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全ての始まりを、多分愛理は知らない。
愛理がえりを意識する前からあたしとえりは愛理を好きだった。
日に日に魅力的になっていく愛理を見守って、目で追ううちに自然とえりと目が合うようになった。
二人とも同じ人を好きなのにライバルという気はしなかった。
あたしたちは他のメンバーから年が離れているからどうしても見守る立場になる。
だから、あたしもえりも、愛理のことを好きだと、愛理に気付かせたくなかった。

愛理はそんなことも知らずに、確かに、年月を重ねてえりを好きになっていった。
その変化はいくら鈍いあたしでも気がついた。
もともとえりと愛理は他のメンバーより長く一緒にレッスンを受けていて、
基本ができている分愛理はえりを特別視していたと思う。
本人たちは気がついていないだろうし、そんなつもりはないだろうけど。
加えて、えりの優しさは愛理の肌に合ったのだ。
二人で話している姿はお似合いで、そのことは少し悲しいけれど、ほほえましかった。
この恋が実ったらいいと純粋に願っていた。

だからあたしはある日えりに愛理の気持ちを告げた。
それで、付き合ったらいいとも言った。
大好きな愛理が誰かのものになるのは辛いことだけれど、えりならいいと思った。
えりがどれだけ愛理を好きなのかは傍から見ていればわかる。
この提案はすぐに受け入れられる、そう信じて疑わなかった。
えりの答えは、ノー。
理由は卒業するから、だ。
あたしはその時初めてえりが卒業してしまうことを知った。
そして、願った恋が実らないことも、痛いほど知った。
えりは長い睫毛を震わせて、遠くからじゃ愛理を守れないから、と、笑った。
ね、納得してよ。
そう言いたげな笑みは、あたしに向けられているのに、本当はそうではない。
きっとえりの方がずっと辛いのにあたしはぼろんと涙をこぼした。
あたしとえりのカウントダウンはここから始まった。

活動の全てに、最後の、と付くようになって、えりは照れくさいような恥ずかしいような、
しかし、そこに何か気持ちを入れて臨む。
あたしも、他のみんなも同じだった。気持ちは一つになった。
最後のツアーが進んでいく。
その間にそれぞれみんな色々な心境の変化はあったと思うけれど、
愛理とえりの間に変化があったことは知りもしなかった。
えりは何も告げないまま、月の出ない、駅に向かう間の夜道で、あたしに一つだけ願い事を託した。
「舞美にしか頼めないことなんだ。」
あたしに、しか、というのは、
ふわふわと月の代わりに浮いてぼんやりとあたしを照らす言葉だった。
ただその願い事はあたしが考えるよりずっと、ずっと、重たい願い事だった。
「愛理のこと、守って。」
えりが前に自分にはできないと言った、あの瞬間のえりの表情が頭をよぎる。
それは今、目の前のえりと同じで、あたしは動けなくなる。
どんな気持ちで頼んでいるのだろう。
自分の口から吐かれる息はじりじりと熱を持たずにひきちぎれていく。
神様は、こんな重たい願い事も頼まれるのだろう。
もっと重い想いもあるのかもしれない。
神様ではなく、あたしにしかかなえられない。
たった一つの願い事。
あたしは、頷いた。
えりはほっとしたように頬を緩める。
目尻がふわりと下がる。
ひょろりと長いえりの腕があたしに伸びて、肩を叩いた。
「愛理のこと頼んだよ。」
えりは、全てのことをあたしの肩に置いていった。
任せるとも、託すとも、譲ると言えることも。
誰かに話せばもしかしたらずるいと言われるかもしれない。
あたしはそうは思えない。
えりの、いちばん大切な愛理へのとびきりの優しさだ。
あたしにはできない考え方だと思う。

そして今、紆余曲折を経てあたしは愛理と両想いになった。
えりに任されたからという理由だけではなくて、辛そうな愛理を本当に、本当に見たくなかった。
片想いのままでいいから救えたらいいと思っていた。
少しは両想いを期待したけれどまさか現実になると思いもしなかった。
今でも信じられない。
二人きりになると甘すぎるくらいの視線を、上目づかいであたしに浴びせて、少しだけ背伸びしてキスする。
たまに夢なんじゃないかと疑ってしまう。
同時に、胸の奥にしこりのような黒い罪悪感が、ちりちり浮かび上がる。
あたしとえりのやり取りは誰にも教えていない。
教えてはいけない、とえりに釘を刺された。
何かあった時に傷つくのは愛理だし誰も得をしない。
こうなることをえりはわかっていたのだろうか、
あたしの性格を見越して、言わない方がいいこともあるのだと諭された。
事実、あたしは愛理に伝えてしまいたかった。
口からこぼれそうになるのを何度も、口を噤んで我慢した。

えりが遊びに来た時はすごくはらはらした。
愛理の気持ちがえりに戻る図がみんなが騒いでいるなか浮かんでは消えを繰り返す。
加えて、愛理を追いかけてえりがトイレに向かったから、怖くてたまらなくなった。
元は愛理とえりが両想いだったのだから、今がおかしいのであって、えりをどうこう言える立場ではない。
えりの気が変わってしまっても仕方がない。
わかってはいるのだけど、と、色々自己嫌悪に落ちるうちに愛理がすっきりした顔で戻ってきた。
何を話したのか気になってたまらない。
そわそわ落ち着かない気持ちは行動も狂わせたようで、すぐに愛理に見抜かれる。
「舞美ちゃん、おなか減ってたの?」
見抜かれたように感じて頭が真っ白になり、慌てて動くと、やっぱりドジをしでかしてしまった。
一斉に笑いが起こって、あたしは苦笑いして頭を掻くしかなかった。

頭を冷やそうとトイレに行くと愛理が心配そうに後をついてきた。
愛理は全部お見通しで、あたし以外目に入らない、とキスをした。
心臓が掴まれたように痛くなる。
嬉しくて、可愛くて、もっともっと欲しくなる。
以前のホテルでの出来事が頭をよぎって、心臓の奥、体の中心あたりがぎゅ、と締めつけられる。
と、同時に、このまま進んでもいいのか、と、自分の中の良心が痛んだ。
前の時とはこの先事情が違う。
あたしは、罪悪感を抱えたまま、愛理とそういうことをできるのか。
考えたらどうしてもできないように思えたし、
万が一してしまったら、いや、もう一度はしているのだけど、次してしまったら、
あたしは取り返しのつかない後悔をしてしまう。
だから、ちゃんと言おう、と決めた。
色々とけじめをつけてしまいたい。
そういう意味も込めて、電車に乗り込む直前の愛理に、今度泊まりに行ってもいい、なんて思いきって伝えた。
愛理は心底驚いたのか目を丸くして、それから嬉しそうに返事をくれた。
愛理の表情が可愛くてたまらない。
あたしは電車が見えなくなった後もその姿を追うようにホームに立っていた、ら、愛理からメールが来た。
絵文字とハートだらけの可愛いデコレーションのついたメールだった。
このメールと一緒に、あたしたちも幸せな未来を歩めたらいいのに。
この告白を聞いたらどうなってしまうのだろう。
もしかすると関係が終わってしまうかもしれない。
あたしは嫌われるかもしれない。
そんなことにはならずに、ずっと一緒にいられる可能性もある。
どちらに転がるのだろう。
いつか来る日は、すごく怖かった。
最終更新:2010年04月16日 21:04