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『導火線』

  • 長いです
  • 成歩堂と真宵が登場しますがナルマヨ要素はありません。


 瀟洒なマンションの地下には無機質な空間が広がっている。
 コンクリート壁で囲まれたその地下駐車場に、二人分の足音が響いていた。
 狩魔冥は隣を歩く男のリードに任せて歩みを進める。
 隣を心地良いスピードで進む御剣怜侍はこのマンションの住民だった。
 テリトリー内のことなので、彼に全てを任せるのが一番合理的だろう。

 自分をエスコートしてくれていた手が一瞬離れ、目の前の車のドアを開いた。
 開かれた空間の中に身体を滑り込ませ、隣に乗り込んでくる彼を待つ。
「忘れ物はないだろうか」
 運転席に腰を据えた御剣は、確認を取ってからエンジンを始動させた。

 このまま駐車場を出て、数十分も走れば冥の自宅に着く。
 道が混んでいることも考えられるが、それでも一時間はかからないだろう。
 再び車を降りたとき、御剣との時間は終わりを告げる。

 この時間を指してうまく言い換える言葉が、冥には思いつかなかった。
 二人の休みが重なった日に待ち合わせ、映画や美術館やクラシックコンサートなどに足を運び、食事をしてから解散する。
 食事の順番が前後することもあったし、映画や音楽鑑賞が御剣の部屋で行われることもあった。
 今日は食事が先で、その後御剣の部屋で往年の映画のDVD観賞という順序だった。
 そういった些細な違いはあるものの、基本的に二人で会ってから別れるまでの行動はあまり変わらない。
 一般的にはこのような過ごし方をデートと呼ぶのかもしれない。
 今は友人関係にある異性や、時には同性同士のこういった行動を簡単にデートと言う傾向があるのは知っている。
 しかし冥にとって、この時間をデートと呼ぶには肝心な何かが抜けていた。

 休みの数日前になると御剣の方から誘いがかかる。冥はそれを受ける。
 ――どこかに行かないか。ええいいわよ。
 それだけしか言葉は交わされない。
 御剣がどういう意図で自分を誘っているのか、明言されたことは無かった。
 もちろん誘ってくれているのだから嫌われているわけではないのは解る。
 しかしただ単に、親しい友人として談笑したいだけなのか、それとも……。


 冥の思考回路はけたたましい電子音で切断された。
 狭い車の中だと、小さな機械から吐き出される音が余計煩く感じられる。
 しかも音源が二つあるのだからたまったものではない。
 冥は自分の鞄から呼び出し音の鳴る携帯電話を取り出しつつ、隣で同じように賑やかな物体取り出す御剣を見つめた。
「あなた、その珍妙な着信音、なんとかならないの?」
「珍妙とは聞き捨てならないな。この着信音はトノサマンの……」
「その話は二度聞いたわ。あのフケツでヒレツでフラチでウワキなマヌケにフヌケてニヤけたオトコに頼み込んで設定してもらったのでしょう?」
「私が矢張に頼みごとなどするものか。これはヤツが『日頃のお礼』として設定してくれたもので……」
「だから三度も聞きたくないわよ。電話に出ないの?」
「……君こそ出ないのか?」
 二人は同時に軽く溜息をつき、それぞれ手にした小さな機械に耳を当てた。
 けたたましい音が一瞬にして事切れる。

『あ、メイさん?! あたしあたし。あのねっ、大変なの。聞いて聞いて!』

 耳の中が静かになったのは一瞬だった。
 けたたましさは機械音から人の声に代わり、冥は思わず顔を顰める。

「綾里真宵。何なの。もう少し静かに喋れないかしら」
『そんなコト言ってるバアイじゃ、ないんだってばー!!』
 電話の向こうの真宵は冥の言うことを無視してさらにボリュームを上げた。
『あのね、落ち着いて聞いてね!』
 真宵はそう言うと、間をおいた。
 溜め置かれた時間が少々わざとらしい。

