絵日記
「あら、何を見ているのレイジ?」
「これは私の小学校時代の作品集だ。先日成歩堂たちに連れられて同窓会に参加してな。当時の担任から貰ったのだ」
いかにも子供が書いた拙い作文に、お世辞にも上手いとは言えない絵日記。
読み返すほどに懐かしさがこみ上げてくる。
十数年ぶりに参加した同窓会はいかにも新鮮なものだった。
たった一年しか同じ教室で学んでいない上にほとんどの旧友は毎年参加しているらしく、私は新参者そのものだったが、それでも成歩堂や矢張が傍にいると「ああ、お前ら三人組か」と声をかけてくる人物は少なくなかった。
多くの名前は記憶の彼方に消え去っていたが、彼らと語る学校生活はあまりに早く唐突に過ぎ去っていった私の幸福な少年時代を思い起こさせるには充分だった。
成歩堂は当時の担任に私の参加を知らせていたらしい。記憶よりも皺の増えた教師は「御剣くん」と懐かしそうに目を細め、一冊の小冊子を手渡してきた。
それは、私が当時提出した作文や絵日記を綴じた作品集だった。
担任曰く「皆には学年末に渡したのだけれど、御剣君は急に転校したから今まで預かっていた」そうだ。ようやく渡せると言った教師の目は僅かに潤んでいた。
他の級友達は学年末に”将来の夢”という題で作文を書いたらしい。
成歩堂は「そういえばぼくはミラクル仮面になりたいって書いたっけな」などと笑っていた。
…もし、彼らと共に作文を書いていたなら…私なら、おそらくは弁護士になりたいと書いていただろう。
だが、私の作品集は二学期の終りで唐突に終わっている。
あらゆる意味で私の人生の転機となった、あの事件が起こったが為に…………
ため息をついてページを捲る。
仮定の話をしても詮無いことだ。過去があったからこそ現在の検事・御剣怜侍があるのだから。
パラパラと捲ると色鉛筆で描かれた絵日記が目に付く。
ほとんどの登場人物は当時身近にいた人物──成歩堂に矢張、そして父。そんな中、見慣れぬ絵に私の手は止まった。
おそらく私の自画像と…私より随分と小さな青い髪の子供。
驚きに目を見張り、絵の下にある文章を追った。
○月×日
今日はさいばん所で迷子のカーマちゃんと会いました。
カーマちゃんは外国人で、日本語が話せませんでしたが、英会話でお話をしました。
二人で手をつないでカーマちゃんのお母さんをさがしました。
お母さんが見つかって、カーマちゃんは「バイバイ」と言いました。だからぼくも「バイバイ」と言いました。
確かにこの頃は父と共に裁判所へ赴いたことはよくあったが、この出来事はまるで覚えがない。
だが、この絵日記を書いた事は覚えている。
提出の際、矢張に「外人なら金髪だろう」と黄色に塗られそうになり、必至に阻止した記憶が蘇ってきた。
…青い髪の子供?カーマ?
顔を上げるとそこには日本人離れした銀髪の少女がいる。…いや、もやは少女とは言えないかもしれない。
二十歳を目前にしてメイは美しい一人の女性となった。
意志の強さを表した青い瞳と、視線が交わる。
「どうかしたの?レイジ」
問われて我に返る。
まさか、そんな筈はない。だが、私の口は意識に反して問いを紡いできた。
「…メイ、私達が初めて出会ったのは、いつどこでだったかな」
「アメリカの狩魔邸でしょう。貴方がパパに弟子入りしてすぐの頃よね」
メイが首を傾げると、さらりと髪が揺れる。
「では、君は幼い頃に日本の裁判所に来た事はあっただろうか」
「ママとよく日本に来ていたし、パパはそれ位で休暇をとるような人じゃなかったから…当然あったでしょうね」
「………裁判所で、迷子になった事は?」
「何が言いたいのレイジ?完璧な私が迷子だ何てありえないわ。馬鹿馬鹿しい」
事も無げに言い切ると紅茶に口を付ける。
「……ではこれが最後の質問だ、メイ。
What's your name?」
「………Of course,my name is Mei Karma.」
思い切り眉を顰め、それでも律儀に答えるメイ。
英語での問いにしっかりと英語で返す。
アメリカ生まれアメリカ育ちらしいネイティブの巻き舌発音が見事だ。
…………予備知識がなければ「カルマ」とは聞こえないかもしれない。
仮定の話をしても詮無いことだ。
目の前では怪訝そうな目でメイが私を見つめている。
その髪は明りを透かして青く輝いていた。
最終更新:2011年01月22日 14:01