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 初夏はもうすぐそこまで来ているというのに、夜になっても底冷えする寒さが続いた五月。使いすぎてぼーっとしている頭の熱を下げるのに、夜風が心地よい。検事局の玄関からさっそうと姿を現したのは狩魔冥。言わずと知れた、天才検事である。
 冥は、検事局前まで迎えに来ている車のバックシートに乗り込むと何も言わずに窓枠に肘を着いた。出発します、という運転手の声に答えずに冥は窓を薄く開けた。寒い、と文句言われることもない。冥の立場は、検事局の中でそれだけ大きなものになりつつあった。
 若干13歳で検事になったという異例の経歴の持ち主である冥は、他者からの嫉みの対象にもなったが、それを押しのけるくらいの実力の持ち主であり、また彼女の父親は未だ無敗を誇っている狩魔豪だということから、徐々に嫉まれることも少なくなった。
 低いエンジンを響かせながら、車は発進する。流れるテールランプを見るわけでもなく、窓の外を見つめる。
 やがて、冥はそっと目をつぶった。眠りたかったわけではなかったが、自分でも気付かない内に疲労がたまっていたのかもしれない。冥は、一つ大きな裁判が解決したところであった。判決はもちろん、有罪。父、狩魔豪の名に恥じぬ結果を取れたと自分でも納得している。
 その時ふと、携帯電話が鳴りだした。予期せぬことに冥は、少しだけギクッと肩を揺らした。サブ画面で相手の確認をすると、そこには御剣怜侍の名前が書かれていた。

「御剣怜侍! いきなり電話してくるんじゃないわよ! びっくりするじゃない!」

 電話に出た途端、大きめの声で啖呵を切った冥の様子に運転手は一瞬肩を揺らして驚いた。しかし、それを受けた側の御剣は特に驚くわけでもなく淡々した様子で答えた。

「電話というものは基本的に急なものだろう」
「うるさいわね! 私は疲れてるのよ。用事がなければ切るわよ」
「いや、用事はある」

 ケホ、と一度、御剣は咳払いをしてから続けた。

「今から、先生に伺いに行く」
「‥‥っ。そ、そう‥‥だから何?」

 とっさに冥は腕時計で時間を確認した。時刻はすでに20時を回っているところだった。今から来るとなると21時は超えるのかもしれない。夜遅くまで仕事があるときも多い彼らにとってこの時間の行動は少なくない。
 しかし、まだ成人前の冥にとって、夜更かしは苦手な部類である。御剣くらいの年齢になる頃には、もっと活動可能時間が増えるのだろうか。

「う‥‥うム。おそらく、泊まらせてもらうことになるだろう」

 御剣と冥は交際関係にいることは豪も承知の上のことである。二人が交際関係になったその日に、豪に告げた。厳格で規律正しい豪が、少しは不機嫌になると思われたのだが、あっさりと、やるべきことだけは怠らぬように、とだけ言われて認められた。
 冥はアメリカで、御剣は日本で活動することが多いため、あまり二人が会うことも少ない。また、互いに検事という立場であるために、連絡を頻繁にとることも少ない。しかし、こうしてたまに互いの国を行き来するときには必ず連絡はとる。

「そう‥‥。楽しみにしてるわ」
「‥‥ありがとう。では、また後で」

 えぇ、という冥の短い返事さえも届けられることなく御剣は通話を切ってしまったようだった。一定の電子音が鳴っているのを確認したのち、冥も電源ボタンを押して通話を切った。
 すっかり目が冴えてしまい、もう一度目を瞑るような気分ではなくなってしまった。手持無沙汰で窓の外を眺めるくらいしかすることがなくなってしまった。そこで、窓を開けていたことを思い出してそっと閉めた。

「狩魔さん。着きましたよ」

 運転手の一声で、冥はハッと意識を取り戻した。いつの間にか、窓の外を眺めながらぼーっとしてしまったらしい。
 ありがとう、と一言答えて、冥は自宅へ戻っていく。
 門を抜けて、玄関のドアを開くと、すでに玄関には家族のモノ以外の靴が左右きちんと揃えて脱いであり、その律義さに思わず笑みがこぼれる。ただいま、と一声かけると使用人が冥を出迎えに来て、かばんやコートを受け取ってくれる。

「旦那様がお見えです。御剣様もいらっしゃっていますよ」
「えぇ、知っているわ。ありがとう」

 かばんとコートを受け取った使用人に、部屋に置いておいて頂戴、と声をかけて、自分は豪の部屋に向かう。豪が帰ってきているときは、いつも挨拶に向かう。今日も例に漏れず、豪の部屋に向かう。
 豪の部屋の前に来ると彼女は、三回ノックをする。すると間もなく、入れ、と短い返事が聞こえ、ドアを開けた。

「ただいまパパ。今日、やっと有罪判決をもぎ取ってきたわ」
「おかえり。そうか、お前にしては手間取ったな。これからも精進するように」
「えぇ、分かってるわ。‥‥いらっしゃいレイジ」
「お邪魔している」

