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2012/07/07の続き

 あれから夜になっても冥が起きてくる気配はなく、御剣は何度か扉の前を行き来した。
 夕食はどうすればよいだろうか、ということに気づいたからである。
 体調が悪いのであれば、どこかへ食べに行くのも難しかろう。
 しかし自分が作れるのかどうか――冷蔵庫を覗いても、大したものは入っていない。
 台所をしばらくうろうろしていたところ、若干顔色を回復させた冥が部屋から出てきた。
「休ませてもらってありがとう。そろそろ帰るわ」
 足元がおぼつかない冥を見て、御剣は不安になる。
 今日はたまたま糸鋸刑事がいたからよかったが、もし誰もいないところで倒れたら――しばらく思案して、口を開く。
「メイ、ひとつ相談なのだが」
 御剣なりに懸命に思案した結果を告げたら、みるみるうちに冥の顔が赤くなっていく。
「バカのバカなバカバカしい話だわ!」
 冥は声を荒あげたあと、酸欠のためかふらついた。
 支えようとした御剣を視線の鋭さだけで制す。
 御剣が提案したのは、日本にいる間、御剣の家にいればいいのではないかということだった。
 仕事がある間は送迎できるし、休日は気の向くままに二人でどこかへ行ってもいい。
 何より体調が万全とはいえない彼女が、一人きりでいる時間が少なくなることは非常に重要だ。
 過去に御剣がアメリカへいったときは狩魔邸に泊まっていたのだから、その逆もいいのではないか――そう告げても彼女はいい顔をしない。
 どうしてなのかと考えた御剣は、ひとつのことに思い当たり、顔をわずかに赤くして咳払いをする。
「メイ、さきほどは、その、悪かった。ひとつ約束をしよう」
 冥は瞬きをする。
「キミがこの家にいても、その、あんなことは二度としない」
 何を言っているのかわからない様子で、冥はしばらく何度も瞬きをした。
 しかし思い出したのか、さきほどよりさらに顔を赤くして、冥は御剣を殴った――鞭は手にしていなかったから。
 非常に痛烈なパンチで、鞭と拳とどちらがましかはわからない。
「な、何を考えているのよ! 御剣怜侍!!」
 ゆでだこになった冥は、興奮で頭に血がのぼって強い目眩を感じたのか、ふらふらと座り込んだ。
 いわんこっちゃないと御剣も近くに座る。
「なにより心配なのだ、キミが一人のときに倒れたりでもしたら、私はどうすればいい」
 本音を素直に吐露すると、少しは落ち着いたのか、冥はやや視線をうつむけて、唇を尖らせた。
 体調が悪い自覚はあるようだ。
 態度が軟化しているときに畳み掛けておくのが一番だということを、長い付き合いで把握していた。
「では、決まりだな。キミの荷物を引き取りにいくとしよう。ホテルに連絡してもらおうか」


 ホテルに連絡してもらい、御剣は車で向かう。
 彼女自身の荷物はまとまっていて少なかったが、日本で増えたのだろう、資料の束が段ボールに入っていた。
 持ち帰るのは容易とは言いがたかったが、なんとか車に詰めることができた。
 シートベルトをつけながら、重いため息をつく。
 あのときの冥の様子に、御剣は若干の落胆を覚えたのである。
 押し倒してしまったときは、拒絶も受容も無くただ驚いているだけだったし、その点について謝っても最初のうちは理解していないようだった。
 御剣自身は女性である冥に対して、故意ではないにせよ押し倒してしまって申し訳ないと思ったのだが、彼女はなんとも思っていなかったようだ。
 御剣にとって冥は特別な女性なのだが――最高のパートナーだと言ったときも、その言葉は理解されなかったようだし。
 つまりは、そういうことなのか――自分は男として見られていないのか。
 もやもやとしたまま車を発進させて、途中で冥が指定した食料を買い込んで、帰路につく。

 玄関に入ると冥の靴があって、それだけでもやもやは晴れて、温かい何かが心に満ちた。
 誰かが待っている家というのはよいものだ。
 ただいまと声をあげると、おかえりなさいと少し拗ねたような声で冥が出迎える。
 出掛ける前に汗を流したいと言っていたので着替えを貸したのだが、やはりだいぶ大きかったようで、上衣のそでとズボンのすそをめくりあげていた。
 それでもすそをひきずって、歩きにくそうにしている。
 幼い頃に冥が会えない寂しさのあまり、豪のパジャマを着て寝ていたことをふと思い出して、笑みがもれる。
「何よ」
「いや、だいぶ大きかったな」
「本当よ。バカみたいに身長が伸びて、何を考えているの」
 身長が伸びたのは御剣の意思とは関係がないはずだが、笑って受け流す。
 こういったことにいちいちつっかかっては、そのうち本気の口論になってしまう。
 部屋へ荷物を運ぼうとすると、その前にと御剣を制して、冥はいくつかの紙の束をとりだす。
 御剣は眉を潜めた。
「これから仕事をするつもりか?」
「大袈裟ね、資料を見るだけよ」
 彼女の仕事の仕方は知っている。
 資料を見て疑問を覚えたら、とことん最後まで調べ尽くすのだ。
 それで過去に何度も徹夜して、無理をしていたことを御剣は知っている。
 ひょいと資料をとりあげる。
「今日はだめだ。大人しくしていろ」
 御剣の本気の声音を感じ取ったのか、冥は反抗はしなかった。
 そしてゼリー食と栄養剤を流し込んだあと、不満そうに呟きながら部屋へと戻る。
 扉は静かに閉められたが、逆に不機嫌さを強調しているようでおかしい。
 夜も遅いし、彼女はこれから眠りにつくだろう。
 明日は休日だ。
 でかけることはさすがにできないだろうが、久しぶりに二人でチェスでもできるだろうかと御剣は笑った。

おしまい。
最終更新:2012年07月13日 18:34