戦国遺伝子3
若君は、捕らえた姫君をお城の地下牢に閉じ込めました。
見張りと食事の世話を信頼できる部下に任せて、十日ほど姫君に会わずに過ごしました。
互いに少し頭を冷やす時間が必要だと考えた故のことでもありましたし、
若君には姫君に会うよりも先に、しておくべきことがありました。
若君はまず主たる臣下たちを集めて、話し合いの場を開きました
改めて、家臣たちに姫君との結婚の意志を伝えたところ
家臣たちの多くは、やはり難色を示して反対しました。
敗将の姫君を妻にしている殿様の例は他にもありましたので、そこはさしたる問題にはなりませんでした。
生前「不敗の将」と呼ばれた伝説の男の娘を妻として従えることは
むしろ名誉なこととして捉えることもできます。
しかし問題は、姫君が剣の使い手で、若君やその友人への復讐心を抱いているのが明らかであることと、
そして姫君の父上が若君の父上を騙し討ちにして、それを長年隠し続けていたという事実でした。
また、そもそも今回の戦は、姫君の父上が周辺諸国に無茶な要求をしたのが発端だったため、
家臣たちの隣国への心証もよくありません。
ただ家臣たちの多くは、若君にとって姫君が妹のような存在であることを知っていました。
また、離れて暮らすようになってからも、二人が文でささやかな交流を続けるほどの仲であったことも
若い臣下の幾人かは密かに知っていました。
これまでの数年間、若君が大きな過ちなく善政を続けてきた姿を家臣たちは見ています。
ひたむきに国のために生きてきた若君の願いを、叶えたくないわけではありません。
ただ、若君へのそうした思いで相殺されるのは、姫君の父上への心証の悪さまでです。
姫君が若君を殺しかねないという懸念は消えないため、やはり家臣たちは難色を示すのでした。
若君にとっても、家臣や民たちの生活を守ることは大事なことです。
万一自分が死んで、他の国から領地や民を荒らされるようなことがあっては困ります。
ですから、若君はむざむざと姫君に殺されるわけにはいきません。
若君は、姫君を格子の付いた離れに閉じ込めて、外の者と接触がないようにするなど
姫君からもたらされるであろう危険を極力排除することを約束した上で
部下たちに頭を下げ、禍根なく奥方を迎え入れるよう願いました。
誇り高い殿がそこまでして望むことを、それ以上反対するのも心苦しいことです。
それに、若君がこの結婚を心に決めているのは明らかで
賛同が得られなくとも、密かに姫君の元へ通おうとすることは目に見えています。
それならば、できるだけ君臣の間に溝をつくらずに
双方で協力して最悪の事態が起こらぬようにしていく方が得策だと思われました。
最後まで難色を示していた先代の忠臣たちも、この前の若殿の盟友の話や
この縁談を望んでいない姫君の様子などから
悪趣味ではありますが、ある種の仇討ちのように思うことができたのかもしれません。
はじめは異を唱えた家臣たちも、最後にはそれぞれ納得のいく理由を探し出して、
若君の結婚を受け入れることとなりました。
若君は人を呼び、屋敷の離れを座敷牢として使えるようにさせました。
急ごしらえではありましたが、華奢な腕では壊したり抜け出したりできない強さの格子などを取り付けると
姫君の身柄を地下牢から離れへと移させました。
そしてその夜、するべき仕事を終えて身支度を整えた若君は、さっそく姫君の元を訪れました。
姫君がこの城に捕らえられて、ちょうど十日目のことでした。
十日ぶりに会った姫君は、相変わらず険しい顔で若君を睨みつけてきます。
少しやつれているようにも見えますが、心配していたほどの状態ではありません。
世話を頼んでいた男に聞いたところ、しっかりと食事もとっていたようです。
姫君の手足の自由を奪っていた枷を、若君がその手で外します。
殴られたり噛み付かれたりするかと思い、少し離れてみましたが、
姫君の方も距離をとって構えをとるだけで、特には何もしてきませんでした。
そのままの体勢で、姫君の方から先に口を開きました。
「――ここで、何をするつもりなの?」
「さっきお風呂へ連れて行かれて、全身丁寧に清められたわ。
その上こんな格好をさせられて‥‥どういうつもり?」
姫君はこの前の少年のような服装ではなく、白の間着に薄桜色の打掛を羽織っていました。
若君ができるだけ白に近い着物を用意するよう頼んでいたためです。
