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「全く困ったもんだね、お嬢様ってのにも」
そう言った潤子さんの顔は、困っているというよりは呆れていた。

潤子さんは、ギターの腕前もさることながら、そのシャープなルックスとクールな振る舞いでファンの間でも人気がある。
そして、私も潤子さんを慕っていた一人。
でも、「憧れの人」だったのが「好き」に変わったのがいつかは、もう思い出せない。

潤子さんも、3人の中では私を一番気に入ってるじゃないかな、って思ってた。
多分、それは自惚れじゃなくて本当だったと思う。
けど、それって単に「尾を振る犬は叩かれず」ってことだったんだ・・・。


今日で無事Buono! のツアーが終了。
打ち上げの場、大好きだと言うビールが進んで、いつになく饒舌だった潤子さんは、いつもよりもっともっと優しく思えた。
なんだか込み上げてくるものが抑えられなくなっていたところに、幸か不幸か、帰る方向が一緒で2人きり。
お酒を飲んだわけじゃない私の方が勢いが余ってしまって、気付いた時には、私の告白に酔いが醒めたとような潤子さんの顔。
いつも「冷静」で、だけど奥に温かさが見えた瞳が、今はただ「冷淡」なだけ。

「お客さんからあれだけの歓声をもらってて、まだそれ以上に、バックバンドのおばさんにまで好かれたいっての?」
「そんなっ・・・」
「お嬢様は望んだら何でも手に入るって思ってるんだね」
「違います! そんなこと、思ったことありません!」
思わず大きな声を上げて否定した後でハっと気付いたけれど、周りは酔ってる人が多くて、気に留める人がいなかったことに安心する。


何でも手に入るなんてことは全然ない。望んでも得られなかったモノなんていくらでもある。
確かに、うちは恵まれてるのかなと思うことがないわけではないけれど、ことお仕事に関しては、家庭環境なんて何の武器にもならないことが殆ど。
歌で大成したいって私の夢に、ほとんど育ちは関係ない、と思う。
そう思って、欲しいものは自分で掴み取ろうって頑張ってるつもりだったから、他の人に投げつけられてもショックだったはずの言葉を、よりにもよって好意を持っている潤子さんからぶつけられて、目が潤む。

でも泣いたりしない。
告白して振られて泣くなんて、めちゃくちゃみっともないことしたくない。


歯を食いしばって涙を堪える私を、ゆっくり瞬きをしながら、無表情のまま潤子さんは暫く見つめていたけれど、1つ、わざとらしいほど大きなため息をついて言った。
「恋人、いないの?」
「いません」
いたら他の人を好きになったりしない。告白なんかしない。
一体私をどんな子だと思っているんだろう? 潤子さんの中の鈴木愛理のイメージを想像すると、悲しさが増してくる。
「アイドルさんだもんね、難しいよね」
少しトーンが柔らかくなった。
同じように芸能界にいるけれど、多分コソコソすることなく恋愛できたんだろう、潤子さんが同情してくれてるのが分かる。
同情されるのはあまり好きじゃないけれど、呆れられるよりはマシかな、と思っていた私は、けれど、次に告げられた言葉に凍りついた。

「ま、だから、結婚してて将来とか考えずに遊べそうだし、妊娠もしないしってんで私に食指が動いた気持ちもわからんではないけど」
余りのショックに頭が真っ白になる。
たっくさんたっくさん言いたいことはあるはずなのに、全く言葉が出ない。

目を見開いたまま固まった私に、潤子さんが静かにとどめを刺した。
「ボーノのバックやるの、好きなんだよね。盛り上がって楽しいし、お金になるし」
潤子さんには、そういう下世話なセリフは似合わない。
表情は落ち着いているけれど、きっと今、すごく私に腹を立ててるんだろうと推測できて、逃げ出したいのに、足が動かない。
「だからさ、バカなこと言って縁切らせないでよ」

恋らしき恋の経験がなかった私に、倍以上生きている潤子さんの言葉の裏なんて分かるわけなかった。ただただ悲しいだけだった。

つい30分前までは、次のBuono! ライブがすっごく楽しみだったのに、今は、もうライブなんてしたくない、するとしてもバンドは変えて欲しいって思ってた。
でも心のどこかで、やっぱり早くライブがしたい、後ろには潤子さんがいて欲しい、そう思っている自分が、すごく惨めだった。
最終更新:2010年11月01日 08:03