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ババルとアレバスト。
元はコードピア公国という1つの国であったものが2つに分断され、その大使館で起こったあの事件が解決し、カーネイジ・オンレッドが逮捕されてから数日。
3月15日に怜侍が担当検事を勤めた、日本国内でのカーネイジの裁判が終わってから、私がアレバストへと出発する日まで数日の猶予が残されていた。
今となればただの一殺人者でしかないとは言っても、ほんの2、3日前まではアレバスト大使であった男だ。
彼の帰国の為の準備は、一般の外国人犯罪者の帰国よりも時間を要するのだろう。
私も関係者の立場ではあるけれども、出国の手続きは全て狼捜査官が指揮を取る国際警察の手によって行われている為、特に仕事を得られなかった私は、久しぶりにこの日本で数日間の休暇を得ることが出来た。
思えば秘密任務として密輸組織を追い始めてから、落ち着いた休息の時間など全くと言ってもいいくらいなかったように思う。
だから折角の休暇くらいゆっくりホテルで骨休めしたいと思っていたのだけれど、それは突然の電話によって叶えられることはなかった。
「やっほー、狩魔さん!!」
「美雲?」
「良かった~、繋がって。あのね、明日時間ありますか??」
「明日…?特に予定は入ってないから、部屋でゆっくりしようと思ってたのだけど。」
「空いてるんですね!じゃあ、明日一緒に出掛けましょうよ!」
どうやら今の私の言葉は、前半部分しか美雲には届かなかったらしい。
「…せっかくなのだけど、出来れば今日と明日はゆっくり休みたいのよ。」
「え~!だって狩魔さん、明後日にはアレバストに行っちゃうんでしょう?そしたらもう、中々会えないじゃないですか。折角7年振りにみんな再会出来たんだし、遊ぼうよ!じゃ、そういうことだから明日の朝10時にバンドーランドのエントランス前でね!」
「え?ちょっと美雲!?」
私の返事を聞く前に、電話は一方的に切られてしまう。こういう強引な所は、知り合いの風変わりなどこぞの霊媒師に似ている。
『それは君だって同じではないか…』と、ここに御剣あたりがいれば言うかもしれないが。
「バンドーランド…??」
自分にはあまり縁の下なさそうなその場所の名前にいささか面食らいながら、携帯電話を眺めていた。

翌朝の3月17日午前9時50分。
約束の時間の10分前に、私は指定の場所に到着した。
美雲の姿はまだ見えない。
エントランスの奥からは明るい音楽が鳴り響き、周りには開園を待ちわびる子ども達を連れた親子連れで賑わっている。
考えれば考えるほど、自分には全く縁のない場所に思えてならなくて、一人でこの場にいるのがいたたまれない気持ちになってくる。
幼い時から、こんな場所に来る余裕など私にはなかったのだから。
そんな時、手に持った携帯電話が突然震え出した。
電話の相手はもちろん美雲だ。
「もしもし、美雲??」
「狩魔さん、おはようございます!今どこ??」
「エントランスのすぐ前よ。そういう貴女はどこなのよ?」
「私たちももう着いてるよ。…あ、狩魔さん見えた!!今そこに行くから!」
大きな声で私の名前を呼びながら、マフラーをひらひらとはためかせて美雲がこちらに向かって駆けてくる。
その後ろには、大の男が2人、息を粗げながら美雲の後を追って走っているのが見えた。
てっきり今日の相手は美雲だけだと思っていたので、予想外の人物の登場に驚きを隠せない。
「あれ?狩魔検事も来られてたんスね!ちょっと意外ッス。」
こんな朝っぱらからヒゲの間抜け面を見なければならないなんて、折角の休暇が台無しじゃない!
挨拶の代わりに眠気覚ましに一発鞭を振るっておいてから、隣で息を整えているもう一人の男に目を向ける。
「何をしてるのかしら、御剣怜侍。」
「…う、うム、ミクモくんに無理やり連れて来られたのだ。まさか君まで来ているとは思わなかった。」
「わ、私だって来たくてきた訳ではないわ!こんな子ども向けのレジャー施設なんかに。」
「まあまあいいじゃないですか。折角来たんだから楽しみましょうよ、ね!」
「そうッスよ!ミクモちゃんの言う通りッス。」
「…ま、まあ来てしまったものは仕方あるまい。ここはミクモくんの意見に従って、今日はバンドーランドで1日を過ごすとしようではないか。」
「……」
「やったね、そうこなくっちゃ!!じゃあ御剣さん、早速チケット買ってきて下さい、4人分。」
「わ、私が全員分払うのか!?」
「同然でしょう。貴方以外に誰が払うと言うのよ。」
「ゴチになるッス!御剣検事!!」
「む、むぅ…」
仕方ない、とチケット売場へ向かった怜侍以外の3人は、開園前に既に長い列を作っているエントランス付近の列に並んだ。

