アットウィキロゴ

女子高生冥たん

ねぇレイジ
私達もっと違った風に出会ってたらどんなだったかしら
どんな風にあなたは笑って
どんな風に私の側にいてくれるのかしら
ねぇ、レイジ……



「冥ちゃん、冥ちゃ~ん」
誰かに肩を揺すられている。
目を開けると綾里真宵のお団子頭が見えた。
「……ん…何よ真宵…なんでそんな服着てるの?」
「何でって、制服だからだよ。冥ちゃんだっておんなじでしょ?」
そうだ。当たり前だ。だって私達は通学途中なんだもの。
「電車で居眠りなんて珍しいね。受験勉強大変?」
「バカな事言わないで。勇盟大学くらい今すぐだってトップ合格してみせるわよ」
駅に着いたから同じ制服の一団と一緒に降りる。学校に登校する為に。
ホームを歩いていると他の女生徒に声を掛けられた。
「あ、綾里先輩狩魔先輩おはようございま~す」
「冥さん真宵さんおはようです!」
白いコートは一年後輩の宝月茜、変わった大版のマフラーをしているのは二年後輩の一条美雲だ。
「茜ちゃん今日もかりんとうちょうだい!」
「いいですよ、どうぞ」
「ちょっと貴方達!お菓子は学校に持ち込み禁止よ!」
「まぁまぁ冥さん固い事言わないで。私も朝御飯食べ損ねたからどら焼き食べますし」
「そうそう、着く前に食べちゃえばいいよ!」
「綾里先輩それ名案ですね!」
お菓子食べたり昨日のドラマや特撮の話なんかしながら学校に通う…これが私の日常…
「だからオニャンコポンはやっぱり……冥ちゃん?」
足を止めた私を三人が振り返る。
お馴染の顔。いつもの風景。
なのに、何か違和感がある。

「ねぇ、どうして私達、こんな風に話すようになったのかしら」
三人とも顔を見合わせてる。変な事を言ってるのはわかってる。
「だって、学年やクラスも違うしクラブも委員も進路だって全然違うじゃない」
なんだろう、何なんだろうこの違和感は。
「え、そりゃあ…」
「私のお父さん検事ですし」
「私のお姉ちゃんも検事だし」
「うちのお姉ちゃんは弁護士だし」
『そしたらなんか仲良くなったん』「だよね」「ですよね」「でしたよね」
「狩魔先輩もお父さんが検事ですし、なんかそれ繋り?」
「仲良くなった理由なんか忘れちゃいましたよね~」
そうだったかしら。そうだったのかしら。
「冥ちゃん今日はどうしたの?なんか変だよ?」
真宵が心配そうに見つめてくる。
額に伸びてくる手をやんわり制して笑ってみせた。
「何でもないわ。やっぱりちょっと疲れてるのかも」
そうよね。ちょっと疲れてるのよ。
だってこれが私の日常なんだもの。
「早く行かないと遅刻ですよ。じゃお先にっ」
「あー美雲ちゃんズルーイ!」
「待ってよー!」
笑いながら駆け出す皆に吊られて私も急いだ。胸の中の違和感を飲み込んで。




後ろから肩を叩かれた。ヘッドホンをとって振り返る。
「冥、待ったか?」
「ううん。暇つぶししてたし」
「何を聞いていたんだ?」
CDショップの試聴用ヘッドホンの片方にレイジが耳を当てる。
「ガリューウエーブっていうインディーズのバンド。うちの高校の後輩がやってるのよ」
「……冥がこんな音楽を聞くとは珍しいな。こういうのが最近の流行りなのか?」
レイジが複雑な顔してる。まだ20代半ばの癖に年寄りみたいな事言うんだから。
「さあ?私は好きにはなれそうにないけど。それより久しぶりね。今日はどこに行く?」
受験生と司法修習生はあまり大っぴらにデートする時間がないもの。
「紅茶専門店に付き合ってくれ」

レイジは紅茶をすすってようやく一息ついたみたい。
「今日は就職活動である法律事務所に行ってきてな…そこでコーヒーぜめにあったんだ」
就職活動。だから珍しくスーツ着てネクタイなんかしてるのね。
「でもなんで?おじさまの弁護士事務所に入らないの?」
「最終的にはそのつもりだが…
父さんに『甘えるんじゃない。跡を継ぎたいならよそで武者修行してきてからだ!』と言われているからな」
おじさまってば厳しい。
「メイこそ進路は相変わらず勇盟大学一本か?もっと上の大学を狙っても…」
「あら、誰かさんだって昔勇盟大学一本だったじゃない。
自宅から通いやすいし、法科大学院もしっかりしてるし、校風もいいし、あと学
食が充実してるとも言ってたわよね」
レイジが苦笑いしてる。そりゃそうよね、自分が言ってた事だもの。
「でも大学で四年、法科大学院が二~三年、司法試験に受かってもまた一年司法修習…検事の道は遠いわ」
「君が司法試験を受ける頃にはまた制度が変わっているかも知れないぞ」
「旧司法試験みたいに大学卒業で受験資格があればいいのに。それともいっそアメリカ留学でもして、飛び級すれば早いかしら」