 黒の革張りのソファに、ローテーブルを挟んで向かい合って座る二人に声をかける。ローテーブルには何枚かの書類と、A4サイズの茶封筒が置かれている。何か事件の相談であろうか。

「じゃあ私はお風呂入って寝るわ。おやすみなさい、パパ」
「あぁ、きちんと睡眠をとるように」

 父親にニコリと笑ってから、自室へ向かう。家にきちんと浴室もあるのだが、部屋にも簡易的なシャワールームが併設されている。今日はどっちに入ろうか悩んだが、結局部屋の簡易的な方で済ませることにした。
 お風呂入るから、と女性の使用人に声をかけると、バスローブとバスタオルをクローゼットから出して、部屋で服をすべて脱ぐ。それらの服をすべて使用人が拾うと、洗濯籠にいれて部屋の外へ出て行った。これ以降は翌朝まで、呼ばない限り使用人が部屋に入ってくることはない。
 簡易的なシャワールームとはいえ、洗い場とバスタブは分かれている。バスタブに入浴剤を投入して、お湯を張る間に熱いシャワーを頭から浴びる。バスタブになみなみとお湯が張られたのを確認すると、シャワーを止める。
 バスタブにゆっくり浸かる。ふっと一息ついてから、頭を洗おうとバスタブに入ったまま、シャンプーをプッシュしようとしたときだった。

「メイ」

 ちょうどその瞬間にシャワールームの外から声をかけられて思わず、シャンプーボトルを落としてしまった。

「な、何よ御剣怜侍!」
「う‥‥うム。い、一緒に入ってもいいだろうか?」
「‥‥‥‥っ、何考えてるのよ!」
「久しぶりに会うのだから、いいではないか」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」

 しばらく言い淀んでいた冥は顔を真っ赤にさせたまま、勝手にすればいいじゃない、と言い捨てた。ドアを隔てた向こうで、小さく頷いた御剣の衣擦れの音が小さく聞こえてくる。それを聞きながらさらに顔を真っ赤にさせた冥は、それをごまかすようにシャンプーを二回プッシュした。
 シャンプーを泡立てるために両手を捏ねていると、ガチャ、とドアを捻る音が背後から聞こえて、思わず冥は体を固くさせる。冥と向かいあうように御剣はバスタブに入ってくる。
 冥がゆったりと入れるほどには広いけれど、成年男性である御剣と二人で向かい合って入るにはいささか小さめである。

「今更そんなに照れることでもなかろう」

 泡立てようと組まれていた両手を拾われて、シャンプーごと手をこすられる。自然と近づいてしまうような姿勢になり、冥は恥ずかしさのあまり少しうつむいた。

「洗ってやろう」

 両手を拾われたまま上に持ち上げられて、御剣の膝に乗る形になってしまった。予期せずに胸ぎりぎりまで引き上げられて、とっさに隠そうと思ったけれど、両手はシャンプーが揉まれており隠すこともできない。
 冥の手よりも大きな御剣の手が、彼女の頭を包む。水色がかったプラチナブロンドを梳くように御剣の指が絡む。彼には何度も裸を見られたことがあるし、自分が彼の体を見たこともある。それこそ、一緒にお風呂に入ったこともある。けれど、どうも慣れない。

「私も洗ってくれないか?」
「‥‥‥‥‥‥光栄に思いなさいよ」

 成人を迎える前の少女と成人を迎えた男性である二人は体格差がありすぎて、膝に乗っている方の冥の頭が御剣のそれよりも低い位置にいる。けれど、いつもより段違いに近い距離から見つめられ、見つめ、冥は自然とほほが赤くなってくるのを感じる。
 御剣の頬も少し赤みがさしているような気がするのだが、照明がオレンジであることと、お湯による熱さで染まっていることも考えると、自分だけが照れているような気がして悔しい。
 バスタブの上方に取り付けてあるシャワーコックを捻ると、冥の頭に暖かいお湯が降り注いでくる。固定されて動かせないので、自分で浴びやすいところへ移動する。御剣の指が、冥の髪の毛を絡ませないようにそっと泡を落としていく。
 泡が落ちきると、冥は軽く顔を洗うと、にっと笑って御剣の髪の毛に指をかけた。

「今度はレイジの番よ」
「あぁ‥‥頼む」

 御剣は冥を膝に抱えたまま器用に位置を変え、先ほどまで彼女がいた位置についた。彼女の小さな手が、彼の髪の間を流れる。洗っている内に徐々に慣れたらしい冥は、恥ずかしがることもなく彼の方に寄り添うように髪の毛を洗ってやっている。

「はい、終わったわよ」
「ありがとう。‥‥今日も裁判だったのか」
「えぇ、ちょっと長くかかってしまったけれど、いつも通り有罪判決をもぎ取ってきたわ」
「すごいじゃないか」

 若くして検事の資格を取り、未だ無敗を誇るその輝かしい物語は日本にいる御剣にも聞こえてくるほどだった。まだ御剣に比べると格段に幼い少女に負ける弁護士のことを思うと、少し可哀想にも思える。

