- 長いわりにエロはあっさり
- 幼い頃から御剣一筋のメイ
その日、帰国したばかりの狩魔冥は、御剣の執務室に顔を出した。
「弟」弟子の御剣は外出中であり、その後直帰の予定とのことだった。
糸鋸刑事のバツの悪そうな表情と、捜査の相棒が留守番という事実が引っかかり
鞭を用いたところ、「お見合い紛いの会食ッス」と白状した。
検事・御剣怜侍を気に入り、ぜひ娘や知人のお嬢さんを紹介したいという話は時々ある。
九九パーセントは断わるのだが、今回は立場上外せない席だったそうだ。
冥は「弟」弟子のマンションに押しかけていた。
「ヒゲから、渡すように頼まれたのよ」
と、執務室から無理矢理ぶんどってきた封筒を口実に。冥が糸鋸のために働くと
いうムジュンは受け付けない、まさか久々に顔を見る「姉」弟子を労うことなく
追い返すつもりは無いわよね、という言外の圧力に負け、御剣は冥を自分の部屋に
渋々といった体で招き入れた。
「珍しい紅茶を入手したところだ。ご馳走しよう」
御剣は一人で帰宅しており、冥はその現実に安堵していた。
通された客間のソファに腰を下ろす。御剣の執務室同様に整えられた部屋だが、
女の影の有無など判断出来なかった。
ある決意があり、今日はこの部屋を訪れていた。冥は焦っていた。同じ道をお互い
高めあって行ける最高の相手が目の前にいるというのに、一旦現場を離れてしまうと、
自分は御剣にとってはただの子どもだ。相手にされない。それが口惜しい。
飲み終えたら帰らねばならない心境のせいで用意された紅茶の味の差はよく判らな
かったが、適当に褒めておいた。
「仕事の話を聞きたいわ」
事件の話題ならもっと長く、この部屋にいられる。が、御剣は拒否した。
「止めておこう。メイとこの件の話をするには差支えがある」
まさか自分の父が過去に絡んだ事件では……と想像が頭の中を巡る。その思考を
読み取ったのか、御剣は慌てて付け加えた。
「罪状に、その……婦女暴行が入っているのだ」
「判例なら数え切れない程、読み下してるわ。私は性犯罪は一度も扱ったこと無い
けれど。どんな事件なのかしら」
「気にすることは無い。キミがいくら優秀でも、未成年の女性検事が担当することは
ないだろう」
「そんな発言をするあなた自身は余程自慢出来る立場なのね?どれだけ女性を
泣かせてきたのかしら」
証言者の女性の立場を弱く見せるためには、歯の浮くようなセリフも辞さない。
今日だって紹介された女性に愛想の一つも言ったかもしれない。
御剣の過去の女性関係は一切知らない。が、無い訳はないと思う。
「泣かせた覚えは無いが……」
「聞いてみたいわ。天才御剣検事の恋愛話を。引く手数多、デートのお誘いで
さぞやお忙しいんでしょうね」
冥のあてつけに御剣は迷惑そうな顔をした。あまりこの手の話題は得意では
ないのだ。それでも、余裕の表情でこう切り返した。
「ご想像にお任せする。それに数え方によって変わるのではないだろうか。
もし、一緒にお茶を楽しんだだけでカウントする人間がいるなら……私は
世の女性の敵であろうな」
自分のヤキモチを見透かすかのような言葉に、冥は唇を噛んだ。御剣は自分の
気持ちを知っている。わかっていて、突き放しているのだと感じた。
もう隠す理由など無いだろう。迷った挙句、メイは口を開いた。
「レイジ、同じ検事として、お願いがあるのだけど」
御剣は目だけ動かしてメイを見つめ返した。
何度も口にするのを躊躇って来た。可能なら、一生言わずに済ませたかった。
「私を……大人にして」
口にするのは屈辱的だった。一度も男性経験が無い。そのことが、有罪無罪を
左右したとは思えないが、理解出来ない男女の恋愛感情が絡む事件は全て想像で
補って来たのだ。
何歳になれば、自分を大人の女として見て貰えるのだろう。生まれたのが遅いと
いう理由だけで、御剣の同世代の女に取られるのは我慢ならなかった。その感情は、
自然に生まれ育まれたものだ。
御剣は絶句していた。珍しく目を逸らされる。が、すぐに気を取り直して、
「命知らずなボーイフレンドの二人や三人、いるものだと思っていた」
