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舞美ちゃんの胸に飛び込んだ私は、舞美ちゃんの告白に頷くしかなかった。
泣いている私におろおろとしながらも安心したように目尻を細めて、
小さな子をあやすように私の髪を撫でた。
私と舞美ちゃんは付き合うことになった。

とはいっても、何か大きくわかりやすい変化はないような気がする。
楽屋での様子は以前と変わらない。
はしゃぎまわる千聖と舞ちゃんを気が向いたら少し注意して、
なっきぃが目を輝かせながら話しかければ興味津々といった感じで話を聞いている。
私はたまに舞ちゃんと話したり、なっきぃと読書に夢中になったり、
かといって舞美ちゃんから距離を取るわけでもなく普通に話している。
舞美ちゃんも何も変わらない。
変わったことと言えば、二人きりになった時に、かすめるようなキスをするくらいだ。
しかも数える程度でしか、ない。
舞美ちゃんは付き合うことになっても過度にスキンシップしたり、無理やりキスをせがんだりということはしなかった。
遠慮がちに、一瞬確かめてからする。
私は拒否したことがない。
拒否しないからこそ舞美ちゃんはちょっとだけ傷ついた顔になる。
私から求めないことが一層傷をつけているのだろう。
ほら、やっぱり。
そんなことを考えながら舞美ちゃんを観察している自分がいる。
おずおずと私の手を引くけれど、本当はもっと強く引っ張りたいのだろうし、強く抱きしめたいのだろうし、
言葉にはしないことが私には手に取るようにわかった。
舞美ちゃん、つらいだろうな。
他人事のように感じていた。

付き合う要件として、えりかちゃんの代わりとして、と言ったものの
一度もえりかちゃんの代わりとして見えたことはない。
舞美ちゃんは舞美ちゃんだ。
二人とも優しい人だけれど、優しさの種類は違うし、そもそも見た目も性格も違う。
共通点を挙げる方が難しい。
つまりは、舞美ちゃんだから付き合った。
それを言ったことはない。
私自身まだ認めたくないのだ。
あんなに好きだったえりかちゃんに振られて、違う人に告白されたからといって簡単に流される自分を信じられない。
それに舞美ちゃんが初めて私にキスした日、初めて舞美ちゃんを意識した。
まだ、好きとか、そういった感情で見ることが難しい。
あのときの舞美ちゃんの顔を思い出すと胸が痛くなる事実はあるけど、
あんなことがあったからじゃないのか、と疑う。
わからないから舞美ちゃんを冷静に見ようとしている。
見れば見るほど深みにはまっているようで、冷静でいられなくなるみたいだ。
あの日からもうひとつ変わったことと言えば、私がよく舞美ちゃんを見るようになった。

細長い指が私の手を握り、大きな瞳を瞼が隠す、瞬間に黒くて長い睫毛が弧を描く。
目を閉じた舞美ちゃんが私に近づいて薄桃色の唇が私の唇に触れる。
その感触はあの日と変わらない。
離れる瞬間に憂いを含んだ目で私を見つける。
たった数秒の出来事が永遠に感じられるくらいに長い。
数える程度の秘め事は、未だに慣れない。
舞美ちゃんは知らない。
私が唇が乾燥しないように以前よりリップクリームを塗る回数が増えたことも、
リップクリームの香りをチェリーに変えたことも、おそらく知らないだろう。
二人きりになりたくてもなれなくて、少しだけトイレの回数を増やしている。
舞美ちゃんがなっきぃと話している間、本に集中できない。
あの日から、本当は、私の世界は変わってしまったのだ。
何の恥じらいもなく大笑いしている顔も、スタッフの方の話を真剣に聞いている顔も、
フルーツに目を輝かせる顔も、千聖の無理難題に挑戦する顔も、
私に触れるときの苦しそうな顔も、全部、見ずにはいられない。
気になってしまって仕方がないのだ。
視界に入っても入らなくても、私の心を占拠している。
悔しくて苦しくて、私は本を持ったまま、立てたひざに頭をうずめた。
目を閉じて深呼吸する。
大丈夫、大丈夫、と言い聞かせると心がだいぶ落ち着いてきた。
せっかく目を開けそうだったのに、肩越しの声が心を揺らがせる。
「愛理大丈夫?」
頭をあげると、心配そうに舞美ちゃんがのぞいていた。
私が弱っているときに登場する、まるでヒーローみたいな人だ。
「だいじょぶ。ちょっと眠くなっちゃって。」
我ながら嘘が下手すぎて、ぎこちない笑顔になった。
舞美ちゃんの顔が困ったように歪んだ。

