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私が矢島さんに気持ちを伝えた日から数日が経った。
今日で矢島さんの謹慎が終わる。
異動になるかどうかも今日決まるらしい。
落ち着かない気持ちを抱えたまま、私は音楽番組の撮影を終えた。

「お疲れ様!」
「お疲れ様です」

楽屋に戻って身支度をしていると、嗣永さんが入ってきた。

「舞美から連絡あったよ」
「え!ど、どうでしたか?」

髪の毛を整えるのもそこそこに、私は嗣永さんに詰め寄った。
今日は朝から晩までそのことで頭がいっぱいだった。
それなのに、嗣永さんは笑って「内緒」とだけ言った。

「冗談はやめて下さい!」
「ごめんごめんっ。でも、舞美本人から聞きなよ」
「そんな…」
「だから、早く準備しな?」
「え?」
「帰りは舞美が家まで送るから」

一瞬聞き間違えかと思って、私は嗣永さんを見つめたまま首を傾げた。
それでも嗣永さんは「早く早く」と急かすばかりで何も言ってくれない。
私はわけがわからないまま、とりあえず帰る準備をした。

嗣永さんと駐車場に向かう途中、私の心臓は今にも飛び出しそうなぐらいドキドキと激しく動いていた。
もうすぐ矢島さんに会える嬉しさ、もし異動になってしまったらという不安。
いろいろなことが渦巻いて、頭の中を駆け回る。
足は駐車場に向かって動いているのに、気持ちは逃げ出したくて仕方なかった。

「舞美、お待たせ!」
「無理言ってごめんね、桃」
「いいっていいって」

駐車場の入り口に矢島さんは立っていた。
久しぶりに矢島さんの姿を見て、私の胸がまたドキドキと動き始める。
さっきまでとは違う胸の高鳴りに、やっぱり好きなんだと自覚する。

「じゃ、後は舞美に任せるから」
「うん、ありがと」

そう言って、矢島さんは嗣永さんに笑顔を見せた。
そういえば矢島さんが敬語じゃないのって、初めて見るかも。
二人の様子から、二人が本当に仲が良いことを感じて悔しくなった。
どれだけ私が努力しても、私は嗣永さんにはなれない。
嗣永さんに嫉妬したって仕方ないってことはわかっている。
でも、私のことを見てくれない矢島さんにちょっとだけ腹が立った。

「じゃあ、またね、あいりん」
「あ、はい」
「これからも応援してるから、頑張って」
「あ、ありがとうございますっ」

自分の車に向かう嗣永さんを見送った後、ゆっくりと矢島さんを見た。
矢島さんも私のことを見ていて、約3週間振りに目が合った。
だけど、矢島さんの表情からは何も読み取れない。
私がじっと見つめたままでいると、矢島さんは私から目線を外して「帰りましょうか」と言った。
目線を外されたことが悲しかったけど、私はバレないように「はい」と言って矢島さんの後を追った。

「突然すみません」
「いえ、大丈夫です」

いつもは後部座席に座るけど、今日は助手席に座った。
「話したいことがあるので、助手席に座ってください」と矢島さんに言われたからだ。
運転している矢島さんの横顔を見るのは初めてで、すごくドキドキした。

「どうしても鈴木さんに直接会って話したくて、桃にお願いしたんです」
「そうだったんですか」

聞きたいことは一つだけなのに、怖くて自分から聞き出せない。
もう私には矢島さんが話すことに相槌を打つことしか出来なかった。

「異動はしなくても良くなりました」
「ほ、本当ですか?」
「はい、鈴木さんや桃が頑張ってくれたおかげです」
「良かったぁ…」

これで来週からも矢島さんにそばにいてもらえる。
私はほっと胸を撫で下ろした。
でも、矢島さんはあまり嬉しくなさそうな顔をしていて、それが再び私を不安にさせた。

「また鈴木さんのマネージャーに戻れるんですけど、その前に一つだけ確認したいことがあるんです」
「なんですか…?」

緊張で握った手が汗ばむ。
矢島さんが何を考えていて、何を思っているのか、全くわからなかった。
私が矢島さんの横顔をじっと見つめていると、矢島さんは眉間に皺を寄せたまま話し始めた。