「無理に決まってるでしょう……。違うわ、私だって言い寄られた経験は
何度かある。でも!」
冥はビシリと目の前の弟弟子に指を突きつけた。
「ごく身近にカンペキな男がいるのに、十三歳から法曹界に身を置く私が、
同年代の子どもを相手にするなんてバカなこと、天地がひっくり返っても
ありえない。レイジさえいなければ他に適当な相手で手を打ってたわ」
皮肉だった。カンペキを持ってよしとする狩魔の血脈に倣おうとすればする程、
雁字搦めになる。御剣に相性の良い交際相手がいるなら諦めたかもしれないが、
彼は恋愛体質ではない。身内の冥に対して甘い言葉をくれることも無かった。
「協力して欲しいの。今後、レイプ事件を取り扱うことがあっても、私には
正しく理解出来ないわ。私はカンペキに勝利したい」
仕事にプラスになるというのは口実だ。待ってたのに、一度もそんなそぶりは
無かったからこうして求めている。年下の、女の自分が。
「むしろこの私で手を打つなど、カンペキ、には程遠いと思うが」
御剣の返事はそっけないものだった。一世一代の告白をバッサリと切り捨てる。
「その理屈が正しければ、検事局は犯罪経験者の集団になるではないか。それに、
性的な経験など、個人的な感想を言わせて貰えば、たいした問題ではない。
『こんなものか』だ」
「なんですって?」
「たかだかこの程度の快楽の為に人は犯罪に走り、嘘を吐き、騙されるものかと
私には理解出来ない。個人差がある。経験も主観も不要だ。狩魔冥、連絡も無く
突然部屋に訪れて、何を血迷って……」
「私は常に正気で冷静だわ。幼い頃からレイジしか目に入らなかった。初めての
相手はレイジだって決めてたの!」
とうとう言ってしまった。狩魔の、天才検事の体裁など地に落ちた。感情的で
恥ずかしい少女趣味の塊の自分をさらけ出し、御剣の前から消えたくなる。
「帰るわ」
立ち上がった冥は、すかさず両肩を押さえつけられ、再びソファに戻された。
まだ自分を侮辱し足りないのか、と怒りが湧いてくる。が、御剣の腕が背中に
回り、身体を押し付けられ息を飲んだ。
「すまなかった」
「……何に対してかしら」
「キミの口から言わせてしまったことだ。だが、わかって欲しい。先生の娘で、
七歳も年下で妹のように育った未成年の女の子を口説くなど、私の立場が……」
「バカの、バカによる、バカ中心的でバカげた考えだわ……!」
そんな見栄の為に、自分は苦しんで来たのかと思うと腹が立つ。
「この程度の女心も解さない人間が天才検事だなんて笑わせるわ。どれだけ
私がレイジを好きか想像したこと無いくせに、私を試すなんてナマイキよ」
鞭に手を伸ばせなかったので、ぽかぽかと叩く。御剣は無視して唇を重ねて来た。
舌先が歯列を撫で、冥の身体がピクンと震える。さらに侵入して来て、逃げようと
する身体同様、追い詰めるように冥の舌に絡まった。すっかり頭の中が真っ白に
なり、強引なキスだけで気が飛びかけた。
「真実に辿りつく喜びに匹敵する幸福が、この世にはあるのだな」
冷静沈着を絵に描いたような男には珍しく、熱っぽい目が冥を包み込む。
ずっと望んでいたことなのに、御剣から女性として見られる戸惑いで眩暈がした。
夢うつつの目で冥は言った。
「豪華な食事も、花束もプレゼントもいらないわ」
御剣の性格なら、カンペキを求め、自分を気遣って日を改めるに違いない。
もう待つのは嫌だった。
「どんな舞台と小道具を揃えても、肝心の私はカンペキではないのだから」
自分は子どもで、何も知らない。どんな失態を見せることになるか。
「ここは法廷ではない。私と二人だけの時は、狩魔でも検事でもなく、ただの
一人の女の子で構わない」
御剣は切り替えたのだろう。冥から身体を離すと、腕を組んで見下ろした。
「それもなんだか不満だわ」
「女心とは、難しいものだな」
「そうやって私以外の女性も傷つけて……きゃあ!」
突然足元をすくわれ抱きかかえられていた。すぐ近くに御剣の顔がある。
「事件洗い直しの協力に感謝しよう」
どこか楽しげな口調に、冥の背中がヒヤリとした。御剣の取り扱う事件とは、
どんな内容なのだろう。絶対にヒレツな行為はさせない。
