その日はジムに戻るとマイマイ、チッサーがナッキーを「ヘタレ」と呼んで
はしゃいでいて私たちも加わり和んだ。仲間サイコー。
練習後、みなが帰宅するなか今日は、そのヘタレに泊まってもらった。
舞美ちゃんと2人きりで居るよりは冷静になれるから。
でも・・・そのヘタレがじつは睡眠中、寝起きが鬼のような性格になると
身をもって教えられ舞美ちゃんと2人で恐怖にふるえ
私たちだけは自然とナッキーをヘタレとは呼ばなくなった・・・。
その後、私はタイソンアツコ選手の情報をせっせとしいれた。
作業があると舞美ちゃんのことを忘れられ集中でき良かった。
【タイソンアツコ】舞美ちゃんより1つ年上の19歳。
「サイボーグ」とも呼ばれている強靭な肉体に、
相手のパンチに顔色1つ変えないという「鉄火面」と言われる打たれ強さ、
そして『象をも倒す』と言われる強打と、
一度始まると誰も止めることのできないラッシュで得た戦績は
脅威の48戦48勝48KO・・・。
「私だって無敗!同じ人間だよ!」
舞美ちゃんは平気な顔でそんんなこと言っているけど相手は化け物だ・・・。
いっこくも早く、じっさいのタイソンアツコ選手が見たい。
学校の無い日に私は、いよいよタイソンアツコ選手の居る秋葉原の大手ジムへ向かう
こととした。
ジムで汗を流していた舞美ちゃんに留守をお願いして、いざ!
挨拶と言う名目で行くので途中で美味しそうな「杏仁豆腐」の詰め合わせを買った。
「杏仁豆腐」の上に「グリンピース」が大量にのっているユニークさが私の目を引い
たのだ。
秋葉原のジムにつくと、あまりに大きなビルで驚いた・・・。うちとは格が違
う・・・。
ジムの中に小さな声で挨拶して入ると、多くの練習生が居て
他にもファンなのかギャラリーも多く居て驚いた。だけど、その人たちにまぎれるこ
とができ
都合は良かった!ラッキ!
ジムを見回すとタイソンアツコ選手同様に有名な【オカロ・サヤカ】選手が居た。
タイソンアツコ選手同様の凄い選手で、外国人を日本人の間に生まれたハーフ。
元々、このオカロサヤカ選手を舞美ちゃんが倒したことで今回タイソンアツコ選手と
の
試合が組まれることとなったらしい。仕返しの試合なのかもしれない。
オカロサヤカ選手は舞美ちゃんをよく攻め立てたけど
舞美ちゃんの強靭なボディーへパンチを入れすぎ
逆に拳を破壊され、周りのものを壊してしまう謎の特性の前に敗れ去った・・・。
まだ試合で受けた傷が生々しく、顔は凹凸が激しくなっているけど
よく考えると元の顔が凹凸が激しい堀の深い顔で、素の顔だった・・・。
私がオカロ選手の回復に安心していると、ジムの奥から凄い音がした!!
ドっかーーーーン、ドッすーーーーン、バッかーーーーン
一瞬なにごとか解らなかったけどギャラリーからの歓声の方向を見ると、居た!!
タイソンアツコ選手が、そこに居て目の前ではサンドバックが大きく揺れてい
る・・・。
私は実際にタイソンアツコ選手を見ることができたんだ!
「こ、これが・・・タイソンアツコ・・・」
私はあまりのことで人目を憚れずに独り言をつぶやいた・・・。
舞美ちゃん・・同じ人間なんてものじゃないよ・・・あんなのゴリラだよ・・・。
周りの人たちが「アッちゃ~ん」などと愛称で呼んでるけど
どこが、ちゃんだよ・・・。
あの元世界バンタム級の名チャンピオン『ジョゼフ・アグベコ 』にも負けない
キングコングぶりに私が腰をぬかすほどに驚いていると、そのゴリラがリングの上に
上げられる・・・。スパーリングをするらしい・・・。
と、とりあえず来て良かった・・・実際にタイソンアツコの動きが見ることができ
る。
相手を勤める選手は厚手のヘッドギアをつけ6オンスのボクシンググローブで
対してタイソンアツコは12オンスのグローブでハンデを付けている。
ゴングが鳴り、スパーリングが始まった!
