※老けネタ及び死にネタ注意!
レイジ、貴方は私と初めて会った頃、自分は天涯孤独だと言ったわね。
たった一人の肉親だった父親を亡くした、哀れなみなしごだと。
でもね、今はこんなに貴方の身内が貴方を囲んでるのよ。
冥は御剣の額にキスを落とした。
そこには若い頃からの眉間の縦皺が深く深く刻まれていた。
だが、若い頃にはなかった目元の皺――通常は笑い皺と呼ばれる――も確かにそこにあった。
冥と結婚し子供をもうけると、それまでの御剣からは想像もできない程の笑顔を子供に向けていた。
特に冥によく似た娘に対しては誰もが呆れる程の溺愛ぶりで、始終締まりのない顔で娘をあやしていた。
子供達が成長すると無理矢理厳しい顔を作りもしたが、息子にはともかく娘には常に甘かった。
そんなことを思い出して冥は目を細めた。
その冥の目元にも、御剣と同じく年月を重ねてできた皺があった。
総白髪を全て後ろに流した髪は生前の冥の父を思わせ、黒渕の老眼鏡は写真でしか知らない御剣の父を思い起こさせる。それが偶然か故意か、冥にはわからなかった。
ただ、老けた老けたとボヤく夫の容姿に不満を抱いた事は一度もなかった。
白い髪を一撫でして、眼鏡を外す。眠る彼にはもう必要ないのだから。
互いの左手を重ね合わせると、薬指の指輪がカチリと小さな音を立てた。
彼の節くれ立った指が好きだった。この指は時に厳しく矛盾を突き付け、時に甘く冥を愛した。
「ありがとう…あなた」
手を取って頬ずりし、そっと指輪も外した。
「おばあちゃん」
声を掛けられて振り向くと、そこには若者がいた。
冥が手を伸ばすと、思い出の中の様に優雅にエスコートする。
この子はやはりレイジに似てるわ。
若者がまだ産まれたばかりの頃、御剣は自分や冥と共通するパーツをいくつも上げて血の繋がりを主張した――髪を除いて。
髪だけは冥や御剣とは明らかに違っていた。特徴的な跳ね具合に嬰児のもう一方の祖父はほくそ笑んだものだった。
その男ももういない。
やれ正義感はどちら譲りだの、やれ指の突き付け方はどちらを見習ったのと、また天上で馬鹿馬鹿しい言い合いをするだろうか。
「…どうかした?おばあちゃん」
ああ、私は今笑ったのかも知れない。不謹慎にも。
夫を荼毘に伏している最中だと言うのに。
「貴方がこんなに立派になったのだもの…年を取る筈よね」
「長生きしてよ。おじいちゃんの分も」
「そうね、もうちょっとだけね。あんまり老けちゃうと、おじいちゃんに笑われるから」
「大丈夫だよ、後20年長生きしたっておじいちゃんは綺麗だよって言うから。それに人は死んだら一番よかった頃の姿に戻るそうだよ」
「あらあら、じゃあ先に若返られちゃったわね。困ったわ…」
今度こそ冥ははっきりと笑った。
そんな喪主の姿に、参列者の誰もが涙しながらも心なごんだ。
レイジ、貴方は私より年上だったし、平均寿命は女の方が長いの。
だから暫くは我慢して頂戴ね。
もう少し子供や孫の事を見届けたら、私もそっちに行くから。
そしたらまたお茶をしましょうね。パパやママや、貴方のご両親も一緒に。あの男も入れてあげてよくってよ。
それまで待ってて頂戴ね……
青空に昇る煙を、冥はいつまでも見上げていた。
最終更新:2010年11月10日 18:23