いや、レイジに限って そんなことは……。
心細さと絶望が募るまま、冥は寝室に運ばれていた。
壁に押し付けられ乱暴なキスを受けながら、身に着けていた服が御剣の手に
よって脱がされていく。せめてシャワーを、と心の中で望んだが、レイプ
事件の再現ならそれは叶わないのだろう。
「乱暴な真似は許さないわよ」
「努力はしよう」
言葉とは裏腹に、御剣は鞭を両手で掴んで顔の前でピシリと音を鳴らす。
「怯えることは無い。ベッドの上で使われては敵わないからな」
御剣は身を竦ませる冥の腕を捕まえると、両手首を揃えて鞭で縛り付けた。
「レイジ!」
止めて、という悲鳴が出かかる。自分が長年焦がれていた御剣怜侍という男は、
裁きの場と寝室では別人なのかもしれない。自分が勝手に美化していただけで。
首筋に唇が這い回り、下着の取り払われた胸に指が掛かる。手の自由を奪われ
屈辱的なのに思わず溜め息が漏れていた。
「メイ、キミはカンペキだ」
形の良い冥の胸を御剣の指が撫で回す。当然だ。プロポーションは勿論、
パーツ一つ取っても自信があった。御剣に触れられているだけで身体が
熱くなる。褒められて嬉しいのに、
「どなたと比べていらっしゃるのかしら」
憎まれ口を叩く。手馴れた御剣にもイラついていた。
「比べるまでもない。メイの頭脳までは望まないが、活字を読む習慣すら……」
「この状況で他の女を思い浮かべるなんて、恥を知りなさい」
結ばれた手で、そのまま御剣を小突く。自分で挑発したのだろうが、と御剣は
小声で不満を述べた。
「美しく育っていくメイを、私は見ているしかなかったのだ。七歳も年下の
女の子に恋愛感情を持つなど、まるで変態ではないか」
「聞くに堪えないわね。意気地無しの言い訳……や、あぁっ」
胸の先端を甘噛みされ声が上ずる。胸に顔を埋められたまま下半身に伸びた指が
下着の上から秘裂を撫で、冥は腰を浮かせた。甘い吐息を隠し切れない期待通りの
冥の反応に、御剣はニヤリとほくそ笑む。
ナマイキな、という反感は、その優しい愛撫で薄れた。
「間に合って良かった。他の男に奪われるのをずっと恐れていた」
同じ心配を抱えていたのだ、と冥は御剣のすることを目で追いながら嬉しく思う。
御剣が膝をつき、冥の下着が引き下ろされた。またも止めてという声は飲み込まれる。
繊細な身体の中心部を、御剣の優しい指と荒々しい熱い舌が這った。もたらされる快感に
ガクガクと震え、立っていられなくなると、ようやく冥はベッドに寝かされた。
言論が武器の自分が翻弄され言葉を失うのは決して不快ではなかった。
言葉の代わりに、大好きな相手が自分を可愛がり、褒めてくれたからだ。
世間一般的な十八歳の女の子と冥の人生はかけ離れているが、御剣なら全てを
認めて受け止めてくれる。
縛られていた手の鞭は解かれ、自由になった。冥はおずおずと御剣の首に手を回す。
何をされても気持ち良くなれた。法廷では決してしない顔を見せる羞恥すらも幸せだった。
が、「女性に負担が少ない体位だ」と御剣の上に抱きかかえられて冥はキレた。
どこの誰を相手にそんな体験を、と拗ねる冥を御剣は宥める。さらに危険を察した御剣が、
鞭を部屋の隅に放り投げてしまったので歯軋りした。ずっと御剣が好きだった筈なのに、
照れ隠しと恐怖から冥は負けず嫌いを発揮する。
「悔しい。私はずっとレイジを待ってたのに、レイジだけなのに、レイジは
私を子ども扱いして、他の女と……」
過去に御剣に愛された女たちの存在が許せなかった。プライドの高さは自覚はあったが、
冥は自分がこれほど御剣個人に対して嫉妬深いとは今まで気付かなかった。
怒りで興奮状態に陥り、泣きそうになる。冷静な冥はどこにもいない。
「今夜はやめておこう」
紳士的な態度も優しい言葉も、返ってシャクに触る。
「ナマイキだわ。それを決めるのはあなたじゃない、この私よ」
もし他の男性なら相手のプライドを傷つけて終わるに違いなかったが、冥の
言動に免疫がある御剣は、気が済むまで不安や不満を吐き出させた。
「他に言いたいことは?」
「……ないわ」
「いい子だ」
御剣の手が冥の髪を撫でたので、またも冥は逆上しそうになった。
