御剣記憶退行2
初めて上がる家に、ただいまとは言いにくい。
でもお邪魔しますも失礼しますも変な気がして、結局たいして見てもないのに「広いんですね」とか「これは何の写真ですか」なんて言いながら靴を脱いだ。
だけどやっぱりただいまって言えばよかった。
冥さんは写真のことを教えてくれたけど、また悲しくなったに違いない。
それはこどもの頃の冥さんの写真だった。
エレベーター内で地震にあった御剣は、父親を失った事件以降の記憶を失ってしまった。
精神的には小学生に戻ってしまい、冥の事も当然覚えてはいなかったが、それでも自宅に…冥と二人暮らしのマンションに帰る事を希望した。
成歩堂はあまりこの家には来たことがないと言っていた。大人になったらあまり自宅で遊ぶ事もないんだろう。
それでも僕の為に一緒に来てくれて、成歩堂も初めて見るというアルバムを見たり夕飯を三人で食べたりした。
写真の中で僕は記憶にある姿から段々と成長し、鏡の中の僕の姿へ繋がっていく。
傍らには大抵小さな女の子がいて、その子は僕と一緒に大きくなって冥さんになっていった。
高校生位のお兄さんになった僕の隣にいる十歳だという冥さんは、クラスの女子なんか目じゃなくて、テレビに出てくる芸能人の女の子よりずっとずっとかわいいと思った。
冥さんには聞こえないようにコッソリ成歩堂にそう言ってみたら「う~ん…外人モデルの子みたいだもんな」と反応が鈍かった。
そう言えば成歩堂はクラスで一番かわいいと皆が認める子より、消しゴムを貸してくれた隣の席の子の方がかわいいと主張するやつだった。
人の価値観に左右されないのがコイツのいい所なのだ。
夕飯を終えると成歩堂は帰っていった。
冥さんは「貴方も泊まっていけばいいわ」と引き止めたけど、それはきっと僕の為だ。
だから僕らは「また明日な」と何時もの挨拶を交したんだ。
そして今、冥さんが後片付けをするからお手伝いしようとしたら、先にお風呂に入るように言われたんだ。
「洗濯物はこのランドリーボックスに入れて、タオルはここ、パジャマと下着はこっちの引き出しよ。
あと…シャンプーやソープは一応分けて使ってるけど、見ればわかるわ。どう?」
「脱いだらこっち、タオルはこれ、着替はここ、シャンプーはどれでもいい……はい、大丈夫です」
「じゃあ何かわからなかったら呼んで頂戴ね」
「はい」
冥さんが脱衣所を出ていってから、大きな洗面台の鏡を覗いてみた。
やっぱり僕は大人で、でも……ちっとも父さんに似てないのが不思議だった。
もっとも僕の記憶の中の父さんは今の僕より年上だけど。
上着を脱ぐと、僕は結構きたえてるのかたくましかった。腕も太いし、こういうのは何て言うんだっけ…マッチョ?
力こぶが出来るのが面白かったけど、寒いから早くお風呂に入ろう。
タオルを取って、ついでに着替えも出しておこ……
「わあっ!」
ばんっ!
わ、わ、わ、み、み、見ちゃ
「どうかしたの!?」
「な、何でもないです!何にも見てません!」
自分で言って説得力がないのが情けなかったけど、それより早く冥さんに出ていって欲しかった。
上半身裸で棚の前にうずくまって顔を真っ赤にしている僕を、冥さんは心配してるのに。
冥さんの顔がマトモに見れない。
「何があったの?言ってみて、レイジ」
言えない。間違えて冥さんのパジャマと下着が入った段を開けちゃったなんて。
いろんな色の、ぱ、ぱんつ、と、ぶら、じゃーが、いっぱいあっ
ぽたっ
「鼻血じゃない!どこかにぶつけたのね」
勘違いした冥さんはティッシュを渡してくれた。
冥さんの顔を見ないようにして受け取って、鼻にティッシュを押し込める。
早く止まれ、僕の鼻血!!
「お風呂はやめておきましょう?ね?」
冥さんが僕の顔を覗き込もうとしてるのがわかる。
「だ、だいじょぶでふ、おふろ、はいりまふ、だから、でてってくだはい」
冥さんをなんとか脱衣所から押し出して、ようやく鼻血もおさまったみたいだ。
だけど棚をちらっと見ただけで、また鼻血が出てきそうだ。
まず、新しいティッシュを詰め直す。
それから慎重に正しい引き出しを開けて着替えを取り出した。
大変な大仕事を終えて、ようやくお風呂に入れて一息つけた。
湯船も洗い場も広くてゆったりしたお風呂だ。
今の僕は父さんよりも大きいのに、足を伸ばしても全然平気。
「検事ってお金持ちなのかな…」
僕が弁護士にならなかったのは残念だけど、検事もちゃんとしたお仕事だし、いいかも。
改めてお風呂場を観察すると、可愛いワイヤーラックにいっぱい容器がある。
多分あれが冥さんのなんだろうな。
僕のはラックのすぐ横に床に立てて置いてあるやつだろう、だって全然雰囲気が違う。
ラックに乗ってるのはボトルがピンクだったり英語のラベルにバラとかリボンが印刷されてたり、透明なのは中身もキャンディーみたいにカラフルだ。
石鹸も一個ずつかわいらしい容器に入ってて、バニラみたいな匂いとか、はちみつとか、オレンジっぽいのとか、お花とか、開けるとあま~い匂いがお風呂場に広がる。
でもその隣のはフツーのシャンプーボトルと石鹸だ。
冥さんはすっごくオシャレなんだな…
たくさんあるから、毎日違うの使ってるのかも。
今日はこれにしましょ、なんて選んで、体を洗って──
!!!
な、何を考えてるんだ僕は!
こんなの考えるなんて、冥さんに失礼だ。
でも止めなきゃと思えば思うほど色んな想像をしてしまう。
あの引き出しの下着を脱いで、
タオルを巻いてお風呂に入って、
それから、それから…
ぼ、僕ってヘンタイだ。
変な所が元気になってる。
おさまれよ!!バカ!
「レイジ?のぼせてない?」
「だいじょうぶです!洗ったら出ます!」
慌てて扉に背中を向けた。
ガラス越しの冥さんは影しか見えなかったけど、だから僕も影しか見えない筈だけど、影でも見せられない!
早く体を洗ってお風呂出なきゃダメだ!!
だから早く元に戻れ、大人の僕の体!
最終更新:2010年02月02日 01:35