日本の夏は湿度が高い。
珍しく早く帰れた御剣は、自宅のエアコンをためらわずに入れた。
入浴を済ませた頃にはちょうど良く部屋が冷えているだろう。
そう思ってスーツを脱いだ瞬間、けたたましい玄関ベルの連打が鳴り響いた。
この連打の仕方は知っている。
こめかみの辺りに血管を浮かせながら、御剣は脱いだスラックスをはきなおして、乱暴に玄関の扉を開けた。
「何の用だ、糸鋸け……」
怒声をあげかけた御剣だったが、視界に入ったものに言葉をなくした。
糸鋸が誰かを背負っていて、それは顔を青白くさせた冥だった。
意識が無いのか手はだらりとしていて、彼女のトレードマークの鞭も糸鋸が持っているような状態だ。
呆然としている御剣に、糸鋸はせかす。
「御剣検事、早く狩魔検事を休ませるっスよ!」
慌ててうなずいた御剣は、糸鋸を客間へと案内し、冥を寝かせた。
「さすがにこれは苦しそうっス」
見かけの割りに器用な糸鋸は、冥の首もとのリボンとブローチを数秒ではずす。
そしてそれを当たり前のように御剣に渡した。
リビングに戻って、御剣は何事が起こったのか説明を求める。
出された冷えた紅茶を一気飲みした糸鋸は、頭をかいた。
「さっき、今日の研修が終わってしばらくして倒れたっス……夏バテっスかね。
狩魔検事の宿泊先を知らなかったから、御剣検事のところに来たっスよ」
そして少し沈黙してから上目遣いで御剣を見る。
「あんまり寝れてないって言っていたっス。――無理させたらダメっス」
もじもじとした糸鋸が何を想像したのか察した御剣は、紅茶を盛大に噴き出した。
よく冷えていたため、こめかみが痛くなる。
気管にも入って涙目の御剣を気にせずに、糸鋸は悠々と帰っていった。
いつもの給与査定の脅し文句を言う暇も無い。
しばらくしてから落ち着きを取り戻した御剣は、ため息をついてふと気づく。
客間のエアコンを入れていなかった。
女性が寝ているところに入るのは気が引けたが、体調を悪化させては寝かせている意味が無い。
そっと扉をあけると、けして穏やかではない顔で冥は眠っていた。
音を立てないように部屋に入り、リモコンでエアコンをつける。
見れば汗で額に髪が張り付き、冥は非常に不快そうだった。
数秒考えてから、御剣は部屋を出て、戻ってきた。
氷水で冷やしたタオルで冥の額を拭く。
その感触にうっすらと冥が目をあける。
「すまない、起こしてしまったか」
驚かさないように声をかけると、冥の顔が御剣のほうをむいて、しばらく瞬きをした。
「御剣怜侍?」
「倒れたそうだな、メイ。糸鋸刑事がキミをここに運んできた」
言われて冥は部屋を見渡して、御剣の家に来ていることに気づく。
そして突如起き上がった。
「メイ!」
案の定、ぐらりと体が倒れこみ、ベッドからおちそうになった彼女を御剣が支える。
思った以上に軽い体に、御剣は動揺を覚えた。
――痩せたのではないか?
以前から冥は世の女性がうらやむ、いわゆるモデル体型である。
砂時計のような綺麗なラインを描いているが、男性目線から言わせるとふくよかさが足りない。
そんな彼女がさらに痩せたとなると、問題は大きい――と御剣は思う。
「離して!」
御剣の腕からもがき出ようとする冥を、肩を軽く押さえつけるようにベッドに沈める。
「今日は大人しく寝ていろ!」
びくりと冥の体が震えた。
そんなつもりはなかったのが、押し倒すような形になってしまい、それに気づいた御剣は硬直する。
冥も固まっていて動かない。
どのくらい経ったのか、正気に戻ったのは御剣の方が先だった。
「す、すまない!」
慌てて立ち上がり、部屋を出て行く。
御剣の手にはいつまでも細い肩の感触が残っていて、落ち着かない気持ちのまま夜が更けていった。
最終更新:2012年07月13日 18:37