御剣12冥5
- エロなしキスあり
- お互いに気持ちに気づいてない状態でイッテキマス
古めかしい扉を無造作に開ければ、地鳴りのような音が屋敷中に響き渡る。
それにも関わらず、書斎のソファで眠っている男に気付いた時、少女はあきれ半分皮肉を言おうとしたのだが、ふと思い出した級友の言葉が彼女の口を閉ざしてしまった。
『すごぉく甘いのよ。溶ろけちゃいそう!』
級友といえど、五歳の少女からすれば倍の年齢の彼女は、ボーイフレンドとした体験について延々と語っていた。
狭いスクールバス、隣の席に陣取られては避ける事も出来ず、少女は生返事で流していたのだが。
『甘ぁいの。溶ろけちゃうの。』
級友の言葉が蘇る。
ソファの上無防備に横たわり、不思議なぐらい穏やかな表情で眠っている男。
何故その言葉を思い出したのかわからない。
馬鹿馬鹿しいと頭を振るが、視線は男から離れない、いや、離せない。
端正な顔立ちの男。
切長の目は、今は優しく閉じられて、意外に長い睫毛が綺麗に並んでいる。
すっと伸びた鼻筋に、軽く結ばれた唇。
(いつもこうやって黙っていればいいのに。そうよ、あの唇から、いつもいつも腹立たしい発言が出るんだわ!)
ようやく、いつも男を見る時と同じようなしかめっ面になった少女。
少女はこの男が気に入らなかった。
この男が家に来て以来、少女にとって悔しい事の連続なのだから。
この男が来てから、父親の『よく出来たな』は、『お前はこんなものだろう』という意味だと知った。
この男が来てから、一を言われて十をするのは当たり前で、言われる前に百の結果を出さねばならないと知った。
この男が来てから、少女は自分が凡人だと知らしめられた。
『メイはまだ子供なんだから、出来るだけでも凄い事なんだぞ。』
父親がいなくなると、男は表情を和らげてそう言う。
思い出したら、本当に腹立たしくてしょうがない。
ギリギリと歯ぎしりしながら睨みつけるが、当の本人はスヤスヤと寝ているので効果なし。
しかし、穴も開かんばかりに睨みつける行為は、見つめるのと同じ事。
唇に視線が移ったとたんに、また、級友の言葉が頭を巡りだす。
(・・・本当にあれが甘いのかしら?)
交錯した思考は、簡単に一つの結論を出した。
試してみればよい。
少女はにやりと笑うと、ソファの横に跪き、男の顔に自分の顔を近付ける。
身をかがめながら、これが初めての事だと気付き、一瞬止まる。
が、少女は目を閉じながら思った。
(レイジならいいわ。)
唇に感じた圧力。
優しく押してくる体温。
圧倒的に感じる男の存在。
だが、
溶ける?
特には感じない。
少女はゆっくりと男から離れた。
(別に何でもないじゃない。ただ唇がくっついただけよ。)
フン、と鼻をならし立ち上がり、男を見下す。
それはまるで、男が悪いがために甘くなかったと言わんばかり。
まったくもって、級友の言葉などあてにならないし、男も役にたたない、少女の表情がそう物語っている。
様済みの男に軽く舌打ちをすると、少女は踵を返して書斎を後にした。
そうして、いつものように男に怒りの矛先を向けて終わるはずだったのだが。
カツカツ歩く長い廊下。響く足音とともに、少女は自分の異変に気付きはじめた。
(・・・何だか、唇が熱い。)
感覚を確かめるために、恐る恐る、手で触れる。
(・・・?、こんなに熱いのに?)
唇の感覚では、燃えるように熱をおびている気がするのだが、手は、唇が通常の体温である事を教えてくれた。
少女は唇に手をあてたまま、軽く錯乱した。
(なんなのこれは?)
その行為自体はたいした事なかったはずだ。
しかし、あの後から唇が気になる。
ぼんやりと熱く感じては、何度も手をあてて確認してしまう。
(私がおかしくなったの?そんな馬鹿な。)
気になってしょうがない。
無意識に唇に手をあててしまう。
何度も何度も繰り返す自分に、腹立ちを感じてしまう。
ふと、横を見ると、窓ガラスに少女が写っていた。
唇を両手でむさぼるように触る幼い少女。
頬を赤く染め、ぼんやりと虚ろな瞳の少女。
頭に一言しか浮かばなかった。
(はしたない・・・!)
少女は焦った。
きょろきょろと見回し、誰もいない事を確認する。
そして、廊下をかけぬけて、自室に飛びこみ、扉を後ろ手に閉め、そのままへたりこんでしまった。
唇に手をあててぼんやりするなど、馬鹿の様だ。
いや、先ほどの自分は馬鹿と言われてもしょうがないぐらいの様だった。
誰かに見られては狩魔の名に傷がつく。
‥‥と考える最中、またぼんやりと手が唇に。
ああ、これでは駄目だと頭をふり乱しても、どうしようと考えればまた唇に手が。
あどけなさが残る少女のその仕草は、可愛い以外にはありえないのだが、本人には馬鹿な行為に思えるらしい。
右手で左手を押さえようが、左手で右手を絡めようが、気付けば手は唇に。
(レイジが悪いのよ!レイジの馬鹿!!)
涙目の少女。
どうしよう、どうしよう、なんとか手を押さえなければ、と部屋をうろつき回っては、燃える唇に手を添えて。
ああ、ダメよ、馬鹿みたいな事してはダメよ、と自分の手を叱責しては、唇の熱でフラフラしてしまう。
(そうだ!何かを持っていればいいのよ!そうすれば唇を触る事なんて出来なくなるわ!!)
目を輝かせた少女の目の前にあったのは、先日父親からもらった物。
「これがいいわ!」
大きな音を響かせて書斎の扉を開ければ、まだ眠っている男が一人。
「起きなさいレイジ!」
ピシッ!
「っ!な、何をする!?」
腕に走った痛みに、男はあわてて飛び起きた。
仁王立ちで見下ろす少女の手には、乗馬用の鞭。
確か父親から貰ったと嬉しそうに自慢していたはずだが、まさかアレで打ったのかと見つめていると、少女はフフンと鼻を鳴らし肯定した。
男は眉をひそめてため息をつく。
「メイ、それは室内で振り回す物ではない。」
「あら、書斎も寝室ではないわよ。」
そう言われては、ぐうの音もでない。
かわりに鳴るは少女の振り回す鞭の音。
鳴り止まない音は、唇のほてりを冷ますためとはつゆしらず、いったいどうやってなだめるべきかと男は頭をかいた。
その困った様子は嬉しい誤算と言わんばかりに、少女は晴れやかに言った。
「狩魔は鞭の使い方も完璧なのよ!」
こうして、少女の手に鞭が握られる事となったわけだ。
しかし、男は目を閉じていただけで眠っていなかった事を、少女は知らなかったし、この時出会った相棒に、唇以上のうずきを抑えてもらう事となるのも、まだ、少女は知らないのである。
最終更新:2010年02月02日 01:22