「さっ、今日も張り切ってレッスン頑張るよ!!」
2月某日、ダンスレッスン場の更衣室で、いつも着替えが一番早く終わる舞美ちゃんが
これまたいつものように元気欲みんなに檄を飛ばしました。
コンサートの早着替えというわけでもないのに、いつもすごく早いです。
そして先陣を切って更衣室を飛び出していくのですが、困ったことに、誰も着いていきません。
別に舞美ちゃんが嫌われてるからではありません。
むしろメンバーから愛されすぎていて、私としてはやきもきするくらいです。
原因は……着替えが早すぎてついていけないし、舞美ちゃんも後ろを振り返らないからです。
「ちょっとみぃたん待ってよぉ!!」
なっきぃが焦ってジャージの上を着ようとしますが、ファスナーが首元まで絞まっていてうまく着れません。
一足早く着替え終わった私は、あとはシューズの紐を結ぶだけですが焦って紐が手につきません。
その隙に無理やり襟を通して髪がボサボサになったなっきぃが、
シューズを右手に持って靴下のままで更衣室を出ようとしています。
それに負けじと靴紐を結ばないで私も飛び出しました。
さて、こうなると更衣室にはふたりが残るわけですが。
「ちょっと舞ちゃん止めてよ~!!」
「いいじゃんちさとぉ~」
……まぁ、あのふたりはまた別の世界を築いているようなので感知しません。
さて、ここから問題なのが――。
「ちょっと愛理ぃ、靴紐結ばないで歩くと危ないんじゃない?」
「なっきぃこそ、靴下汚れちゃうよ」
「ふふふふふふ……」
「フフフフフフ……」
お互いステージの上よりもとびっきりの……ちょっとだけオーバーしちゃった作り笑いを浮かべて牽制しています。
舞美ちゃんの後に続くのはどっちだ!……というくだらない争いです。
そう、くだらないことなんですけれど、ライバル(靴下で廊下を歩く困った人のことです)には負けたくない!とい意地のぶつかりあいです。
どんなことでも舞美ちゃんの後につづくのは私!という感じでくだらないこともついつい争ってしまいます。
ふたりとも根っからの負けず嫌いで、特に舞美ちゃんに関しては異常なくらいヒートアップしてしまいます。
「ほら、靴紐がブラブラしていると踏んだらつまづいてこけちゃうよ」
と、言いながらも無駄に長い脚に包まれた靴下でこちらの靴紐を踏みつけようとしてきます。
「靴下だけだと思わぬ障害物で足の指を怪我しちゃうかもしれないよ」
「ちょっと! そう言いながら足を踏もうとしないでよ愛理、危ないでしょ!!」
大丈夫、なっきぃでも怪我したら舞美ちゃんが悲しむから軽く踏む程度です。
結局、お互いの足を引っ張ることに夢中になりすぎて廊下をグルグル回って、結局ふたり遅刻して舞美ちゃんから注意されました。
「もう、ふたりともしっかりしてよ。時間を守るのは最低限のルールだよ」
舞美ちゃんもたまに遅れるくせに……というのは喉から出すのをやめておきました。
話がループしかねないので。
今日のところはなっきぃとのバトルは引き分けです。
ですけど。
なっきぃに、本当に申し訳なく思ってることがひとつあるんです。
実は――。
「今度遅れた人には、筋トレ付き合ってもらっちゃうからね」
あ、だったら遅れちゃおうかな。
隣をチラッと横目で見たら、なっきぃも何か思いついたようです。
私と同じことが頭に浮かんだものだと思われます。
あ、でもすぐに首を横に振りました。
……舞美ちゃんの筋トレ、ハードなんだよなぁ……。
『はーい、気をつけます』
あ、つい違うことを考えてしまいました。
実は――。
私と舞美ちゃん、つい2週間前から付き合い始めたんです。
ごめんねなっきぃ、リードしちゃって。
◆
舞美ちゃんと付き合い始めたきっかけは、とてもありきたりな方法です。
ずっと、ずっとずっと舞美ちゃんのことを好きでしたが、メンバーが少なくなって
寂しそうな舞美ちゃんを少しでも支えてあげたい、と強く思って告白に踏み切りました。
場所は……名古屋で行われたコンサートの帰りの新幹線車内です。
たまたまその日は舞美ちゃんと隣同士でした。
わたしは連日の公演の疲れからすぐに眠りに落ちていたのですが……
新幹線が神奈川県に差し掛かったあたりでしょうか、ふと目を覚ますと舞美ちゃんが携帯を眺めながら声を殺して泣いていました。
