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矢島さんって好きな人とかいるのかな。
絶対両思いになるんだーって思ってたけど、矢島さんに付き合ってる人がいないとは限らない。
っていうか、あんなに綺麗な人に恋人がいないわけがない。
この世界にはカッコイイ人だってたくさんいるんだし。
そう思ったら居ても立っても居られなくなって、私は貴重なオフの日も事務所で過ごすことに決めた。
矢島さんは今日は一日中事務所で仕事をすると言っていた。
だからきっと事務所に居るはず!

電車を乗り継いで、ようやく都内にある事務所に着いた。
連絡もせずに来てしまったけど大丈夫だったかな。
一日中仕事をするということは、それだけの量の仕事があるということだ。
ここまで来たものの、急に私と話をする暇なんてないんじゃないかということに気がついた。
どうしよう。
このまま会わずに帰ろうか。
でも、どうしよう。

「あれ、鈴木さん?」
「あ…」

矢島さんが居るであろう部屋の前でうろうろしていたら、なんと矢島さんは後ろから現れた。
悪いことをしたのがバレてしまった時のように、私は身体が固まって動かなかった。

「どうしたんですか?今日は一日オフのはずですが…」
「あ、まぁ、そう、なんですけど…」

どうしようどうしよう。
矢島さんに恋人がいるかどうかが気になったから来ただなんて言えるわけがない。
私は今更になって何も考えずに来てしまったことを後悔した。

「何か私に用事ですか?」
「えぇ、まぁ、そう、なんですけど…」

本当にどうしよう。
いっそ本当のことを言ってしまおうか…。
いや、矢島さんにそんなこと言ったら怒られるに決まってる。
何か良い嘘はないかな…。

「どうしました?」
「ちょっと、聞きたいことがあって、来たんですけど…」
「聞きたいこと?私にですか?」
「はい」
「何ですか?」
「あの、たいしたことでは、全然ないんですけど…」

矢島さんは口ごもる私を何も言わずに待っていてくれた。
矢島さんは優しい。
それも、私には特別優しい気がする。
これはうぬぼれなんかじゃない。
この前、矢島さんが担当しているナキ子さんっていう人に会ったけど、その時の矢島さんの対応はかなり酷いものだった。
私への接し方なんてまだまだ優しい方なんだって思った。
もし私があんな態度を取られたら、たぶんしばらく立ち直れない。
だから、それでもめげないナキ子さんはすごいと思う。

「矢島さんって、あの、そのー…なんて言うか…」

結局いい嘘は浮かばなかった。
もうどうにでもなれだ。
聞くだけ聞いて、邪魔にならないようにさっさと帰ろう。

「こ、恋人とかっているんですか!?」
「はい?」
「…や、やっぱり何でもないです…」

め、めっちゃ眉間に皺寄せた。
今すっごい勢いで眉間に皺寄せた。
怒られたくない。怒らせたくない。
私は心の中で何度も何度も謝った。

「はぁ…。もしかしてそれを聞く為にわざわざ来たんですか?」
「そう、です…」

もう逃げられない。
私はごめんなさいごめんなさいと心の中で謝りながら項垂れた。
そして、なんで思いつきでこんなことをしてしまったんだろうと数時間前の自分を恨んだ。

「それを知ってどうするつもりなんですか?」
「え…」
「その理由が正当なもので無い限り、その質問にはお答え出来ません」
「えぇぇぇ!」

正当な理由なんてあるわけがない。
あるのは私の気持ちだけだ。
好きだから知りたい。
これ以上の理由なんてない。

「用事はそれだけですか?」
「…はい」
「では、私はまだ仕事があるので失礼します」

頑張って聞いたのに。
頑張ってここまで来たのに。
ショックが隠しきれない私の横を通って、矢島さんはスタスタと歩いて行ってしまった。
さっきまで謝っていた私はどこへやら。
今はこのままじゃ帰れないという思いでいっぱいだった。

「知りたいからです!」

振り返って叫ぶと、矢島さんはドアノブに手を掛けたまま私の方を見た。

「矢島さんのことが、もっと知りたいからです!」

私の気持ちなんて矢島さんには届かないかもしれない。
タレントとマネージャーが付き合うことが許されないこともわかってる。
そもそも私たち女同士だし。
それでも、私は矢島さんが好きなんだから仕方ない。

「私と鈴木さんはマネージャーとタレントという関係です」

矢島さんが淡々とした口調で言う。
そんなことわかってる。
わかってるからこそ、矢島さんの言葉に胸が締め付けられる。

「それ以上にはならないし、なってはいけないんです」
「わかってます…。そんなこと、わかってます!」
「それなら、そんなこと言わないで下さい…っ」

矢島さんはそう言って私から目線を逸らした。
また、初めて見る顔をしていた。
眉間に皺を寄せて、苦しげに目を伏せている。
そんな顔はしてほしくないのに、どうしたらいいのかわからない。
好きな人が苦しんでいるのに、助けてあげられない。

「ごめん、なさい…」

私のせいだ。
私がわがままばっかり言うから、矢島さんを困らせてるんだ。
好きな気持ちだけじゃ、恋愛ってできないんだ。
私はそれを初めて実感した。

「もう、言いません…」

一体何をしにここまで来たんだろう。
矢島さんの仕事の邪魔をするため?
矢島さんを苦しめるため?
そうじゃなかったはずなのに、そうなってしまった。

「今日はいきなり来て、お仕事の邪魔してすみませんでした」

俯いたら涙がこぼれそうだったから、私は後ろを向いた。
声は震えていたかもしれない。
矢島さんにバレたくなくて、私はぐっと唇を噛み締めた。


「失礼します。お仕事、頑張って下さい」

それだけ言って、私は走り出した。
矢島さんは何も言わなかった。
呼び止められていたら、私は立ち止まっていたんだろうか。
それさえもわからない。
でも、呼び止められなかったという事実は私の胸をさらに締め付けた。
恋愛がこんなに苦しいものだなんて知らなかった。
私が想像していた恋愛は、もっとキラキラ輝いていたはずだ。

無我夢中で走って、誰にもバレないように泣いて、気がついたら家に着いていた。
部屋に戻って携帯を見ると、矢島さんからメールが一件着ていた。

『明日は歌番組の収録があるので、今日はゆっくり休んで下さい。目が腫れないように、冷やしてから寝て下さいね。』

もう涙は止まったと思ったのに、メールを読んだらまた目に涙が浮かんできた。
矢島さんにとっては、ただのマネージャーとしてのメールなんだろう。
この気遣いも仕事の内なんだ。
わかってるのに、私はこんなメール一つで嬉しいと思ってしまう。
こんなメール一つで、もっと好きになってしまう。

『わかりました。ありがとうございます。』

それだけの文章を返すと、今日はそれ以上メールが来ることはなかった。
お風呂を出てから、私は凍らせておいたタオルを持って部屋へ戻った。
ベッドに寝転んで、タオルを目の上に置いた。
瞼の熱が引いていくのがわかって、すごく気持ち良かった。
そういえば、私があの時泣いてたこと、矢島さんは気付いてたんだ。
ずるいなぁ…本当に。
好きになっちゃいけないのに、どんどん好きになってしまう。
明日はどんな顔をして会えばいいんだろう。
その答えが出る前に、私はそのまま眠りについた。
最終更新:2010年05月19日 22:09