はじめに
岡山大学の国語の問題は、評論―小説―古文―漢文という4問構成で、200点満点の配点となっています。(共通テストと似ていますね。)もちろん、ほとんどが記述問題です。「小説」で記述問題を出すという点は、かなり特徴的です。(全国でも、小説を国公立二次試験で出す大学は結構限られます。)
一方、「評論」に関してはというと―「岡山大学ならでは」の特徴と言っていいものがそんなにあるようには感じません。つまり、岡山大学の対策をすることは、もっと広い範囲の対策、すなわち「地方国公立大」の対策をすることと同じだと言ってもいいのです。
問題
次の文章を読んで、後の問に答えなさい。(出題の都合上、本文に省略した箇所がある。)
人間の歴史のなかでの哲学史ということを改めて考えてみると、世界の哲学の歴史は、インドや中国、ギリシアなどでほぼ同時期に始まった営みだといえそうである。そして、そのなかでもとりわけてギリシアに発した哲学的反省のスタイルが、その後の哲学史の大きな基礎を提供したというふうに考えられる。
まず、(1)
神話の時代を脱皮して、哲学的思考のスタイルが世界においてほぼ同時期に開花したというのは、次のようなことを指している。
人間の文明史を見ると、紀元前四〇〇〇~五〇〇〇年前から紀元前二〇〇〇年くらいにかけて、メソポタミア地方、エジプト、インド・インダス川流域、中国・黄河流域などで、大規模な文明が花開くとともに、都市文化の初期状態が形成されたということはよく知られている。これらの文化の基本は青銅器文化であったが、それが紀元前一〇〇〇年頃には鉄器文化へと進化した。この古代文明の世界において、人間は宇宙と生命の生成、構造、その変化の原理についてさまざまな説明の物語を構想したが、この説明を担う主たるロジックは、無数の神々の活動や性格にもとづくものが多かった。すなわち、神々の行動や性格、神々同士の争いと、それに巻き込まれた人間の運命やドラマなどが、世界の起源と歴史的進展の背後にある理由であるという考えであり、これがいわゆる神話的思考の代表的なスタイルであったと言えるであろう。
この宇宙と生命についての説明原理は、鉄器文化が成熟して都市文化の規模が大きくなるにつれて、神々を主体とする擬人的な物語から、より理性的な原理や人間の本性をもとにした理解へと徐々に変化していって、それが哲学の誕生と発展へとつながった。鉄器文化は紀元前一〇〇〇年頃にメソポタミアやエーゲ海、ガンディス川流域、中国各地へと拡散したが、紀元前六世紀前半にはギリシアの哲学者の祖とも言われるタレスが活躍し、同じ世紀のほぼ半ばに北インドでが生まれたと言われ、北中国では孔子が生まれている。つまり、古代文明の(ア)
チクセキが紀元前六世紀から五世紀にかけて、哲学の成熟という形で結晶することになったわけである。
このとき、これらの哲学におけるさまざまな理論的相違とともに、基本的な発想の大きな共通点があるということがまず注目される。その共通点とはまさに、(2)
われわれが人間や生命を考えるときの根本的な原理、すなわち「」という考え方が、これらの思想において文明横断的に広く共通に見られるということである。
魂という言葉は霊魂という言葉で言い換えてもよいが、古代以来の伝統的な思考において広く世界に共通な形で用いられている概念である。霊魂といえば場合によっては幽霊などの、何やら不可思議なものが連想されるかもしれないが、ここで注目しようとしているのは、古代哲学の基礎的な用語としての魂ということである。魂はギリシア語ではプシューケー、ラテン語ではアニマと呼ばれるが、英語でサイコロジーとかサイコパスなどと言われるときの、心理を表す言葉の語幹psychoは、このギリシアのpsykheをもとにして作られている。また、アニマが動物のアニマルや動画のアニメーションにつながっているのは非常に見やすいというところであろう。