私が目を覚ましたこと気づいてないようだったので、悪いと思いつつも画面を覗き見してしまいました。
すると――画面には、今よりもメンバーが2人多いとき、
前だけを見てみんなで突っ走るだけでよかったころの写メをゆっくりと、何枚も見返していました。
いつもはメンバーに「過去は過去、振り返ってもしょうがないから今できることを頑張ろうよ!」と気丈に鼓舞する舞美ちゃんも、
やっぱり寂しくてどこかで無理してるんだなと感じました。
そのとき、体の奥から言いようのない愛しさというのでしょうか、この人を守ってあげたいという強い想いがこみ上げてきました。
そして――。
「……舞美ちゃん」
「あ、愛理起こしちゃったかな、ごめんね」
「ううん。いいよ……それより舞美ちゃん、泣かないで」
「あれ、わたし泣いてる?」
「泣いてる」
「そっか、カッコ悪いところ見せちゃったなぁ、はは……」
「舞美ちゃん」
「ん?」
「私、舞美ちゃんのこと全力で守ってあげたい。だからね、舞美ちゃんの一番そばで舞美ちゃんのことを守らせて」
「……うん、わかった。頼りにしてるよ」
よかった。
拒絶されないで。
私、頑張るからね。
舞美ちゃんを辛いことや悲しいことから守ってあげるから。
守りたいから。
舞美ちゃんは私よりちょっと指が長くて大きいその手で私の頭を2度ポンポン、と軽く叩いてくれました。
そこまでは夢中になっていて周りのことなんて気にしてなかったのですが……
ちょっと冷静になってみると、車内で告白ってまずくない、
だって周りに℃-uteのメンバーだけじゃなくてBerryzもいるわけだし、と大事なことに気がつきました。
すぐ後ろのなっきぃは般若のような表情でペットボトルのオレンジジュースを私の頭にぶちまけようと待ち構えていて――。
背筋に悪寒が走ったので慌てて立ち上がり、後ろのなっきぃを確認してみたのですが……。
「……みぃたぁん、かきのたねからぃよぉ……むにゃむにゃ」
苦しそうなことを言っている割には幸せそうな表情をしていました。
幸せな夢を見ているようなのでホッとしました。
◆
こういうきっかけで舞美ちゃんと付き合うことになりました。
ですが……恋人らしいこと、なにひとつ出来てません。
℃-uteのときは、誰とはいいませんがメンバーの目が気になりますし、別々の仕事も多くてすれ違いばかりです。
舞美ちゃんも甘えてくることはありませんし、私もできていません。
キスはおろか……手だってまともに繋いだことありません。
1回、℃-uteの集合写真撮影で舞美ちゃんと隣り合ったので、どさくさにまぎれて手を繋ごうとしたんです。
「おっと、つまづいた♪」
誰がやったとは言いませんが、私と舞美ちゃんわずかな隙間を強烈なチョップが空を切っていきました。
それだけではありません。
たまたまオフの日が重なったのでデートしようと思っても、舞美ちゃんのスケジュール帳はびっしり埋まっていました。
お母さんとお出かけ、なっきぃとショッピング、学校の友達と映画、
なっきぃと遊園地、なっきぃの家に今度こそ遊びに行く……ていう具合に。
あれ、もしかして私のほうがリードされている……のかもしれません。
◆
「なるほどねぇ、それは大変」
そう言いながららBerryzの嗣永桃子ちゃん――ももが小さく口を目一杯広げてチョコレートを頬張りました。
「ちょっと、もも。他人事だと思ってぇ」
「まぁ実際他人事だし。あー、愛理のチョコレートってなんでこんなにおいしいんだろうね。また来年も頂戴よ」
本当にこの人はもうすぐ18歳になるのかと疑ってしまいます。
今日、バレンタインデーはBuono!のイベントでももとみやが一緒にいます。
偶然にもガーディアン4のイベントも重なったのであの人もいます。
舞美ちゃんがいたらまた無駄な争いが繰り広げられていたので良かったような、
でもバレンタインデーに舞美ちゃんに会えなくて寂しい気持ちもありますけれど。
「ねぇ、ももはみやにチョコあげるんだよね」
「うん」
「本命……だよね」
「本命も何も、付き合ってるんだから当然かな」
そう、驚くことにももとみやは一昨年の冬から付き合っているんです!