「メイに負ける弁護士は少し気の毒だな」
「何でよ‥‥」
「君がまだこんなに幼いからだ」
「なっ‥‥!」

 両脇を抱えられて少し力を入れられただけで持ちあがってしまう冥の体。上半身だけがお湯から出てしまう程、持ち上げられた冥は、とっさに体を隠すことも忘れられていた。
 あらわになってしまった体を隠そうと、あわてて両手を胸の前で組むと御剣はニヤリと口角をあげて笑い、冥の肩口に唇を寄せる。そのくすぐったさから身をよじると、御剣は続けて唇をずらしながら首筋をついばむ。

「ん……」

 鼻かかるような甘い声を漏らした冥に、御剣は満足げに笑うと、さらに首筋から耳へと唇を移動させた。柔らかい耳たぶを食むと、冥の背中は自然に震えた。耳元で響く水音が脳を直接刺激されているようで、カッと体が熱くなった。
 自身を隠すように組まれていた冥の腕は、徐々に御剣の首にしがみつくように絡まり、無意識に彼を引き寄せているかのようだった。

「は、レイジっ‥‥!」

 数ヵ月ぶりに触れあう体温は、心地よくも冥を高めるには十分なくらいであった。幾度となく重ねてきた体は、自分でも嫌になるくらい簡単に熱を持って行く。お湯の熱も相まって、意識がもうろうとしてくるようだった。
 御剣の手が冥の腰に回る。ぐっと持ち上げられて、思わず御剣の顔にしがみつく。必然的に、無防備な上半身が御剣の目の前に晒されることになる。

「あっ‥‥!」

 今までには比べ物にならない強い刺激に、びくりと体をしならせる。御剣が、胸の頂を甘噛みしていた。ピリッと電撃が走ったような刺激の後に、暖かい下でぬるぬると舐め取られる。こねくり回されるような刺激に冥は下半身が熱を持ち始めていることを自覚する。
 まだ成長しきったとはいえない未熟な胸を、御剣は柔らかく揉みしだく。片方を舐められ、もう片方を優しく包まれて、冥は刺激を逃がそうと首を左右に振る。

「やっ‥‥やだっ‥‥!」
「嫌じゃないだろう。こんなに尖らせておいて」
「っ‥‥。う、るさいっ! ……きゃあっ!」

 急に押し倒されて冥はバランスを崩し、背中が壁にもたれかかるほどに御剣に圧し掛かられた。

「今日は加減できないかもしれない。先に謝っておく‥‥すまない」

 そう告げた御剣は空いている右手で冥の左足のひざ裏を掴むとそのまま冥の方へ持ちあげた。屈辱的とも言えるその格好に冥は顔を真っ赤にさせたが、文句も言うことなくぎゅっと目をつむった。
 加減ができないとか言いながら、それでも、彼女の背中には彼の腕が回っていて、バスタブの縁の固い感触を感じさせないようにしていた。その優しさを感じた冥は、文句など言えなくなってしまっていた。
 すでに湯に浸かっているのは左足以外の腰から下部分のみで、しかも隠すこともしておらず、お湯も透けているため彼の眼には冥の全てが写ってしまっているだろう。
 冥の姿勢が崩れないように、彼女の下に足を滑り込ませた御剣は彼女の肌にもう一度唇を落とす。左足を可能な限り上に持ち上げて、太腿のきわどいところにも唇と舌を這わせ、徐々に冥を追いつめて行く。

「んっ‥‥、あ、あっ‥‥やぁっ」

 抑えきれずに漏れてしまう声が、自分の鼓膜を刺激して、余計に体温を上げさせる。御剣がきわどいところを責めてくる度に、きゅっと腰が動いてしまって恥ずかしい。
 珠のような汗が噴き出て肩を伝い、洗ったばかりの濡れた髪束が首筋にまとわりついて気持ち悪い。決して湯の熱さだけで火照ったわけではない脳みそは、酸素を求めて冥の口を大きく開かせる。湯が這っているのか、自分の汗が這っているのか、はたま御剣の唾液が這っているのか、理性を手放しかけた意識では判断できず、ただ与えられる快楽に溺れそうになるのを堪える。

「っ‥‥あぁっ、ん、ふっ‥‥レ、イジ‥‥」
「メイ‥‥」

 法廷内では聞けないような艶っぽくかすれた声が冥の鼓膜を刺激する。冥の耳たぶ舐め、耳頭に口づけ、そっと歯を立てる。それだけで冥はぞくりと背中を震わせた。決して、確信的なところを攻めてくるわけではないのに、火照りきった体がいつもの倍以上の刺激に置き換えてくる。

「ん、レイジ‥‥」
「ム‥‥? 何だ?」

 圧し掛かっている御剣の体をそっと押し返し、冥は上目遣いで彼に声をかける。御剣が見下ろすと、冥の瞳は熱と快感で今にも涙が零れそうなくらいに潤んでいる。

「ベッドがいい‥‥」
「‥‥‥‥」

 冥の小さなわがままに、少しだけ目を見開いた御剣は、しばらく様子を伺うように彼女を見つめていたが、やがってクッと口角をあげて笑った。


つづく
最終更新:2013年01月02日 19:00