている愛理がいた。
「ちょっと、どうしたの!?」
あわててそばに駆け寄る。
「愛理、具合悪い……の?」
いや、違う。
だって、すすり泣いてたから。
声を駆けられる雰囲気でなく、わたしのアウターをかけてあげて背中を泣き止むまで
擦ってあげようとした。
結局泣き止むことはなく、守衛さんにノックされたのでわたしが服を着せてあげた。
着替えが完了すると手を引っ張って愛理を外に連れて行く。
もう泣いてはいないけれど、うつむいていた。
「今日は一人で帰れる?」
愛理はうな垂れて首を横に振るだけ。
本人が無理だと言う以上、このまま置いていくわけにはもちろんいかないので、
一度遊びに行ったことのある東京にあるマンションへと送ってあげることにした。
歩いてるとき、電車に乗っているとき、ずっと手を繋いだまま。
そうじゃないとまた愛理がうずくまって泣き出しそうだったから。
結局、マンションの前まで手を繋ぎっぱなしで一度も離さなかった。
「さ、着いたよ。愛理」
それでも手を離す気配はない。
またうつむいたまま首を横に振るだけ。
「……部屋に着いたら帰るからね」
マンションに備え付けてある最新セキュリティーに二度目なのにまた驚きつつもエレベーターに乗り、
部屋まで送ってあげた。
「部屋の前に着いたから」
それでも愛理は首を横に振るだけ。
手はまだ離さない。
しょうがないのでインターフォンを鳴らして愛理ママが出てもらうことにした。
だけど、何回鳴らしても、連射しても出てこない。
「……今日は、誰もいないんだ」
やっと愛理が口を開いた。
その口調は弱く、声はやっと聞き取れるくらいだったけど。
「そっか。寂しいね。じゃあわたしはこれで」
もう門限は過ぎているので少し慌てていた。
すると愛理は先ほどよりすごい勢いで、たぶん全力で首を横に振り、長い髪が乱れた。
「……ちょっとはお邪魔させてもらおうかな」
あー、終電かぁ。
広々とした玄関は真っ暗で誰もいないことを物語っている。
むしろ広々としている分、寂しさも増している気さえする。
とりあえず照明だけは点けさせてもらった。
靴を脱いで、動こうとしない愛理の靴を片手で何とか脱がせてあげて、
上がらせてもらったまではいいけれど、愛理はそのまま動こうとしない。
わたしも人の家なので勝手に動くことが出来ず、二人して玄関に引いてある絨毯のう
えに突っ立ったまま時間が過ぎていった。
どれくらいしただろうか、また愛理はぐずり出した。
理由はわからないけれど……いや、理由なんてひとつしかない。
愛理にとって大事な人がいなくなってまだ日も浅い。
我慢していたものが抑えられなくなったんだろう。
それでも最重量の責任を負わされ続け、弱音を吐く相手すらいない。
いつ心が折れてしまってもおかしくないよね。
腕時計を見ると11時半、さすがに限界。
「ごめんね、わたしそろそろ帰るから」
家にもまだ連絡を入れてない。
さきほどから何度も携帯のバイブレーションが響いたけれど、出られなかった。
帰らないとまずいので首を横に振られても帰ろうとした。
すると、
「痛っ」
愛理の細い腕から出されてるとは思えないくらいの強い力で握られた。
「ひとりに、しないで」
愛理は顔を上げ、涙に濡れた瞳で見つめられながら言われた。
その瞳があまりにも美しくて全身に鳥肌が立つのがわかった。
決心が揺らぎそうになる。
「でも、帰らないと怒られ……」
「やだっ!!」
愛理にすごい力で抱きつかれ、バランスを崩して絨毯の上に押し倒される格好になった。
「ひとりになるの、怖い。
夜が明けて、学校に行って、レッスン場に行ったらまた誰かいなくなってる、そんな
のもうやだ!!」
さきほどまではとは打って変わっての叫び声。
きっと愛理の心からの悲鳴。
「もし、もし……舞美ちゃんまでいなくなったら、もう会えなくなったら、二度とス
テージに笑顔で上がれないよ! 笑顔で歌えない! だから――」
これ以上、愛理を悲しませたくない。
空いていた手で安心してもらえるように涙で濡れた頬を撫でてあげた。
「大丈夫、大丈夫だよ。わたしは絶対に愛理の前からいなくならないよ」
「ほんと?」
「ほんとだって」
まだ繋がっている手を強く握ってあげた。
「ねぇ、舞美ちゃん……」
「ん?」
「だったら……私のものになって」
「えっ」
それってつまり……。
!!!!!!!!
