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ある日の裁判所、御剣は廊下に鈍く光る小さな物を見つけた。
心あたりのあるそれを御剣は素早く拾うと、尻ポケットにおさめ何食わぬ顔で歩を進めた。


成歩堂法律事務所を尋ねると、ごったがえしていた。
季節はずれの大掃除中だと聞いて出直そうとしたが、ちょうど休憩するところだと言う成歩堂と、真宵からは実際に背中をおされて、御剣はソファに寛ぐことになった。
テーブルに真宵が用意した緑茶やクッキーが整ったところで、御剣は用件を切り出した。
「先ほど、裁判所で拾ったのだが。」
御剣が差し出したそれを見て、成歩堂は狂喜の雄叫びをあげ、真宵は一瞬顔を蒼白させた後に、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「なるほどくん!!!」

裁判所で拾ったのは小さなまが玉だった。
御剣は、成歩堂がまが玉を肌身離さず持っていたのを覚えていた。
「『依頼が片付いたし、キリがいいから掃除しよう』なんて。変だと思ったんだよね!」
「はみちゃんまで巻き込んじゃったし!このお詫びはしっかり頂くからね!」
怒りで声が大きくなる真宵の袖を引っ張り、ソファに座らせると、成歩堂は、春美ちゃんには内緒で、と小声で真宵を拝んだ。
キリが悪いからと、春美はまだ奥の水回りの掃除に熱中している。
真宵はイマイチ迫力のない睨みをきかせながら、高くつくからね、と口を尖らせた。
そのタイミングで、春美が応接ソファのもとにやってきた。
「みつるぎ検事さん、お久しぶりです。遅れて失礼いたしました。」
不思議な形に結っている頭をぴょこりと下げる。相変わらず行儀がいい。

春美には内緒、ということは承知したようだが、真宵の表情にはわずかに不機嫌さが残り、成歩堂は居心地が悪そうだ。
御剣は、そんな二人をとりあえず放置し、春美の挨拶に返事をした。
「いや、掃除はいいことだ。捜査が始まると裁判が片付くまで、執務室や自宅の机が書類や法律書などで埋まることはよくある。私自身、そうだ。」
「へぇー!御剣検事でも机が散らかったりするんですか?想像できないなぁ。」
意外だったのか、真宵の顔から不機嫌は消え、手を顎に添えて考えている。
「では、みつるぎ検事さんも仕事が落ち着くと、まとめてお掃除されるんですか?」
春美の質問に対し、掃除とかするのかよ?と成歩堂がツッコミ、御剣はわずかに恥じらった。
「…執務室の掃除はイトノコギリ刑事がしてくれる。自宅はメイがときどき出向いてくれるので、その時に。」
「えーーーっ!!!」
3人のとてつもない大声に御剣は面食らった。

4人がそれぞれに呆然と固まった中、最初に動いたのは真宵だった。
「メ、、メイさんが御剣検事のお部屋を?」
「ム。…おそらく。私がいない間に掃除しているので、現場を目撃したことはないが、完璧な仕事だ。法律書の並び方や分類、新聞の切り抜きなど書類のファイリング方法は彼女も私も師から習った同様のやり方だから見失ったことはないし、部屋も埃ひとつない。」
「狩魔検事って、本当に完璧なんだな…。」
「はい!はーい!質問。」
真宵が挙手をする。
「御剣検事がいない間って、どうやって入るんですか?」
「メイには合い鍵を渡している。」
「ということは、みつるぎ検事さんとかるま検事さんは恋人同士なのですか?」
質問というより断定に近い口調で、すかさず春美が詰め寄った。
成歩堂も真宵も前のめりで返事を待っている。
「ち、違う。彼女はただの妹弟子だ。」
「みつるぎ検事さんはかるま検事さんを好きなのですか?だから、合鍵を渡しているのでしょう?告白はいつなさるのですか?」
「いや、そのようなアレは…」

