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戦後パロ娼館で再会編

  • エロなし
  • NTR気味
  • 最後に若干黒ミツ


戦争が終わり、ようやく帰ってきた国は何もかも様変わりしてしまっていた。

多くの華族は取り潰され、あの狩魔家すら例外ではなく没落し、冥の行方はようとして知れない。
御剣はただ噂だけを頼りに冥を探し続けた。

こんな場所に冥がいる筈はない。
大体その娼婦は白痴で、冥とはまるで人となりが違うではないか。
何度打ち消そうとしても、御剣には疑念が消せずに古びた洋風の娼館の前に立った。
メイという名の泣きぼくろのある娼婦を確認せずにはいられなかったのだ。


カララン…
扉に付いた鐘の音が館に響く。
だらしない洋装の年増女が近付いてきた。
「いらっしゃい、お客さん初めて見る顔だね。随分いい男じゃないか」
きつい香水の匂いが御剣の不快感をあおる。絡み付いてくる腕を払うと舌打ちをされた。
「ここにメイという名の女がいると聞いたが」
「あんたもあの子目当てかい。全く男ってのは…頭の弱い女がいいなんてね。
メイ!メイ降りといで!」
大声で上の階に呼び掛ける。
きしきしと軋む階段から降りてきたのは
単の着物に緩く帯をしめただけの
冥とはまるで雰囲気の違う女で
だが見間違えようもなくそれは冥だった。

「いらっしゃいおきゃくさん」
ゆるゆるとした動き、舌足らずな声…
幼い頃ですらこうではなかった。冥は利発な少女だった。
だが目の前に立つ娼婦は
少し面やつれこそしたものの
髪も目鼻立ちも輪郭も肌の白さも
そしてほくろの位置も寸分たがわず冥そのものだ。

「冥…本当に冥なのか?」
声が震える。恐る恐る肩に手を置くと、冥がゆっくりと首を傾げた。
「おきゃくさんまたきてくれたの?」
「馬鹿だねぇ、この人は新顔だよ。
お客さんこの子の昔の知り合いかい?」
年増女が煙草をふかして笑った。
「華族のお嬢様だったらしいけど、ここに来た時からずっとこうだよ。
どんな客が毎日通っても顔一つ覚えやしない。
まぁそこがたまんないみたいだがね」
「黙れ!」
かっとなって脇のテーブルを叩いた。拳より心が痛かった。
「冥、君はここにいてはいけない。私と行くんだ」
「ちょいとあんた!」
「やあ!はなして!」
冥の手を取り扉に向かおうとすると年増女だけでなく冥まで声を上げ出した。
騒ぎを聞き付けて娼館の主らしき男が走ってくる。
「なんだいなんだい。暴れないでくれよお兄さん」
「彼女はここにいるような人ではない。即刻辞めさせる!」

御剣の言葉にも主はひるまなかった。
むしろ御剣を脅すように睨みつけドスの聞いた声を出す。
「あんた何様だい?
この子は借金のカタに売られたんだ。
辞めさせたきゃ金積んで身受けでもするんだな。
メイ、こっちに来い」
冥は御剣の手を払って年増女の影に隠れた。
「……いくらだ。いくらで彼女を解放できる」
「うちの稼ぎ頭だぜ。まあ…こんなもんだな」
何処から取り出したのか算盤を弾く。
「わかった。必ず金は用意する。
だから二度と彼女に客を取らせるな」
「兄さん冗談言っちゃいけねぇよ!
あの子目当ての客は日に何人も来るんだぜ?
それにあの子は寂しがり屋でねぇ、客に抱かれるのが嬉しいんだよ」
「ふざけるな!冥はそんな女ではない!」

カララン…
館の扉が開き、入ってきた老人は騒ぎに驚きながらも冥の姿を見て、にやついた笑顔を見せた。
「旦那またいらしたんですかい」
「メイや、今日も会いに来たよ」
「おきゃくさん?」
冥が年増女の影から出てきた。
「待て!冥に客は取らせないと言った筈だ!」
老爺と冥の間に立ち塞がる。
御剣に力では叶わないだろう主が用心棒を呼ぼうとする間に、年増女が口を開いた。
「お兄さん、ここにはここのルールがあるんだよ。
ジイさんの相手をさせたくないなら、あんたがこの子の時間を買うんだね」

御剣はこれ程屈辱を感じた事はなかった。
泥水をすすり木の皮をかじり革靴さえ噛んで飢えをしのいだ時さえあった。
それもこれもただ冥に再び会う日を夢見て耐え忍んだのに。

出征前にたった一度だけ触れる事の許された冥の体。
もう一度触れる日をどれ程待ち望んだか知れないというのに。

だが今金を払わねば冥はこの老爺に体を開かされる。それだけは避けたかった。
財布からなけなしの札を全て出し主人に投げ渡しす。
「一時間ってとこだな。旦那、申し訳ありやせんが…」
「ならわしは酒でも飲んで待たせて貰おうかの」
年寄り相手に拳を降り下ろしてやりたくなる衝動を必死に堪える。
「メイ、このお兄さんを部屋に案内するんだよ」
御剣を導いて階段を登るメイはまだ微かにおびえていた。
「おきゃくさんやさしくしてね、こわいのはいやよ」

部屋はベッドの脇にごちゃごちゃと客からの貢ぎ物らしき品が積まれていた。
御剣はその一番上にある小さな布人形に目を奪われる。
これだけは他のキラキラした箱や真新しいセルロイド人形とは違い古ぼけていた。
「それ、かわいいでしょ」
冥が布人形を胸に抱いて嬉しそうに撫でる。
「冥……」
御剣は冥を抱き締めながら涙が堪えきれなかった。
「どうしてなくの?」
「覚えていないのか、何も」
「うん…わかんない」

幼い冥が可愛がって片時も離さなかった人形。
犬に取られて千切れた足を取り返したのは御剣だった。
長じては部屋の片隅に飾られているだけだった、冥が下男だった御剣を側に置くきっかけになった人形。
これだけを持ってここに来たのか。
何もかも忘れても、この人形だけは肌身離さずにいたのか。
豪奢な衣装も宝石も屋敷も、その記憶すら手放して、布人形だけを供にして娼館に売られて。
冥がただ哀れでならなかった。
「おきゃくさんさみしいのね、かなしいのね、よしよし」
御剣を忘れた冥は、優しく男の背を撫でた。
白痴となってもその手の感触は変わらず…
胸が締め付けられて、唇を寄せることさえできなかった。



きっかり一時間で娼館から追い立てられた御剣は、砂を噛む思いで窓を見上げた。
あの部屋で、冥は──あの男と!
焼けつくような思いが胸に渦巻く。

金だ。金がいる。
冥を取り戻す為に。
冥を他の男から守る為に。
その為ならどんな悪事にだって手を染めよう。
一秒でも早く囚われた冥を解放する為になら、悪魔にだって魂を売り渡していい。

血の味を噛み締めながら、御剣は雑踏の中に駆けて行った。
最終更新:2010年02月02日 02:01