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ヅカ版エジフラ



フランジスカ・ヴォン・カルマはベッドでただぼんやりと時を過ごしていた。
こんなにゆっくりした時間はいつぶりだろう。
少なくとも13歳で検事になってからはロクに休暇を取った覚えがない。
ならせめてもっと優雅に過ごせる場所ならいいのに。
病院のベッドの上では味気ない時が過ぎるのを待つしかなかった。

昨日は激動の一日だった。
早朝、フランジスカは裁判所に向かう途中で何者かに狙撃され、病院に搬送された。予定していた裁判はエッジワースが担当することになり、フランジスカは鬱憤を晴らすべく手術直後に病院を脱走して殺し屋一味のアジトに乗り込み僅かに溜飲を下げた。
しかし、公判の結末を知り、三年間も検事席を離れていたエッジワースに未だ追いつく事が出来ないと思い知らされ、検事としての、カルマの名を持つ者としての自信が大きく揺らぎ、自分こそ検事席に別れを告げるべきかと誰もいなくなった裁判所を一人訪れた―――
だがそこにはエッジワースがいた。それも、フランジスカの弱気を見抜いて。
‘我々は今同じ場所にいる…だが、君が歩くのを辞めるというなら、ここでお別れだ’
突き放すようでいて、その実は妹分を導こうとする言葉。
胸の内の熱いものが瞳から零れるのを見られたくなくて、啖呵を切って法廷を飛び出した。
次に会うときにはもっと強くなってみせる。エッジワースより前に進んでみせる。
そう誓って裁判所を出ようとしたのに。

気づかない振りをしていた肩の痛みが急に大きくなり、うずくまって耐えていた所を追いかけてきたエッジワースに捕まり、そのまま病院に連行されてしまった。
しかもそこは朝に脱走した病院で、フランジスカは要注意患者として外から鍵のかかる個室に入院させられてしまったのだった。


朝から新聞を開いてもテレビニュースを見てもマルケス・ペイン殺害事件の真犯人についてばかり。
どれだけ不幸な生い立ちだったか、その中でどれだけ誠実に生きてきたか。
同級生や同僚が減刑嘆願の署名を道行く人に依頼する映像にウンザリしてフランジスカはテレビを消した。

何が「アイツは本当にいい奴なんです」よ。
いい奴が人を殺して、担当検事の狙撃や弁護士助手の誘拐を依頼するもんですか。
胸の中での恨み言は肩の痛みに起因するものではない。
‘君は検事だ。今までも、これからも’
犯罪を憎み、その罪を定め相応しい罰を与える。それが検事の道であり、フランジスカとエッジワースが進むべき道なのだ。
確かに情状酌量の余地はあるかも知れない。でもそれを求めるのは弁護士の仕事だ。
そんなものはあの馬鹿馬鹿しい程暑苦しい青い弁護士に任せておけばよいのだ。

テレビのリモコンを投げ出して、毛布にくるまった。
もう昼だが食欲がわかない。
朝のコーンフレークは不味かった。昼も大して変わらないならパスしてしまえばいい。
今から昼寝をしてしまえば食べない格好の口実になる…
そう思って目を閉じていたら、ドアからノックと鍵を開ける音がした。
看護師だろうと寝たフリを決め込んでいると、足音が近付いてくる。
そしてベッドを上から覗き込む気配がし…
「フランジスカ」
低い声で名を呼ばれるのと大きな手が金茶色の前髪を掻き分けて額に触れたのが同時で。
その懐かしい声と感触にバチリと目を開けてしまった。
「やはり狸寝入りか」
長い前髪がフランジスカの頬にかかる程すぐ傍で、口端を上げる顔。
憎たらしい程自信満々で厭味ったらしく笑う、エッジワース。

「レディの病室に許可もなく入るなんて、いつからそんな無礼なオトコになったの」
「医師の許可は取ったし、ノックもした。それに君が眠っている可能性も捨てきれなかったのでな」
「私が眠っていたらどうするつもりだったの?」
「無論、目覚めのキスを。眠り姫を起こすのは王子様の口付けと決まっている」
「バカバカしい!誰が王子様よ、三年も行方知れずになる王子がどこにいるのよ!」
枕を投げつけるとフッと鼻で笑う。
「そうだな、君のピンチに駆けつけたのだ。王子というよりは騎士だな」
「私の公判を横取りした癖に!っつう…」
他に投げるものを探して体を動かすと肩に痛みが走って、フランジスカはベッドの上で左肩を押さえた。
「興奮するな、フランジスカ」
「…誰のせいよ」
「狙撃犯のせいだな。撃たれたばかりでも法廷に向かおうとしたかと思えば、病院を抜け出して狙撃犯のアジトに向かう…君は無茶が過ぎる」
枕を立てて世話を焼く。まるでフランジスカが幼い頃のように。
何故かわからないが腹が立ってむくれたまま視線を反らした。
「どうした」
「別に、何でもない」
「機嫌が悪いように見えるが」
「なら貴方のせいよ」
エッジワースはやれやれと肩をすくめる。そんな仕草が懐かしくもやはり子供扱いに思えてフランジスカはますます胸がムカムカしてきた。
「そうだ、腹が減ったろう。君が病院食で満足できるとはとても思えない。一緒に食べよう」
「…何よこれ」
「見ての通り、昼食だ」
机に乗せられた三つの紙袋はどれも大きくパンパンに膨れていた。

