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クリスマスミツメイ


手を暖めるために吐いた息は指の間を潜り抜けて空中を白く染めた。浮かんだ白い息を目線で追うと消え入る息の代わりにとっくに日も暮れ厚い雲に覆われた冬の夜空が目に入る。


年の瀬も迫りに迫った12月下旬。

すっきりした気分で新年を無事に迎えるため、また去り行く今年一年にやり残したことがないよう万全にするためにどこもかしこも忙しなくまた慌だしく仕事や雑務に終われていた。

それは私が籍を預ける検事局も世間に倣い同じで、どちらかと言うと元々激職だが12月に入ってからはそれは特に顕著になっていた。


それもこれも新しい新年を無事に“休暇”として過ごすためでもあった。事件に年末年始も関係ない。寧ろそんな時期こそ犯罪発生率は上がったりするものだったりする。それでも、皆それぞれ休暇を休暇として過ごせるように片付けられる雑務や書類整理に取り掛かっていた。


勿論それは私──狩魔冥にも降り懸かっていた。ただ現在はそれほど大事件や複雑な案件を抱えていなかったから雑務などは就業時間内に済ませることができており、割と残業はしなくともゆっくり年末を迎えられそうだった。
それなら定時に帰宅したらいいはずの私は、何故かまだ検事局の関係者出入り口付近の壁に寄り掛かっていたりした。

「……20時も過ぎたわね」

腕時計を見れば今日──25日も後4時間足らずで終わろうとしていた。

「今日もダメかしら?」

ふぅと溜め息を吐き出せばさっきよりも色濃く濁った気がした。


別に……クリスマスにこだわるわけじゃない。クリスマスは別に恋人同士で過ごさなきゃいけない日でもない。特別な夜にしなきゃいけない義務があるわけでもない。そうよ、ただの12月の一日に過ぎないわ。
「そうは思いたくたってやっぱり……過ごしたかったわよ……怜侍と」



私の弟であり同じ職種の部下であり……私の恋人である御剣怜侍は、元々忙しかった仕事内容が12月に入ってからは特に公判に出張に研修によく詰め込めたと感心するくらいの殺人的スケジュールをこなしていた。


そんなだからこそ昨日のクリスマスイブも勿論一緒には過ごせなかった。どうしても外せない現場検証が入ったらしく泊まりがけで行き今日帰って来たのだ。今日は今日でその現場検証で得た情報を纏めたり上役に報告するために出勤早々話し掛ける暇もなく忙しそうだった。


「……」


仕事の大変さなんてよく判る。ましてや同じ職種に就く者として任せられた担当事件を蔑ろにするなんてできないことは重々承知している。


だけど、一人の女の子としてはやっぱり……。


「やっぱり一緒に過ごしたかった」



豪華なディナーも高価なプレゼントもロマンチックな夜景もいらない。ただ、どちらかの部屋で他愛ない会話をしながらケーキやチキンを食べて二人で聖夜を過ごしてみたかった。そんな些細な願い事だった。
「無駄になっちゃうかな? ……一人で食べれるかな?」


持ち上げて見つめるのはワンホールのクリスマスケーキ。さっき、通り掛かりのケーキ屋さんで半値で売っていたので思わず買ってしまった代物だった。


明確な約束を交わしたわけじゃない。でも、売れ残りのクリスマスケーキを目にしたらなんだか寂しくて切なくてやっぱり怜侍に逢いたくなった。怜侍と過ごしたくなった。


思わず買ってケーキを手にして検事局まで戻ったもののまだ残業しているらしい怜侍の邪魔はできなくて、中に入ることも呼び出すこともメールすることもできずに、ただ待っていた。

でも、もう流石に限界みたいだった。

手はかじかみ歯がカタカタと鳴り出す。足は指先まで感覚がなくなりつつあった。

もう帰ろうか?

