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戦後パロ娼館で再会後


闇市で肉体労働をこなし休む間もなく進駐軍の為に働く。
いくばくかの金は貯まっても、見受けにはまるで足りない。
金を借りる当てもない。
いつになったら冥を取り戻せるのか。

この金を握りしめて娼館に行けば冥に会える。
だがそれでは冥に群がる男どもと何一つ変わらない。
ならいつ冥を見ることができる。

絶望が支配する日々の中、全てを忘れて黙々と働くしかなかった。


「あれ~?お前、御剣じゃね?」
ある日、身なりのいい男が声をかけてきた。
無視をしたが、回りこまれて顔を注視される。
「覚えてねえか?俺だよ、ヤ・ハ・リ!
ガキンチョの頃以来だなー元気してたか?
ひでー顔しやがって、飯でも奢るぜ!」
バシバシと背中を叩かれ、闇食堂に促された。

「ま、ま、食えよ。
お前には弁当の借りもあるしな!」
まだ父が生きていた頃、昼休みに弁当をよく分けてやった事か。
人のお情けを受けるのは気が咎めたが、借りならば有難く返して貰う事にした。
久々のまともな食事が五臓六腑に染み渡る。
「随分苦労してるみたいじゃねーか」
「お前は羽振りがよさそうだな」
「わかる?俺様、今は新進気鋭の美人画家よ」
懐から新聞だか雑誌だかの記事を取り出した。
『死の淵から生還した元特攻隊員が描く生への賛美!』
『大和撫子も西洋美女もお手の物』
『写真を元に生き生きと描く女性は進駐軍からも注文が相次ぐ』
大層なあおり文句が並ぶ。

「向こうさんがクニに残してきたヨメさんの絵がまたウケるのよ。
ま、一緒に愛人の絵も頼まれたりする訳だけど」
子供の頃のコイツは貧しく成績も下の下、悪タレそのものだった。
しかし昔からやたらと手先は器用で、憎めない奴だったのを思い出す。
「金には困らねぇんだけど使い道がなくてよ。
何しろ女を金で買う必要もないし。メシは進駐軍の横流しだし。
だから遠慮なく食ってく」
「矢張。昔のよしみで頼みがある」
プライドなどとうにドブに棄てた。
御剣は一度も掃除された事のない汚れきった食堂の床に跪いた。


再会から一週間後、御剣は約束の金を工面して冥を迎えに来た。

「どこにいくの?ごはん?」
「私の家だ。狭くてすまないが…」
「よるにはおみせにもどる?」
「…ここには二度と戻らない。君は私と暮らすんだ」

娼館を後にしようとする二人に声をかけたのはあの年増の娼婦だった。

「お待ちよ、ほらこれ餞別だよ。取っときな」
冥に渡してきたのは小さく折り畳まれた紙幣。
「こんなものは受け取れない」
「お兄さんにやったんじゃないよ。この子には恩があるからね」
「恩…だと?」

あたいが男に捨てられて…まぁ客に騙されたんだけどさ。
甘い言葉に騙されて、身受けしてやるからって有り金全部持ってかれて逃げられたんだよ。
悔しくてねぇ、店の裏で大声出して泣いちまったのさ。
そしたらこの子が寄って来て「どうしたの?」なんて聞いてくるじゃないさ。
つい怒鳴って当たりちらしちまったよ。
「あんたみたいな馬鹿に惚れた男に捨てられた気持ちなんてわかんないよ!」ってね。
どっかに行くと思ったのに泣くんだよ。
「すきなひとがいなくなったの?」とか言ってさ。
訳を聞いても「わかんない」としか言わないし…
でも「ここがいたい」って胸を押さえてたかね。
二人でわんわん泣いて、その日は商売にならなかったよ。
まぁ次の日にはこの子は何にも覚えちゃいなかったがね。
でもここは飯も有料だろ?
文なしになっちまったあたいの飯代を出してくれたのはこの子だけだったんだよ。


「…ってな訳だからこれはこの子の飯代にしとくれ」
「…しかし…金がないのだろう」
「あんた、何を担保にしたか知らないがどうせ借金だろ。文なしよりタチが悪いじゃないか」
「ぐっ!」
「それとも兄さん、あんたあたいに金で買われるかい?あんたになら金払っても抱かれ」
「それは出来ない相談だ」

「ははっ!わかりやすいねぇ。いいよいいよ。
それに持ってくのはその人形だけなんだろ?服も古着みたいだし。
メイ、あんたが客から貰ったプレゼントは服も靴もみ~んなおくれでないかい?
金目の物は売っぱらっちまうからさ」
「うんいいよ、ぜんぶあげる」

冥の頭を撫でた女はぼろりと涙を流して御剣に言った。
「この子を幸せにしてやるんだよ。
兄さんがこの子の『すきなひと』なんだろ?
よかったねぇ…ホントによかったねぇ」
泣きながらハンカチで鼻をかむ女に初めて好感を持った。


「冥、行こう。
貧しい暮らしになるが、君に不自由な思いをさせぬよう精一杯の努力をすると約束する。
暫くは着たきり雀だが、稼ぎができたら服も買おう」
「おにんぎょさんのおようふくもかってくれる?」
「ああ、君と揃いの服にしよう。昔のように」
「おにんぎょさんよかったね、やさしいおきゃくさんで」
「私はレイジだ、呼んでごらん」
「レイジ、ありがと」
にこりと笑った冥は、幼い頃と同じだった。
いつか元に戻る日が来るのだろうか。プライドの高い令嬢の記憶を取り戻すことはあるのだろうか。
それともずっとこのままなのだろうか。

御剣には先の事はわからなかった。
それでも、冥を大切に想うことに変わりはない。
人形だけを荷物に持った冥の手を引いて歩いてゆく。
それだけでも充分に幸せを感じられた。
最終更新:2010年02月02日 02:41