哲学の用語としての魂は、世界の内なる「生きているもの」すべてがその生命の原理としているものであり、この魂の働きの(イ)
コンカンは生命の維持ということにある。しかし、生命の維持の働きは、生物のさまざまな種類によって、高低さまざま複雑性をもっており、もっとも高度な人間においては、生命の維持の原理が同時に精神的な機能、思考したり感情をもったりする働きに直結している。つまり、生命の維持と精神の機能とは同じ魂の働きとして一つなのである。
生命の原理であるとともに精神の働きでもあるような、魂、ないしそれに近似した考え方。これが、非常に大雑把にいうと、文明の東西を問わず、古代世界の共通の見方であったと思われる。
たとえば、古代中国の思想では、広い意味での人間などの精神の働きに相当するのは、陽の霊気である「」と影の霊気である「」である。前者は精神活動を司り、後者は肉体労働とされているが、これは精神活動と生命活動とを、という一組の原理によって説明しようとする考えの一例である。この考えは孔子などの儒家が重視した。四書五経のなかでも筆頭に位置する『』や、老子などの思想にもとづく道家などで採用されているが、同時に、古代中国の医学思想にも結びついている。魂は肝に宿って成長を司り、心を(ウ)
トウセイする。魄は肺に宿って骨格を作るとともに、感情の乱れを生み出したりする。
一方、魂魄は注一「陰陽五行説」のなかの、陰陽の原理を生命活動に当てはめた場合の用語であるが、この陰陽は、「木火土金水」や「春夏土用秋冬」などの五行と同じく、世界の変化と運行の原理を普遍的に司るいわゆる「気」の原理の一部であるとされる(五行とは、陰陽の気がさらに分化してえられたときの自然の働き方を指している)。したがって、世界の一切の現象は「気」という、形なきもの、流れでありながらある種の普遍的なエネルギーと見なしうる原理の下で、さまざまな局面から説明されるということになる。
他方、中国では古くから「気」の原理のに、「理」という原理も考えられていて、気が目に見える現象、「」の世界の説明原理であるのにたいして、理はその背後の論理的原理、「」の世界の原理であるという考え方もあった。この考えも気と同じように、『易経』などで論じられたが、正確に言えばこうした理気の思想や気の役割は、それぞれの学派でかなり多様な解釈の下で自由に展開されていたために、中国の春秋戦国時代に世界解釈の普遍的道具立てとしての陰陽五行説というものが、しっかりと整った形で成立していたのかと言えば、必ずしもそうではない。理気二元論を含めて、個別的生命から宇宙全体をも含めた形而下的現象の一切を、気の原理の下で理解しようとする(エ)
タイケイ的な視点が整ったのは、ようやくの時代になってからであり、宋学の世界観、特に南宋のが起こした朱子学によって正統的な中国の世界観が作られたのである。
さて、日本では
江戸時代に、この朱子学が中国と同様に正統思想とされたために、
(3)
哲学としての理気二元論が採用されるなかで、人間の魂をめぐる「魂魄」という概念も広く使われていた。このことは当時ののセリフなどから容易に知ることができる。たとえば、江戸から明治にかけての時代には、『東海道四谷怪談』などのいわゆる怪談と呼ばれるジャンルのドラマが多く作られているが、そこでは深い恨みをもった人物の死後の霊が成仏できずにいることを、「魂魄この世にとどまりて」などというセリフで表現されている。われわれが「成仏」と言うときの霊魂は仏教思想から来た仏であるが、幽霊になってこの世に出てきているのは中国由来の魂である。