「結構混んでるんだね~、前に御剣さんやノコちゃんと来た時はそうでもなかったけど。」
「あの日は誘拐事件のせいで、そんな雰囲気じゃなかったッスからね~。」
「なんでわざわざこんな場所を選んだのよ?もっと違う所でも良かったのではなくて?」
「だって、前に来たときはスタンプラリーもワルホくんだけゲット出来なかったし、事件のせいでイベントも中止になっちゃったから。」
「何よ、イベントって。」
「あ、狩魔さんは知らないんですよね!私、パンフレット持ってます。ほら、これこれ。さっき貰ってきたの。」
はい!っと突きつけられたパンフレットを見る。
「イベントのページはここだよ。」
そこには、確かタイホくんとかいう名前の着ぐるみによるショーのスケジュールが書いてあった。
「遊園地とはこういうものなのかしら?」
「え!もしかして狩魔さん、遊園地初めてなんですか!?
…そうだなぁ、大体こんな感じだよ。バンドーランドは結構大きな遊園地。ジェットコースターとか観覧車とか、乗り物も沢山あるしね。きっと狩魔さんも楽しいよ!!」
「そうなの…。」
美雲の説明を聞きながら、パンフレットに目を通していく。
ジェットコースターや観覧車、名前くらいは聞いたことのある。幼い時に、学校の知り合いがそんな話をしているのを耳にしたくらいのことだけど。
家族と行ったことを自慢気に話す彼らはバカみたいだと思っていたけれど、ほんの少し羨ましく思ったこともあった。
こんな年になって遊園地なんてバカバカしいという気はするけれど、折角ここまで来たのだから、彼らの言う通り楽しむのも悪くはないかもしれないわね。
そんな風に考え始めた時、ちょうど怜侍がチケットの支払いを済ませて帰ってきた。
「よーし!じゃあ、早速しゅっぱ~つ!!」
それから私たち4人は、バンドーランドでの時間を過ごした。
いい年してバカみたいに年甲斐もなくはしゃぐヒゲに呆れ果てたり、美雲に無理やりタイホちゃんとやらの被り物を着けさせられたりと散々だったけれど、初めての乗り物などは思っていた以上に楽しくて、こんな休暇もいいかもしれないと少しだけ思う。
「じゃあ次は、みんなで観覧車に乗ろうよ!何でも日本一大きな観覧車らしくて、1周するのに30分かかるらしいよ!」
「…すまないが美雲くん、私は少しここで休ませてもらいたいのだが。あのような物は少し苦手なのだ。」
私と同様に、美雲にタイホくんの被り物をさせられた怜侍が疲れた様子でそう言った。
「えぇ~?もしかして御剣さん、高い所ダメなんですか?仕方ないなぁ、じゃあ3人で乗ろうよ!」
「悪いのだけど美雲、私も少し休ませてくれないかしら?さすがにあんなに立て続けに乗り物に乗らされたら、ちょっと酔ってきたわ…」
「えぇ!狩魔さんも!?2人ともお爺ちゃんとお婆ちゃんみたい。じゃあノコちゃん、2人で観覧車乗ってこよ!御剣さんと狩魔さんは、適当に時間潰しててね。終わったら電話するから。」
「そうッスね。ミクモちゃん、行くッスよ!!」
騒がしい2人が風のように去っていき、私は怜侍が座っているベンチの隣に腰を下ろした。