「私は、今までずっと鈴木さんの気持ちを知っていながら、気付かないフリをしてきました」
「…!」

私が気持ちを伝えたことに対する返事だと、私はすぐに悟った。
矢島さんの性格上、あのままなかったことになるとは思っていなかったけど、まさかこんなにすぐに返事をくれるとは思わなかった。

「鈴木さんが苦しんでいる時も、何もしてあげられませんでした」

初めて聞く矢島さんの本心。
もう私の耳には矢島さんの声しか聞こえなかった。
握り締める手に無意識に力が入る。

「私は、好きな人にさえ何もしてあげられない、優柔不断で弱い人間です。鈴木さんが思ってるような大人じゃないんです」

矢島さんの声が少しだけ震えた。
確かに私が思っている矢島さんと、本当の矢島さんは違うのかもしれない。
でも、そんなの関係ない。
そんなことで私の気持ちが変わると思っているのかな。
そうだとしたら、私も黙っていられない。

「もし、矢島さんが私が思っているような人じゃなかったとしても、それぐらいじゃ私の気持ちは揺らぎませんよ」

思った以上に怒ったような言い方になってしまった。
矢島さんも気付いたみたいで、驚いた様子で口を閉ざしてしまった。
でも、あえてそのまま話し続けることにした。
わかっていない矢島さんに言い聞かせるには、これぐらいじゃないといけない。

「全部見せて下さい。私は、矢島さんの全てが知りたいです」

私の直球過ぎる言葉に矢島さんは困っているようだった。

正直、私自身もビックリしている。
たぶん、一度気持ちを伝えたことで慎重じゃなくなっているんだと思う。
開き直り、やけくそ。
あえて言うならそんな感じだった。

「矢島さんが弱い人間だったとしたら、私が支えるだけです」
「鈴木さん…」

この気持ちも嘘じゃない。
だって、今実際に矢島さんを抱き締めてあげたくて堪らない。
ヤケになっている私は、このことも矢島さんに言った。
もうどう思われたっていい。

「本当に、私でいいんですか?」

矢島さんは消えそうな声でそう言った。
顔を赤くさせる矢島さんが本当に愛おしい。
こんなに可愛い人が私のマネージャーでいいんだろうか。
そう思ってしまうぐらい、愛しさでいっぱいになった。

「矢島さんは、私のことが嫌いですか?」

私のことばかり気にする矢島さんに、今度は私が質問で返した。
すると、矢島さんは一瞬口を閉ざした後、ゆっくりと口を開いた。

「いいえ…大好きです、とても」

真っ直ぐと前を向いたまま、はっきりと矢島さんはそう言った。
私のことを本当に大切に思ってくれていることが伝わってきて、矢島さんの声が胸に沁み渡る。
ずっと聞きたかった。
ずっと、ずっと夢見ていた。
ずっと遠かった好きな人が、ようやくすぐそばに来てくれた。

緊張したり、嫉妬したり、腹が立ったり、ずっとモヤモヤした思いでいたのに。
たった一言で、そんなモヤモヤもどこかに吹き飛ばしてしまった。
そんな表情一つで、簡単に私の胸を高鳴らせる。
やっぱりずるいよ、矢島さんは。

「私も、大好きです」
「…ありがとうございます」

矢島さんの横顔を盗み見ると、すごく穏やかな顔をしていた。
こんなに幸せでいいのかな。
涙が出そうになったから、私はずっと窓の外を見ていた。
たまに、矢島さんの横顔も見ながら。

私も矢島さんも家に着くまで何も言わなかった。
一緒に居るだけで幸せで、私の家に着くまでの時間もあっという間に過ぎてしまった。
だけど、まだ矢島さんと一緒に居たくて、私はシートベルトを外してからも動こうとしなかった。

