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「御剣怜侍、私の事を好きだと言いなさい」
御剣はこの言葉に驚き、箸からウニの軍艦巻きを取り落とした。
恋人からの甘い言葉ではあるが、あまりに尊大かつ上から目線の発言、しかも冥の執務室で遅すぎる昼食に寿司を食べている最中である。
とても甘い雰囲気にひたれるものではなかった。
「聞こえなかったの?私を好きだと言いなさい。今すぐによ」
中トロを優雅に口に運びながら再度冥は命令した。
「何故そんな事を言わねばならんのだ」
「私が言いなさいと言ってるのよ。何故言えないの」
「そういった類いの言葉は要求されて言うものではなかろう」
言い終わると同時にソファから跳ね立つ。先程まで御剣が座っていた場所を冥のムチが襲った。
「私を好きではないの!?」
憐れな折詰が犠牲となりイクラが床を転がった。後で掃除をせねばなるまい。
「君は言葉をなぞれば心が伴わなくてもよいと言うのか」
「私が、今すぐ、言いなさいと、言っているのよ!」
言葉の区切り毎にムチがふるわれ、御剣は小刻みに移動しなんとかダメージを受けずにやりすごす。
「フム……仕方ない。ならば…」
ため息と共につかつかと距離を詰める。気をよくした冥が腕を組んで立っている目の前に寄り、弧を描いたルージュの端に親指を置いて頬に触れる。
「冥……」



「君は私を愛しているか?」
「は?」
「狩魔冥は御剣怜侍を愛していると言ってくれ。そうすれば君の望む言葉を口にするのもやぶさかではない」
みるみる冥の顔は赤みを増し、手はムチを求めた。が、ムチは既に御剣の手によって床に放られ、握り拳を動かそうにも腕を捕まれてしまっていた。
「なぜ私がそんな事を言わなくてはいけないの!」
「交換条件だ。条件としては同等だろう」
「不当な要求よ!」
「ならば、私も君の要求には答えられないな」
冥の唇は歪み、逆に御剣は口端を上げた。冥にはそれが、この上なくイヤミな勝ち誇った笑みに見える。
「キライ!レイジなんかキライよ!」
腹立ちまぎれの主張にも御剣は顔色一つ変えなかった。
「そうか。だが私は冥が好きだ」
一瞬ひるんだ隙についばむような口付け。
御剣は事態を飲み込めない冥を見て微笑み、拘束していた腕を放す。
瞬きを二つ三つした後、顔どころか耳や首まで真っ赤になった冥は絶叫した。
「バカ!ウソツキ!ヘンタイ!スケベ!フケツ!」
手当たり次第に物を投げつけてくる。書類、ボールペン、空ファイル、その全てを避けながら御剣は扉へ向かった。
「大っキライ!!」
「そうかそうか。愛してるぞ冥」
笑いながら扉を締める。隙間から最後に見えたのは冥の食べていた寿司の折詰が空を飛ぶ姿だった。
扉にもたれて笑いを堪えていると背中から振動と陶器の割れる音まで伝わった。湯飲みが割れたのだろう。
後で清掃業者を呼ばねば。それから、喫茶室にサンドイッチのデリバリーを頼んで…
さて、へそを曲げた彼女から今夜どうやって愛の言葉を引き出そうか。それは御剣にはどんな法廷より挑みがいのある難問だった。
最終更新:2012年07月05日 20:47