すれ違い・冥
「ただいま」
そう言ったところで、答えたのは背中でドアが閉まる音だけだった。
冥はひとつ溜息をつくと無造作にブーツを脱ぎ、揃えもせずに上がる。
廊下を進むとリビングからの明かりが差していて、慌てて扉を開けた。
「レイジ!?」
リビングはしん、としていた。
分かっていたはずだ。御剣は大きな裁判を抱え昼も夜もなく走り回っている。もう一つの大きな事件を担当するために、彼女がわざわざアメリカから借り出されたのだから。
帰り際に糸鋸を捕まえて聞き出したところ、今日も遅くまで仕事だと言っていた。電気はおおかた朝にでも消し忘れたのだろう。
冥も毎日帰宅が遅く検事局や裁判所で御剣の姿を見かけるぐらいで、話を交わしても最低限の用件を伝えるだけだった。いら立ちから、つい糸鋸へのムチの数が多くなってしまう。
主の居ないリビングの明かりはよそよそしくて、かえって寂しさを増した。
大きくため息をつくと、スカーフを緩めベッドルームの扉を開ける。
互いに帰宅が夜中だったり朝早く出かけたりするため、睡眠の邪魔にならないように冥は客間を使っていた。この寝室に入るのもずいぶんと久しぶりに思えた。
手袋を脱ぎベストを脱ぎ捨て、頭からベッドに倒れ込む。
シャワーを浴びて食事をしなければと思うのに、いまは全てが億劫だった。
(…………レイジの香りだわ)
すう、と吸い込むとベッドから御剣の整髪料や汗の混ざった香りがした。マクラを抱きしめるとたまらなく胸が苦しくなる。
同じ国に、同じ家に居るのに、遠い。
この場所で愛されたことさえも遠い昔のことのようだった。
「………レイジ……」
天井を仰ぎ愛しい人の名を呼ぶ。
「レイジ……」
何度呼んでみても寂しさはつのるばかりだ。
「…………ん……」
ふくらみに手を添える。
いつも彼がしたように強く、優しく揉みしだく。
「…………んんっ……はあ……ッ」
シャツをたくし上げブラジャーを外すと、ふたつの乳房がプルンと広がる。桃色の乳首は愛しい人を求めて突き出していた。
カンペキな身体は彼のためだけに存在するのに。
首筋から心臓を通り、頂へと指を滑らす。御剣の舌の軌道を思い浮かべながら先端に爪を立てた。
かつて、飽きることなく何度も何度も吸われた乳首を自分の指で強く弄る。
「………はあっ……っく、ああああッ」
身体の奥がじくじくと疼く。
下腹部へと指を伸ばすと、ストッキングの上からでも分かるほど愛液が染み出している。この中が熱いモノで満たされたのはいつのことだったろうか。
秘丘に指を押し付けると、甘い心地よさが全身を駆け抜ける。
びくんっと身体をそらせ、指の力を込める。
「んんっ………レイジ……ッ……」
「む……その、なんだ……」
ゴホン、と咳払いが聞こえた。
「!?……レ、レイジ、どうして!?」
バスローブ姿の御剣は、扉のところで居心地が悪そうに立っていた。
「今夜も仕事じゃなかったの!?」
「その……一区切りがついたので汗を流そうと戻ってきたのだが、風呂から上がったら気配がするもので、寝室に来たらキミが私の名を呼んで………むぐっ」
マクラが顔面を直撃する。
「バカ!」
顔から火が出るだけ真っ赤になって、冥は周りのものを投げつける。
「バカバカ!!」
「ま、待った! 時計はやめろ!」
かろうじて目覚ましを避けた御剣は、その手をつかみ抱きしめる。
「寂しい思いをさせてすまなかった」
いつも使っているボディーソープの香りがした。先程嗅いだのとは違う「御剣の香り」だ。
「……バカ」
大きな胸に抱かれると、全て許せてしまえた。
肌も触れ合えなかったことも過去のことだ。いまはここに居る、それだけで構わない。
「恥ずかしがることはない。私もキミのことを考えながら何度も自慰をした」
「…………バカ!!」
ボカボカと胸を叩くと、冥は真っ赤になって背を向けた。
無粋で無神経で朴念仁な男だ。どうしてこんなのに惚れてしまったのだろう。
御剣は後ろから冥を抱きしめる。
「私だって寂しかった」
確かめるように、ギュッと力を込める。
「キミをこの手に抱けなくて、おかしくなってしまうのではないかと思った。ここにいるキミは本物か? 私が作り出したマボロシではあるまいな」
「……バカね」
回された腕に手を添え、御剣にもたれかかった。
「こんなカンペキなマボロシがあるかしら」
「違いない」
くっ、とノドの奥で笑うと、柔らかな耳たぶにかぶりついた。
「んッ………まだ仕事があるんじゃないの?」
「どうせ相手は刑事だ。少しぐらい待たせておけばいい」
「ふふっ」
くすぐったそうに笑う冥に、再び唇を落とした。
久しぶりの甘く、濃く、激しい逢瀬が始まる。
最中に糸鋸からの呼び出しがあり、翌日にさんざんムチで打たれるのだが、それはまた別の話。