意外なことに相手のジャブが何発もタイソンアツコに当る、
タイソンアツコはその容姿に似合わず意外と温和とも聞くし
もしかしてロースターターなのかもしてない。
ただし、相手のジャブを受けても当たり前のように顔色1つも変えずにフットワーク
を踏んでいる。
そしてタイソンアツコがしかけた・・・。前に出てジャブを軽く出すタイソンアツ
コ。
相手の顔面がパンチングボールのように大きく吹き飛ぶ・・・。
「こ、これは・・・」私は自分の顔が青ざめていくことが解る。
見るからにパワーファイターだと思ったタイソンアツコは
実は、あの『世界史上初の4団体統一世界チャンピオン』であり
『バーナード・ホプキンス』をも髣髴させるボディーワークをほこり
相手にスルスルと近づき、その凶悪なジャブでスパーリングパートナーを
痛めつけ、相手がロープに詰まると猛然とラッシュをしかけ
みるみる血だるまにしてゆく・・・。
前言撤回・・・く、来るんじゃなかった・・・。
そして始まる残酷ショー・・・。こんなのスパーリングじゃないよ・・・。
リングの上で繰り広げられる様相は、まるでかの『トレドの惨劇※1』・・・。
ボロボロになったスパーリングパートナーは担架で運ばれて行く・・・。
その後も、代わる代わるに震えながらリングに上げられるパートナーたちも
当たり前のように担架で運ばれた・・・。スタッフの慣れた様子から
このジムでは、これが当たり前のことだと気づかされる・・・。なんて恐ろしいジムなんだろうか。
「ま、舞美ちゃんがこ、殺されちゃう・・・」
ただ、最後にもっとビックリなことが待っていた・・・。
一番、殺されちゃいそうなのは実は私だったんだ・・・。
愛理ピーンチ!!とか自分で言ってみる・・・。
※1トレドの惨劇とは:近代ボクシング史上最も凄惨な試合
「こんな人と戦わせたら舞美ちゃんが・・・」
とにかく早く帰って舞美ちゃんを止めなきゃいけないんだ!
と、その前に買ったお土産を渡して・・・。
でもソレがいけなかった。
私がお土産を「ゴリラ選手」に渡すと、急に「ゴリラ選手」の顔つきが
鉄火面から鬼の形相となった。
「ワタシ・アンニンドウフ・グリンピース・・・ダイキライ
コレ・アテツケカ」
ギョエッーーー、そんなの知りません!し、知りませんでした!!
よりにもよって嫌いな物の詰め合わせを渡してしまうなんて!
アンニンシテー、ううん違う!堪忍してー!!
