問題
次の文章を読んで、後の問いに答えよ。
着せ替え人形の(注1)リカちゃんは、一九六七年の初代から現在の四代目に至るまで、世代を超えて人気のある国民的キャラクターです。その累計出荷数は五千万体を超えるそうですから、まさに世代を超えた国民的アイドルといえるでしょう。しかし、時代の推移とともに、そこには変化も見受けられるようです。かつてのリカちゃんは、子どもたちにとって憧れの生活スタイルを演じてくれるイメージ・キャラクターでした。彼女の父親や母親の職業、兄弟姉妹の有無など、その家庭環境についても発売元のタカラトミーが情報を提供し、設定されたその物語の枠組のなかで、子どもたちは「ごっこ遊び」を楽しんだものでした。
しかし、平成に入ってからのリカちゃんは、その物語の枠組から徐々に解放され、現在は
(注2)ミニーマウスやポストペットなどの別のキャラクターを演じるようにもなっています。自身がキャラクターであるはずのリカちゃんが、まったく別のキャラクターになりきるのです。これは、評論家の(注3)伊藤剛さんによる整理にしたがうなら、特定の物語を背後に背負ったキャラクターから、その略語としての意味から脱却して、どんな物語にも転用可能な(注4)プロトタイプを示す言葉となったキャラへと、Aリカちゃんの捉えられ方が変容していることを示しています。
キャラは、対人関係に応じて意図的に演じられる外キャラにしても、生まれもった人格特性を示す内キャラにしても、あらかじめ出来上がっている固定的なものです。したがって、その輪郭が揺らぐことはありません。状況に応じて切り替えられはしても、それ自体は変化しない(注5)ソリッドなものです。
では、自分の本心を隠したまま、所属するグループのなかで期待される外キャラを演じ続けることは、人間として不誠実であり、いい加減な態度なのでしょうか。現在の日本では、とくに若い世代では、どれほど正しく見える意見であろうと、別の観点から捉え直された途端に、その正当性がたちまち揺らいでしまいかねないような価値観の多元化が進んでいます。自己評価においてだけでなく、対人関係においても、一貫した指針を与えてくれる物差しを失っています。
現在の人間関係では、ある場面において価値を認められても、その評価はその場面だけで通じるものでしかなく、別の場面に移った途端に否定されるか、あるいは無意味化されてしまうことが多くなっています。人びとのあいだで価値の物差しが共有されなくなり、その個人差が大きくなっているために、たとえ同じ人間関係のなかにいても、その時々の状況ごとに、平たくいえばその場の気分しだいで、評価が大きく変動するようになっているのです。
私たちの日々の生活を顧みても、ある場面にいる自分と別の場面にいる自分とが、それぞれ異なった自分のように感じられることが多くなり、そこに一貫性を見出すことは難しくなっています。それらがまったく正反対の性質のものであることも少なくありません。最近の若い人たちは、このようなふるまい方を「キャラリング」とか「場面で動く」などと表現しますが、一貫したアイデンティティの持ち主では、むしろ生きづらい錯綜した世の中になっているのです。
しかし、ハローキティやミッフィーなどのキャラを思い起こせばすぐに気づくように、最小限の線で描かれた単純な造形は、私たちに強い印象を与え、また把握もしやすいものです。生身のキャラの場合も同様であって、あえて人格の多面性を削ぎ落とし、限定的な最小限の要素で描き出された人物像は、錯綜した不透明な人間関係を単純化し、透明化してくれるのです。
また、きわめて単純化された人物像は、どんなに場面が変化しようと臨機応変に対応することができます。日本発のハローキティやオランダ発のミッフィーが、いまや特定の文化を離れて万国で受け入れられているように、特定の状況を前提条件としなくても成り立つからです。B生身のキャラにも、単純明快でくっきりとした輪郭が求められるのはそのためでしょう。
(注) 1 リカちゃん 少女の姿形をモチーフにした着せ替え人形
2 ミニーマウス 企業が生み出したキャラクター商品で、ネズミの姿形をモチーフにしている。「ハ
ローキティ」「ミッフィー」も同様のキャラクター商品として知られており、それぞれネコ、ウサギの
姿形をモチーフにしている。
3 伊藤剛 マンガ評論家(一九六七~)。著書に『テヅカ・イズ・デッド―ひらかれたマンガ表現論
へ』などがある。
4 プロトタイプ 原型、基本型
5 ソリッドなもの 定まった形をもったもの
問1 傍線部A「リカちゃんの捉えられ方が変容している」とあるが、それはどういうことか。
その説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
かつては、憧れの生活スタイルを表現するキャラクターであったリカちゃんが、設定された枠組から解放され、その場その場の物語に応じた役割を担うものへと変わっているということ。
発売当初は、特定の物語をもっていたリカちゃんが、多くの子どもたちの「ごっこ遊び」に使われることで、世代ごとに異なる物語空間を作るものへと変わっているということ。
一九六七年以来、多くの子どもたちに親しまれたリカちゃんが、平成になってからは人気のある遊び道具としての意味を逸脱して、国民的アイドルといえるものへと変わっているということ。
以前は、子どもたちがあこがれる典型的な物語の主人公であったリカちゃんが、それまでの枠組に縛られず、より身近な生活スタイルを感じさせるものへと変わっているということ。
もともとは、着せ替え人形として開発されたリカちゃんが、人びとに親しまれるにつれて、自由な想像力を育むイメージ・キャラクターとして評価されるものへと変わっているということ。
