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12/28墓参り


日本では12月は師走という。
それは、昔はお稽古事の師匠が弟子の家をまわるのに忙しい時期だったかららしい。
パパは私の師匠でもあるけど、パパは師走でなくてもいつでも忙しい。
一番弟子の私や二番弟子のレイジが年末に帰省しても、官庁の仕事納めまでは毎日遅くまで仕事をして、休みに入っても資料を整理したり過去の公判を調べたり…
一つ屋根の下で暮らしていても会えるのは朝食の時くらい。
ニュースを見て新聞を何紙も読んで、その合間にちょっとだけお話できるの。
パパの邪魔にならないように話しかけるのはタイミングが難しい。
レイジが不用意に話だすとパパの機嫌が悪くなるけど、あれはレイジが悪いのよ。
だから姉弟子の私がとりなしてあげるの。
パパは一番弟子で愛娘の私の方がお気に入りだから、私が言えば大抵機嫌を戻してくれるんだから。


「どうしてダメなの!?私も今日は一緒に行くつもりだったのに!」
「御剣は構わん。親の命日に日本にいるんだ。墓参りくらい許可してやろう」
「ありがとうございます。しかし…」
「私だって外出したいわ!たまの日本だもの」
「フン。冥には関係なかろう。寺へ行って時間を浪費するより少しでも勉強の遅れを取り戻せ」
「…………」
悔しいけど言い返せない。
レイジより私が遅れてるのは事実なんだもの。
パパは次の新聞を広げ出した。もうこの話題は終わり。
今日も一日勉強、勉強、勉強。
日本でもアメリカでも変わらない私の日常。
何だか急に食欲がなくなって、クロワッサンもオムレツもミルクも手をつける気になれなくなった。

「あの、先生」
「…なんだ」
バカレイジ。パパが新聞読んでる最中に話しかけるなんて。
「その、メイも一緒に墓参りに行くのは意義があると思います」
「…ほう、何故だ」
パパが新聞を置いてレイジの話を聞くなんて信じられない。
「メイは十歳になりますが、電車に乗ったこともありませんし、自分で金銭を払って買い物する機会も充分ではありません。
それに墓参りの作法を知るのは、日本の一般常識を習得するいい機会になると考えます」
パパは目を閉じて腕くみしたままレイジの話を聞いてる。話が終ると…笑った。
「……まあいい。冥もいずれは検事だ。無能な検事によって被告人を有罪に出来なかった事件の被害者の墓を見舞ってやってもいいだろう。冥!」
「はい、パパ!」
思わず私は立ち上がってしまった。
「事件概要や公判記録は知っているな」
「勿論よ。捜査段階で霊媒とかいうインチキに頼った挙句、被告人は酸欠で精神不安定になり責任能力がないと判断されたのよね。
パパが担当検事だったら絶対有罪にできた事件だわ」
「そうだな、その通りだ」
パパが機嫌良さそうに笑ってる。
きっと私がちゃんと事件のこと理解してたからだわ。
「後で寺への布施も持たせてやる。坊主に渡してやれ」
パパはまた新聞を読みだした。
私はパパを満足させられる答えを言えたんだわ。
外出を許された事よりその方が何倍も嬉しくて、苦手なセロリが入ったサラダも大好物みたいに食べられた。

「この封筒の飾りは何?」
「こら、電車の中で出すんじゃない。不用心だろう」
何よ。レイジの癖に。
ハンドバッグに入れておいた『冠婚葬祭のマナー』に載ってるかも。調べてみようっと。
「へえ。用途によって飾りがちがうのね。のしを包むこの布がふくさで、渡す直前に取り出せばいいのね」
「それにしても…別に全身モノトーンに着替えなくてもよかったんだぞ」
「あら、だってあんまり浮かれた格好じゃおかしいじゃない。
私は貴方の世話をしている狩魔家を代表して貴方の家のお墓参りに行くんだから」
黒いファー付きポンチョはあんまり好きじゃなかったけど、きっと今日にはピッタリね。
ブーツもファー付きのお揃いにしたかったけどあれはベージュだから仕方ない。でも黒ベルベットのショートブーツだって可愛いわ。同色だから目立たないけどリボンもついてるし。
黒いスカートがジャンバースカートしかなかったけど、上から着てるセーターとタイツは白でバランスは取れてる。
レイジはいつものラフな格好の上にジャケットとコート。
ま、それはレイジの服のバリエーションが少ないせいもあるけど。今度買ってあげなきゃ。
「次の駅で降りるぞ。切符はなくしてないか」
「失礼ね。ちゃんとここにあるわよ」
ポケットから切符を取り出す。
「さっきと同じで、自動改札機に入れるんだ。今度は切符は出てこないから、そのまま通りすぎるんだぞ」
子供扱いするんじゃないわよ。