若君は姫君の女性らしい姿に心を奪われましたが、外面では何でもない風を装って淡々と姫君にこう告げました。
「賢明な君ならば、言うまでもなくわかっているはずだ。」
姫君は本当に、その言葉だけで察したようでした――
いいえ、はじめからわかっていて、単に確認をしただけだったのかもしれません。
忌々しそうにため息をつくと、姫君は表情と同じ声色で言いました。
「本気で、私に貴様の子を産ませるつもりだというの?」
「ああ。君の血はきっと、私の家系にとって大きな力となる」
若君がそう答えると、馬鹿馬鹿しい、と小さな声が呟きました。
「何とでも言えばいい。」
その呟きに応えるように、若君は表情を隠して言い放ちます。
「どういう目的がは知らんが、恥を晒してでも生き永らえようと決めたのならば
私の命に従うことだ。」
そう言いながら、若君はさきほど臣下に置かせた膳に手を伸ばすと
その上の徳利を手に取り、手のひらほどの大きさの赤い杯にその中身を注ぎました。
部下の男はすでに下がっており、扉は厳重に、二重に閉ざされています。
「飲みたまえ。」
そう言われて杯を手渡された姫君は、困惑したように固まっています。
「酒に薬草を浸したものだ。飲んでおくと後が辛くなくなる。」
「――薬草?」
「痛みを和らげ、その‥‥一時だけ我を忘れて、男を求めるようになるそうだ」
若君が流石に言いにくそうに告げると、姫君も顔を真っ赤にして怒り出しました。
「ば、馬鹿馬鹿しいにも程があるわ!」
しかし、一方の若君は、すぐさま冷静さを取り戻して静かに言い放ちます。
「私には、痛みで泣き叫ぶ女を抱く趣味はない。飲みたまえ。」
「何があっても、泣きも叫びもしないわよ」
姫君は怪しいものを口にしたくないのか、頑なに差し出されたものを拒みます。
「――命令だ。飲みたまえ。」
しかし若君が強めにそう告げると、姫君も立場を弁えているのでしょう。
嫌々ながらもそれを受け取って、一気に飲み干しました。
きっと美味しくないのか――飲み終わった後も、頬を強張らせてしかめっ面をしています。
姫君の手から杯を取ると、若君はそれに再び同じ薬酒を注ぎます。
それを見た姫君があからさまに嫌そうな顔をするのを横目で見ながら
若君はその杯をぐいと自分で飲み干しました。
「――貴様が飲んでどうするの」
「男にもある程度は効くそうだ――気分が昂ぶるらしい。」
薬酒は、妙に甘くて苦い後味がしました。
若君はもう一度徳利を傾け、注がれたものを姫君に渡しました。
やはり、姫君は拒みたい様子で若君を睨んでいます。
それを見た若君はニヤリと笑い、姫君の方に一歩迫りました。
「飲めぬのならば、口移しで飲ませるが――どうする?」
その言葉を聞くと、姫君の手が引ったくるように杯を奪っていきました。
先程と同じように顔をしかめ、姫君はごくりとそれを飲み干します。
その頬が少し赤く見えるのは、気のせいでしょうか。
姫君は少しの間苦そうに眉を寄せていましたが、次に若君と目が合うと、いったん表情を消して
それからすぐに、何事にも動じないと言わんばかりの高慢な笑みを浮かべました。
「これで、満足かしら?」
「ああ。これで遠慮なく手を出せるというものだ」
打掛を姫君の肩から外そうと、若君は姫君に一歩近付きます。
姫君は半歩ほど後ずさりましたが、後ろを見て逃げ場がないことを悟ると
それ以上動かず、きゅっと唇を結んでその場に留まりました。
怯えの表情も見せずに鎮座するその誇りの高さを、若君はとても美しく感じました。
そのまま愛しさから頬を撫でると、ぴくりと姫君の肩が動きます。
肌がほんのり赤く染まり、手のひらから感じる頬は熱を持っていました。
「フム、効くまでに時間が掛からないと聞いていたが、こんなに早いとはな」
「だ、黙りなさ‥‥!」
そのまま首筋を指の腹で撫で上げると、姫君は肩を震わせて黙ってしまいました。
自分の与えた刺激に震え、心許ない表情を見せる姫君の姿に
若君は雄の獣のような昂ぶりを感じずにはいられません。
しかも――どんな経緯であれど、目の前にいるのは長年恋い慕ってきた姫君です。
若君は両手で姫君の肩を押し倒すと、真っ白な頭のまま姫君の首筋に貪りつきました。
「ちょ、っと‥‥や、ぁっ、やめな、さい‥‥御剣、怜‥‥侍!」
肌に舌を這わせる度に、抗議する姫君の声が止まります。
少しだけ混ざった甘い音に煽られながら、若君は手荒に姫君の着衣に手をかけました。