さらに驚くことにみやからももに告白したっていうのだから驚き倍増です!!
まぁ、そのときは私が出汁に使われましたけど。
やけにももが私にべったりしてくるな、と思ったらみやを焦らせる作戦だったようです。
ももの策略にはまったみやはまんまとももに告白して、ふたりは付き合いだしました。
こうやってももの手の平で踊らされているみやはちょっと可哀想な気もしますが、
ふたりともなんだかんだで幸せそうなので羨ましかったりします。
みやは元々もものことがすごく好きだっていうのが私からでもわかりましたし。
あ、でも「仲良くて羨ましいなぁ」と私がみやに言うとすごく怒ります。
ももが言うにはそれが「ツンデレ」という現象らしいのです。
「裏ではみやのデレっぷりはすごいんだから。キスとかエッチとか迫ってくるのはいつもみやの方なんだよ」
とももは言います。
ちょっと疑わしい点があるのですが、みやに確かめようとしても「ツンデレ」さんには無駄なので真実がわからないのがなんとも残念ではあります。
そういう類の話をしているうちに、ももとは恋愛の話をするようになりました。
もっとも、ももからの話はほとんどのろけばなしで、たまにイラッとしますけれど。
「だったらさ、チョコをあげてもう一度気持ちを確かめればいいじゃない」
「無理。舞美ちゃんチョコ嫌いだから」
「あ、そうだったっけ」
「うん。クッキーは用意したんだけど、今日は仕事で会えないし……。
なんか、本当に付き合ってるのか自信が持てなくなっちゃったな」
「それだけど、愛理。舞美に何て言って告白したんだっけ」
「えっと、『舞美ちゃんのこと全力で守ってあげたい。舞美ちゃんの一番そばで舞美ちゃんのことを守らせて』だけど……」
大事な言葉なので忘れることはありません。
たたあ、もう一度言うとすごく恥ずかしくなって語尾は声が小さくなってしまいましたが。
「それだけど、愛理。もしかしたら、舞美は付き合ってるって思ってないんじゃない」
「え、まさか。普通は告白だって気づくよね」
「うん、普通だったら。でも――舞美だよ」
「うっ――」
『舞美ちゃんだから』。
この言葉の前には自然界の法則や人間界の常識はしばしば覆されてしまいます。
「そういえば――」
「なに愛理? 何か心当たりある?」
「告白してから、舞美ちゃんからやたら筋トレグッズもらうようになったんだけど」
「……もしかして、愛理をボディーガードとして育成しようとしてるんじゃないの? 守ってもらうために」
「まさか、そんな舞美ちゃんでも……舞美ちゃんでも……」
『舞美ちゃんだから』、ありえる。
そんな、どう頑張っても私じゃ筋力的に舞美ちゃんより強くなれないのに。
「ももぉぉぉぉ、どうしよおぉぉぉぉぉぉ」
「あー、もう泣きつかないの!! えーと、いま解決策考えるから」
ももは小指を口に当てて策略をめぐらせ始めました。
しがみつきながら待つこと2分でした。
「あー、もうよくわからないから最後の手段!!」
「え、なに」
「愛理、耳かして」
「ん? いいけど」
ももから耳打ちされました。
……!!!!!!!!!