「ム…君の学力ならばそれも夢ではないだろうが…」
レイジが複雑な顔して見てる。
「冗談よ。私がどうして勇盟大学に行くと思う?」
「…何故だい?」
テーブルに置かれたレイジの手に自分の手を重ねる。
「そばにいたいからに決まってるじゃない」
レイジの顔が赤くなる。きっと私も負けないくらい真っ赤になってるだろうけど。
「メイ…」
私の手を取って、テーブル越しのレイジの顔が近付いてくる。
ここはお店なのに!
「ち、ちょっ…そ、そうだ!今日は用があったんじゃないの!?」
「あ、ああ…」
慌てて手を離して制止すると、レイジも今いる場所を思い出したのか恥じ入って鞄の中に手を入れる。
「今度友人が舞台をやるから、見に行かないか?」
チラシを見るとシェイクスピア劇。
「あの…後ろ頭のとがった人?」
「そうだな、そいつで間違いない。これはまだ端役らしいが奴の夢の第一歩だからな。
応援の意味を込めてチケットを買おうと思ってるんだ」
公演日程は来月。
「模試があるから土日は無理よ。平日は…パパに聞いてみないと」
うちは門限が厳しい。塾や予備校だって夜遅くなるからってパパの許可が降りなくて、家庭教師で全教科まかなってるんだもの。
私にはそんなに必要もないけど。
「……そうか、そうだな。仕方ない」
「待って。シェイクスピアはパパも嫌いじゃないだろうし、お願いしてみるわ」
レイジとデートなんて言ったら絶対無理だろうから、真宵達と見に行くとでも言おう。
アリバイ作りに誘って、離れた席を確保して貰えばいいわ。





もうすぐうちに着いちゃう。そしたらお別れのキスをして今日のデートも終わっちゃう。
そりゃ私は高校生だし、レイジだってまだ就職してないんだし、あんまり無責任な事は出来ないけど。
だからってちょっと健全過ぎると思わないのかしら。
私に女としての魅力がない?今でも兄妹気分が抜けない?
ううん、レイジは真面目だから、私を大切にしてくれてるのよ…
「どうした?眉間にシワが寄ってるぞ」
「レディーにシワとか言わないで!」
「すまん…じゃあヒビが入っている」
その言い方もどうなの?
なんて言い合いしてる間にうちの門の前に着いちゃった。
門限まであと十分。
「そういえば、言い忘れていた事があるのだが…確定はしていないので言っていいものか…」
レイジが言い淀むなんて珍しい。
「何?」
「将来の可能性として聞いてほしい。
私の就職先はまだ未定なのだが、弁護士になってどこかの事務所に行く他に…検事になるという選択肢も考えているんだ」
レイジが検事!
「急にどうしたの?だってレイジはずっとおじさまみたいな弁護士になるのが目標だったじゃない」
「君には話していなかったが、以前から考えていた事なんだ。
勿論最終目標は今までと変わらないが、検事の手法を学ぶのも一つの手だと思わないか?」
レイジが検事…考えた事もなかった。
ずっと思い描いてた未来は、私が検事でレイジが弁護士。
公判で対立する事はあっても、私が検事の宿命の転勤になったらレイジも一緒に来てくれる。
「でも、そしたら転勤で離れちゃうかも知れないじゃない!勇盟大学だって一緒にいたいから選んだのに…!」
そんなの嫌だ。離れるなんて。
小さい頃からずっと憧れてて、でも年が離れてるから周りからも兄妹みたいにしか見られなくて。
ようやく告白して付き合えるようになったのに。
必要ないのに家庭教師を頼んだり、大人っぽくなれるように努力も沢山した。
それもこれも、レイジと一緒にいたいから…!
「メイ、メイ落ち着け」