問2 傍線部B「生身のキャラにも、単純明快でくっきりとした輪郭が求められる」とあるが、
それはなぜか。その説明として最も適当なものを、次の①~⑤のうちから一つ選べ。
ハローキティやミッフィーなどは、最小限の線で造形されることで、国や文化の違いを超越して認識される存在になったが、人間の場合も、人物像が単純で一貫性をもっているほうが、他人と自分との違いが明確になり、互いの異なる価値観も認識されやすくなるから。
ハローキティやミッフィーなどは、最小限の線で造形されることで、その個性を人びとが把握しやすくなったが、人間の場合も、人物像の個性がはっきりして際だっているほうが、他人と交際するときに自分の性格や行動パターンを把握されやすくなるから。
ハローキティやミッフィーなどは、最小限の線で造形されることで、特定の文化を離れて世界中で人気を得るようになったが、人間の場合も、人物像の多面性を削ることで個性を堅固にしたほうが、文化の異なる様々な国での活躍が評価されるようになるから。
ハローキティやミッフィーなどは、最小限の線で造形されることで、その特徴が人びとに広く受容されたが、人間の場合も、人物像の構成要素が限定的で少ないほうが、人間関係が明確になり、様々な場面の変化にも対応できる存在として広く受け入れられるから。
ハローキティやミッフィーなどは、最小限の線で造形されることで、様々ん社会で人びとから親しまれるようになったが、人間の場合も、人物像が特定の状況に固執せず素朴であるほうが、現代に生きづらさを感じる若者たちに親しまれるようになるから。
解説
問2
問3
設問要求がやや特殊です。こういう問題においては、「設問要求」の的確な把握により解答の方向性を間違えないことが最重要です。設問要求からどのように頭を働かせていくか、本文のどの箇所・表現に注目してポイントを拾うか、選択肢はどのように分析するかなど、学べることが盛りだくさんですから、しっかり吸収していってください。
問4
この問題は、今回の第1問の中で最も優れた問題だと私は思います。指示語・接続語をフル活用することで根拠を過不足なく拾うことが出来、現代文の基礎力のある人が確実に得点出来る問題です。ただ、こうした傍線部近辺を精読して根拠を拾う作業は、ある意味、どの塾・どの予備校の講師も教えていることであり、こうした「ミクロ」な読みは、大半の受験生がコンスタントにこなせてしまいます。この授業を受けている皆さんは、ぜひそこから一歩踏み上がり、文章の広範囲における論理の流れまで掴めるような「マクロ」な読みが出来るようにもなってほしいと思い、この動画では、基本の解き方だけでなく、「問題提起」が表れた後の「読み方」についても触れています。
こういうマクロな読解が出来るようになると、「出題者がなぜそこに傍線部を設置したか?」というところまで実は見えてきます。この動画を見終わった後にぜひそのことを考えてみてください。「第7~9段落にはそりゃあ設置したくないよなあ…。第10か第11のどっちかに一本引きたいよなあ…。」といった、出題者の心理まで見えてくれば大したものです。
問5
形式上、特殊さを感じる問題ですが、結局は傍線部の理解を問いたいだけの問題です。「形式にとらわれず、本質を見抜く」力は、この科目に限らず非常に重要な力ですから、演習を通じてしっかり身に付けてください。
解き方の面ではつまづかずに解けてほしいところですが、傍線部中の「多元化」「相対性」といった用語に対する理解が不十分だと、解くスピードも落ちてしまいます。現代文において、語彙力は読解力を支える「土台」なのですから、語彙力不足を感じた人は、
語彙の学習も怠らずにやりましょう。
問6・問1
第1問の最終問(問6)は、それまでの設問で問えなかったことを「後片付け」的に聞いてくるケースが多いです。過去問を見てみると、(1)「表現」を問うもの、(2)「論理展開」を問うもの、(3)「内容」を問うものの3つに分類可能です。特に頻出なのが「論理展開」を問うもので、(2017年現在)ここ10年の問題を見てみても、2009年・2015年の問題を除けば、最終問の中に論理展開に関する問題が必ず含まれています。この問題は、まさに「読み方」を聞いているようなもので、段落ごとに「役割」「要点」が把握出来ているかを問う問題だと言えます。
さて、こうした最終問の設問では、選択肢を1つ1つ吟味していくことが中心になるため、どうしても時間がかかってしまいます。「1つ1つ、本文を参照しながら確認せよ」と言う講師が多く、正攻法でよいのですが(テクニックに走る講師の教えに比べれば数倍マシです)、試験時間との戦いの中でそれが可能かという現実面を考慮すると、少し改善の余地があるように思います。事実、今回の問6では、(i)と(ii)で合計8個選択肢があるなかで、(i)の②、③、④、(ii)の③の少なくとも4個に関しては、本文に戻らずとも正誤が判定出来ると思います。しかも、(ii)の場合、③が答えですから、結果的には本文に戻らず解答が確定してしまうことになります。もちろん、これら以外の選択肢については本文に戻って吟味する必要がありますが、それでも、「役割」「要点」をつかんだ読み方がしっかり出来ていれば、読んでいる段階で既に論理展開のチェックが出来ているのですから、相当早く正誤判定が出来るはずです。
今ここで述べた「解くスピードの上げ方」は、決してテクニックではありません。文章の読み方を徹底することで結果的に解答スピードも上がる、というだけの話です。ですから、設問で問われているかどうかに関わらず、論理展開や論理構成を整理しながら本文を読む力をつけて、こうした問題への対応力を強化していってもらえればと思います。
最終更新:2023年12月06日 09:28