逆転検事2 ED後のお話です。
美雲と弓彦が登場しますがユミクモ要素はありません。
キャリーバッグを引きずりながら、検事局の長い廊下を狩魔冥が歩いている。来日は久々だった。
(今日はレイジに顔だけ見せて、ホテルへ向かいましょう。疲れたわ。)
そう考えながら、目的の男がいる執務室へ向かっていた。すると、廊下にしゃがみこむ二つの人影を見つけた。黒髪を一本に結い上げた少女と、ふわふわした髪から妙な癖毛が出てる青年には、見覚えがあった。2人はボソボソと話しをしているようで、廊下の床に釘付けだった。
「…これはマズい予感がします…!」
「何がだよ?はっ!わかったぞ!誰か踏みつけて滑るからか!」
「…バナナじゃないんですよ、一柳さん…。うーん、マズいなぁ…。」
冥は二人の後ろに立っているのに、2人は気づかないようだ。
「何がマズいのかしら?一条美雲?」
突然の声に、二人はバッと振り向き、見上げた先にあった冥の顔に失礼なまでに驚愕した。
「かっ、狩魔さんっ!あれ?帰国は明日じゃなかったんですか?そうですよね、一柳さん!」
「お?おお。明日だよな。えーと、15日って。」
「…それは、向こうの時間よ、一柳弓彦。あなた、時差ってわかる?」
美雲が残念ともやっぱりとも思える複雑な表情をしたが、弓彦の方は「そんなに時間の差があるのかよ!すげえな!」と、時差そのものに驚いていた。その隙に、二人が見つめていたものを覗きこむ。
「何か落ちているの?」
「あっ!ダメ!!」
美雲の声は一足遅く、冥はその落とし物をさっと拾い上げた。白いヒラヒラした布。ちょうど、1メートル先の執務室にいる男のものだと、検事局の人間、あるいは彼と親しい人間なら誰でもわかる。
「何よ。御剣怜侍のクラバットじゃない。証拠品でもあるまいし、何がマズい…」
まじまじと、手にとったそれを見ながら呟いていた冥の言葉が途切れた。美雲は先手が打てず、大ドロボウとしたことが、と悔いていた。
クラバットにはキラキラ光るピンクともオレンジとも言い難い絶妙な色合いの、色素が付着していた。とても美しく、そして艶やかな色だった。
「…これは、くちべ…」
「クレヨン!そうクレヨンですねっ!やだもう誰がクレヨンなんかね、一柳さんでしょもう!」
「は?俺じゃないぞ?」
「…っ!!」
沈黙が少し続いたが、冥はそれを持ったままなに食わぬ顔で言った。
「これは私から彼に返しておくわ。……大事な証拠品のようだし。それじゃあね。」
踵を返してすぐそこのドアをノックした冥の姿を呆然と見た美雲は、隣できょとんとする弓彦を見て、この存在こそマズいとばかり、弓彦の詰襟をつかんで逃げ去った。
「入りたまえ。」
部屋の主の許可が出て、冥は颯爽と入室する。検事・御剣怜侍の執務室だ。
「無事に帰国して何よりだ、メイ。そろそろ着く頃かと思っていた。」
デスクに腰かけたまま、穏やかに迎え入れた彼の顔にはうっすら喜びが浮かんでいるようだった。
「空港まで迎えに行きたかったのだが、すまない。疲れただろう?」
冥はツカツカとデスク前まで歩み寄る。
「…やけに饒舌ね、御剣怜侍。」
浮気をしている男はよく喋る。そんな下世話な知識が冥の脳内を支配していた。
機嫌良く迎えた自分とは打って変わって、怪訝そうな冥を、御剣は不可思議に思う。が、彼女が不機嫌なのは慣れっこである。
「機嫌が悪いようだな。」
やれやれ、せっかく久々に逢えたと言うのに、何か気に入らないことでもあったのか。
そう思いながら、腰をあげた。抱き締めて、気分をなだめてーー。
そんな余裕は瞬時に砕かれた。
冥は先程拾った証拠品をつきつけた。疑惑の色が御剣の目の前に来るように。
「素敵な色ね?」
御剣の目に狼狽の色が浮かび上がった。
「どこで…」
「さっき廊下で大ドロボウと泣き虫が見つけたのを没収したのよ。」
ビシィッ!!
御剣の耳のすぐそばを、鞭がほとばしった。彼の背にあるブラインドが激しく揺れて音を立てた。
「ま、待てメイ!!誤解だ!!違うのだ、その口紅は…」
ビシィッ!!
今度はデスク上に鞭が叩きつけられ、羽ペンが舞うように飛んだ。
「やっぱり口紅なのね?…フケツよ、御剣怜侍。見損なったわ。」
御剣と冥、ふたりは恋人同士だが、アメリカと日本という、途方もない遠距離恋愛な上に両者ともエース検事であり、多忙な日々を過ごしている。世間で言う「恋人同士」のような甘い生活は皆無なのだ。それでも、互いを想う気持ちは強く、こうして年に数回しか逢えなくても、いや、逢えないからこそ、その時間を待ち望み、大切にしている。
(そう思っていたのに…!この日をどれだけ待ち望んでいたか…!)