「このシーフードピザは昔から美味いと評判だ。ミートパイは焼きたてだから冷めない内に食べた方がいい。君の好きなスモークサーモンのサンドイッチもある。それからボイルしたロブスターとサラダとローストチキンと…」
「待った!何人分のつもり?食べきれる訳ないじゃない!」
後から後から出てくる食事に抗議の声を上げてもエッジワースはどこ吹く風で。
「食べるぞ。ほら」
「………」
濡れナプキンで手を拭いて貰う。
数年ぶりの二人きりの食事だった。

「もう無理。お腹一杯よ」
「私の半分も食べていないではないか。右手だけでは食べにくいか、それとも口に合わなかったか?」
そうではない。どれも美味しかった。地元育ちのエッジワースが評判のいい店で買ってきたものばかりだ。だが…
「量が多すぎるのよ!」
フランジスカは小柄な女性で、エッジワースは大柄な男性だった。食べる量に差があるのも当然の話だ。
「いつか私を見下ろしてみせるんじゃなかったのか?食べないと大きくなれないぞ」
「バカ言わないで。成長期は終わったのよ。この二年ほど、半インチも伸びなかったわ」
「そうか、だが安心したまえ。私は成長期はとっくに終わったが三年で1インチ以上背が伸びた」
「貴方と一緒にしないで頂戴。食べたら食べただけ嵩高くなるんだから」
「酷い言われようだ」
くつくつと喉を鳴らして笑う。検事席で見せる冷たい笑みではなく、心から楽しそうな…まだ少年と呼べた年の頃でも滅多に見せなかった表情。
こんな表情を見せるようになったのは故郷の力か幼なじみとの交流からか…少なくとも自分との再会が理由ではない、そう思うとつい表情が崩れてしまいそうで、慌ててベッドに潜り込んだ。

「行儀が悪いぞ」
「もういい!ごちそうさま!」
「デザートがまだある。チーズケーキに苺のタルト、クリームブリュレとカスタードプリンとアイスクリームと…」
「だから買いすぎだってば!」
異議を申し立てに顔を上げると優しい眼差しと目が合った。
「これだけでも食べたまえ。好きだったろう」
市販の一口チョコを口許に運ばれる。素直に口を開けると懐かしい甘さが広がった。
子供の頃、厳しい父親の目を盗んでエッジワースと楽しんだ味。
懐かしさと胸の痛みに……瞳から涙が溢れた。
「ヌォッ!?ど、どうしたというのだ。そんなに満腹だったのか!?」
「…っ、もう、いいから…ほっといて…」
毛布を頭から被って寝返りを打つ。
ああ、どうして彼にはこんなみっともない姿しか見せられないんだろう。
いくつになっても子供みたいに泣いて。
子供扱いされても仕方ないじゃない。
一人前の女に…恋愛対象になんて見てもらえなくて当たり前じゃない。

「泣くな、フランジスカ」
ほら、また子供扱い。毛布の上から頭を撫でてる。
「子供、扱い…しないで…っ」
「子供扱いなどしていない」
「してるじゃない」
「していない」
「してる!エッジワースは私を子供としてしか見てない!」
「異議あり!では君を子供とは思っていない証拠を提示してみせる。顔を見せたまえ!」
シーツで涙を拭って目元だけ出して寝返ると、間近にエッジワースの顔があった。
まるで公判中のような真剣な面持ち。
見惚れる間もなく長い指で瞼を下ろされて視界を遮られ、同時に毛布が肩辺りまで引き降ろされる。

そうして唇に降ってきた感触。
あたたかく、柔らかな、触れるだけの、長いくちづけ。


視界にエッジワースが戻ってくる。間近で、覆い被さったまま私を見つめている。
「…おわかり頂けただろうか。私が君を…一人の女性として見ていると」
取り澄ました口調でも、その頬は赤い。
「………わからない」
「何っ!?」
ビクリと怯む体躯に心のどこかでしてやったりとほくそ笑む自分を感じる。だが、実際にはそんな余裕はフランジスカには全くなかった。
「もっと、証拠を提示して。沢山、たくさん…私に…わからせて」
自ら目を閉じ、自由になる右手を大きな背中に回して。
フランジスカはその瞬間を待ち望んだ。
最終更新:2011年06月05日 10:02