「子ども扱いは許さない!」
「今夜は私が、メイを大人にするのでは?」
御剣の返しに、冥は反論の言葉を棄てる。大人しく顔を御剣の肩に預けた。
冥が逃げ出さなかったのは、御剣だからだ。長年のライバルを前に、弱い自分を
さらけ出すなんて自尊心が許さない。
もし途中で冥が耐えられなかったら、言えばいつでも止めると御剣は言った。
「この私が弱音を吐く前提で話をしないで欲しいわね」
「弱音を吐くメイもさぞ可愛らしいと……こら、暴れるな。往生際が悪いぞ」
「私は、あなたより七歳も年下なのよ!丁寧に扱いなさい」
「ムロン、そのつもりだ」
細い腰を支えられ、教えられるままに冥は腰を落として行った。
心の中で、懸命に自分に言い聞かせる。
自分は狩魔の娘。これっぽっちの痛み耐えられるわ。大好きなレイジを全部
受け入れてみせる。
なぜ御剣が自分にこんな酷いことをするのか、自分の身体のどこにあんなもの
が本当に入るのか、理解出来ないけれどたいしたことないと言う顔で堪えた。
パニックになりかける冥を、御剣は最初は冷静にリードしていたと思う。
優しい言葉をかけてくれるが、冥は限界だった。
「レイジ、嫌っ……怖い……!」
肢体をさらす恥ずかしさや、痛みを伴う行為を受け入れなければいけないなら、
大人になどならなくて結構。息も出来ないほどそこは熱くてきつくて、呼吸も
荒く泣きそうな自分を御剣は楽しげに観察している。理不尽で屈辱だった。
目線が絡まりあった。必死で訴える冥を見つめ返す御剣の目つきは、恐ろしい
ほど妖しい色気を含んでいた。身動きが取れなくなる。
言えば止めると請合った筈のその相手は、「すまない」と短く謝った。
理解出来なかった。
その直後、激しく突き上げる振動が冥を襲った。
あまりの激しさに逆らうことは許されず、ただ流され耐えるしかなかった。
御剣が自身を引き抜いて、放心状態の冥に改めて謝ったが、しばらく冥は怒って口も
利かなかった。指一本触らせるどころか、ベッドから御剣を追い出すと、一人シーツに
包まって背を向けてピリピリしていた。
「メイが可愛くて我慢出来なかったのだ」と御剣は褒め讃えたが、そんな甘い
言葉で機嫌が直る訳がない。混乱で涙ぐみ、その後は恥ずかしがっているだけ
なのは御剣にはお見通しで、本気で心配していない態度も不愉快だった。
「セックスの良さは理解出来ないけど、一つだけ判ったことがあるわ」
冥は感慨深そうな顔で御剣に話しかける。あまりにストレートな感想にショック
を受けつつも御剣は聞き返した。
「何が判ったのだ?」
「犯罪者の心理が」
物騒な発言に御剣は耳を疑った。検事が一体、何を言い出すのだ、と。冥は
御剣の下半身に手を伸ばして来た。
「『コレ』を誰か他の女に奪われるくらいなら、あなたもその女も殺す。勿論
狩魔の名にかけて、カンペキな完全犯罪よ。絶対に許さない」
冥がその想像で半ギレ状態になり「コレ」を握り直そうとするので、御剣は慌てて
その手を引き離した。発信機を始め、あらゆる調査手段を用いて御剣を監視するに
違いない。狩魔の名前は置いといて、性格的にやりかねない気がして来た。
「その心配は不要だ」
「私は、嫌だと言ったわ。約束も守れない人の言葉に何の意味があるのかしら?」
この件について、先ほどから御剣は責められていた。何を言っても冷たく「よくも
そんな言い訳を」と一蹴されるので、謝罪の言葉も尽きていた。女性の機嫌を取る、
あるいは円満に別れることは、喋りが商売の御剣なら本気を出さずとも可能だ。
が、この弁の立つ年下の恋人は一筋縄ではいかない。
「私も、一つ認識を改める気になったことがあるのだが」
「自分が言ったことも守れない情けない男だという自覚かしら」
冥は呆れた表情で、脱がされた服を拾い上げた。
「決して同情も弁護するつもりもないが、この快楽を得る為に犯罪に走り、嘘を
吐き、騙される心情も……多少、わからなくもないというか。メイを抱いてみて、
その素晴らしさを実感したのだ」
過去の経験の「こんなものか」という感想は、冥によって書き換えられていた。
我を忘れるとはこのことで、危うく破滅願望すら芽生えそうだった。