花屋で菊とシキミという葉っぱで作った仏花を、和菓子屋でお供え用のお菓子を買う。
「何か欲しいモノはないのか?」
「大きな顔しないでよ。パパから出してもらってるんだから、レイジが持っててもうちのお金でしょ!」
…でもこの鳥の形のクッキーはきっとレイジのパパも好きなハズよ。
「サブレか。そうだな、父さんは甘党だったから好きだろう」

お寺は想像していたより小さいしボロっちくてつまらなかった。
大きなホトケや変な飾りは興味深かったけど。
僧侶に挨拶してお布施を渡して無駄な話をして、ようやく墓参りね。
「なんだ、墓守はしてないのね。荒れ放題じゃない」
「場所によっては違うさ。色々なんだ。それにうちは私の他に参る人間もいないからな」
『御剣家代々之墓』と彫られた石造りの墓は草ボーボー。レイジは早速寺で借りてきた軍手をはめて墓掃除を始めた。
サブレとかいうクッキーを食べながら色々観察する。
よその墓はまだマシだけど、じゃあ家族だけで綺麗にしているのかしら。
「ねえ、あそこのドライフラワーは何?」
「…お盆にでも供えた花が枯れたんだろう」
「お盆?」
「夏の一時期、日本では亡くなった人の霊魂がこの世に戻ってくると信じられている。
それに合わせて墓参りをする事も多いんだ」
ふーん。日本人は随分非カガク的な事信じてるのね。
私も一応日本人だけど、率直に思ったままを言ったらレイジは笑った。
「欧米人が聖母マリアの処女懐胎を信じるようなものだよ」
成程ね。サブレっておいしいわ。

草を刈りタワシで擦って綺麗になったお墓に花を飾ってロウソクをともし線香を立てお菓子を置く。
「この小さいのもホトケ?」
「これは地蔵菩薩と言って…まあそうだな、ホトケだ。父さんの兄弟が子供の内に亡くなったから、その子の為に墓の横に作ったらしい」
キョウダイがいるとこれができるって事ね。
レイジが手を合わせだしたからそれに倣う。
「ロザリオみたいなのはいらないの?」
「数珠か?借りてきていないしなくても支障ないだろう」
「お祈りの文句は何?」
「…お経は私もわからないし…ナムアミダブツにしておくか」
「なむあ?」
「意味は『阿弥陀仏様お願いします』だ。
仏教では信仰対象が沢山いるから、その中の阿弥陀如来というホトケに救いを願う言葉なんだが……
君はクリスチャンなのだから阿弥陀仏も何もないな」
確かに。それってバチ当たりって言うのよね。
「いいさ。君が来てくれただけで父さんも母さんも喜ぶ」
それから冥福を祈ったりお墓に近況報告をしたりした。
レイジはちょっと感傷的になってたみたいだから、静かにしてあげる事にした。

帰り際、レイジは供えたお菓子を全部紙袋に戻した。
「それ、持って帰るの?」
「住職が言ってただろう、食べ物はカラスが荒らすから置いておけないと」
そのまま1つ開けて食べる。
「ム、うまいなこのサブレは」
「でしょ?私ももう一枚食べるわ」
「悪いがこれで最後なんだ。これで我慢してくれ」
半分に割ってまだ食べてない方を渡してきた。仕方ないからそれで我慢してあげる。
「そんなに気に入ったなら帰りにもう一度買いに行くか」
「………いい」
「そうか。だが私が半分じゃ足りないんだ。悪いが付き合ってくれ」
仕方ないわね。
レイジは本当に手のかかる弟なんだから。
だから、私が面倒見てるから、安心して眠ってて大丈夫なのよ。レイジのパパ。
最終更新:2010年02月01日 18:16