日頃の不器用さはどこへやら――若君は素早く腰紐を解いていきます。
「見ないで‥‥っ」
重ね着に守られていた素肌が顕になると、流石に姫君は手を当てて身体を隠そうとします。
若君は軽々とその両腕をそれぞれに掴むと、姫君の手から自由を奪いました。
そのままごくりと唾を飲み込むと、胸のふくらみに顔を寄せ、その頂を口に含みました。
「だめ、やめなさい‥‥いや、やめて‥‥ひぁ、あ‥‥っ」
吸い付いても、舐め上げても、姫君は甘い声をあげます。
そのうちに、抗おうとする両腕の力も抜けて、ただ喉から哀訴の音を漏らすだけとなっていきました。
若君は使えるようになった両手で、もう片方の頂に触れたり
柔らかい肌を指や手のひらで辿ったりして姫君を責めたてます。
若君の昂ぶりがひと段落して、ようやく少し気持ちを落ち着けたころには、
姫君は布団の上に力なく身体を投げ出し、切なそうに小さく息をするだけの状態になっていました。
「冥」
若君が呼んでも、姫君は虚ろに空を見るだけです――ただ、これは仕方のないことです。
目分量ですが飲ませて良いと言われた量の上限まで、薬酒を飲ませたのですから
普段より反応が鈍いのも、無理のないことでした。
姫君は、若君とこうして契ることを望んではいないはずです。
だったら苦しまぬよう正気を奪ってやったほうがいい――
若君はそう考えていたのです。
ぼんやりとした姫君の表情が、苦痛にとらわれていないことを確かめてから
若君は張りつめた分身を、投げ出された姫君の両足の付け根に宛がいました。
それがつるんと入り口を滑ると、女子の弱いところを擦ったのでしょう。
姫君の身体が、突然大きく跳ねます。
「ん‥‥」
とろんとした目は、その刺激を嫌がってはいないようでした。
しばらく同じようにその辺りに己を滑らせると姫君の目が潤み、息が上がってきます。
同じように、触れた場所が潤んでいき、次第に小さな水音が聞こえてきました。
どうやら姫君の身体が若君を受け入れる準備ができたようです。
「めい――」
若君は甘く、そして昔に戻ったかのように優しい声で姫君の名を呼びました。
権力と薬効によって、一方的に結ばれる絆です。
正気に戻った姫君は、きっとますます若君を恨むことでしょう。
そうわかっていても、若君は言わざるを得ませんでした。
「――許せ」
間髪をいれずに力の入らない姫君の腰をぐっと引き寄せると
少しの抵抗のあと、若君の身体は姫君の中へずるりと吸い込まれていきました。
「ひ‥‥やあ、いやっ‥‥」
薬には痛みを和らげる力があると聞いていましたが、全てが消えるわけではないのかもしれません。
それに、今まで閉ざされていたところが急に開かれたのです。
さっきまでとろんと気持ち良さそうにしていた姫君も、さすがに涙を浮かべて嫌がります。
「我慢したまえ。慣れれば楽になるはずだ」
「いや、やめ‥‥っ」
若君の声など聞こえていないかのように、姫君は体を引いてそこから逃れようとします。
しかし、若君がしっかりと腰を掴んでいるので逃げることなどできません。
見たことのない姫君の心許ない姿に、若君の心はずきんと痛みました。
しかしそれ以上に愛しさが募り、男としての何かが大きく煽られます。
「ん、んう‥‥んっ‥‥」
できるだけ繋がった場所を動かさぬようにしながら、若君は姫君と唇を重ねました。
はじめはそれすらも拒もうとしていた姫君ですが、
若君が優しく唇を舐め、舌を絡めていくうちに安心してきたのかもしれません。
息を逃がしながら、時間をかけて深い接吻を続けると、
だんだんと、姫君の肩から力が抜けていきました。
そうして姫君の様子を見ながら、若君はゆっくりと腰を動かしました。
薬のせいか、熱く潤った姫君の中は若君を呑み込むように包みます。
「ふ、う‥‥んっ、ああ‥‥っ」
姫君も、若君の存在に慣れてくるとそれほど嫌がらぬようになり
動かす度に蕩け切った声を上げて若君を受け入れていきました。
涙を流し甘い声で啼く姫君は、目の前にいるのが若君なのかどうかすらわかっていないのかもしれません。
ただひたすら、否応なくもたらされる感覚に流されているようです。
若君も次第に、全身が感じる姫君の温もりと快さを貪ることに没頭していきました。
浅くとはいえ慣れない場所をかき回され、姫君はだんだんと知らない感覚に支配されていき――
「いや、だめ‥‥やあっ、あ、たすけて・・っ」