『あのね、御剣検事が、ついさっき逆ナンパされてたの!』

「………………え? 何ですって?」
 予想のはるか斜め上を行く真宵の言葉に、冥はそう訊くのが精一杯だった。
『だからー、みつるぎ検事がさっき女の人に言い寄られてたの! すごく綺麗な女のひとだったよ!』
「……あなた、何を言ってるの……?」
『メイさん、悠長なことしてたらだめだよっ! みつるぎ検事が取られちゃうよッ!!
 みつるぎ検事ああ見えてモテモテなんだからねっ!』
「何よそれ……レイジがそんなこと」
『と・に・か・く! 今すぐみつるぎ検事と会ってきたほうがいいよ! じゃあねっ!』
「待っ……」
 静止の言葉が終わらぬうちに電話は切れていた。
 溜息をつきながら隣を見ると、ちょうど電話を終えた御剣と目が合う。
「………」
「………」
 お互い言いたい内容はわかっていたが、しばらく言葉が出てこない。

 先ほどの電話で、冥は真宵の向こうに別の声を聞いていた。
 法廷で何度も聞いた、青く尖った人物の声。
 真宵の声が大きすぎたので内容までは聞き取れなかったが、今日も青いスーツを着ているだろう男が、真宵の向こうで誰かに電話を掛けていたこと位は聞き取れた。 
 同じようなことが御剣の受けていた電話でも起こっていたはずだ。
 すなわち、御剣に電話をかけてきた男の後ろから、霊媒師見習いの少女の声が聞こえてくる……。

「どうやら君の電話の相手は真宵くんだったようだな」
「あなたの方は、成歩堂龍一からね」
「うム。内容のほうも……」
「ほぼ同じでしょうね」
「君が、そこそこのいい男にデートに誘われていた、と成歩堂は言っていた」
「私は、あなたが綺麗な女性にさっき『逆ナンパ』されていた、と聞いたわ」
 二人同時に、溜息が出た。

 真宵と成歩堂が何を思ってこんな電話を二人に掛けてきたのか、推理すれば下衆な結論に辿り着きそうだが、あえてそうしたくは無かった。
 少なくとも言えるのは、電話の内容は全くの嘘であるということ。
 御剣が『さっき』誰かに言い寄られるはずがない。
 今日はずっと、彼と一緒にいたのだから……。

「全く……。こんな面白くもない冗談を良く言えたものだわ」
 携帯電話を鞄にしまいこみながら吐き捨てる冥に、御剣は少し口角を上げた。
「ほう。君はさっきの電話の件を『冗談』、つまり嘘であると結論付けたのか」
「当たり前でしょう。レイジは今日は私と一緒にいたじゃない」
「確かに、それは真宵くんの言葉を嘘と決定付ける一番の証拠だな」

 一度は始動していたはずのエンジンが止まっていた。
 電話の最中に御剣が切ったのだろう。
 しかし再びエンジンをかけなおす気配はない。
 御剣は何かを一心に考えているように見える。
「レイジ。あなたもさっきの電話については真実とムジュンしているって結論なのよね?」
 冥が尋ねると、御剣はその問いに肯定も否定もしないまま話を始めた。

「成歩堂は真宵くんと違って『今日の段階』で君が男に言い寄られていると言ったわけではない。
 昨日の話をしたのかもしれない。昨日はお互い、忙しくて顔も見ていないからな」

 確かに、同じ検事局内にいたにもかかわらず、昨日は顔を合わせていない。
 昨日どころかもう何日もその状態だった。
 しかしそれは逆に言えば仕事が詰まりすぎているからで……。
「何言ってるのよ。私は誰かにそんな誘いなんて……」
 疑いの言葉らしきものを投げかけられていい気なんてしない。
 思わず反論しようとした冥を御剣は片手を上げて制した。
「いや、すまない。君が仕事中に誰かの不埒な誘惑に引っかかるような人間ではないことは良くわかっている。
 それに常に鞭を持っている君を誘う男はそう滅多にいない。
 以上の理由から、先程の成歩堂からの電話は『嘘』だと結論付けられる」
 謝罪。正しい結論。その結論を導いた理由。
 全てに先手を打たれて、冥はもうそれ以上言うことがなくなってしまった。

 どうせ嘘をつくならもっとしっかり段取りしてほしいものだ、と冥は思った。
 こんなにすぐに暴かれるものではなく、隣にいる男がうろたえて慌てるくらいの。
 霊媒師見習いはともかく、あの弁護士の方は御剣と何度も議論を交わしているはずだ。一筋縄ではいかないことくらい解っているはず。
 それなのに、こんな陳腐な嘘を……。
 そこまで考えたところで、冥の理論は破綻した。
 いくら重厚な嘘を重ねても、隣にいる七歳年上の検事がそれに騙されるはずがない。
 同じ師匠に師事したのに、彼は一歩先に検事になった。はじめは一歩だった差が、気付けばもう追いつけないところまで広がっているように感じる。
 そして、遅れを取ってもたついている冥を、御剣はさして気にしていないのかもしれない。

