解説

(一)
【解答例①】(三木―本文の表現に忠実に)
素粒子そのものは直接的に観察できなくても、素粒子の飛跡を見ることによって、それが物理学理論のネットワークにより素粒子の「実在」を示す間接的な証拠になるということ。(80字)
【解答例②】(三木―少し大胆に)
物理学が築き上げてきた理論的体系に基づけば、直接観察できない素粒子であっても、その「実在」は素粒子の飛跡を捉えることで間接的に証明できるということ。(74字)
【解答例③】(東進)
素粒子の飛跡という知覚可能な観察的事実は、現代物理学の理論が証明した関係性に裏付けられて、知覚不可能な素粒子の「実在」の間接的証拠となるということ。(74字)

傍線部そのものが言わんとしていることは非常にシンプルで、
  • ①「素粒子の実在」は「素粒子の痕跡」から分かる
  • ②そのことは「現代の物理学理論」から明らか
この2点です。ですが、これをただ言葉にしただけでは、傍線部と完全に同じ内容を書いた答案で終わってしまいます。おそらくそんな答案は出題者の意図するものではないでしょう。
この傍線部の情報だけでは不明なことが一つあります。それは、「物理学理論がどう支えているのか」ということです。「痕跡を見れば素粒子の実在が明らかになるのはなんでなのか、物理学理論の支えがある、だけでは説明として足りないからそこを具体的に説明してほしい」。これが出題者の声だと気付けましたか。
そして、これについてピンポイントで答えている箇所はそう多くなく、段落末尾の「背景となる物理学理論のネットワークと不即不離」という箇所ですね。つまり、この問題は、「ネットワーク」への言及がないと最悪ゼロ点(採点対象として見てもらえない)なのです。
もちろん、「ネットワーク」というのはやや比喩的な表現とも見れますから、そこを踏み込んで解釈し別の言葉に言い換えるのはアリでしょう。ですが、そもそも、「ネットワーク」という、一番核となるポイントを答案に反映しようという意識を持てないことには採点される権利を獲得できないのです。
そして、もし第二のポイントがあるとすれば、傍線部直後の「素粒子そのもの(直接的に観察・知覚可能)⇔素粒子の飛跡(観察・知覚不可能な間接的証拠)」の対比です。細かく見れば「直接・間接」と「知覚可能・不可能」という2種類の対比が入り込んでおり、これを的確に表現することが求められるでしょう。
あとは全体の構文を分かりやすくできたかどうかです。傍線部自体は「痕跡が実在の証拠であると言えるのは、物理学理論によるものだ」となっていますが、原因部分を強調する「強調構文」のようになっていますから、元に戻せば「痕跡は、物理学理論によって、実在の証拠となる」となります。こうしたほうが分かりやすくはなります。ですが日本語として読めれば組み替え方の部分は色々あっていいと思いますし、ここに関しては決まった正解はないでしょう。

さて、面白いのが各予備校の答案です。例えば東進は、上に載せた【解答例③】のような答案を公開していますが、実は、試験直後の解答速報では以下のような答案でした。
▶知覚しえない素粒子の「実在」を、素粒子の飛跡という知覚可能な実験的証拠によって確信できるのは、背景にある現代物理学の理論の支えがあるからだということ。(75字/東進・修正前)
これ、面白いことに、「ネットワーク」に該当する内容が入っておらず、下手すれば0点です。しかし、林修も熟考したのでしょうか、後日修正され「関係性」という言葉が入ったのです。
ちなみに、ネット上で見ることのできる他の解答例をほぼ全部集めてみると・・・
▶ミクロ物理学の理論が提示する関係性により、実験を通し知覚できる運動の痕跡の主体が、知覚不能な素粒子として位置づけられるということ。(65字/グレイトヴォヤージュ)
▶素粒子は知覚的に観察できないが、理論に基づくことで実験を通して痕跡として認識可能になり、その実在を証明できるということ。(60字/駿台)
▶知覚できない素粒子の存在は、その運動の痕跡を観察する実験によって確証されるが、その作業は物理学理論に即してしかなされないということ。(66字/河合塾)
▶直接知覚できない素粒子の実在を裏付けるとされる実験的証拠は、それが素粒子の痕跡であると説明する物理学理論に支えられていること。 (63字/吉田裕子)
▶素粒子を対象とする物理学理論によって、知覚可能な実験結果が、知覚不可能な素粒子の「実在」を裏づける間接的証拠たる素粒子の飛跡であることが保証されている。(76字/『ドラゴン現代文』)
▶直接見たり触ったりできない素粒子の存在が誰からも疑われないのは、度重なる検証や反証を受けながら作られてきた物理学理論と、それに基づく実験の結果が保証しているからだということ。(87字/敬天塾①)
誰もが検証や反証の前提とする量子力学を基盤とした現代の物理学理論を元につくられた実験装置で痕跡が認められたからこそ、知覚できぬ素粒子の実在が疑われないということ。(81字/敬天塾②)
▶素粒子の運動の痕跡という間接的な証拠の観察が、直接には知覚できない素粒子の存在を証明できるのは、間接的な証拠から理論的にその存在を導く物理学理論の支えがあるからだということ。(87字/ポケット予備校・ジョン)
せっかく頑張って集めてみたのですが、グレイトヴォヤージュ以外は下手すると0点の危機ですね・・・。(しかもグレイトヴォヤージュは「知覚不能」の使い方をミスっていて詰めが甘いです。この構文でいくなら「知覚不能な」は不要。)特に『ドラゴン現代文』のこの解答は構文がめちゃくちゃなのでくれぐれも見習わないようにしてください。基本的に皆さん「実験」という言葉を入れて満足していますが、それはあくまで「直接的観察」を別の言い方で示したに過ぎません。また、本文中では「物理学理論の支えと実験的証拠の裏づけ」と2つ並べており、あくまで説明すべきは前者「物理学理論の支え」のほうです。そういう意味では、百歩譲って、物理学理論に修飾語をつけた敬天塾とポケット予備校はかろうじて採点対象になるかもしれません。個人的には、ポケット予備校の「間接的な証拠から理論的にその存在を導く」という説明は的を射ているので0点にはしたくないのですが、「理論的に導く理論」では重言になってしまうので、表現未熟と言わざるを得ませんし、字数的な冗長さという点でも他の答案に負けてしまいます。
色々言ってしまいましたが、東大の現代文が難しいと言われていたり、得点開示を見てもびっくりするような点数の人が少なかったりするのは、まさにここなんですよ。本文をざっくりと理解し、本文中の言葉をツギハギして答案を完成させることは誰だってできます。が、それだけで満点がもらえるなら選抜機能として意味をなしません。傍線部がどこに位置していて、その中身がどんな構造になっていて、何を明らかにしなければならないのか。出題者に寄り添ってそういう分析ができなければ、核となるポイントを見失い得点できません。そういうことを改めて思い知らされた問題だったと言えます。

東大現代文2018第1問(三)
https://youtu.be/Z0G-nofbfo8

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2023年12月28日 05:27