「ちょ、も、も、もも! そ、そんな、いきなりすぎる、よ」
「いいの、愛理は積極性にかけるからオーバーなくらいが丁度いいの!!」
オーバーもオーバーなんです。
だって、ももは「今日イベントが終わってから、
バレンタインだからって舞美の家に突撃して『抱いて』って迫りなさいよ」って言うのですから!!
あまりにも急なことを提案されて心臓がうるさくてたまりません。
「無理、無理!!」
「いいの、やってらっしゃい!!」
「あのー」
「ありえない!!」
「当たって砕けろ!!」
「あのー!!」
ももとも私とも違う声が楽屋口から聞こえてきたのでふたりの視線がそちらに移りました。
「ふたりとも、楽しそうだね♪ もも、愛理に抱きつかれて嬉しかったでしょ♪」
みやです。
「いや、いまのは、なんていうか、その、あの、あれですよ、あれ」
ももがよく分からないことを口走り始めました。
みやは、ああ見えてすごく嫉妬深いらしいです、本当に以外ですけれど。
「いや、みや、だからね、そんなに怒らないで、ね?」
「うん、全然怒ってないよ♪」
みやのとびっきりの笑顔が怖すぎます。
きっと私がこの場からいなくなったらみやの怒号が飛び交うことでしょう。
でも、こういうのってちょっとだけ憧れます。
舞美ちゃんは私が誰とどうしていてもいつもニコニコしていますから。
ちょっとだけは……嫉妬、して欲しいときもあります。
「だから怒ってないってぇ♪」
ただ、みやみたいにはなって欲しくはありませんが……。
◆
「じゃあね、バイバイ」
「おつかれー」
「……おつかれさま」
イベントも終わり、ももとみやと別れました。
ももはみやにたっぷり絞られたのか、さきほどまでの元気は微塵もありません。
ももとみやは帰る方向が一緒だからBuono!のあとはいつも一緒に帰っていて羨ましいです。
「……さて、どうしようかな」
ひとり言を大都会の闇空に向かって吐いた私は、ももがさっき言ったことを思い出しました。
抱いて。
……やっぱり、威力が強すぎます。
キスはおろか、手だってまともにつないでないし初デートだってまだなんですよ?
ですが……。
やっぱり、こういう日だから会いたいのは正直あります。
いえ、すごく会いたいです。
怖いけれど、もう一度気持ち確かめたいです。
気がつくと携帯を開いて耳に当てていました。
出て欲しいような出て欲しくないような、でも声は聞きたいような……もうよくわかりません。
そして3コールのあと。
『愛理?』
舞美ちゃん、出ちゃいました――。
「あ、舞美ちゃん。こんばんは」
『こんばんは。あれ、どうしたの?』
携帯越しの舞美ちゃん笑ってます。
それも当然、私が『こんばんは』なんてわざわざ電話でいうこともないことを口走ったのですから。
「えっと、今日イベントあったんだ」
『みたいだね。どうだった?』
「うん、あのね――」
本当は会いたいって言いたいんです。
でも、怖くて言い出せません。
つい今日のイベントの話に逃げてしまいます。
だって、「ごめん、今日は会えない」って言われるの、すごく怖いんです。
ですけど……ももの言うことは大げさにしても、私はもっと積極的にならねばというのは当たってると思います。
怖いですけれど……大丈夫、私は舞美ちゃんの恋人なんですから。
「ねぇ、舞美ちゃん。話があるんだけど」
『どうしたの、急に改まって』
「今から……会いに行っちゃダメ」
『え!? けっこういい時間だよ』
「それでも……会いたい」
『…………』
空白の時間が訪れました。
私、きっと舞美ちゃんを困らせてしまってる。
守るって言ったのに、困らせては仕方ないよね。
ううん、やっぱりいいや。ごめんね。
そう言って誤魔化そうと思ったのですけれど――。
『……ちゃんとご両親には連絡するんだよ。あと、危ないから駅まで迎えに行くね』
よかった――。
嬉しくて、へたり込んで泣き出しそうです。
でも、ここからが勝負です。
抱いて……とは、言わなくても舞美ちゃんの本当の気持ち、すごく知りたいです。
胸をはって、舞美ちゃんの恋人になりたいです。
「ありがとう。急なお願いごめんね」
『ううん、また後で』
「うん」
大丈夫、きっと大丈夫。
そう私自身に言い聞かせながら舞美ちゃんの家に急ぎました。
まず問題はお母さんの説得でした。
駅のホームで電話したら思いのほか長引いてしまいました。
舞美ちゃんにも家族にも迷惑をかけるだろうからとたくさん説教されました。
