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  • ナルマヨ要素入り(※スレでは他カプ禁止のため後半はナシ)
  • エロなし

その日の二人は、開始時間が同じ別の裁判を抱えていた。
会心の勝利を勝ち取った御剣と、拗れに拗れ休廷に入った成歩堂が鉢合わせる。
既に御剣は陥落させたと聞き、成歩堂の助手、真宵は感嘆の声を上げた。
「なるほどくん、負けてられないよ!」
「真宵ちゃん、裁判はスピード競技じゃないんだって」
成歩堂は脱力し、真宵はぐっと拳に力を入れる。
「よし、なるほどくん、この後ちゃちゃっと終わらせてみんなでご飯!」
「巻くのか?そんな、超個人的な理由で?」
相変わらずこの二人は騒がしい。せっかく情報処理の時間だというのに、真宵の
脳内は裁判後の食事が占められているようだ。
「残念だか、私は用事がある」
御剣は裁判漬けの日々だった。今日こそは某番組をまとめて鑑賞するという秘かな
楽しみが待っている。誰にも邪魔されたくなかった。
「狩魔検事とは会ったのか?」
狩魔冥が一時帰国しているのは、検事局の職員から聞いていた。
「戻ってきているらしいな」
「らしいなって……」
御剣の返事に、成歩堂と真宵は顔を見合わせた。
「かるま検事が物件を探してるって聞いて、てっきり……」
その噂もやはり検事局の繋がりで耳に入っていた。来年から冥はこの国で活動の場を
増やす予定とのことだ。
「てっきり、とは?」
「みつるぎ検事と、一緒に住まれるのかと……」
なぜか、周囲は御剣を狩魔冥の婚約者と勘違いしていた。冥の隠れファンは存在する。
若き同業者が研修等で彼女と話はするものの、誰一人としてアタックしないのは、
全て御剣の存在のせいだと言われている。八つ当たりもいいところだ。
「そのようなアレの予定は微塵も無いし、今回も本人から帰国の連絡すら無い」
「残念だったねえ、なるほどくん」
「え。ぼくがか?」
成歩堂は微妙な顔をしている。そこに、さらに騒がしい見本のような男が割り込んで来た。
「御剣検事は、法と狩魔検事の番人ッスから」
「イトノコギリ刑事、わかったような口は慎みたまえ」
糸鋸は先ほども、御剣の裁判で穴だらけだった。毎回進歩が無い仕事内容だが、本人は
満足そうな顔をしているのが御剣には理解出来ない。
「そういえば、狩魔検事は真宵ちゃんと同い年だったな」
唐突に成歩堂が話を振った。
「結婚とか……憧れる年頃なのかな?」
「かるま検事は第一線で活躍するキャリアだよねー。あたしはまだ修行中の身だから、
立派な大人の女性ってカンジで羨ましいなー」
成歩堂はあからさまにガッカリしていた。そして、なぜか恨みがましいといった表情で
親友に顔を向ける。
「御剣は?どうなんだよ」
「ほっといてくれたまえ!私は冥がこの国で保証人が必要な時にサインする保護者だ。
誰が告白しようがプロポーズしようが構わないのだが?」
「異議あり!」
休廷中だというのに、成歩堂が声を張り上げ、指を突き出して来た。今は他のもっと
仕事的な会話をすべき時間ではないのかと他人事ながら御剣は心配になる。
「保護者の立場だと?狩魔冥がもし、父親代わりに教会で一緒にヴァージンロードを
歩いてくれと頼んだら、御剣は引き受けるか?」
「……その役目、カンペキに務め上げてみせよう」
返答の寸前に、一瞬だけその光景を御剣は想像してしまった。純白のウェディング
ドレスに身を包んだ冥は、輝くばかりの美しさに違いない。そして、七歳“しか”
年が違わない自分が冥の隣に立てば、父親代わりというよりは……。
「みつるぎ検事じゃあ、お婿さんの立場無いねえ。カンペキに霞んじゃうよ」
「シャレにならないって、検事局や刑事の連中は言ってるッス」
その感想は御剣本人でも理解出来る。七歳も、ではなくたった七歳だ。今までは想像は
一切しないように己を律してきたというのに、成歩堂の質問によって、御剣は自分が冥に
とってその候補者になり得るという自覚を強制的に持たされた。
「鞭を差し引いても、陰ながら狩魔検事に憧れてる人間は多いッス。それに、御剣検事の
年齢でこんな風に保証人が務まるのはさすがッス……」
と、極めて自然に糸鋸は皺になった封筒を取り出すと、御剣に手渡して来た。
「……どの事件の証拠品なのだ?」
「これは、狩魔検事から頼まれた、契約書ッス。部屋を借りるのに、御剣検事のサインが
欲しいので渡すよう頼まれたッス!」
これだけのことなのに、この無駄に達成感のある表情はいかがなものか。
「一つ確認したい。イトノコギリ刑事がこの書類を託されたのは、いつだろうか」
「えーと、自分が狩魔検事から受け取ったのは、三日前ッス!」
