アットウィキロゴ

チャイム (ナルマヨ要素有り/*現行スレでは、ミツメイ以外のカップリング要素はNGとなっています。)



「えぇぇー、好きなのに何で『好き』って言わないのー?!」

狭い室内に綾里真宵の不満げな声がこだました。
大きすぎる声に安普請の壁がびりびりと震えているように見え、狩魔冥は思わず口元に人差し指をあてる。
「少しボリュームが大きすぎるのではなくて? 綾里真宵」
「いいじゃーん、今ここにはあたしと冥さん二人だけなんだからー」
真宵は大量のお菓子をテーブルの上にばら撒きながら、冥の隣に腰掛けた。
成歩堂法律事務所のやせこけたソファーがぎしりと軋む。
細身の女性二人が腰掛けただけで、案の定ソファーの定員はいっぱいになってしまった。
このソファーに腰掛けながら、間の抜けた笑顔の弁護士と対峙した依頼人はどんなに不安な気持ちを抱いたことだろう。
他人事ながら、冥は過去と未来のかわいそうな依頼人の分まで溜息をついた。

「で、冥さんはいつ『好きだ』って言うの?! 御剣検事に!!」
真宵は冥にそう聞くと、スナック菓子を口に放り込む。
「い、いつって……」
聞かれた冥は口ごもった。


そもそも、冥が成歩堂法律事務所を訪れたのは、こんな下世話な話をするためではない。
御剣怜侍に頼まれたある資料を、彼に替わってここに受け取りに来た、というのが目的だった。
アポイトメントの電話はしてあった。にもかかわらず事務所に着いてみたら成歩堂龍一は不在。
一人留守番をしていた真宵の暇つぶし要員として、まんまと捕まってしまったという経緯だ。

成歩堂と真宵が葉桜院の事件のあと恋人同士になった、という話は人づてに聞いていた。
最初にその話題をからかい半分に振ったのは冥の方だった。
しかし……。

『そうなの! いやぁーあたしとなるほどくんがこんなことになるなんて、二人してびっくりだよ!』
『え? 告白したのはなるほどくんからだったよ。まあ、告白されなきゃあたしからしようと思ってたんだ

けどね』
『それがさー、あたしよりもはみちゃんが泣いて喜んじゃってさぁ!』

などとあっけらかんと肯定され、盛大に惚気話を聞かされ……。
挙句の果てに、逆に聞かれてしまった。

『で、冥さんは御剣検事とどこまで行ってるの?』
『何咳き込んでもごもご言ってんの? 好きなんでしょ? バレてるって』
『正直、あたしとなるほどくんが付き合うより、冥さんと御剣検事の方が早いと思ってた』


有無を言わせない真宵の態度に、冥は為す術もなく自分の気持ちを白状することとなり、
更に「まだどちらからも告白していない」という事実が冒頭の真宵の言葉に繋がる。


「ねえねえ、いつ告白するのー? いつから付き合うのー?」
口ごもる冥を促すように真宵が聞く。
その瞳の中には期待感がちりばめられていた。
「……そんなことしないわよ。私から告白……なんて」
「えー、何でーー?!」
「告白って、男性からするものではなくて?」
「冥さんってそんなことにこだわってるんだ。ふっるーーい!」
思い切り笑い飛ばされ冥は少しむっとした。その鼻先へ、真宵は人差し指をつきつける。

「異議あり! だね。告白はどっちからでもいいんだよー。好きなら好きっていわなきゃ」
「でも……」
「おっ、まだ反論があるの?!」
いつもは他人を論破する立場だったのに。
冥はすっかり逆転している自分の立場を完全に自覚した。
そして目の前の論客に、一番の懸念を吐露することにした。
「怜侍が私のことを好きとは限らないわ。その場合、私の一方的な告白が迷惑に……」

「待った!」
冥の言葉は鋭く遮られた。
恋人の弁護士そっくりのポーズで待ったをかけた真宵は、少し間をおいて盛大に吹きだす。

「あっははは、あのさー冥さん本気で言ってるのそれ。
御剣検事が冥さんのこと嫌いなワケないじゃん。むしろものすごく好きでしょ。
さっきから言ってるけど、二人がラブラブなのはバレバレだよ!
こんなにバレバレなのにモタモタしてるのが当の本人たちだけなんて、なんか面白ーい!」