 御剣がどういう意図で自分とプライベートな時間を過ごすのかはわからない。
 しかし冥の方は、誘いを受けたらまず何を着ていくかを考えた。
 美容院に行く時間はあるだろうかとスケジュールを見直したし、当日は待ち合わせの何時間も前に起きてシャワーを使ったり、パックをしたり、滅多に使わない高い香水を纏ったり……。
 念入りに髪を整えて、選んでおいた服がおかしくないか何度も見直す。
 外に見えることはない下着にまで気を使った。
 それが大人の女として、異性と会う時のマナーだと思ったからだ。

 そんな冥の苦労など気にもかけず、御剣は穏やかな顔で彼女をエスコートをして、子供を引率する教師のように玄関先まで送り届けて去っていく。
 別れ際、手の甲に落とされる唇ひとつ取っても、嫌味なほどスマートだった。
 冥は今までに何度もこれはデートなのかと自問自答したが、答えが出ないのは御剣が余りにも余裕すぎるからだ。
 隣にいる御剣の態度は、自分が十三歳だったときと何も変わっていない。洗練されてはいるが、所詮はただのお守り。
 子供を相手にしているつもりなのだろう。
 きっと御剣は、誰かがどんな嘘をついても動揺なんてしないし、冥がどんなに身支度に気を使ってもそこに女性らしさを感じることなんて……。

「……まだ今の話には続きがあるのだが、話してもいいだろうか」

 冥が結論に辿り着く寸前に、沈黙が破られた。
「続き……ですって?」
 単なる不快な電話で片付けられる話だと思った。
 これ以上どんな続きがあるのと言うのか……。
 冥が続行を許可すると、御剣はまるで法廷に立っているときのように、手振りを交えて話し始めた。
「確かに成歩堂が掛けてきた電話の内容は嘘だろう。
 しかし、それはあくまで『今現在は事実ではない』というだけに過ぎないのではないだろうか」
「どういうこと?」
「つまりだな……」
 言葉に詰まったようにごほんと咳払いをする、その御剣の仕草が、いつもと違ってそわそわしているように見えた。

「今後、君を誘う男が現れない保障はない」
「……え?」
「成歩堂は『いつ』君が口説かれていたのか時間を指定しなかった。
 それが今現在より過去のことなら嘘だと解るが、未来の話となると全くの嘘ではなくなる。そうではないか?」
 そんなことを聞かれても答えられるわけがない。
 冥の沈黙を肯定と取ったのか、御剣はさらに話を続けた。

「君自身は気付いていないかもしれないが、君はとても魅力的な女性だ。隣に立てることを誇りに思うほどに。
 そんな君がいつまでも放って置かれるわけがない。
 たとえ君が拒否しても、鞭を乗り越えて奪いにくる男がこの先現れるかもしれない。
 そんな未来はさほど遠くないように思うのだ」

 畳み掛けてくる言葉の一つ一つがいつになく甘く、冥の鼓動を急速に支配する。
 途中までは必死に抑えたが、後は納まるのを待つしかなかった。
 何を言ってるのこの男は。
 こんな狭いところで、歯の浮くような青臭い台詞……。
 反則よ。

「それで……」
 胸が落ち着くまで、ゆうに二分はかかったかもしれない。
 冥がやっとの思いで搾り出した声は酷く掠れていた。
「それで、レイジは、自分が出した結論に対してどういう感想を持ったの?」
「感想か。そうだな……。素直に答えるならば、嫉妬した。未来の君と、君を攫う男に」
「嫉妬?」
 彼の口から零れ落ちた言葉に、冥は一瞬ポカンとしてしまう。
 しかしその言葉とは裏腹に、目の前の御剣は涼しい顔をしていた。
 まるで「面白いことを口にしてみただけで深い意味などない」とでも言いたげに見える。  
「嘘ばっかり。嫉妬しているようには全然見えないわ」
 振り回されている気がして面白くない。その感情が言葉尻に怒りとして混じった。
 しかし御剣は相変わらず涼しい顔で「そうだろうか」と聞き返す。
「そうよ」
 今度こそ冥は御剣から顔を反らした。

 いつだって自分は、この男の一挙手一投足に振り回されている。
 今さっき、鼓動が制御できなくなったように。
 もう何年も前からずっとだ。
 先に検事になっていつもずっと先をいくこの男の後を、バタバタ蜿きながら着いていく。
 気にも留められないのにメイクの具合を調節し、ブラウスの皺を気にして、面倒臭い靴を履く。
 そんなことをしているのは一体誰のため……?