自分が不在の間に、他の女と。
冥はそう思うと、怒りを通り越して哀しくなった。握りしめていた「浮気の証拠品」に、ぽたっと涙の雫が落ちた。
「…許さない、この私を…裏切って…。」
鞭を避けようとデスクの下に隠れていた御剣が、おそるおそる顔を出すと、うつむいて泣いている冥がいた。
「わぁぁっ!泣くな、メイ!違うのだ!誤解だと言っているだろう!聞け!」
慌てて冥の傍に駆け寄り、抱き締めようとするが、手首だけで操られた鞭が床を叩き、それ以上近づけない。
その様子に、諦めたように御剣はデスクに戻り、引き出しを開けて溜め息をついた。そして再び冥の前まで来た。
「メイ、これを。」
御剣は、リボンのついた小さな箱を持っていた。冥がそれを睨み付けたのを確認すると、リボンをほどき、包装紙を取り払う。
冥は黙ってその様子を見ていた。
口紅だった。美しく品のあるディテールのスティック。宝石のように曇りなく輝いて、でもけして主張しすぎない。
御剣はキャップを外し、スティックをくるくる回して、閉じこもっていた中身を出す。
「この色だろう。素敵な色と言ってもらえて安心した。これはキミへの贈り物だからな。」
冥ははっと顔をあげて御剣を見る。目を見開いて、驚いた表情だ。
「久しぶりだからな、何か贈り物を用意したくてな。でも何が良いのかわからなくて。花や装飾品も考えたのだが、以前にも贈ったろう?」
冥はまだ黙ったままだ。言葉が見つからないのだろう。
「百貨店の前を通った時に、この口紅のポスターが目に入ったのだ。とても気高い外見だろう?しかし色はどことなくまだ可愛らしい。キミにぴったりだと思ったのだよ。」
御剣が言うには、衝動的に化粧品売場まで行ったものの、慣れない雰囲気に飲まれ、色を見ている時に誤ってクラバットをなぞってしまったのだと言う。慌ててこすってしまい、変に広がったため、やむなく外してポケットにしまったのが落ちたのだろうと。
冥はバツが悪そうに、目を泳がせたあと口を開いた。
「そっ、それならそうと…」
言ってくれれば、と言おうとしたが訳を聞かずに責め立てたのは自分だと思い直し、しおらしく謝罪した。
「…悪かったわ。ごめんなさい。」
御剣はようやく胸をなでおろし、今度こそ冥を抱き締める。
「いや、うかつなことをしたな。すまなかった。」
胸の中で冥が言う。
「…せっかくのラッピングも台無しね。」
プレゼントを開ける楽しみを失ってしまったのだ。その瞬間の自分と彼の高揚感を想像すると悔やまれた。先程の御剣の動揺も、サプライズするつもりが台無しになったからだと悟った。しかし御剣は気にしない。
「それよりも、ぜひつけてみてくれないか?」
冥は顔を上げ、「でも、」と言った。そうか既に口紅が塗ってあるのだ。そう理解すると、御剣は冥の顔を両手で包み、口づけた。唇をはさむように、舐めなぞっては吸う。舌を侵入させれば、ゆっくりと絡めとる。長く深く何度でもー。
唇を離すと、もう塗られていた口紅の色はなく、互いの唾液で潤っているだけだった。御剣は、チーフでそれを拭うと、スティックを冥に差し出した。すると冥はそれを手に取ることなく言った。
「…塗って?」
冥が甘えた。少し唇を尖らせて差し出すようにした。不器用な男なので不安もあるが、それよりもこの特別な状況を堪能したかった。
御剣は、力加減がわからず、そーっとその先端を唇につける。くすぐったさに冥がふっと笑うがまた直ぐに口を閉じた。
なんとか全体に塗り終え、一度身体を話して少し離れてその姿を見る。
「思った以上に、キミに似合う。」
とても満足そうに、誇らしくそう言い切った御剣は、またデスクに戻り引き出しから手鏡を取り出して冥の前に差し出す。冥が鏡を見ると、輝く唇に喜びが溢れた。
「かわいい。」
冥が思わず呟いて、その言葉にまた嬉しくなる。しかし冥は慌てて訂正する。
「ちっ、違うのよ!色がかわいいって意味よ!」
自惚れたと勘違いされては困るというわけだ。その様子が既にかわいいとは無意識の成せる技なのか。
御剣はまた冥を抱き締めた。
「…逢いたかった、メイ。」
「私もずっと逢いたかった、ありがとう、レイジ。」
素直になった冥がまた愛しくて、つい口づけてしまった。
「やだ、せっかく塗ったのに。」
気づくと、御剣の唇に色移りしていた。光沢もそのままに。冥はおかしくなって笑ったが、それを返してと、今度は冥から口づけた。2人を幸せが包む。
(美雲に、何もマズいことなかったと教えてあげなくちゃね)
そんな事を考えながら、再び目を閉じて彼の唇を待った。
(おしまい)
最終更新:2013年12月29日 21:51