冥の最大の懸念事項は、真宵の一笑とともに一蹴された。
「御剣検事はホラ、ちょっと不器用……いやいや硬派なところがあるからさぁ。
冥さんから好きだって言ってくれるの待ってるんだよ! きっと。
だから冥さんから言わなきゃ。ずっとこのまま何も変わらないよ?」
「それはわかっているわ。……でも告白なんて……どんな風に言ったらいいのか」
「スキスキ好きすきーー!! って言っちゃえばいいじゃん。なるほどくんはそんな感じだったよ」
真宵の能天気な台詞に冥は顔を顰めた。
『あなたそんな告白のされ方で嬉しかったの?』という言葉は寸前で飲み込む。

「……さすがに、あの弁護士の言葉をそのまま借りるのは気が引けるわ」
「うーーーーん、じゃあさ、こんな風に言うのはどう?」
真宵は冥の耳元に唇を寄せる。
そしてそっと、短い言葉を囁いた。

  ************************************

成歩堂弁護士事務所のソファーで日が落ちるまで粘ったが、結局主は帰ってこなかった。
何か依頼を抱えているときの成歩堂は、時々回りが見えなくなっている。
だからアポイトメントを入れていても、行き違いになってしまう可能性は考慮していた。
しかし、この日は冥にとって久々のオフだった。
御剣の頼みごとを引き受けてしまったばかりに、その多くを真宵とのトークに使ってしまったことになる。

「早く告白したほうがいいよ! 応援してるからね!」
無邪気なエールを背に受けて事務所を後にした冥は、タクシーを拾うと御剣のマンションの住所を告げた。

仮にも同じ仕事をしているのだから、お互い忙しいのはわかっているはず。
にもかかわらず、野暮な仕事を持ち込んだあの唐変木に、一言言わないと気が済まない。
昔からそうだった。
野暮で鈍感。
裁判に関わることなら洞察力を発揮するくせに、恋愛の機微となるとテンで鈍くなる。
一から十まで全て口に出さないと、こちらの気持ちなど理解しようともしない。

車のシートに身体を預けながら、こんな台詞ばかりを反芻した。
どこかで交通規制でもしているのか、時間帯のせいだからか、道は混雑している。
冥はひたすら、これから会う相手にぶつけるための言葉を唱え続けた。
目的地に着く前に、愚痴の語彙が尽きてしまうかもしれないことが怖かった。


――これからあの男に文句を言いに行くだけ。
貴重な休日に頼みごとをしてきた無神経さを、詫びてもらいたいだけ。
ただそれだけ。
顔を見たいわけじゃない。会いたいわけじゃない。
ましてや告白なんて……。

推算よりも大分遅れて、タクシーは瀟洒な建物の前に到着した。
ここは御剣が日本に滞在している間、生活の拠点にしている場所だった。
仕事柄家主が不在ということが多いが、今日彼がここにいることを冥は知っている。
成歩堂から書類を受け取ったらここに届けて欲しいと言われていたからだ。

建物は概観だけでなく、セキュリティ面でも優れているようで、共用部分と各戸の玄関で二重にロックがされていた。
ここの住民ならば、一つの鍵でこの共用玄関と自分の部屋の鍵を開けることができる。
しかし客が訪ねてきた場合は、共用エントランスに設置されているインターフォンで部屋の住民を呼び出し、
ロックを解いてもらう必要があった。
冥はその共用インターフォンに手を伸ばしたが、考え直して自分のバッグに手を差し入れる。
取り出した薄いカードを、共用エントランスのカードリーダーに通した。

御剣から彼の自宅の鍵を渡されたのは少し前のことだった。
カード型のそれを示しながら、御剣は
「機械に疎く、カードキーの仕組みが良くわからない」
「失くしたときに困るだろう」
「誰かがもう一つ持っていてくれると助かるのだが」
等としどろもどろになりながら説明し、半ば押し付ける形で冥に渡した。