「――――?!」

 懊悩の途中で、強く身体を引き寄せられた。
 あっという間に顎を捉えられ、そのまま唇を塞がれる。
 抵抗しようとした冥の両手首は御剣に押さえ込まれ、キスは深度を増した。
 絡みついてくる舌から逃れられず、なされるがまま受け入れるしかない。

 唇が離れても、手首の拘束が解かれることはなかった。
「どうして、こんな……」
 冥が息も絶え絶えにそう聞くと、御剣は答えた。

「……少なくともこのぐらいは嫉妬している」

「レイジ……」
「わかってもらえたようだな」

 手首の拘束がそっと解かれた。
 それでも動くことさえ出来ない冥の耳元に御剣の唇が近づく。
 火照った耳朶に触れそうな位置で、囁かれた言葉。

「もう一度、君を部屋までエスコートしても構わないだろうか」


 ******************


 おぼつかない足取りで御剣の部屋の前まで戻り、二人で玄関をくぐる。
 マンションにしては広めのその空間で、御剣はまだ靴も脱いでいない冥の足元を空中に攫った。
 玄関を上がりきったところでその足から靴を剥ぎ取るように脱がせ、下に放り投げる。
 腕にかかる重みを確かめながらつい先刻まで過ごしていたリビングを通り過ぎ、その奥の部屋へ進んだ。
 抱えていた華奢な身体をベッドに横たえ、そのまま組み敷いて唇を奪う。
「んっ……」
 長いキスの合間に、触れ合った唇の隙間から吐息が漏れた。   

 唇を離した後、ブラウスのボタンを少し開け、白い肌を露出させる。
 そのまま手を中に差し入れようとしたところで、動きが止められた。
「……待って」
 冥のか細い指が御剣の腕を掴む。 
「申し訳ないが、待てない」
 即刻却下。
 それでも冥は頭を横に振って抵抗した。
「あの、シャワーを……」
「構わない。このままでいい」
「でも……」
「では、言い方を変えよう。……このままがいい」
 身体を覆っていた布を全て取り去ると生まれたままの姿が剥き出しになる。
 予想以上になまめかしく美しい身体に、御剣は思わず見惚れた。
 しかし冥はその視線を遮るように身体を手で覆い隠す。
「隠さずに見せてほしいのだが」
「嫌っ」
 冥はただただ、首を横に振るだけだった。
 羞恥心と不安からか、華奢な肩が震えている。 
「君を部屋に呼ぶ度に、本当はこうしたかった。願いが叶って気持ちが急いている。済まない」
 ここまで来て止められる筈が無かった。
 心の中にあるものを全て打ち明けて、懇願するしかない。
「こんな気持ちはずっと隠し通そうと思ったが無理だった。
 日に日に綺麗になる君を目の前にして、いつまでも年上ぶった検事ではいられないのだ」
「………」
「続けさせてくれないだろうか」
 返事を聞くかわりに、抱きしめて唇を交わした。
 今度はすんなりと舌の侵入を許した冥から、合意のサインを感じ取る。