その冥は、御剣の熱っぽい称賛に絶句し、顔を赤らめていたが、すぐに普段通りの
クールな表情を取り戻した。
「たまに気が向いたら、相手にしてあげなくもないわ」
これで終わり、という線引きだった。検事の狩魔冥に戻るのだ。
が、まだ御剣の方は納得していなかった。冥を抱き寄せようとする。
「……お願い、もう無様な自分を見せたくないのよ」
もし、カンペキな大人の女性なら御剣の手を煩わせることも無かった筈だ。
今夜の自分の振る舞いの子どもっぽさに、冥は自己嫌悪に陥りかけていた。
とはいえ、冥が本気で怒っていたら鞭でひっぱたいて部屋を出ていたに違いない。
そうしないのは御剣に落胆するどころか、彼のしてくれる行為が気に入ったからだ。
「私にはどんなメイも可愛くて、カンペキなのだが?」
「慰めなんていらないわ。誰にでも同じことを言えるくせに」
「私は他の女性を可愛い、カンペキだと感じたことなど無い。それどころか、
可愛い冥の泣き顔を、今後ももっと見たいものだ」
片手の力で冥はベッドに引き戻されて、組み敷かれてしまった。馬乗りになった
御剣の目が邪悪に光っていた。嫌な予感がする。
「検証したかった事例は、『レイプ事件』だ。先ほどは冥を思うあまり、つい
手加減してしまった」
どう料理してやろう、という顔で見下ろしている御剣に、冥は危機感を覚える。
長々と言い訳をしているが、要するに一度では満足出来ないらしい。これだけ
判り易くて、よくもまあ検事が務まるものだと呆れてしまう。
「無理なの。……今日はもう、出来ないわ」
溜め息まじりの冥の訴えの意味を察して御剣は怯んだ。飛び退くようにして、
冥から離れる。
「す、すまなかった。私が、初めての冥を、気遣えずに……」
「女心の他に、女の扱いも勉強すべきね、御剣怜侍」
「うム……」
神妙な顔つきで猛省している、この七歳年上の自分の前を行く男が可愛らしく
感じた。カンペキでない顔を、自分だけが知っている幸福。少し格好の悪い
部分も含め相手を愛しく感じる気持ちを、冥も理解出来た。
この暖かな感情が今後、事件を読み解く一つの物差しになるのかもしれない。
御剣は冥に背を向けると、静かに提案した。
「私は別室のソファで寝ることにしよう。心と身体の傷を癒して欲しい」
今日は長年の想い人と結ばれた大事な記念日だというのに、失礼だしあまりにも寂しすぎる。
「私はずっとレイジと一緒にいたいわ」
「……」
「その顔は何かしら。それとも出来ない女なんて不要だとでも?あなたも
あの男と同じ、フケツでヒレツでフラチで……」
「そんなことは断じてない!私を一緒にするな!」
「だったら、昔のように一緒に寝て」
冥は御剣の手を取って微笑んだ。御剣は眠れないと訴える幼い冥の手を握り、
寝かしつけてくれたことがあった。当時から大好きだったから、寝ぼけた
ふりをして抱きついてみたこともある。御剣はその度に、迷惑そうに冥を
引き剥がしていたのが幼心にショックだったが。
「……了解した」
複雑な表情で御剣が唸った。
化粧を落としたあどけない顔で眠る冥の隣で、悶々と己と闘う御剣の姿があった。
心理戦は職業柄お手の物だ。もしこれが冥の狸寝入りで自分を誘っているのなら
まだ救われた。そういった駆け引きが出来ないほどに、冥はまだ子どもだった。
冥は妹で、年の離れた自分は眼中に無いだろうと諦め言い聞かせて来たが、
まるで生きた人形のようなこの美少女にいつしか本気で惹かれていた。
日頃は毒舌だが、ベッドでは無口に自分を受け入れる愛らしい冥の一面を
知ってしまうと……現状は拷問でしかない。
本人は、「生殺し」という単語とその意味を知っているだろうか。
もし、今の冥に抱きつかれたら、手を出さずにいられるか自信が無かった。
子どもの頃でさえ苦しんだのだ。頭ではセーブ出来ても本能は別ものだと
この小悪魔に鍛えられ、禁欲的な現在の自分が形成されたのかもしれない。
「少しはキミに、男心を勉強して欲しいものだな」
自分の手を握りしめている、幸せそうな冥の寝顔を物欲しげに見つめながら、
御剣は一人力なく呟いたのだった。
最終更新:2010年12月08日 13:59