自分以外に、あのヒゲの刑事にも渡してあるのだろう。
だから使うことは絶対にない。
そう思っていた。

冥は外観と同じように素晴らしい内装のエレベーターに乗り込み、上層階のボタンを押す。
何度乗っても慣れない浮遊感から開放されると、御剣の部屋はすぐ目の前だった。
ここにもインターフォンが付いている。
何度も迷って、そのボタンを押した。

無機質なチャイムが家主を呼ぶ。
モニターで冥の姿を確認して、部屋から出て、廊下を通り抜けて、ドアの鍵を開ける。
ドアの鍵を開けるのに、器用でない彼は他人よりやや時間がかかるはずだ。
ざっと見積もって二十秒。

「――冥?」

二十二秒後に、ドアは開いた。
顔を出した家主に、冥は言った。
「成歩堂龍一は不在だったわ」
「……そうか。では君には無駄足を踏ませてしまったのだな。済まないことをした」
冥があれこれ言う前に、あっさりと詫びられてしまった。
愚痴をこぼす口実がなくなり、冥は口を閉ざす。


『好きなのに何で「好き」って言わないの?』
先ほどの真宵の言葉が頭を過る。
『何で?』と聞かれても、気楽に口に出せる言葉ではない。
「どんな風に言ったらいいかわからない」
そう返した自分に、真宵が教えてくれた言葉は……。


しばらくの間、沈黙が訪れていた。
先に口を開いたのは御剣だった。
「せっかく来てくれたのだ。君がよければ中でお茶でも……」
「私はここに、お茶を飲みに来たわけではないわ」
「そうか。では送っていこう。もう夜も遅い……」
「待って」
冥は御剣の言葉と動作を制した。
一方で短く息を吐き出し、姿勢を整える。
そんな冥の様子を見て、御剣は訝しげに眉間に皺を寄せた。

「……あなたに用があるわ」
「用? 一体なんだ。君は一体、ここへ何をしに……」
御剣の言葉が終わらないうちに、冥は口を開いた。


「あなたに、押し倒されに来たの」


一日の終わりの、一番濃い闇が訪れていた。

初めて見る表情。
幼い頃にはなかったはずの柔らかさとしなやかさ。
包まれることの心地よさ。
触れられて味わう昇り詰めるような快楽。

何年も一緒にいた二人の間にある、余計なものや感情を全て溶かす。
互いに知らなかった部分を確認しあうのに、その夜の闇は丁度良かった。
時の過ぎ行くままに、ただ、何度も確認しあった。
闇が再び、光に変わるまで。


  ************************************

「は? 真宵ちゃん、狩魔検事にそんなこと言ったの?」
真宵の話を聞いて、成歩堂は持っていた湯飲みを取り落としそうになった。
冥が事務所を出て行ってから程なくして、成歩堂が戻ってきた。
文字通り入れ違いになってしまったわけだが、真宵は帰ってきた成歩堂に、冥との会話の一部を再現して聞かせた。

「真宵ちゃんが狩魔検事に言動で勝っちゃう日が来たのか……」
「あたしと冥さんって同い年だよー。たまにはあたしが勝つよ」
「あぁ同い年だったっけ。信じられないけど。
でも、あの狩魔検事がそんな台詞を口にするとは思えないな」
「そうかなー。あたしは効果的な台詞だと思うよ。御剣検事もああ言われたら断れないでしょ」
「……どうかな。あいつなんか苦労症だからなぁ」
「据え膳も食わないってこと? ありえないでしょ」
「す、据えぜ……真宵ちゃん、そんな言葉どこで覚えたんだよ」
「ん? はみちゃんから聞いた」
「春美ちゃんだってぇ?!」

成歩堂は今度こそ湯飲みを取り落とした。
中味のお茶が盛大に零れ、あたりを濡らす。
「あー、お茶こぼさないでよー!」
「いやいやいや、びっくりするだろ。世も末だよ」


事務所の床に雑巾をかけながら、成歩堂は考えていた。
――御剣と冥の口から真実を聞き出すための、議論の進め方を。


(終わり)
最終更新:2010年10月16日 02:32