目をキラキラさせ、うっとりしながら、春美は追究の手を休めない。残りの二人は完全な傍聴人となり、御剣対春美の行く末をニヤニヤしながら見守った。
春美の質問責めは陽が沈むまで続き、御剣はほうほうの体で事務所を後にした。

法廷とは違った緊張を味わわされ、ぐったりした御剣は真っ直ぐ帰宅した。
―――なぜ春美くんの質問にうやむやにしか答えられなかったのか?
自分でもよく分からなかった。
自宅の玄関を開けると、黒いヒールが揃えられていた。
間違いようもなくメイの靴だが、人の気配はなく、部屋も暗い。
不審に思い、リビングの扉をそっと開けると、メイがソファで眠っていた。
部屋は片付けられ、洗濯物がきれいに畳まれている。
メイ自身、色々な案件を抱え、疲れているのだろう。
それにしても、部屋にメイがいたのは初めてで、なんだか胸の内が暖かくなった。
寝室から運んだ毛布をかけてやると、その刺激でメイは目を覚ましたようだった。
「…レイジ!ごめんなさい。つい、うとうとしてしまって。すぐに帰るわ。」
「まだ遅い時間じゃない。もう少し休んでいけばいい。」
今にも飛び出す勢いの冥の腕を捉え、御剣は優しく制した。
「でも…。あなたも帰ってきたし。もうすっかり目は冴えたわ。明日は会議が入っているし、準備しなきゃ。」
「ム。…そうか。」
そう返事をしたものの、掴んだ手を離すのが惜しかった。
「レイジ?」
「あ、ああ。すまない。では、部屋まで送ろう。そのくらいはさせてくれ。」

運転する車内。
御剣は考える。
自室にいたメイ。
何故か離しがたかった細い腕。
成歩堂法律事務所で、磁気嵐にあったように乱されたペースはいまだ戻らず、答えも見い出せないまま、冥のマンションに到着した。

「ありがとう。帰るわ。」
降りかけた冥に御剣は慌てた。
「いや。玄関前まで送る。最近は変質者による事件が多いからな。」
冥は小さくうなずくと、先を歩いた。
玄関ホールで慣れた手つきでオートロックを開ける冥を見て、御剣はまた心を乱す。
御剣は冥に合い鍵を渡しているが、御剣は冥の部屋の鍵を持っていない。

冥がいない間に尋ねる用事はないが、誰か他の男には渡しているのだろうか?
メイはその男の部屋の鍵も持っていて、先程のように部屋で寛ぎ、男の帰りを待っているのか?

「着いたわ。もう結構よ。ありがとう。」
悶々と考えているうちに、冥の部屋に着いたらしい。
「ああ。」
意識が違う方向にいって、返事が上の空の御剣を冥はいぶかしい顔で見る。
「レイジ。あなた、ちょっと変よ。疲れているんじゃないの?」
「いや、そうじゃない。大丈夫だ。」
納得いかない表情で冥は玄関の中に入ると、内側から扉を支えた。
「あがりなさい。お茶、だすから。」

御剣の部屋以上にきれいな部屋。
狩魔の美意識の高さの表すような調度。
初めて上がった冥の部屋を、御剣はついジロジロと観察してしまう。

「ソファに座ってて。」
そう言って冥はキッチンに向かった。
テレビ前のソファに身を落ち着けると、テーブル上に色々な新聞が置いてあるのが目に入る。
様々な言語のそれは、相変わらずの勤勉さを表しており、笑みがこぼれた。
そして、顔を上げ、一つ一つを点検するかのように見ていく。

―――私は何と下品な真似をしているのだ。
自己嫌悪しながら、やめることはできなかった。
男の存在の確認を。

「お待たせ。」
ティーポットと2客のカップを運んできた冥がスムーズな手つきで紅茶を注ぐ。
琥珀色がすっかり注がれてしまっても、御剣は手をつけなかった。
「どうぞ?」
冥が更に勧める。
「あなた、熱でもあるじゃないかしら?」
様子がおかしいままの御剣にそっと白い手を寄せる。
額に優しい感触がしたと同時に、御剣は手を強く掴んだ。