頭の回路がショートしそうになる。
いや、ショートした。
「それで私が舞美ちゃんのものになれば、二人はずっと一緒にいられるよ。
たとえ事務所が二人を引き離そうとしても」
「あ、そ、いや、でも」
「だめ?」
ダメなわけないけれど、口が上手くうごかない。
愛理のものになりたい、愛理をわたしのものにしたい。
ドロドロとした欲望がマグマのように溢れてきても、上手く言葉に出来ない。
……そうだ。
「これが、答え」
繋がった手を全力で握った。
不器用なわたしのキモチ、これで伝わったかな?
けれど強く握りすぎたのて痛かったのか愛理の顔が一瞬ゆがんだ。
「あ、ごめん」
「はは、やっぱり舞美ちゃんの握力にはかなわないや」
やっと、笑顔がのぞいた。
それだけで泣きそうになる。
やっぱり愛理は笑顔が一番。
この笑顔、わたしが全力で守ってあげなきゃ。
気がつくと、繋がった手はしっかりと指と指とが絡み合っていた。
ふたりの初めては玄関の絨毯の上。
背中に絨毯が擦れてちょっと痛かった。
キモチよさはただ寂しさを紛らわすための麻酔。
肌を重ねることでお互いの存在を感じ、大嫌いな現実をごまかした。
こうして始まった愛理との関係、最初のうちは愛理に誘われる形で続いた。
だけどえりまでいなくなり、わたしは寂しさを埋めるように深く愛理に溺れた。
えりが居なくなった寂しさは、髪を切って切り替えようとしたところでまったくの無駄。
そんなわたしを愛理は受け止めてくれた。
◆◆◆
―― 舞美ちゃん、助けて、舞美ちゃん ――
愛理の助けを呼ぶ声が聞こえて慌ててベッドから飛び起きた。
隣を見ると安心しきった表情でスヤスヤ眠る愛理。
あー、きっとわたしの方がうなされている愛理の夢を見たのかな。
付き合い始めて最初の頃は一緒に寝ていると必ずといっていいほど夜うなされてい
た。
あの後ソファーでし始めたまではしょうがないにしても、
先に果てた愛理をベッドまで運んだり、ひとりでソファーを綺麗にしたりで大変だったんだから。
ポップコーンの食べカスが散らばって大変だったし。
いまはふたり裸のままベッドに入って寝ていたわけで。
「……うーん、かんなのばかぁ、またまいみちゃんにせくはらして……むにゃ」
と、今度は愛理の寝言。
ちょっと笑ってる。
まったく、どんな夢を見てるんだか。
でも、まぁ。
幸せそうな夢だからいいか。
前髪をかきあげ、おでこにキスをして再びベッドに潜った。
暖かくて柔らかい素肌が待ってるベッドに。
でもたまに考えてしまう。
えりにめぐ、なっきぃに栞菜に千聖に舞ちゃん、そして愛理とわたし。
みんなで前だけをまっすぐに見続けられたあの頃、いまよりも毎日が楽しかった気がする、って。
愛理とは今みたいな関係でなかったのに。
それがとても寂しいこと。
だからせめて。
この意地の悪い世界が少しでも彼女にとって優しいものになるために彼女を、
そして℃-uteを守らなくては、と強く思う。
だって彼女の笑顔も歌も彼女自身のこともたまらなく好きで。
なによりわたしの全てはすでに彼女のものなんだから。
最終更新:2010年02月15日 17:41