ジムの空気が急に険悪になり、周りのジム生の視線が・・
足が震えだし動けない・・・。
舞美ちゃん・・・。私は恐怖から目をつぶり心の中でそう呟いていた・・・。
「これって守らなきゃいけない感じ?」
「エッ!?」
思わず、その声のほうに振り返ると舞美ちゃんが居た。
「舞美ちゃんっ!」私は驚いて大声で舞美ちゃんの名を呼んだ。
「戦う相手も見たかったし、愛理を驚かせようと思って
こっそりついて来ちゃった・・・」
そう言って笑う舞美ちゃん。
「今度戦う舞美です。よろしくお願いします!」
舞美ちゃんが右手で私を守りながらながらゴリラ選手の前に出る。
「ヤジマ・マイミ・タ・タキツブス・・・」
「のぞむところです!」
ゴリラ選手が舞美ちゃんを睨みつけ
舞美ちゃんも負けじと、キリッとした顔で相手を見返す。
ゴリラ選手と舞美ちゃんの顔合わせはこうして終わった。
冷たい秋風が吹くジムへの帰り道。
私が、うな垂れていると舞美ちゃんが、そっと手を握ってくれた。
電車に揺られる中、私はずっと舞美ちゃんに手を握ってもらった。
舞美ちゃんの優しさが嬉しいのと、ゴリラ選手への恐さとで
頭がいっぱいで、また変になる。
「心配しないで愛理!かならず勝つからね!」
舞美ちゃんは、私を元気付けようと満面の笑みでそう言ってくれる。
だけど・・・あんな選手と戦ったらいくら舞美ちゃんでも
壊されちゃうよ・・・舞美ちゃん。
私の目から、また涙が溢れだす、舞美ちゃんの手を振りほどき
次の駅で降りる。
「愛理・・・」追ってきた舞美ちゃんの顔は不安そうだ。
「ダメだよ・・・いくら舞美ちゃんでもあんな強い選手と
戦ったらボロボロにされちゃう。
私、そんな舞美ちゃん見たくない」
思っていたことを涙で顔をクシャクシャにしながら吐き出す。
舞美ちゃんが私を抱きしめる。
「大丈夫、愛理と一緒なら勝つよ」
私も舞美ちゃんの腰に手を回し、しばらくホームでそうしていたんだ。
ジムにつくころには夜になり私はそのままベットに入った。
「今日は疲れたね愛理…。」舞美ちゃんは私をベットに寝かせ電気を消し側にいてく
れる。
これじゃあ、どっちがトレーナーか解んないよ…。
「舞美ちゃん…棄権しよう…。」私は布団から目だけを出して小声で舞美ちゃんに話
しかける。
「……」私を見つめる舞美ちゃんからの返事は無い。
「勝てっこないよ…」さっきよりも、もっと声が小さくなる…。
どんなに舞美ちゃんが強くても、あんな相手には勝てっこない。
舞美ちゃんと、あの相手選手が戦う様子を思い浮かべるだけで恐くなる。
「ううん、戦うよ。」やっぱり思っていた通りの答え…。
舞美ちゃんはいつもいつも、そうやって多くの壁に挑戦し戦ってきた。
でも今度の相手は明らかに今までの相手とは違いすぎるよ…
ゴリラなんだよ?舞美ちゃん…。
そもそも、どう考えたって種別とか階級とかおかしいよ…
なのに舞美ちゃんが減量をしているし…全てがおかしい…。
「もう、知らないっ…。」私は、またあふれ出る涙を隠すため布団で顔を覆った…。
こんなに私を不安にさせて、こんなに私を泣かせて…舞美ちゃんなんか、もう知らないよ・・・。
次の日から私は、もっともっと舞美ちゃんから離れた…。
舞美ちゃんへの感情、不安、相手選手…多くが頭の中でグルグルまわり変になるから
…。
涙が止まらないから…。
トレーナーはもう勤められなくなっちゃったんだ…。
そんな私に気づいているだろうけど舞美ちゃんは
チッサー、マイマイと練習をこなしていっている…。
ひたむきに走り、サンドバックを打ち、何ラウンドものスパーリングをこなしていっ
ている。
減量のほうも進み、ただでさえ細いからだから脂肪がとれている。
夜も別々の部屋で眠り、話もしなくなった…舞美ちゃんも声をかけてこない。
そして試合まで一ヶ月をきった、ある日…。