このように、近代日本の伝統的精神観も複雑であるが、それ以前の古代から伝えられてきた日本の霊魂観の理論的中核については、土着の思想に加えてインド、中国由来の伝来思想の混入が数次にわたって見られるために、さらにとしていて、はっきりとした理解をもつことは困難である。とはいえ、日本の土俗的な魂論が、人間とその他の事物とが生命の原理を共有するという「アニミズム」であったことは間違いがない。アニミズムとはまさしく、先に挙げた魂としてのアニマという言葉からきている概念で、自然界の一切の事物が生きていて、ある種の心をもつという考えである。日本の古くからの魂論では、この土俗的な発想の下で、死者の霊が、死後しばらくは地上の周囲に留まった後に、次第に山のほうにむかっていって「先祖」となり成仏するとされたり、その先祖の霊が注二や正月に帰ってくる、と言われたりする。また、平安時代に盛んになったなどの考えでは、地上に留まった霊が「(生霊や死霊)」となって祟りをなすとされたりもした。いずれにしても、(4)
こうした多様で複雑に屈折した「魂」への理解が、今日まで続く歴史のなかで、日本語の「心」という言葉に独特の豊かな陰影を与えてきたことは間違いないであろう。根幹たるアニミズムの通時的一貫性が、「魂」への大局的理解を可能にしてくれたのである。
(伊藤邦武『物語 哲学の歴史』による)
注一 陰陽五行説=中国古代の哲学思想で、陰陽説と五行説が一体化したもの。陰陽
説は、宇宙の現象事物を陰と陽との働きによって説明するもの。五行説は、万物
の根源は木火土金水の五元素から成りその循環交替により宇宙が変化するという
説。
注二 盂蘭盆会=お盆
問一 傍線部(ア)~(エ)を漢字に直しなさい。
問二 傍線部(1)について、このような現象が生じた背景には、どのような考え方の
変化があったのか、説明しなさい。
問三 傍線部(2)について、文明横断的に広く共通してみられる「魂」の考え方を説
明しなさい。
問四 傍線部(3)に「理気二元論」とあるが、筆者は「理」と「気」をどのようなも
のとして説明しているか、簡潔に述べなさい。
問五 傍線部(4)について、日本で「多様で複雑に屈折した『魂』」の理解が行われ
てきたのはなぜか、説明しなさい。
解答の方向性
問二 設問要求に「背景」「変化」と来ているので、①傍線部の理由を、②変化の形で書いてい
けばよい。基本的には、第3・4段落の整理。易。
問三 「魂」について、第7・8段落をもとにまとめる。
問四 「理」と「気」について、第10・11段落をもとに、両者の対比を明確にして整理。
問五 「複雑」なはずの魂論を、日本人はなぜ「理解」することが出来たか、という問題。基
本的には、第13段落を中心に根拠拾いを行い、「アニミズム」の通底というポイントを解
答軸にしてまとめる。
解答例 50点満点
問一 ア 蓄積 イ 根幹 ウ 統制 エ 体系 (2点×5=10点)
(c 2点) (a 4点)
問二 宇宙と生命の原理を説明するために、無数の神々の活動や性格をもとにしようとする考え
(b 4点)
方から、より理性的な原理や人間の本性をもとにしようとする考え方へと変化した。
(b 2点) (a 8点)
問三 世界の中で生きているものはみな、魂によって生命を維持することが出来、とりわけ人間
の場合には、それと同時に、思考したり感情を持ったりといった精神的な活動も出来ると
いう考え方。
(a 5点)
問四 「理」は、目に見える現象の背後にある形而上の世界を説明するための原理であり、「気」
(b 5点)
は、世界の変化と運行の原理を普遍的に司る形而下の世界を説明するための原理である。
(b 5点)
(別解)「気」は、世界の変化と運行という目に見える普遍的な現象を説明するための原理であり、
(a 5点)
「理」は、そうした現象の背後にある目に見えない現象を説明するための原理である。
(a 5点)
問五 自然界の一切の事物が生命の原理を共有すると考えるアニミズムという土着の思想を根
(α 5点)
底としたことで、諸外国由来の思想が混入しても日本人の根本にある発想や原理それ自体
は通時的に一貫したものであり続けたから。
採点基準
問二 aは、第4段落の「神々を主体とする擬人的な物語」という箇所を用いても可。bは基本
的にこれ以外の書き方をした場合、不可。cは「世界の起源を説明する」でも可。