最後には泣きじゃくりながら、若君が与えた全てを一身に受け入れたのでした。
「――気分は、どう?」
若君が着衣を整える背中越しに、静かな声が聞こえてきました。
振り向くと、乱れてぐったりとしているはずの姫君が
腕の力だけで状態を起こし、肩をわなわなと震わせながら若君を睨みつけています。
「仇の娘が無様に生き永らえ、惨めな姿を晒しているところを眺めるのは――」
先程まで切なそうにしていた姫君の目が、怒りと憎しみでじりじりと燃え上がっているのが見えます。
その表情は今日目にした中で、一番生き生きと映っていました。
わかっていたことでしたが、若君は改めて悟りました。
絶望の中で姫君を生かしているのは、憎しみの心なのだと。
だったら――この問いかけに対する一番の答えは決まっていると若君は思いました。
姫君の怒りを更に煽って、生きる力を与えればよいのです。
「ああ――とてもいい気分だ」
若君はできるだけ意地悪な笑みを浮かべてそう言うと、背を翻して外へと向かいました。
本当は全くもって良い気分などではありませんでしたし、
これ以上姫君の憎しみを目の当たりにするのが辛かったのです。
うねるような姫君の怒気を背に浴びながら、若君は外へ出ました。
二重にされた扉を出ると、刀を託した部下が浮かない顔で地べたに座り込んでいます。
部下の男は若君にとって一番信頼できる相手でしたが、もともと隣の国で姫君の護衛をしていた過去もあります。
この部屋で先程まで行われていたことに、色々と思うところがあったのでしょう。
「――終わったッスか?」
「ああ、杯も交わした。晴れて狩魔の姫君は、私の妻となった」
若君は、自嘲気味に笑いながらそう答えました。
姫君に白に近い着物を着せたのも、薬酒を赤い杯で飲ませ、自分も同じ杯をあおったのも、
できるだけ婚礼の形に近い形で初夜の契りを行うためでした。
「でもこれじゃ、姫さんがあんまりで――」
「アレが大人しくすると誓えば、ちゃんとした婚礼の場を用意する。
その時にはもう少し、待遇も改善するつもりだ」
若君も、こんな結婚は姫君にとってあんまりだろうと思ったため、
姫君の前では「結婚」や「夫婦」という言葉を、敢えて出しませんでした。
いつか姫君が受け入れられるようになった時に改めて伝え、夫婦の契りを交わし直すつもりです。
「でも、あの姫さんがそんなこと誓えるッスかね‥‥」
「――さあ、どうだろうな」
若君が手を差し出すと、部下の男は預かっていた3本の刀を若君に返しました。
万が一にも姫君に奪われることがないよう、若君は刀を持たずに離れに入ったのです。
「――冥を、頼む」
「‥‥はいッス」
刀をそれぞれの場所に身に着けると、若君はその場に部下を残して立ち去りました。
居室に戻ると、若君は懐から護り刀を取り出しました。
青い鞘に収められた、美しいそれをしばらく眺めていた若君は
不意にくっと喉を鳴らすと、背を丸めて肩を震わせました。
果てしない慟哭が襲いかかりますが、若君は歯を食い縛り全て呑み込みます。
――泣いていることを誰にも知られてはならないと思ったからです。
若君は今でも姫様を想っていましたが、こんな形で妻にするつもりはありませんでした。
ただ、敗将の娘――しかも勝利した者に刀を向けた者を庇い、
これ以上の危険や苦渋から遠ざけるための、他の方法を思いつかなかったのです。
若君の庇護下にある限り、姫君は路頭に迷うことも、きっと戦争に巻き込まれて命を落とすこともありません。
政の道具に使われるようなことにもさせません――そのための結婚でもあるのですから。
たとえ憎まれても、このひとを生涯守り切る――
若君は姫君と杯を交わしながら、密かに心でそう誓ったのでした。
気持ちが落ち着くと、若君は青い刀を懐にしまいました。
姫君を捕らえた際に没収した刀は、全て若君の手に渡りました。
その中には、むかし若君が姫君に贈った、赤い護り刀もありました。
そう――青い刀を手に入れるまで、若君が肌身離さず身に着けていたものです。
他の刀と同じように大事に手入れされてきたのであろうそれは、
若君にとっては父君の形見にあたります。
若君は少し迷った末に、戻ってきた赤い形見を宝物庫にしまうことにしました。
その代わりに、今でも青い護り刀を懐に収めています。
どちらの刀も若君にとっては大事なものでしたが、
青い刀には若君が失ってしまった、姫君からの真心が込められているように思えたからです。