気が付いたら私は泣きじゃくっていて、レイジの腕の中にいた。
「レイジの、バカぁ…遠くに行っちゃいやよ…」
「メイ…」
レイジが困った顔してる。困らせたい訳じゃないのに。
泣き止みたいのに涙が止まらない。
手で目を擦っていたら、レイジは笑ってハンカチをくれた。
「大丈夫だ、離れたりしない。むしろ、一緒にいたいから検事になるんだ」
「本当に…?」
小さい頃と同じ様に優しく背中を撫でてくれる。
私も小さい頃と同じ様に、それだけで涙がおさまってしまうの。
「検事になれば、君のお父さんも私の事を認めてくれると思わないか?」
「パパが?」
「……その、なんというか…」
ゴホン、とわざとらしい咳ばらい。
「いずれ、…君と、結婚を前提とした交際をしていると…ご挨拶をしなければいけないと…思っていヌォッ!?」
顔を赤くして、段々語尾が小さくなって、これじゃパパが認める検事になんてなれそうにもない。
でも、私は嬉しすぎてレイジに飛びついて首に腕を回した。
「レイジ…!本当?それ、本当に?」
「ム、嘘だと思うなら立証してみせようか。私がどれだけ君を大切に思っているか…」
すぐそばにあるレイジの顔が近付いてくる。
私はそっと目を閉じて唇に暖かいものが触れるのを待って……


いたのに!!
いきなり車のクラクションが鳴り響いて、私達はパッと身を離した。
誰よ!せっかくいいムードだったのに!
振り返ると騒音の主は糸鋸刑事さんの車だった。という事は…
「貴様…今何をしていた」
「パパ!」
降りてきたパパがレイジを凄い剣幕で睨んでる。
レイジはたじたじ。当然よね、鬼検事の異名を持つパパが、殺人犯を見るより怖い目で睨んでるだもの。


「パ、パパお帰りなさい。今日は早かったのね。嬉しいわ、一緒に夕食が取れるもの」
精一杯明るく言ってみる。
パパは私を睨みはしなかったけど、時計をチラッと見た。
「冥…門限を二分も過ぎてるぞ」
「ご、ごめんなさい…」
「お前は受験生だろう、こんな所で油を売っていて…」
お説教するパパの後ろで糸鋸刑事さんとレイジがコソコソ話してる。
「アンタ!狩魔検事を怒らせないで欲しいッス!」
「そうは言っても…」
もう、後ちょっと車が遠回りしていてくれたら…そしたらレイジと…
「冥、聞いているのか!」
「はいっごめんなさいっ」
「…帰るぞ。今日は姉さん達も来ているからな」
そうだったわ。今日は姉さん一家もうちにいるんだった。
「じゃあねレイジ。糸鋸さんご苦労様です」
二人に挨拶して、パパが先を行くポーチを小走りで追いかけて……ハタと足が止まった。

後ろを振り返ると門扉の向こうにレイジがいる。笑って、手を振って見送ってくれている。
前を見るとパパがいて、玄関の前で待ってくれている。
これからパパとママと姉さん一家と一緒に夕食を取って、勉強して、明日になったらまた学校に行って……
レイジとだって家に入ったらすぐにメールして、寝る前に電話したっていい。またすぐに会える……

おかしい。おかしい筈がないのに。何か変だ。
「冥、どうした?」


レイジが見てる。手を振り返さなきゃ。
でも、違う。何かが違う。
「何が違う?」
わからない、わからないけど違うの。
「わからないならいいじゃないか。明日も学校に行って、デートをして、家族団欒をすればいい。
それとも、この生活が嫌なのか?」
違う、嫌な訳ない。これは私が夢見た生活。
パパがいて、レイジがいて、家族も友達もいて。
「そうだ。これは君が夢見て、望んで……」
…叶わなかった、夢の、日々?

景色がぐにゃりと曲がり、地面が歪む。
堕ちていく。どこまでも。
「気付かなければ、ずっとこのままでいられたのに…」
レイジの声。パパの声。真宵達や他にも沢山の人の声。
気付かなければ、気付かないフリをすれば。
このまま、ずっと……




目が覚めると私はベッドで横になっていた。
隣で寝ていたレイジに飛び付く。
「ヌォッ!?何だ!一体どうし…た?」
「…う……っ…」
私の様子に気付いたら、抱き締めて背中を撫でてくれた。
私が落ち着くまで、ずっと。





「昨夜は一体何だったのだ?怖い夢でも見たのか?」
「違うわよ!…多分…」
レイジがベーコンエッグを食べるフォークを置く。
「珍しいな。冥がそんな言い方をするとは」
私も読み終った朝刊を畳んでテーブルに置いた。
「だってもうあんまり覚えてないのよ。夢を見たのは確かなんだけど…
あ、でも賑やかな夢だったと思うわ。うちの家族が出てきたり、真宵や成歩堂やヒゲもいたかしら」
「…そうか」
レイジが新聞を取って広げる。
「それから」
「ん?」
「レイジが一番側にいたのは間違いないわ」
レイジは新聞に顔を落としたまま、「そこまで思い出せるなら充分覚えているではないか」と呟いた。
最終更新:2010年02月01日 21:50