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珍しい二人ともオフの日を狙ってお泊りの予定を決めた。
平日だけど愛理は卒業したから一日中遊べる。
午前中からぶらぶらと買い物をして、洋服を眺めたり小道の小さな雑貨屋さんをめぐって
二人で可愛いね、と呟きあいながら金色の、動物の装飾がされた指輪を手に取って眺めた。
愛理が手に持っているのは、可愛いけど、多分愛理にはこっちのシルバーの方が似合う。
シンプルだけど可愛らしくて、でも派手になりすぎない。
いちばん丁度よさそうなのをつまんで愛理に近寄る。
「愛理手出して。」
きょとんとした顔で差し出した右手の薬指に指輪をそろそろとはめてみた。
思った通りサイズはぴったりで、思った通りよく似合ってる。
「やっぱり、こっちの方が似合うと思うよ。」
そう言ったら愛理の顔が見る見る間に赤くなって、唇をむにむにと動かしている。
見ているだけで胸の奥の方が熱くなってくる。
案外照れ屋な愛理のこういうときが本当に可愛い。
もちろん他の時も可愛いのだけど。
一度俯いて、愛理は口を開いた。
「あ、あのね、これは。」
おろした視線の先はどうやらあたしの左手だったらしく、
指輪をはめたままの右手と、左手であたしの手を持ち上げた。
そして、さっきあたしがしたように、指輪を薬指にはめた。
「舞美ちゃんに合うかなと思って。」

見事に今度はあたしが顔を赤くする番だった。
お互い相手のことを考えているのがあたしたちらしくて、それがおかしくて幸せで思わず笑ったら
愛理も目尻を下げて、八重歯を見せて笑った。
普通指輪はおそろいのものを買うのだろうけど、あたしたちは相手のために選んだものを買って交換した。
今度おそろいの買おうね、と愛理が嬉しそうにあたしの買った指輪をはめた。
左手にはめるのはできないから二人とも右手の薬指につけることで落ち着いた。
手をつなぐとその感触があって、愛理が一層特別になったように感じる。
あたしはそう思っている。ずっとこれからも。誓う。
この手を離したくない。
できることならずっとこうやって手をつないで歩けたらいいと思って、その手に力を込めた。
そうしたら愛理も手を握り返してきて、振り返ったら、太陽がまぶしいみたいに目を細めて笑っていた。
幸せなのに、ほらまた、黒いしみのようなものが胸の奥にじわりと染みてくる。
怖い、けど、立ち向かわなきゃ。

日々の疲れもあるから買い物を早めに切り上げて愛理の家に向かった。
慣れない電車に乗り、いつもと違う車内の雰囲気や景色に胸がどきどきした。
コンサートのたびに愛理のお母さんには会っているのに、おうちにお邪魔してご挨拶となるとすごく緊張する。
どうしよう緊張する、と隣に座る愛理に肩を寄せると、甘えるあたしに微笑んで手を握った。
日は暮れかけて電車に西日が差す。
綺麗だね、と一緒に眺めていたら、車内アナウンスがあたしたちが降りる駅を告げた。
あたしたちは手をつないだまま電車を降りた。
改札を抜けてのんびりと二人で歩く。
住宅街に入り人気が少なくなってきたころに、愛理は急につないだ手をぶんぶんと振って、ちょっとガニ股でスキップした。
「まいみちゃんがおーとまーり、うーれしーいなー。」
ほわほわした口調で今作った歌を歌う。
あたしが苦笑いすると愛理はえへへへ、と白目が見えなくなるまで目を細めて笑った。
「なにそのうたー。」
「いやーうれしいからー。」

その姿を見ていたらずいぶんと緊張がほぐれた。
愛理の家に着くと、愛理のお母さんが出迎えてくれた。
身構えていたのだけれど愛理のお母さんもにこにこと嬉しそうに笑っていたから、
なんだか肩から力が抜けて自然に笑えた。
電車に乗って歩いてくるうちに丁度良くお腹が減っていた。
リビングにはもうたくさん料理が並んでいて良い匂いがする。
あたしたちはすぐに荷物を部屋に置いて食卓についた。
愛理のお母さんの手料理はすごくすごくおいしくて、しかも愛理が頼んでいたのかあたしの好物が並んでいて
おいしいのに加えて嬉しい気持ちもあたしの頬を緩ませた。
あたたかいお風呂に体がほぐれていく。
シャンプーや石鹸、一つ一つの匂いが合わさって愛理の匂いに近づくような気がした。
それでもやっぱり完全に愛理の匂いにはならない。
家に上がった時にふんわりと香った匂いも、似て異なるものだ。
すごく不思議なようで、当たり前のような、ぼんやりとしたままあたしはお風呂から上がった。

愛理もお風呂からあがりあたしはその髪を乾かしながら、桜色の頬をした愛理と談笑する。
大好きな人とする他愛のない話というのはどうして、こんなに穏やかなのだろう。
おろした愛理の髪の毛は長く、少しくせがついてふわふわとしている。
それが嫌なのかしきりに気にしていた。
あたしからするとそのくせがすごく可愛いのに。
前は同じくらいだった髪の長さは、あたしが切ってしまったことと、
愛理が伸ばしていることで全然違っている。
ずっとあったものがないという違和感には、結構時間が経っていたからもう慣れていた。
けれど愛理は、惜しむようにあたしの毛先を撫ぜた。
するすると撫でるたびに自分から愛理と同じ匂いがする。
優しい手つきとその匂いがくすぐったくて、あたしは目を細めた。
今、泣きたくなるくらい幸せだ。

愛理の顔がすごく優しい。あたしのことを好きなのが伝わってくる。
だからこそ、今から話さないといけないことが辛くて、余計泣きたくなる。
きっと話さなければいいのだろう。その方がいい。
えりもそう言っていたし、あたし自身もそう思う。
話してあたしが傷つくだけならいいのだ。
でも、愛理もきっと傷つくだろう。
わかっていても、この先ずっとあたしたちが一緒の時間を過ごして、
あるとき何かの拍子に知ってしまったら、そう考えずにはいられない。
長く続いた恋が幻だと知る方が愛理にとっては辛いと思う。
それにあたしには嘘をつくことができない。
嘘でなくても、真実を黙ってあたしだけが得をするなんてことはできない。
あたしにとって愛理もえりも、大切な人でなければもしかしたらできたのかもしれないけれど、そうではないから。
あたしの髪の毛先を愛理の細い指が引き寄せてそのまま愛理の顔が近づいてくる。
感触を知っている唇を、唇ではなく指先で受け止めた。
突然のことに愛理はひどく驚いた顔をしていた。
これからのことに、妙に冷静で、それでも胸の奥がひりひりと痛い。
自分でしたことでもキスができないことがこんなに悲しいことだとは知りたくなかった。
愛理、ごめんね。
愛理のお母さんが敷いてくれただろうもう一つの布団があたしの背中を押す。
今日もしあたしたちがだめになって、距離をあけても仕方がない。
今みたいなことができなくなってもあたしはちゃんと区切りをつける。
だけど、嫌いにはならないで。
卑怯なあたしを、少しだけでいいから、許す余地を残しておいて。
わずかな間にいろんなことを祈った。
想像していたよりずっと滑らかにあたしの唇は動いた。

「大切な話があるんだ。聞いてくれる?」
最終更新:2010年04月16日 21:16