ですが私も引けません。
今夜はただの夜ではなく、特別な夜です。
何度も何度も頼み込みました。
15分言葉の格闘が続きました。そして。
『……明日の朝迎えに行くから。お説教は車の中でたっぷりするから覚悟しておいてね。
あーあ、これから舞美ちゃんママのところに電話かけるから。くれぐれも気をつけなさいよ』
なんとか折れてくれました。
わがまま娘で本当にごめんなさい。
そのあと、いくつか電車を乗り継ぎました。
舞美ちゃんの住んでいる街の駅に来るのは初めてです。
舞美ちゃんの街にも舞美ちゃんの家にも何回も行ったことはあるんです。
ただそのときはうちのお母さんの車か、舞美ちゃんのお母さんに車で連れてきてもらいました。
電車で、それもひとりで、っていうのは初めてで心細かったです。
金曜日みたいに酔っ払いのサラリーマンさんが絡んでくることはなかったのですが、
知らないところに行くのはやはり厳しいです。
下を向いて、なるべく人と目を合わさないで歩いていたのですが。
「あいりぃぃぃ――――」
この聞きなれた声――。
改札の向こうで舞美ちゃんがブンブン手を振ってます。
ちょっ、アイドルが安全上それはまずいのでは――。
あと、かなり恥ずかしいので私はちょっとしか手を振り返せなかったのが悔しいです。
「舞美ちゃん……声が大きすぎ」
「あ、ごめん。つい、ね。あー、今日はグラビア撮影さえなければ会場に遊びに行ったのになぁ。
そうだ、なっきぃもいたんでしょ?元気だった」
ズキン。
ちょっと胸が痛みました。
「うん、相変わらず楽しそうだったよ」
「そっかー。愛理もBuono!楽しい?」
「うん。ももとみやがいると楽屋が賑やかなんだよ」
「ならよかった」
言葉とは裏腹に舞美ちゃんはちょっと寂しそうでした。
エスパーじゃないから真意はわかりませんが……
もしかしたら、このごろ℃-uteメンバー別々のお仕事が増えたからかもしれません。
舞美ママさんに家まで送ってもらい、ちょっと遅めの夕食をご馳走になり、お風呂までお借りしました。
うちのお母さんからすでに泊まっていくことで話は通してあるみたいです。
パジャマや下着、靴下も用意してもらいました。
ふたりの背丈がいくらか差があれど同じくらいだとこういうときに助かります。
あ、もちろん下着は卸したてですよ。
下が若干きつくて、上がちょっと緩いのが悔しくもありますけれど。
スリッパまで貸してもらって舞美ちゃんの部屋に行くと、舞美ちゃんは部屋で歌っていました。
防音は完璧なのでその点は問題ないのですが……。
「歌のレッスンしてたんだ」
「あ、愛理あがったんだ。湯加減どうだった」
「大丈夫だよ、何から何までありがとうね」
ほんとうはちょっと熱かったのですが、疲れた体には心地よかったです。
それよりも気になることは――。
「舞美ちゃん、頑張りすぎじゃない?」
時計の針はもう11時近くになっています。
「そんなことないよ。歌、頑張らなくちゃいけないから。みんなの脚をこれ以上ひっぱれないし」
はは、と舞美ちゃんは力なく笑いました。
個人レッスンをするのはいいと思うんです。
ですが、モノには限度があります。
喉を痛めるまで歌いつづけるのがいいはずがありません、喉だって使いすぎると潰れてしまいます。
このごろ、舞美ちゃんの空回りが酷い気がします。
焦りすぎてるというのでしょうか。
昔だったら笑えるレベルだったのですが、このごろは見ていて辛くなります。
だから私が守ってあげる、と偉そうに言ったのですが……。
私自身の不甲斐なさが情けないです。
「ちょっ、なんで愛理泣くの、こ、困るんだけど」
「……舞美ちゃんのばかぁ」
「え、あ、その、ごめんなさい!」
なぜか舞美ちゃんは90度おじぎをしてきましたが、バカは私です。
恋人気取りで何もして上げられてないのですから。
「そ、そう言えば! 愛理、今日は突然どうしたの!」
……あ、そうでした。
舞美ちゃんの気持ちを確かめに来たんだけど、表向きはバレンタインのクッキーをプレゼントしに来たんでした。
「突然泣いちゃってごめんね。はい、今年のバレンタイン」
「え、ありがとう。でも明日でもいいのに。わたしは明日渡すつもりだったんだけど」
「どうしても今日渡したくなって」
「開けていい?」
「どうぞ」
舞美ちゃんは包装を丁寧に剥がし、開けた先にはクッキーが――。
「あ……チョコ……」
舞美ちゃんはハート型の大きなチョコの前で固まりました。
え、なんで!?