ここに冥の鞭があったら、一発お見舞いしているところだ。御剣はいつ冥から
連絡が来るか、心の底では気にかけていたのだ。冥の方は糸鋸経由で御剣に
会う機会を作っていたのに無視する形になってしまった。
「あ、なるほどくん、そろそろ休廷時間が終わるよー」
「そ、そうだね真宵ちゃん」
「紙吹雪を降らせるスタンバイは出来てるッス!」
封筒を握り締め殺気立った御剣を見て、その場の三人は退散する。
が、法廷に向かいかけた途中で、成歩堂だけが引き返して来た。
「これはぼくの精一杯の気持ちだ。御剣にはたいした価値はないかもしれないけど、
手に入れるのに苦労した」
成歩堂は身を乗り出して、スーツのポケットから取り出したものを突き出して来た。
その迫力に押され、思わず御剣は手を出して受け取ってしまった。
掌に残されたものはなんと……指輪のケースだった。あいにく、男から貰う趣味は
ないし、成歩堂を頼もしい相棒と認めてはいるものの貴金属を送られる間柄ではない。
「気持ちだけ!その気持ちだけ、頂いておく!」
青ざめた御剣は、成歩堂にそのままリングケースを叩き返す。悪い夢を見ているようだった。
そこでやっと成歩堂は、自分にかけられた疑惑に気付いたらしい。取り乱し大声になる。
「イヤイヤイヤイヤ、ぼくは女性が好きだし心に決めた相手がいるから!なんか現状では
無理っぽいんでとりあえず譲る。ベタ過ぎて恥ずかしいけど狩魔検事に……!」
今度こそしっかり御剣の手に指輪を握らせ、タイムリミットの成歩堂は法廷に走り去った。
残された御剣は仏頂面でその場に佇んでいた。
冥にこの指輪を渡せと?
ならば成歩堂本人が直接冥に手渡せば……。
……成歩堂は、冥を……。
親友が、あのジャジャ馬に好意を持っているなどと、全く気付かなかった。
目の前が暗くなった。全く予想外の展開に、視界が揺れる。下手に自覚を持った
直後だけに、ショックが大きかった。が、すぐに御剣はムジュンに思い当たった。
成歩堂は、冥以外の女性が念頭にあるような口ぶりだったからだ。
ケースに刺さっている指輪の価値は御剣には判断出来ないが、言葉通り彼なりに
奮発したのだろう。老舗の宝石店の、シンプルかつ上質な品だった。リングの内側
にはアルファベットが彫られていた。その文字に御剣は目をとめた。
(これ、は……?)
その時、御剣の耳には、自分を呼ぶ声が飛び込んで来た。
「御剣検事!」
よりによって。
確認せずともわかる。声の主は、意識せずにはいられない存在となっていた狩魔冥。
指輪と箱はとっさにポケットにしまい、何事も無かったように振り返った。
久しぶりに会う冥は相変わらず隙が無く、さらに知性と美しさに磨きがかかっていた。
御剣は気付かなかったが、裁判を傍聴していたらしい。周辺には若手の検事らが居た。
彼らは御剣に挨拶し、軽く感想を述べ離れて行く。兄妹弟子というよりは、遠距離
恋愛中の二人という認識が強く、気を遣われているらしかった。
たかが七歳差、と気持ちが盛り上がったところに、自分よりは確実に冥の年齢に近い
後輩らの存在に、嫌な感情が湧いてくる。
冥は「たまたま彼らと傍聴席で顔を合わせたから同席した」とだけ説明した。
年齢を重ねたせいか、自分を一人の検事として扱う人間を小馬鹿にする態度は控える
ようになっていた。横のつながりも多少生まれているようだ。
彼女にとっては御剣の有罪判決は当然過ぎて、褒めるどころか感想すらないらしい。
「もっと前に帰国はしていたのだけど、今日やっと時間が取れたの」
「そうらしいな。イトノコギリ刑事からこれを渡されたのは三分前だが」
契約書の入った封筒を見せると、冥は呆れ顔になったが、怒りはしなかった。
「レイジの仕事が詰まっているとヒゲから聞いたから連絡は控えたけど、やっぱり、
こういうことは手を抜かずに直接頼むべきだったわね」
糸鋸の仕事に期待はしていなかったらしい。自分に対しても無理してまでは会う
つもりはなかったという意識に落胆しそうになる。
「サインは可能だが、捺印はこの場では出来ない。明日でも可能だろうか」
「午前中にお願い出来るかしら。明日の午後、次の国に発つから」
「明日?」
「残念だけど、食事は今度帰国した時にまとめてお願いするわ」
日頃は御剣の上位に立ちたがる冥は、食事の時だけは妹弟子を主張する。兄弟子に
ミシュラン掲載及び同レベルの店を奢らせる気満々なのだ。
多忙なのは知っていたが、予想外に早い出発に御剣は焦った。
「では、今日はどうだろうか。一度検事局に戻った後なら書類も渡せる。冥が気に
入りそうな店も……」
口にしてから、脳裏にトノサマン三昧の予定が過ぎった。が、優先順位は冥だ。
通常、食事の相談になれば御剣の嫌味が炸裂する。あまりにも理解がありすぎるので、