自問自答する。答えなんてもう出ていた。


──もう諦めよう。


「──イっ!」

「え……?」


歩き出した足が呼ばれた気がして止まった。振り向くとそこには、身体を曲げて上がった息を整える男性がいた。
「メイ……待つんだッ! ぜぇ、はぁ……ちょっと待ってくれ……すぐに治まるから……はぁ」

「……怜侍」


しばらく怜侍の息が整うのを待つ。それが治まると怜侍は少し怒ったように私の掌を掴んだ。

「……いつからここにいたんだ?」

「えっと……ほんの少しの時間よ」

「じゃあ何でこの掌こんなに白くて氷のように冷えているんだ。何故この唇は青白いんだ。何故この耳はこんなに真っ赤になっているんだ?」

「……ぅ」

ずらずらと現在起こり得ている現象を挙げられては、反論などできない。自分でもさっきそう感じていた事柄ばかりだし。

「出入り口付近に女性と思しき人影が見えてまさかと思ったら……まさか本当に君だとは」

「何よ、迷惑だった?」


そんな言い草で言われたら私だって頭にくる。別に約束していたわけじゃない。私が好きでやっていたこと。でも折角、恋人が待ち焦がれていたのに、怜侍はそんな風に感じていたの?

「わぁ。泣くな。別に私は迷惑だなんて思ってないから!」

「な、泣いてなんていないわよ! ……泣いてなんて……っ」

そう言いつつなんだか冬の夜景がぐらぐら揺れて歪んで行く。目頭が熱くなってきた。
「あーもー。言葉が足らなくてすまなかった! でもこんな寒空の下で君が待っていたかと思ったら……嬉しさよりも心配が先走ったんだ」

そう言って怜侍は自分のコートを私に羽織わせてそのまま優しくでも力強く抱き締めて、冷えきった私の掌をぎゅっと包み込む。

「身体を冷やすな。女の子だろう。連絡くれたら抜け出て来るなり早く切り上げるなりしたのに」

「だって急がしそうだったわ」

「他人行儀なことを言うな。君は私の何だ?」

「……恋人」

「そうだ。君は私の恋人で世界一大切な人だ。──だから、私は君を何より誰より優先するから」

「怜侍……」

何気なく告げられた言葉が何よりの贈り物として私の心に甘く優しく解けて染みていく。

「……で、何でこんな時間までこんなところで待っていたんだ?」

「それは……」

私は目線だけをケーキに向ける。怜侍も釣られて視界の端にクリスマスケーキを見つける。

「あの……今から二人でクリスマスしたいなと思って……ダメかしら?」

おずおずと怜侍を見上げて頼めば、怜侍は何故か顔を真っ赤にして焦りながら答えた。
「あ、あぁ構わないが……わざわざそのために?」

「ええ。あなたが仕事に忙殺されているのは判っていたけどやっぱりクリスマスは一緒に過ごしたいなって……あぁ別に今から高級レストランに連れてけとは言わないわ。怜侍か私の部屋でクリスマスケーキ食べてくれるだけで構わないから」

「冥……君って子は本当に──」

「何よ?」

怜侍はさっきよりも力を込めてぎゅっと包み込むように抱き締める。

「狩魔冥は世界一大切で可愛い私の恋人だ」

「な、な、何言っているのよ!」

「可愛いんだから仕方ないんだろう?」

「ば、バカ怜侍!」

「なんとでも言えばいいさ……メリークリスマス、冥」

小競り合いしていたかと思ったら今度は不意打ちに額にキスを降らせる。今度は私が顔を赤くする番だった。

「……メリークリスマス、怜侍」

照れくさくてはにかんで返すと怜侍は温かく優しく微笑んで、甘く深く口付けてきた。

私はその降って来た甘い想いを目を瞑って受け止めて私の唇で淡く儚く解けていった。
メリークリスマス。
あなたは私にとっても世界一大切で甘い甘い恋人よ。
最終更新:2010年02月02日 03:05