 柔らかな白い胸に唇を落とし、色づいた頭頂部を口に含むと、組み敷いた身体がびくんと動いた。
 そのままゆっくり舌を動かすと、冥の表情が次第に乱れていく。
「んっ……」
 冥の形の良い唇から吐息とともにかすかな声が漏れ、御剣の理性をくすぐった。
 硬く膨れるまで舌先で弄んでから口を離すと、もっと下へ触れたくなる。
 見事なカーブを描く腰を経由してすらりとした脚に辿り着き、それを開いて間に自分の身体を滑り込ませた。
 一度引き寄せてキスをしてから、茂みの中を静かに探る。
「やっ……! そこ」
 ある部分に触れたところで、冥は激しく反応した。
 そのポイントを丹念に擦り上げる。
「やっ……あっ…んっ……駄目っ」
 刺激する度に引き出される甘い声が、御剣の行為を次第にエスカレートさせていった。
 撫で上げるだけだった指を、中に侵入させる。
「嫌っ……!」
 まずは内側の、絡みつくような感覚を味わった。
 ゆっくりとほぐし、かき混ぜる。
 指がほんのり濡れ始め、それが溢れてくるまで丹念に愛撫を続けた。 
「聞こえるか」
 溢れる蜜で生まれた音を、わざと聞かせるように泡立てる。 
「んっ……もう、嫌っ……」
 嫌と言うのは口だけで、冥はすっかりされるがままだ。
 駄目と言いながら漏れる熱い吐息が、煽りだとしか思えない。
 頬を染め、涙を浮かべながら悩ましげに悶える冥を見下ろしながら、御剣は屹立する欲に耐えられなくなってきた。
「冥」
 指を引き抜き、名前を呼んで、口付ける。
 大きくなった先端を、先程まで指が探っていた入り口に押し当て、軽く擦った。
 冥の身体から染み出した液体が全体に絡みつき、卑猥な音を立てる。
「レイジっ……」
 息も絶え絶えに自分を呼ぶ彼女を抱きしめながら十分に慣らした後、そのまま押し広げるように挿し入れた。
「……っ、痛っ!」
 割って入った瞬間、冥の顔に苦悩が浮かぶ。
 深く腰を進めるほどその表情はさらに険しくなり、シーツを握る彼女の指が力みで真っ白になった。
 未経験かどうかは聞かなくても解る。
 痛みに耐える冥には申し訳ないと思いながら、御剣は喜びで心が震えた。

 冥の中に己を納めきり、しばらくそのまま内部の感触を堪能する。
 初めて他人の侵入を許したその部位は、御剣をきつく締め上げていた。
 物理的な快楽と心理的な快楽で早くも理性を手放しそうになる。
「動いてもいいだろうか」
 腕の中でじっと耐えている冥にそう訊くと、なんとも不安げな表情を返された。
「……無理難題を言っているのはわかっている。済まない」
 御剣の問いに対し、冥は是非を示さなかった。
 ただ潤んだ瞳で見上げながら、震える声でこう言った。

「私とこうなったことを、あなたは嬉しく思ってくれる……?」 

「嬉しいに決まっているだろう……!」
 細い腰を持ち上げ、身体の芯に向かって幾度も突いた。
 悲鳴のような声が上がり、ベッドの軋みと共鳴する。
 繋がった部分から何かが溢れ、動くたびに粘りつきながら淫らな音を響かせた。
 締め付けられる快感に、限界が身体を駆け上がってくる。
 衝動が溢れる寸前で己を引き抜くと、ほぼ同時に熱く滾った欲望が放出され、それは冥の胸から腹を派手に白く汚した。


 冥の姿はバスルームに消えてしまった。
 もっと余韻を楽しみたかったが、色事の名残を残すベッドシーツを見て、冥がそこへ駆け込んだのも無理はないと思った。
 真っ白な布の上に残る、初めての証。
 同じ色で染まった身体を、拭き清めただけでは心許ないのだろう。

 かすかに聞こえるシャワーの音に耳を傾けながら、成歩堂と真宵が掛けてきた電話を思い出した。
 あれはただの下世話な悪戯だったのかもしれないし、もう少し深い意図があったのかもしれない。
 そんなことは解らないが、ただ、自分の気持ちを打ち明けるきっかけになったことは確かだった。

 二人だけで会うとき、冥はいつも一部の隙も見せない。
 いつの間にか大人の女性の色香を纏っていて、そんなものをどこで身に着けてきたんだろうと会うたびに驚いた。
 時には、彼女にこんな表情を教え込む誰かが他にいるのではないかと、一人で煩悶したこともある。
 自分の方が彼女より七歳も上であるというプライドだけで紳士的な態度を保っていたが、限界だった。
 このままではいつまでもただの同僚として終わるか、もっと可能性が高く最悪な結果として、合意無しに押し倒すようなことをしでかしたかもしれない。
 それほど気持ちが翻弄されていた。

 ――不本意ながら成歩堂たちには感謝しなければならないな。

 そう思いながら御剣は乱れたシーツをベッドから引き剥がした。
 それを目にして、必要以上に照れ屋な彼女が困惑しないように。  
最終更新:2010年11月13日 15:58