「鈴木さん?」
「なん、ですか…?」

俯いたまま動こうとしない私を不思議に思ったのか、矢島さんが私の名前を呼ぶ。
頑張って声を出したけど、矢島さんの声がまた私の涙腺を刺激する。
矢島さんは私の顔を見ると、少しだけ困ったように笑った。

「そんなに泣きそうな顔しないで下さいよ」
「だって…」

その笑顔はやっぱりすごく優しくて、また私の胸はじんとなった。

シートベルトを外した矢島さんが私の方に身体ごと向いて、ゆっくりと腕を伸ばす。

「これからもよろしくお願いします。マネージャーとしても…矢島舞美としても」

そっと私の目元の涙を拭うと、恥ずかしそうに矢島さんは言った。
幸せで胸がいっぱいだった。
胸がいっぱいで、ずっと抑えていた涙がついに溢れた。

「はいっ…よろしくお願いします…!」

俯いて涙を拭っていると、矢島さんに力強く抱き寄せられた。
それから、恐る恐るといった感じで私の背中に腕が回される。
もっと近付きたくて、私も必死に腕を伸ばした。

初めて抱き締める身体はすごく温かくて、近付けば近付く程矢島さんが感じられた。
頭の中が矢島さんでいっぱいになって頭がクラクラした。
矢島さんが優しく背中を叩いてくれたおかげで、私の涙もすぐに収まっていった。

「すみません、ありがとうございます」
「いえ…もう大丈夫ですか?」
「はい」

私が大丈夫だとわかると、矢島さんはあっさりと私から離れてしまった。
もっと触れ合っていたくて、私が縋るような目で見ると矢島さんは気まずそうに目をそらした。

「矢島さん?」
「…これ以上一緒にいると我慢出来なくなりそうなので、そろそろ帰ります」
「何が我慢出来なくなりそうなんですか?」
「っ…な、なんでもありません!もう帰るので降りて下さい!」

恥ずかしがる矢島さんが可愛くて、私は笑いながら「はーい」と返事をした。
我慢しなくてもいいのになぁと思うけど、私たちの関係は誰にもバレないようにしなきゃいけないから、これからは我慢の毎日だ。
それを思ったら、私ももっと我慢出来るようにならなきゃなと思った。

私が車から降りると、矢島さんは車のエンジンをかけた。
もうすぐ矢島さんが帰ってしまう。
気持ちが顔に出てしまっていたのか、矢島さんは私の顔を見て笑った。

「また、家に着いたらメールしますから」
「本当ですか?」
「はい。だから、そんな顔しないで下さい。帰れなくなっちゃうじゃないですか」

矢島さんは困ったような、だけど嬉しそうな顔でそう言った。

私に気持ちを伝えてくれてから、すごく表情が豊かになった気がする。
これからもっといろんな矢島さんが見られるんだと思うとワクワクした。

「じゃあ、メール待ってますから。気をつけて帰って下さい」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみなさい」

矢島さんの車を見送ってから、私はすぐに携帯を取り出した。
嗣永さんの電話帳を開いて、すぐに番号を呼び出す。

「あ、もしもし、鈴木です。幸せをおすそ分けしようと思って電話しました…」

惚気話なら聞きたくないという嗣永さんの言葉は無視して、私は今日あったことを全部話した。
嗣永さんにお礼を言って電話を切ったら、矢島さんからのメールも届いていた。
画面に表示された名前を見るだけで口元がニヤケてしまう。
幸せ過ぎて胸が苦しい。
今日までたくさん胸が苦しくなる思いをしてきたけど、こんなに幸せな苦しみならどれだけでも堪えられると思った。

矢島さんからのメールは、今帰宅したということと、今日はゆっくり休んで下さいといった内容だった。
それに対して、私からのメールを見て顔を赤くする矢島さんを想像しながら返信メールを作った。
自分への甘い言葉でもあり、矢島さんへのお願いでもある。

『二人きりの時は我慢しなくていいですからね』

―送信完了

その後、すぐに電話が掛かってきたことは言うまでもない。
私は矢島さんの声を聞きながら、ずっと望んでいた幸せがすぐそばにある幸せを噛み締めた。
最終更新:2010年11月01日 07:50