舞美ちゃんが練習を終え部屋に戻ってくると、私の目の前のめりに倒れたんだ………。
「…ま、舞美ちゃんっ!!」倒れた舞美ちゃんに私は駆け寄り舞美ちゃんを抱きかか
えた。
「あいりー…」舞美ちゃんが、か細い声で私を呼ぶ。
舞美ちゃんの顔には生気が無く、私が握った手にも力がない…。
「舞美ちゃん…。」私の目から涙が溢れる。
理由は、解っている…舞美ちゃんを、こうしたのは私なんだ…。
私の身勝手で舞美ちゃんのトレーナーを止めたから舞美ちゃんは、こうなった…。
がんばることに歯止めがかからずにオーバーワークをし、
そして毎日、栗しか食べなくなっていた…。
私は、以前から舞美ちゃんが真面目すぎて練習過多になること、
一度好きになった物を食べ続ける偏食癖は知っていた。
それを全部、知ったうえで見ないフリをしていたんだ…。
試合を止めるために……。
舞美ちゃんは完全にトレーニングに失敗し、疲労しきり、減量にも失敗した…。
そして今、私に抱きかかえられている。
私は悪魔だ…。きっと、この目から溢れる涙だって嘘なんだ…。
台所でコーンスープを暖めてガウンに着替えベットで寝ている舞美ちゃんに持って行
く。
栗ばかり食べ続けるなんて馬鹿な舞美ちゃん…。
チョコレートが好きになれば、チョコレートばかり…海老を好きになれば海老ばかり
…。
マヨネーズが好きになれば吸い続け、ホント馬鹿だよ・・・。あきれちゃうよ・・・。
私は虚ろな舞美ちゃんを抱き起こし、スープの入ったカップを口まで運び、飲ませ
る。
「…美味しい。」頬がこけた舞美ちゃんを見ると心が痛い、でも私がそうしたんだ
…。
「こんなんじゃ試合なんて無理だよ、棄権しよう…。」
舞美ちゃんにはリングに立ってほしくない、ウウン、もっと言うとボクシングを辞め
てほしい。
でも舞美ちゃんは首を振る…本当に頑固だ。
「どうしてボクシングしたいの…?どうして戦いたいの?舞美ちゃん…。」
舞美ちゃんを好きになってから思った疑問をついにぶつける。
「…戦いたくなんてないよ…。」舞美ちゃんから返ってきた言葉は意外だった…。
「でも愛理が居たからジムに入って、愛理を守りたいからボクシングを始めて・・・
愛理を恐がらせたあの人と戦えなかったら私がダメになっちゃうから・・・。」
そう言いうと、うつむく舞美ちゃん。 涙が落ちている…。
舞美ちゃんは私のためにボクシングをしていたんだ・・・。
どうして今まで気がつかなかったんだろう…ジムで私を見て飛び込んできて、
私と一緒にトレーニングして、私が落ち込めば励ましてくれて、
私がゴリラ選手のジムで窮地になったら助けに来てくれた…。
舞美ちゃんは私を守ろうとボクシングを…。それなのに私は…。
「舞美ちゃん…これからは一緒に戦おう…ボクシングしよう…。」
私にはもう迷いは無くなった…。
舞美ちゃんのコーンスープの入ったカップを持っている手を握ると
舞美ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。
私はそのまま舞美ちゃんを抱きしめ口づけした…。
舞美ちゃんの目は一瞬、驚いて見開いたけど、そのまま閉じられたんだ…。
「舞美ちゃん…正しい減量しよっか・・・。」私は唇を離し、舞美ちゃんを見つめ囁
く。
「あいり…。」舞美ちゃんも私を見つめてくる…。
舞美ちゃんの持っているカップを横の机に置き
私は舞美ちゃんのガウンから見える、
白くて奇麗な首元に顔を寄せ、唇をはわせる。
舞美ちゃんは一瞬、体をビックとさせ私の両腕を掴んできたけど
抵抗するほどの力は無い…さっきまでグロッキーだったんだから…。
でも私は、そのグロッキーな舞美ちゃんを
今から、ゆっくり介抱するんだ…一晩中…。
ううん…嘘…サンドバックにしちゃったりするかも。
やっぱりトレーナーとして失格なのかな?
最終更新:2011年02月16日 12:59