剥がした包装を見てみますと――。
『Dear RISAKO』
……梨沙子のと間違えました。
ももの『抱いて』発言のせいで一日中テンパってましたから。
舞美ちゃんのためにつくったクッキーはきっと梨沙子の胃袋の中でしょう。
これじゃあ、全てが台無し……。
目の前が真っ暗になる思いでした。
「……食べてみる」
え――?
「大丈夫、愛理がせっかく作ってくれたチョコだから食べられる」
「そんな、無理しなくても――」
私が静止しきる前に目をつぶり口を大きく開けて半分を一気に頬張りました。
そんな、青汁を飲むように辛そうに食べなくても――。
次の瞬間、舞美ちゃんは目を大きく見開きました。
「あれ、おいし……い?」
え?
「おいしいよ、愛理! わたし、チョコ苦手じゃなくなってる!」
……なにそれ。
あ、そういえば舞美ちゃんはもともとチョコが好きで食べ過ぎて嫌いになったのでした。
なら、長い間くちにしなければ元のチョコ好きの舞美ちゃんにリセットされる――。
そんな、バカな。
でも、『舞美ちゃんだから』有り得る。
何はともあれ、舞美ちゃんがおいしくチョコを食べてくれたのが何より嬉しいです。
他の誰のチョコも食べない舞美ちゃんが、私のを食べてくれた――。
そう思うと胸が一杯になりました。
そういえば、密室で舞美ちゃんとふたりきり……。
邪魔なあの子もここにはいない……。
甘えるしか、ないよね。
いままで我慢して我慢して、我慢し尽くしたものが溢れました。
チョコを食べ終わった舞美ちゃんの胸に飛び込みました。
……大丈夫、私の鼻は負傷していません。
「ちょっ、愛理、そんな、いきなり」
「舞美ちゃん」
わたしは舞美ちゃんの胸に抱きつき、そして舞美ちゃんを見上げました。
ちょっと困ったような表情だった舞美ちゃんは私の意図に気がついてか真剣な表情になりました。
舞美ちゃんの真剣な表情は本当に美しすぎて息が止まりそうです。
肩に届くか届かないかの黒髪もとても素敵です。
このまま――。
舞美ちゃん、キスしよ。
そう言うつもりでした。
「舞美ちゃん……抱いて」
え?
ええええ???
小指のピンとたった悪魔に吹き込まれた呪詛を誤って唱えてしまいました。
ゲキハロでの台詞間違いどころじゃありません。
「……わかった」
わかった……わかったって!?
こ、こころの準備が、あわわ……。
舞美ちゃんのしなやかな腕が私の背中に回されて、ギュッと痛いくらい抱きしめられて――。
このままベッドに優しく横たえられるものだと思ってました。
ですが――。
「ほら、ギュッと抱いたよ。これでいい?」
…………。
舞美ちゃん、小学生?