問三 aは、「生命の維持の原理」と「精神の働き(精神的機能)」という二つの要素がどちらも
入っていて5点加点。(「維持」が抜けている場合は1点減。)そして「精神的機能」に関し
てそれが人間特有のものであることを示して1点加点。さらに「思考」「感情」というワー
ドを用いて「精神的機能」を説明していて2点加点。bは、生命維持の主体として「生き
ているもの」というワードが入っていれば加点。
問四 aは、「気」の「背後」、というキーワードを盛り込んで説明していれば3点加点。「目に見
えない」ないしは「形而上」というワードを入れて2点加点。bは、「目に見える」「ない
しは「形而下」というワードを入れて2点加点。「世界の変化と運行」という内容を入れて
1点加点。「普遍的な現象」であるという内容を入れて2点加点。
問五 aは、「アニミズム」を「根底」としてきたという内容であれば可。ただし、「根底」のニ
ュアンスがなく本文の「土着」というワードを用いただけでは2点減点。αは、伝来思想
が混入しても魂理解に支障はなかった、という旨の内容が補充出来ていれば可。
(参考)某予備校の解答
問二 宇宙と生命についての説明原理が、神々を主体とする擬人的な物語から、より理性的な人
間の本性をもとにした理解へ徐徐に変化したこと。
問三 世界の内なる「生きているもの」すべてがその生命の原理として持っていて、生命の維持
と精神の機能とに同時的に働くもの。
問四 世界の一切の可視的な現象を説明する原理である「気」に対して、その現象の背後の不可
視な論理的原理が「理」である。
問五 日本の土着思想に加えて、インドや中国由来の伝来思想が数次にわたって混入し、その影
響下で、日本の霊魂観の中核が混沌としたから。
補足 ~「解答の独立性」について~
問五の解答例にある「α」の要素について、なぜ必要なのかという質問が出そうなので、ここで一気に説明しておこうと思います。
結論から言うと、これは「解答の独立性(完結性)」という観点からなのです。
筆者としては、「アニミズムが根本にあった→だから→理解がずっと行われてきた」という説明で納得出来るかもしれません。そして、答案を書く側の我々も、それで納得出来るでしょう。しかし、入試の答案を書く際には、「筆者」「(問題を解いた)当受験生」のみならず、それ以外の第三者からも答案の内容が納得出来るものである必要があります。
今回、もしaのポイントだけで済ませてしまった場合、客観的に見て(第三者から見て)「なんで『アニミズム』が理由になるの?」「アニミズムが土俗的な思想として根付いていたことが、なぜ魂の理解につながるの?」という突っ込みが入ります。これは解答の独立性に反してしまうのです。筆者的には「OK」ですが、入試の解答としては不十分と言わざるを得ないのです。こういう高次の感覚も、最終的には磨いていってほしいものです。
ですから、そうしたアニミズムの考え方がなぜ「複雑」な魂論を「理解」することにつながったのかという点も記述する必要があります。すると、本文の最後の「アニミズムの通時的一貫性」という内容がヒントになることに気付くはずです。つまり、アニミズムの考え方が昔から今に至るまで通底しているということは、途中で諸外国の思想が入ってきても日本の魂論の根幹はぶれないわけです。そういう点まで踏まえて解答に盛り込めれば、完全に問五に関しては満点近くの点数が望めたわけです。
問五については以上です。必ずしも右のような手順を一つも取りこぼさずに考えろということではありません。あくまで僕が右のように考えた、というだけです。ただ、そのことを踏まえて、十分な解答が作成出来る頭を作っていくために今後の自分には何が必要か―それだけはしっかり考えなければならないでしょう。(もちろん、他の科目の得点を上げて逃げる、それも一つの手です。笑)
最終更新:2023年12月06日 09:54