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本を貸す用事で、と言い訳を作って夜舞美ちゃんの部屋を尋ねることにした。
新幹線で本を読んでいたら舞美ちゃんが興味を示した。
いい口実になる、と、昼に思って、ちゃんと覚えていた。
会いに行く口実を作るためならどんなことだって覚えていられる自分に苦笑いした。
きっと、舞美ちゃんは、そういえばそんなこと言ったな、という顔をするのだ。
ドアを開けてから起ることを想像しながら舞美ちゃんの部屋のドアをノックする。
返事はないものの、気持ちが逸って思わず開けてしまった。
鍵は掛かっていなかった。
部屋の灯りは消されていて、ベッド脇のテーブルランプだけが点いている。
寝ていたのか舞美ちゃんは驚いたように体を起こした。
「誰?愛理?」
「ごめん、起しちゃっ」
た、と言い終わる前に、舞美ちゃんの頬に水がつたっているのに気付いた。
駆け寄ると舞美ちゃんは慌てて顔を隠した。
「泣いてるの?」
ひとりの部屋で泣かないでほしい。
私は恐る恐る手を伸ばして、手首に触れた。
「今日、何かあった?」
思い当たる節はない。今日のコンサートもミーティングも、とりわけ何もなかった。
ステージでは自分たちのできる限りのことをしたし、メンバー同士でケンカしたわけでもない。
「違う。何もなかった、、んだけど、なんか悲しくなっちゃって。」
私が手首を引っ張ると舞美ちゃんは大人しく手をどけた。
大きな目からつう、と涙が伝っている。
赤い目が胸を締め付けた。
舞美ちゃんは結構泣き虫だけど、それは何かがあった時だけだと思っていた。
こんな風に急に寂しくなるなんて、とそこまで考えて、一つ思い当たった。

去年の秋からずいぶんと舞美ちゃんと目が合うようになった。
正確には私からの一方通行ではなくなった。
舞美ちゃんが困ったとき、面白いことを発見したとき、タイミングは全部わかる。
その瞬間を逃さずに見ていた私は、最近視線の行く先を失った舞美ちゃんと目が合う。
一瞬誰かを探して、いないことに気づいたときに寂しい顔をしていることに、本人は気がついていない。
苦笑いに私は微笑みで返す。
この癖は7年かけて培われたものだからそう簡単には消えてくれないようだった。
こんな癖をつけさせて、癖を気付かせもせず、消しもせずにいなくなったえりかちゃんが憎かった。
大好きだけど、憎かった。

「舞美ちゃんさ、寂しいんじゃないかな。」
私が言うとひどく驚いた顔になった。
自分で自分の気持ちに気がついていない。
きっとだれも指摘しないから気付かないままなのだろう。
「えりかちゃんいなくて寂しい?」
私の言葉が涙腺を刺激したみたいで舞美ちゃんの目からぽろぽろと涙がこぼれた。
「あれ、あ、そうなのかな。そうかも。」
「そうなんだよ。」
小さな子供みたいに泣く舞美ちゃんの頬に触れて涙をぬぐった。
拭うはしからまたこぼれてくるから埒が明かない。
それで構わないというより、それが嬉しかった。
泣いている舞美ちゃんの涙を拭けてよかった。
えりかちゃんじゃなくて私なのだ。
思わず顔を覆ってしまった舞美ちゃんの肩を抱く。
舞美ちゃんがいつもしてくれるように。
背中ををぽん、ぽんと叩いていると、舞美ちゃんが少し震えた声で私に尋ねた。
「愛理も栞菜いなくて、寂しいでしょ?」
断定のような質問は残念ながら外れている。
なのに私は違うよ、と返さなかった。
「うん、寂しいよ。」
栞菜がいなくて寂しいことは確かだったから肯定した。
でも舞美ちゃんからえりかちゃんがいなくなったのと、私から栞菜がいなくなったのとでは明確な違いがある。

舞美ちゃんと栞菜の関係とも、私とえりかちゃんとの関係とも違う。
あえて挙げるなら、多分舞美ちゃんのえりかちゃんへの想いは、私の舞美ちゃんへの想いに一番近い。
それでもやはり違いはある。
自覚があるかないかだ。
舞美ちゃんはえりかちゃんが好きだった。
同じくらいの期間、私は舞美ちゃんを好きなのだ。
えりかちゃんはずるい。舞美ちゃんの気持ちに気付きながらなにもせずに去ってしまった。
せめて置いておいていってくれたらよかったのに。
そう思うけれど舞美ちゃんが無自覚なのだから仕方がないのだ。
好きだと自覚させてそのうえで断るだなんてことは優しいえりかちゃんにはできなかった。
本当は誰が悪いだなんてことはない。わかっている。
それでも、やっぱりえりかちゃんがずるいと思う。

私の腕の中で舞美ちゃんは泣きやんだようだった。
赤い目のまま照れくさそうに笑っている。
ごめんね、と小さな声でのつぶやきに私は首を横に振った。
「甘えてもいいと思う。ってちょっと偉そうかな。」
今度は舞美ちゃんが首を横に振った。
そのまま私の肩に頭を載せて寄り掛かった。
短い髪の毛が流れてふわりと髪の匂いがする。
心臓が掴まれるように跳ねるのを、気付かれないように平静を装った。
ふざけて頭を寄せる余裕はなかった。
視界の端に映る薄いピンクの唇がライトに照らされてオレンジに染まっている。
この唇を奪って、そのまま私のものになったらいいのに。
私のことを好きになればいいのに。
何も言えないまま私は舞美ちゃんの横に座っていた。
最終更新:2010年02月15日 18:12