思わぬ展開に脱力し、舞美ちゃんの腕の中でぐったりしてしまいました。
ふたりは恋人ではなくてただのボケとツッコミ――。
そう自嘲気味になったわたしの耳に言葉が届きました。
「愛理、大好き」
え。
「えっと……わたしと愛理って付き合っていることでいいんだよね」
「そう……だけど」
「よかったぁ。わたし、勝手に付き合っていると勘違いしちゃったのかと思った。
新幹線で『一番傍で守ってあげる』って言われたから告白されたものだと思っていたけど、
そのあと愛理は『付き合おう』とも『好き』ともひと言もないし、
手を繋いだり……あと、デートのお誘いとかしてくれなかったから」
あ――。
気恥ずかしくて、周りに遠慮して、舞美ちゃんのスケジュールを考慮して、わたし何もしていませんでした。
恋人らしいことも、「好き」のひと言も囁きませんでした。
悪いのは舞美ちゃんではなく、私です。
でもここで反省していてもまた泣いてもしょうがないので……することはひとつです。
「舞美ちゃん」
「なに?」
「大好き、凄く好き。だから、その……私と、付き合ってください」
「ありがとう、わたしも愛理と同じ気持ちだよ。こちらこそ、よろしくお願いします」
私は舞美ちゃんの腕の中で照れ笑いし、そんなわたしをとびっきりの笑顔で苦しいほど抱きしめてくれました。
◆
なんだか、すごく遠回りした気がします。
わたしの一番大切なものはすぐわたしの目の前にあったのに、わたしが努力を怠ったせいで、
勇気が足りなかったせいでいっぱい困らせてしまいました。
だから、これからはもっともっと素直になれるように頑張りたいと思います!
そして、非力ながら少しでも守ってあげられる存在になりたいです。
あの子の妨害にもめげずに!!
その第一歩、ふたりだけで過ごす初めての夜……です。
「さて、愛理! 明日も学校あるしレッスンもあるから早く寝ちゃおうか!!」
「……はい」
ちょっと大き目のシングルベッドに、枕をふたつ並べて……普通に寝るみたいです。
本当にただ、寝るだけです。
頑張るのって、難しいものです。
告白しあってムードが高まっているのにこの健全さです。
先が思いやられます。
ふたりして掛け布団に潜ると暖かい……ですが、ちょっと物足りないです。
どうせ舞美ちゃんはすぐに寝付いてしまうでしょうし。
「ねぇ、愛理」
「なに」
「えっとね……その」
「どうしたの、舞美ちゃん」
「その……手を繋いでいい?」
「え……あ、はい」
お互いにちょっとだけまごつきましたが、ふたりの手はしっかり繋がりました。
「なんか……恋人って気分だね」
「気分じゃないよ、恋人だよ舞美ちゃん」
恋人として、また一歩進みました。
たぶん舞美ちゃんとの一歩一歩はすごくゆっくりな気がします。
でも、それでいいのかもしれません。
舞美ちゃん私がそれで満足できるのでしたら。
ふたりの、ふたりだけの問題なのですから。
あ、そういえば。
寝入ってしまう前にどうしても不可解なことを尋ねておこうと思いました。
「そういえば舞美ちゃん、なんで私に筋トレグッズたくさん貸してくれたの」
「あ、あれね。愛理と筋トレしようと思って」
「そこまではなんとなくわかるけれど……」
「えっと、なっきぃも千聖も舞ちゃんも筋トレ嫌いでしょ」
ごめん、私も嫌いです。
「だから愛理が筋トレに付き合ってくれれば……合法的にふたりっきりの時間が増えるかなって思ったんだ」
合法的って使い方がまず違うのですけれど……。
いや、それはどうでもいいんです。
筋トレに誘ってくれる、筋トレグッズを貸してくれるのは不器用な、
不器用すぎる舞美ちゃんなりの求愛行動だったみたいです。
方法が違えば、もっと嬉しかったんですけれど……。
「ってことで、愛理! 明日から筋トレ頑張ろう!!」
「……努力してみる」
やっぱり、舞美ちゃんの恋人になるってことは大変なことです。
あ、だからといって絶対誰にも譲りませんよ?
最終更新:2010年02月15日 18:28