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ほのぼのミツメイ


乾いた木枯らしが本格的な冬将軍を知らせるかのように底冷えする北風に変わる頃、御剣はたまの休日をのんべんだらりと室内で過ごしていた。

基本的に休日でも規則正しい生活習慣を送るように心掛けている御剣だが、冬季はセロトニンの分泌が少ないのか朝日を浴びてもすっきり覚醒できなかった。まあたまの休日くらい気を抜けと身体が訴えているのかもしれないと思うことにし欲求に従った。


ぼーっと珍しく自堕落に過ごし気付けば壁の時計は現時刻を腹部の時計は御剣に食欲を訴えていた。

そういえば一日中ろくに食べていなかったな。たまに成歩堂辺りでも捕まえて飲みに繰り出そうか……などと考えケータイに手をやった矢先に、
ピンポーン♪
来客を知らせるチャイムが室内に鳴り響く。

「誰か訪ねてくる予定がなかったはずだが」

訝しがりながらもインターホンの受話器を取れば画面には見知らぬ男の姿が映し出される。本格的に不審がりながらも応対する。

「あ、すいません。御剣怜侍様でしょうか? 私、インテリア専門店より配送に伺いました松本と申します。先日ご購入された商品をお届けにあがりました」
「…………は?」

たっぷり10秒は固まる。インテリア専門店? 最近、家具の類を購入するどころか新調する予定すらない。第一そんな店には行った記憶すらない。何だ、新手の犯罪の手口か?

「……お引き取り願おう」
「こ、困ります! 今日が休日だから配送は絶対に今日にしてくれと再三言われておりますので、どうか商品をお受け取り下さい!」
「な、何故私の休日を知り得ているのだ?」

不審が疑問に変わる。そして思考がある結論に辿り着く前に思い当たる人物の声がインターホン越しに耳に入る。

「それは私が日時指定したからよ。さ、怜侍。早くオートロックを解除して頂戴」
「め、冥?」

やはりか……。最初に思い付いた人物の登場に少しばかり焦る。いつの間にか配送員と入れ替わって画面には冥の姿が映し出されていた。軽く混乱し次の句を継げない御剣に冥は軽く苛立った声音で次を促す。

「ちょっと寒いんだから早くしなさいよ!」
「あ……あぁ」

言われるがままに御剣はロック解除の操作を行う。画面はぶつっと消えて数分後にはドアの前に冥と配送員と台車に載った見覚えのない割りと大きめな箱があった。

「これは一体どういうことだ?」
「あ。あなた、それ中までお願いね」
「はい、判りました」

世帯主である御剣の問い掛けと存在は一切スルーされ冥に促されるまま配送員は大きな箱を室内に運び入れた。

「では、これで失礼します」
「ご苦労様」

大きな箱がエントランスを占拠しているので御剣はぽかんとしたまま壁にへばり付いている。その横で冥と配送員は何気ないようにやり取りを終了させていた。

「冥! これは一体……?」
「いいからまずそれ中に持って行って」
「あ……はい」

ここで御剣は悟る。いや再確認した。最早自宅でさえ御剣に主導権などないと言うことを……。

渋々ながらも箱を取り敢えずリビングに運ぶと手にぶら下げていた買い物袋をキッチンに置いて来た冥がやって来た。

「あら、まだ組み立てていなかったの?」
「いや、まず説明を求む!」

不服そうに目を細めて御剣を見つめる冥に現状把握を要求した。部屋の隅に追いやった箱を指差して問い質す。

「まずはあの箱は何だ?」
「見て判らない?」
「判ったら訊かない」
「開封してみれば一番よく判るんじゃない?」
「う、うム……」

ちらりと箱を視界の端に捉える。これは一体何なんだ? まあ、本人が言うのだから開けて確認して見ていいのだろう。
御剣は何故か生唾を飲み下しペリペリと封をしていたテープを剥した。そして真っ先に目に入ったものは……。


「……コタツ、の脚か?」
「ご名答よ。じゃ早速セッティングしましょう」

冥はぱらぱら疎らな拍手をしながら御剣に先を促す。

しかしそう先を急かされても判ったのは箱の中身がコタツ本体と敷物やコタツ布団のセット一式だったということくらいで、何故何の前触れもなくコタツを購入したのかましてや何故にわざわざ御剣の部屋に搬入したのか、肝心な箇所は省かれまくっていた。

これでは御剣の方は「はいそうですか」と作業に入るわけにはいかなかった。

「いくら何でもそんな強引な展開では私は納得など到底できないのだが……取り敢えず何故唐突にコタツなのだ?」
「あら、怜侍はわざわざ家具を買うのに小難しい理由がいるの? 家具なんてものは必要だから購入するんじゃなくて?」
「まあ、そうだが……ならば君のマンションの部屋に搬入したらいいだろう? 私の部屋にはエアコンも床暖房も完備されている。コタツなど必要としていないだが、第一リビングには既にソファーセットがあるのだが……」
「退かしたらいいじゃない? 使っていない小部屋があるでしょ。あそこに押し込めたらいいわ」
「そう簡単に言わないでくれたまえ。まさかあのソファーセットを私一人で移動させろと言うのか?」
「あら、手伝うわよ」

冥の発言に御剣はその掌を取り反論した。

「私は君にそんな手助けは要求しない。万が一でも君の細くて白魚のような手に傷ができたら私が嫌だからな」
「な、何言ってるのよ!」
「ん?」

御剣の無自覚な気障な気遣いに冥は頬をうっすら赤くした。しかし、いまいち鈍感な御剣はその反応の意味を解せなかった。

「というか、私の部屋にコタツを置くのは決定済みなのか?」
「さっきから言ってるわ」
「むぅ……」

自然な流れで握られた手をすっと抜き取りながら冥は自信たっぷりに答える。そう言われては主導権を掌握され冥のお願いには弱い御剣は強くは出れない。そこでひとつ妥協案を提示してみた。