「だらしないわね、御剣怜侍。これくらいのことで根をあげるなんて。」
「むぅ、私も若くないのか…」
頭に着けた被り物を外しながら怜侍が答える。私もそれに倣った後、そばに置いてあったパンフレットにもう一度目を通してみた。
ウェスタンエリア ホラーハウス ステージエリア
あらかた、メジャーな所は周れていたみたいだ。
あんなに賑わっていた園内は、日の傾きとともに徐々に人の数が減ってきている。
明日の朝には出国することを考えれば、私たちもそろそろ帰る準備をした方がいいだろう。
「随分と暗くなってきたな。」
「そうね。美雲たちが帰ってきたら、私たちもそろそろ帰らなくては。」
「うム、そうだな。」
ぱらぱらとパンフレットをめくりながら今日のことを思い出していると、とある『言い伝え』についての説明文に思わず目を止めた。
「バカバカしい…。」
「ん?何か言ったか、メイ。」
「え?な、何も言ってないわよ。」
突然声をかけられて、心臓がドキリとする。
この遊園地には、『一緒に渡った恋人たちは、幸せになる』という言い伝えのある橋が存在するらしい。
パンフレットによれば、ちょうどエントランスを出てすぐの所だ。
幼い頃から、証拠なき言葉に価値はないとずっと信じてきた。
そんな私にとって、『言い伝え』ほど曖昧で意味のない言葉は存在しない。
ちらりと隣に座る怜侍の横顔を盗み見る。
数日前に、怜侍たちはこの遊園地で起きた事件を解決したと聞いている。
その時、美雲と2人であの橋を渡ったりしたのだろうか。
それとも、私の知らない他の誰かと渡ったことがあるのだろうか。今の怜侍には、誰か特定の女性はいなかったはずだけれど…。
『私は一体何を考えているのよ!言い伝えなんて、何の意味ももたないただの戯れ言だわ。そもそも怜侍が誰とこの橋を渡ろうと、私には関係ない。』
頭の中では分かっていても、『恋人』と一緒に橋を渡る怜侍を想像すると、なぜか心がチリチリと痛んだ。

「…メイ。私の顔に何か付いているのか?先ほどからそんなに真剣に見つめられると、何だか落ち着かないのだが。」
「な…!?誰も見つめてなんかいないわよ!自惚れないで!!」
空を切る鞭をぎりぎりのところで避けられる。
「いや、別に自惚れてなどはいないが…」
怜侍と目を合わせることなくベンチから立ち上がると、つられて怜侍も立ち上がる。
そしておもむろに、怜侍の腕を掴んでツカツカとエントランスに向かって歩き出した。
観覧車が終わるまでにはまだ時間がかかりそうだし、後で美雲には電話した時にエントランスを出た辺りで待っていると伝えればいい。
「お、おい。メイ、どうしたというのだ!?」
「いいから、黙ってついてきなさい。」
そのまま怜侍を引きずるようにエントランスを抜け、気がつけば私は、その噂の橋を渡りきっていた。
橋を渡りきったところで足を止め、ようやく掴んでいた腕を離す。
こういった類いの話には全く鈍い怜侍のことだから、こんな言い伝えだって知らないに違いない、そう思っていた。
…本当にそういう相手がいなければ。
「そういえば、この橋には何やら『言い伝え』とやらがあるらしいな。」
「!?」
「先日の事件の調査のときに、パンフレットには一通り目を通したからな。メイ、君は知っていたか?」
「し、知らないわよ!私は狩魔冥よ。『言い伝え』なんて興味あるわけないでしょう!」
「そうか。では教えてやろう。この橋を一緒に渡った恋人たちは幸せになるのだそうだ。」
心臓の音がドキドキとうるさい。

一体どういうつもりで私にそんなことを言うのだろう。
「…そ、それが何だと言うのよ。狩魔の教えを受けた者が、そんな何の証拠もない言葉を信じるとでも言うつもり?恥を知りなさい!」
ピシッと音を立てる鞭をぎりぎりの所で避けられた。
「私も別に信じている訳ではない。だが、そういうのもたまには良いのではないかと思っただけだ。
…特に、相手が君ならな。」
「は??」
「い、いや…まあなんというか、そういうことだ。」
「何がそういうことなの?」
「ム。だからだな、私は君が好きだということだよ。君とこの橋を渡りたかったのだ。」
「なっ…」
ボンっと音がしそうなくらい、一気に身体中の熱が顔に集まってきたような気がする。
「で、返事を頂きたいのだが。」
「し、知らないわよ!それくらい自分で考えなさい。あなたは私の部下なのだから。」
「…いつまで続けるつもりなのだ、それを。」
そんな時、2人の会話を中断させる美雲からの電話が入る。
どうやら、もう一度この橋を渡ってエントランスへと戻らなければならないようだ。
今度は並んで手を繋いで渡ってあげとも構わないなんて思ってること、絶対に言ってやらない。
それは、よく晴れた春のとある夕方のお話。
最終更新:2010年09月20日 20:56