冥は訝しげに御剣を見上げた。
「あいにく、先約があるの。何を企んでるのかしら」
「な、何を言うか。だいたい、私に相談一つ無く、不動産の契約とは……」
彼女の資産ならそれも可能だろう。が、来年以降の仕事の展望すら御剣は聞いていない。
事後承諾で名前を貸せ、判を押せと言われても、挨拶が先だろうという不満があった。
「だって……」
なぜかそこで、冥は御剣を睨むと、口を尖らせた。急に年相応、あるいはそれ以下の
顔つきになる。
「私が今まで、ホテル生活に飽きたって訴えても、レイジはそれも仕事のうちだって、
お説教だったわ」
「事実だ。仕方あるまい」
「他の国の積極的な男性なら、自分から『ホテル暮らしは不便だろう、ぜひウチに滞在
したまえ』『共同で部屋を借りないか』って、アプローチの嵐よ」
いつまでも子どもだと思っていたが、自分の目の無い場所では、冥は大人の女性
として扱われていたらしい。気性は荒いが、美しく有能で優雅な女性に、他の男が
心を奪われ夢中になるのは容易に想像出来た。
「長年心に決めたパートナーがいると断わり続けて来たけど、確実な証言も証拠もない
誰かさんに希望を持つのは止めたわ。部屋の契約は私にとって自然なことよ」
御剣が冥の婚約者だという噂は、どうやら冥自身の言動が原因だったらしい。
愕然とする御剣を、悲しげに冥の目が見据えていた。彼女が自分との同棲を望んで
いたなどと、子どもの頃からの付き合いだというのに御剣は気付かなかった。
「レイジはこの国での私の保護者ですものね。ぜひ婚姻届の保証人の時もお願いするわ!」
冥の発言は奇しくも成歩堂に突きつけられた質問の情景に被った。
最後通牒のつもりなのだろう。冥は尽かす愛想も無い、という態度だった。
話は終わったとばかりに、今度は成歩堂の法廷に向かおうとする。
「……そんなもの、断わる!」
御剣はそう告げると、手にしていた封筒を付き返そうとして止めた。改めて掴み直すと、
それを力任せに割いた。中身の契約書ごと引き千切ったので、紙の屑がその場に散る。
「契約書は不要だ。今日からは、私の部屋を使いたまえ。歓迎しよう」
「……結構よ!」
冥は全身で怒りを表していた。微塵も愛情を感じないからだ。御剣は売り言葉に
買い言葉で、冥の挑発に乗ったとしか思えない。
「同情なんてこっちから願い下げだわ!バカにしないで!」
「私は情だけで動く人間ではない!」
「思いつきで言わないで!哀れまれるなんてまっぴらだわ!」
「思いつきなどではないぞ!」
「では証拠を見せなさい、御剣怜侍!」
ある訳がないという冥の勝ち誇った冷笑に、御剣は言葉を失う。今まで遠慮していただけで、
もしこの自分に資格があるというのなら、この生意気な妹弟子を遠い将来花嫁に貰うことに
異論は無い。このジャジャ馬を自分なら乗りこなせるという自負もある。望む所だった。
「証拠は……ある」
相棒から貰ったあの指輪だ。申し訳ないが、あの弁護士の弁護同様に、人生の節目には
ハッタリも必要。心苦しい手だが使わせていただく。
(すまない、成歩堂)
御剣はポケットから指輪のケースを取り出すと、冥の手に握らせた。
予想外の、具体的な品の出現に、冥は自分の手の中を凝視している。
「先に言っておくが、不特定の相手に贈るつもりで購入したものではない。
その指輪を良く見たまえ」
指輪の内側には、次のような刻印がされていた。

《R to M》

購入者は成歩堂“龍一”、贈る相手はおそらくあの様子では助手の綾里“真宵”。
偶然とはいえ、御剣の“怜侍”のR、“冥”のMとイニシャルが被るのだ。
真宵は自身を未熟と感じ、恋愛には消極的のようだ。指輪を準備したものの空振りに
終わるのを察して、同じなんだから利用しろ、と押し付けてきた……のだと思う。
もしかしたら、御剣たちが同棲すると勘違いした際に、冥と同い年の真宵に対して
成歩堂が勇気を出した気持ちなのかもしれない。
残念ながら、御剣たちに交際は一切無かったが。
とにかく、成歩堂は相手の事情を優先して諦め、そのおこぼれでこうして御剣は
イカサマの証拠品を意気揚々と突き出すことになった。
悪徳検事になった気分だ。
指輪を手に冥は、信じられないといった表情で硬直していた。
カンペキを求める冥なら、何から何まで気に食わないシチュエーションだろう。
秘かに罵倒を覚悟し身構えた御剣は、そのまま無言になってしまった彼女の姿に
逆に心配になってしまった。
「メイ?」
見ると、冥の目から涙の粒がみるみる膨れ上がり、頬を伝った。
そのまま、御剣の胸にぶつかるように飛び込んで来る。高飛車で常に辛辣な嫌味を
発する彼女に、言葉は一切無かった。

最終更新:2010年10月24日 10:46