「まあ私の部屋に置くのはいいとしてもリビングはやはり無理がある。あのような重量も幅もあるソファーは私一人ではずらせないし、小部屋のドアを通らないだろうから片付けられない。
ここはひとつ、その使用していない小部屋にコタツをセッティングするのはどうだろうか? 物置代わりに多少の荷物は置いてあるがあのくらいなら違うところに置けるし幸いプラグソケットもあるし……」


恐る恐る訊くと冥は顎に軽く指を当て数十秒考え込む。御剣はただ黙って冥が次に紡ぐ言葉を待った。

「……それも一理あるわね。怜侍一人でソファーを移動させてからコタツをセッティングしていちゃ労力も時間も掛かるしね。私も早い方がいいわ」

割りと好感色な返答に御剣は安堵し、

「では早速、荷物整理と簡単に掃除をして来よう」

と、掃除道具を持って例の小部屋に向かって行った。




「……これでいいだろうか?」
「い、いいんじゃないかしら?」

小部屋(とは言ってもおよそ6畳分はある)を整理しコタツを組み立て敷物とコタツ布団を掛けた。後はスイッチを入れたら直に暖房器具として使えるだろう。

しかし、さっきは思い付いたままこの小部屋を提案したが却ってここで正解だったかもしれない。未使用だったので殺風景で生活感のなかった部屋はコタツの存在で一気に雰囲気が和やかになった。この広さもこの和風な暖房器具にはお誂え向きだった。

仮にソファーを撤去してリビングにコタツをセッティングしたとしても、周囲の落ち着いた雰囲気を醸し出すインテリアにはミスマッチだっただろう。

そんなことを考えている御剣の横で冥は喜々とした表情を隠すことができずに口許が綻んでいた。冥の様子を見て御剣は最近親友と交わした何気ない会話を思い起こしていた。

ああ、きっとアレが急にコタツを欲しがった要因なんだな、などと考えながら。


「ではスイッチを入れて入るか?」
「わ、私が入れるわよ! 買ったのは私なんだから私に権利があるわ」
「はいはい」
「何よ、その返事は……」

少し呆れとても可愛いと微笑みながらスイッチを渡せば、冥はウキウキとスイッチを入れて素早く足を潜り込ませた。

「怜侍も、早く入って!」
「はいはい」


「……」
「……」

しかし見る見る内に冥の顔は曇っていく。そして御剣を軽く睨んだ。

「ちっとも……暖かくない! 全然ぬくぬくしていないわ! どういうことよ、御剣怜侍!」
「どうと言われても……そもそも電気コタツは温風赤外線ヒーターを熱源にしクォーツランプにより赤外線放射板を加熱しモーターファンにより──」
「御託はいいから早く結論を述べなさい!」
「つまりは、コタツの中の空気を暖めるまである程度の時間を要するということだ」
「そ、そうなの?」

納得したのかしないのか冥はそのまま大人しくなり暖まるのを待った。しばらくすると突っ込んだ足がぬくぬく暖まるのを二人で感じた。

「これが……おこたでぬくぬく……コタツの魔力……」

何やら口走りながらも冥はすっかりコタツのぬくぬくあったまる感覚が気に入ったらしく、天板のところに顎を乗せ身体を丸めてもっと深くコタツに潜り込ませる。

すっかりお気に入りリラックスモードだな、と御剣は思う。かく言う御剣も似たような姿勢になっていたが。


「そういえば……」
「何かしら?」
「君が急にコタツを欲しがった理由だが……この間、成歩堂と真宵くんと会話して──」
「あ、そうだわ! 私、ここに来る途中で買い物して来たの。怜侍何か食べたくない? 私は食べたいわ。取って来るわね」
「ちょ、冥っ」

訊いているようでいない問い掛けを捲し立て冥は足早にキッチンに行った。御剣は隙もなくただ冥の後ろ姿を見送るしかない。


ただ、ほんのり桜色に染まった横顔だけは見逃さなかった。



『御剣検事、やっぱり冬と言ったらコタツですよね。蜜柑なんてあったらもう最高だと思いません?』

『なあ、御剣。コタツって絶対魔力あるよな~。ぼく一回入ったらもう抜け出せないもん!』



他愛もない親友のその助手の『日本の冬と言ったらおこたで蜜柑』のコタツ談義に外国育ちでセレブ暮らしだった冥には、大分羨ましく会話に混じれないのが疎外感だったらしい。でも、プライドの高い冥はそれをおくびにも出さなかった。

「その反動で私の部屋に了解なく持ち込まれても困るのだが」


言ってくれたら、こんな物くらいいくらでもすぐに買ってあげるのに。


「まあ、そこが冥らしいと言えば冥らしいが」


ふっと笑いが漏れて心までじんわり暖まる。


君が喜んでくれるなら、私はなんだって喜んでしたいことを君は早く気付いたら良い。


私が一番温かくなる瞬間は君の微笑みが浮かんだときだから。


そんなことを考えながら御剣はまったりと冥がキッチンから山積みにした蜜柑を持って来るのをのんべんだらりと待っていたのだった。





「うム……今年は“コタツムリ”になってしまいそうだな」


「コタツムリ……?」



コタツの魔力に取り憑かれた二人は今年の冬も仲良くいつも以上にまったりと過ごすことになりそうだった。
最終更新:2010年02月02日 02:48