もう暴走する思考を止めることができなかった。

「君は、男の部屋に上がったり、自宅に男を上げたり気易くするのか?茶を振る舞い、様子がおかしければ、心配そうな顔を見せるのか?」
低い声で問い詰められ、冥は戸惑う。
「あなた、変よ。しっかりしなさい、御剣怜侍!」

「メイ!」
強く抱きしめられ、驚きを隠せない。
白い首筋に唇を寄せられ、恐怖で固まった身体をどうにか動かして反抗する。
「いや!やめなさい!…ッ、離しなさい!」
小刻みに震える冥を感じ、御剣はようやく我に返る。

「す、すまない!申し訳ないことをした。」
飛びのくように身体を引き離すと、そのまま床に額をつけ土下座した。
「どうして?何故こんな事を。」
声はわずかに震えていたが、瞳は確かな証言を求め、鋭く光っていた。

「…気付いたのだ。本当は、…ずっと君を…大事に思っていた。…他の男にも同じように部屋に上げたり上がったりしているのかと考えたら…、身体が勝手に動いた。」

自分でもたった今、気付いた気持。
それをうまく伝えることは不器用な御剣には難しく、たどたどしくなる。
「軽蔑しただろう。許されるとは思ってない。仕事以外では、君の前には現れ
いようにする。」

冥の顔を見ず、退出しようとすると声が響いた。
「待ちなさい!バカ!あなたは、いつもそうやってさっさと一人で判断して…、どうして先に言わないの?…どうして私を置いていくのよ?!」

「メイ?」
「部屋を行き来する人なんていないわ。勝手に妄想して暴走して。…私の気持は…どうでもいいの?」

玄関に向かおうとしていた足を冥に向ける。
証拠もなしに馬鹿げた妄想と自分勝手な言動でメイを振り回した。
捜査や裁判と同じく手順を踏んで、自分の気持ちを証明し、相手の気持ちを確認するべきなのに。
筋道を飛ばした自分が愚かしかった。

横に座り直すと、うつ向く冥の顔を両手で包み、涙が浮かぶ目を見つめた。
「メイ、君が好きだ。」
穏やかな表情で告げられ、冥も優しく微笑む。
しかし、すぐに目線をきつくする。
「最初からそうするのが本当だわ。バカがバカな妄想でバカな振る舞いをして、暴行で訴えられてもおかしくないのよ!」
「面目次第もない。」
責められ、御剣は力なく返事する。鞭が近くになかったのは幸いだった。
「でも、合意があれば、ね。」
含んだ言い方に御剣は顔を上げる。
「メイ、それは。」
ゴクリと喉がなった。
「私も、レイジのこと…。」
そう言って、はにかんだ冥が愛しく、大切に抱きしめる。
しばらくそうして、御剣は今日ようやく落ち着いた気分がした。

「メイ。」
「何かしら?」
「続きをしてもいいだろうか?」
「いちいち確認しないで!」
軽く頬をつねられ、はずした跡に優しくキスを受ける。
二人はこれ以上ない程、暖かく幸せな夜を過ごした。


「まぁ、メイとそういう仲になったことを知らせておく。」
忙しいのか照れなのか、短い報告のみで通話は切られた。
「真宵ちゃん、御剣が狩魔検事と付き合うようになったって。」
「お!結構早かったね。ちゃんと自分の気持を認めたんだね。良かった、良かった。この真宵ちゃんが人肌脱ぐとこだったよ。」
「余計なことを…。おかしなことを起こす前で、本当に良かったよ。」
ホッと安堵のため息をつく。

偶然だが、成歩堂と真宵はとっくに気づいていた。
あの日、春美に追究された御剣の頑なサイコロックに隠された真実に。


おわり

最終更新:2010年09月22日 21:05