「先生は凄いな。こんなにチョコを貰うなんて」
「当然よ。パパは完璧な検事だもの。チョコの数も完璧なのよ」
差出人と中身を表にして記す御剣の横で、冥は気に入ったものを開封してはチョコをつまんでいた。
冥にとってバレンタインデーはチョコを好きなだけ食べていい日を意味しているらしい。
豪が仕事場で貰ったチョコは義理ばかりだったが高級なチョコレートが大半を占めている。
ホワイトデーには表を元に完璧なお返しが用意されるのだ。
作業に疲れた御剣が、一休みに手作りクッキーの包みに手を伸ばした。
「バカ!それは食べちゃダメよ!」
「1つくらいはいいだろう?こんなにあっては冥一人では食べきれないだろうし…」
「そうじゃないわよ。手作りと無記名のは食べたらダメなの。何が入ってるか分からないんだから」
「…物騒な話だな」
「検事として当然の心構えよ」
確かに冥はラッピングを解いても中身が密封されていないものは捨ておいていた。
「これなら大丈夫よ、ほら」
チョコを口元まで持ってこられて、躊躇したが御剣は口を開いた。
彼はこういう事は少し苦手だった。
「では残った分は捨てるのか?」
「現場の刑事にやるんですって。安月給だから喜ぶらしいわよ」
それもアメとムチと言えるだろうか。そう考えながら御剣は表作成を再開した。
「そういえば…冥は先生にチョコをプレゼントしないのか?」
何気無く問いかけると冥は心底意外そうな顔をした。
「する訳ないじゃない。パパは甘いもの嫌いだもの」
「そうか?冥からなら喜ぶかと…」
「バレンタインなんてお返ししなきゃいけないから面倒な行事だと思ってるのよ。煩わせるような事はしないの」
バリバリと憎らしげにチョコを噛み砕く冥。
だが御剣は知っている。
冥が父親の書斎に薔薇の花を一輪飾った事を。
それは庭に咲いたものではなく、わざわざネットで取り寄せたもので、チョコレートにちなんだ名を持つ茶色い薔薇だった。
恐らく豪はその花が愛娘からの特別な贈り物だとは気付いていない。冥もあえて伝えない。
そんな親子関係が御剣には不思議に思えてならなかった。
師匠のお返しの品をネットで物色するのも大変だった。
高級感があり、後に残る品ではなく消えもの、価格は貰ったものを上回る。これが御剣が師匠から受けた指定だった。
どこそこ部署一同などの連名の分は数の多い箱菓子、個人からの分なら一度で食べきれる数量の少ない高級菓子。
ブランドを定めて、一定ラインで品物を変え、数量を決めて注文する。
こんな仕事も苦手だったが、師の命令は完璧にこなさなければならない。
最後に御剣はもう一度だけ検索をかけた。
ホワイトデーの朝、狩魔家の主人はいつもより出発に手間取っていた。
迎えにきた部下に御剣は大量の菓子の入った紙袋とメモを渡し細かく指示を伝えている。
袖を掴んで待っていると、冥が話しかけてきた。
「パパ、あんまり苛々しないで。レイジもパパから貰った仕事を完璧にしようと必死なのよ」
「フン、この程度で必死になるとは未熟な奴め」
ふと娘を見ると、大切そうに小さな白薔薇を持っていた。豪の視線に気付くと冥はパッと後ろに隠す。
「あ、あのね、綺麗だから、気に入って…」
「……そうか」
漸く受け渡しが完了したらしい。豪は車に乗り込み検察局へ向かい、御剣と冥は車が門を出るまで見送った。
「やっぱりちゃんとパパにお礼言った方がよかったかしら」
「先生は大袈裟な事はお嫌いだろう?」
「レイジに言われなくてもわかってるわよ!でもありがとうって言いたかったの!」
「先生も冥の気持ちをわかっておられるだろう」
「……それも言われなくてもわかってる!」
反論はいつもより少しばかり嬉しそうに聞こえた。
先に屋敷に入る冥の背中を見て、御剣は満足だった。
御剣は嘘はついていない。
朝食の前に冥の部屋に赴き、ホワイトデーのお返しだと白薔薇を渡した。
冥はそれを父親からのものだと勘違いし、あえてそれを訂正しなかった。
只、「冥はバレンタインにさりげなくプレゼントしたのだろう。わざわざ何か言うよりさりげなくしている方がいいのではないか」と言っただけだ。
冥に食べさせて貰った一欠片のチョコレートと比べてお返しが大きすぎるかとも思ったが、師の言葉に沿えばこれでいい筈だ。
『バレンタインだホワイトデーだと言って、所詮中元歳暮と意味は変わらん。面倒だがこの程度で仕事がしやすくなれば安いものだ』
冥は父親からお返しを貰ったと思っている方が機嫌がよくなるだろう。
そうすれば御剣は確実に過ごし易くなる。
それにしても、あの花は冥にピッタリだ。
ホワイトデーだからと白薔薇を探していたが、小輪のものにしたのはネットショップのただし書きが決め手だった。
小輪の白薔薇の花言葉は『恋をするには若すぎる』
御剣はそれを選んだ自分に苦笑するしかなかった。
最終更新:2010年03月17日 15:28