逆転裁判5最終話絡みなのでネタバレ注意です。
検事局長室には紅茶の香りが充満していた。その上品な空気をかき消すかのように電話が鳴り響いた。
「…わかった、すぐに向かう。」
想定していた内容なのか、男は薄く笑ったあと、紅茶を一口すすって椅子から立ち上がった。
「せっかく君が帰国したというのにすまない。」
ソファに腰かけていた客人に詫びる。客人も立ち上がる。
「構わないわ。私も仕事で来たのだし。それよりも、今の電話、例の弁護士絡みなのでしょう?」
「さすがだな、メイ。そうだ。いよいよあの事件にカタが着きそうだ。」
「久々の現場は、爆破された法廷ってわけね。」
「ふっ。」
「完璧な報告しか要らないわよ。」
客人がしなやかに手持ちの鞭をつきつける。男はまたふっと笑い、一歩、客人ーー彼女に近づくと彼女の顎を優しくすくい、口付けようと顔を寄せた。
すると彼女はいたずらに、そして妖艶な笑みを浮かべて告げた。
「楽しみはとっておくべきではなくて?」
一瞬、男の動きが止まり、そしてすぐに身をそらした。
「そうだな。」
少し残念そうな表情をしたが、すぐに局長の顔に戻った。
「では、行ってくる。」
長めの裾を翻し、眼鏡をかけて部屋を後にする。彼女はひらひらと軽やかに手を振り、見送った。
男ーー検事局長、御剣怜侍が向かった先には旧友である弁護士との久しぶりの対峙、闇に葬り去られそうになった7年前の事件の真相究明、罪人となった部下の検事の救済、そして明らかになった真実の前で真に救われたかつての少女ー実に様々な、濃厚な時間が待っていた。
青天の下で、真実は輝き、そしてそれぞれの想いが交錯する中、長い法廷は終わった。
そして御剣は打ち上げなどを適度にこなし、客人の待つホテルへ向かった。
彼女ーー狩魔冥は自身が滞在するホテルで、来訪した御剣を迎えた。
「お疲れさ…っ!?」
部屋に入るなり御剣は勢いよく彼女の肩を掴んで唇を奪い、そのまま奥の壁まで彼女を押し進めた。壁を背に彼女はもがく。
「ちょっ…レイジっ!…やっ…!」
幾度となく性急なキスが降り注ぎ、身体は自由を奪われる。御剣の手がまさぐるように激しく動き、もはや理性など捨てたかのようだった。
ひとしきり済んだのか、最後に深く口付けて、御剣は冥をきつく抱き締め呟いた。
「メイ…」
冥は呼吸を整え、ただ黙って抱き締め返した。終わったのだ。いや、本当はこれからまた始まるのだ。それでも、この事件がひとつの結果を迎え、そして何より、この8年、何とか弁護士に復帰させようと必死に動いてきた、その男が見事に返り咲いた。御剣にとって、ずっと胸につかえていたものが、取れたのだ。それは冥にとっても同じことだった。
「…レイジ」
2人にはこの事に関して余計な言葉は要らなかった。冥は、肩に顔をうずめる御剣の髪を優しくすいた。その手を御剣に取られる。御剣は手を握ったまま身体を起こし、握っていた手に、もう片方の手も添え、両手で握った。
今度は冥の目を見据える。熱のこもった、でも静かな眼差しだった。
「…区切りがついた、と言える。もちろんこれからが本番だ。しかし、私の中で節目を迎えたのは確かだ。とても…落ち着いた気持ちだ。だから、メイ、、、」
冥はおだやかな目で聞いている。
御剣はもう一度握りしめた冥の手にぎゅっと力を込め、片手を取り払って、冥の手を持ちかえると同時にひざまづいた。冥の手の甲に唇を寄せ、彼女を見上げる。
「メイ、私と結婚して欲しい。」
手を持ち変えられてから、プロポーズを受けるまで、あまりにスマートでそして素早い動きだったため、冥は微動だにできず、ただ目の前の男を見下ろしていた。慟哭が彼女を駆け巡る。
御剣は視線をそらすことなく、様子を伺う。びくんっと冥の手に力が入り、我に返るような表情をした。顔が紅潮したかと思うと、彼女の頬には涙が伝った。
御剣が口を開く。
「…何か異義が?それとも反証か?」
御剣の余裕が伺えた。涙は失態だった。悔しそうな顔をして、御剣の手を振り払って拭う。御剣は立ち上がる。
「なっ何よ!異義ありよっ!そ、そういうことはもっと、雰囲気のある場所とかっ、それにそうよ、ゆゆゆ指輪とか、準備を整えてからっ…!」
すっかり大人の女性になったのに、この娘は変わらない、そう御剣は思った。自分の前ではいつでもこうだ。
「ム。確かに紳士的ではなかったな。ではやり直すか。」
「なっ…べ、別にそんなことは言ってないわ。」
「では返事を聞かせてもらえるか?」
「………」
冥は肩を震わせ、真っ赤な顔で、瞳を潤ませている。御剣が近づき涙を拭ってやると、冥が抱きついてきた。胸に顔を押し当てて、
「…うそよ…、ムードも指輪も要らないわ…レイジが…いれば…」
やっと素直になったかと思うと、ばっと顔を放した冥は充血した瞳でキッと見つめた。
「け、結婚、してあげてもいいわよ!仕方ないわね!!」
声が上擦って、法廷での彼女とはまるで逆転している。
気持ちと態度とが矛盾だらけの愛しい彼女に、御剣は盛大に笑い声をあげて、もう一度抱き締めた。
「……待たせてすまなかった。もう、離れたくないのだ。」
「別にっ…」
胸の中で冥が口を開いたのと同時に畳み掛ける。
「待ってなんかいないわ、か?」
御剣が笑う。
完全に掌握されて、おもしろくないが、冥は今まで味わったことのない、心からの安堵を感じていた。
「メイ、愛している。」
「…私もよ、レイジ。」
夜はまだ明けない。
昼間に約束した「楽しみ」を、永遠の愛を誓った2人が堪能するには充分だった。
【終わり】
最終更新:2013年11月05日 23:33