つらそうな顔見たくないんだったっけ、ごめんね舞美ちゃん。
内心でそう呟いて、トイレ行ってくる、と楽屋を出た。
ドアを閉めたのを確認してトイレまで走った。
運動は苦手だけど、考えることを一瞬でも忘れられて、
舞美ちゃんが走るの好きなのはこういうことなのかと思う。
トイレに入ってみたものの、用はなかった。
舞美ちゃんに見られるとどうにも平静を保っていられない。
えりかちゃんの時とは違うのだ。
私が手を伸ばしたら簡単に届いてしまう。
だから躊躇う。
好きと言われたから好きと錯覚してるんじゃないか。
錯覚して、舞美ちゃんに期待させてしまったら今よりもっと傷つけることになる。
どうなのだろう。
走ったせいで心臓がバクバク騒がしい。
胸に手を当てて私は私に尋ねる。
本当に、好きなのかな。
自分の気持ちってものは、何かを使って証明できないから困る。
わかんないよ。
わからないけど、このままだと、心臓が壊れてしまいそうだ。
不意に見た鏡には今まで見たこともないような自分の顔が映っていた。
こんな顔をさせるのは、舞美ちゃんだけなのだ。

舞美ちゃん、と念じたら、トイレの勢い良く開かれる。
予想を裏切らず、開けたのは舞美ちゃんだった。
切羽詰まって走ったのか息が少しきれている。
それからゆっくりと私に歩み寄り、私の服の袖を掴んだ。
「どうしたの。体調悪い?」
本当に心配したみたいで口調に余裕が感じられなかった。
「違うの。全然、そういうのじゃなくて。」
私はうつむいたまま首を振った。
顔を見たらだめになると思った。
嘘でも、錯覚でも、好きになってしまうような気がした。
「やなことあった?」
あったよ、なんて言えない。
こんな風になってしまっているのが今目の前にいる舞美ちゃんのせいだなんて、言えるはずがない。
私はまた首を横に振った。
何も言わない私に困ってしまったようで、かといって無理強いすることもなく、優しく、優しく抱きよせた。
肩のあたりに自然と顔が埋まり、舞美ちゃんは私の髪を静かに撫でた。
丁寧に、私を刺激しないように、大切にされているのがよくわかる。
「あたしはどうしたらいいのかな。どうしたら愛理が辛くないのかな。」
答えがないと自分でもわかっているようで、舞美ちゃんの声は途方に暮れていた。
私は一層辛くなる。そんな声を出させたいわけじゃない。
それなのに、何も言えない。
選ぶだけの言葉が浮かばなかった。
沈黙に包まれて舞美ちゃんの呼吸の音だけが聞こえている。
心臓の音が大きすぎて聞かれてしまうんじゃないかと思った。


どのくらいそうしていただろうか。
ずっとこうしてられない。そろそろ呼ばれる時間になるはずだ。
舞美ちゃんが少しそわそわし始めて私から体を離した。
「もどろっか。」
舞美ちゃんは微笑んでいたけれど悲しそうだった。
そんな顔をさせたくなかった。
でもだからと言って情けないことに声が出ない。
私の手を引いて舞美ちゃんはドアを開こうとする。
その直前に、私の体が勝手に動いた。
舞美ちゃんの肩を掴んで振り向かせる。
突然のことに目を見開いている、その表情のまま、私は舞美ちゃんに背伸びしてキスした。
自分からするキスは初めてで、今までとは違う感触に感じられた。
唇を離すと、舞美ちゃんは相変わらず驚いた顔をしている。
私の心臓はその瞬間に止まって、今は爆発しそうに動いている。
何が起きたか理解したのか舞美ちゃんは一度自分の唇に触れて確かめた。
それから、何も言わずに私の目を見た。
自分のしたことに私自身動揺して、何にも言えないまま、唇をかんだ。
そうしたら後頭部を殴られたみたいに頭に一つの単語がよぎる。

好き

そう言いかけたとたんに、ドアの向こうから舞美ちゃん、愛理、と舞ちゃんが呼ぶ声がする。
出そこなった言葉は喉元に押し込められて、私たちは何も言えないまま外に出た。


州;´・ v ・)<舞ちゃん…
ノソ*^ o゚)<GJ!
最終更新:2010年02月15日 18:22