問題

次の文章を読み、下記の設問に解答せよ。

 人間にとって、自由とは魅力的で必要なものだと一般的には信じられていますが、しかし過去の歴史を振り返れば、ある時代のある国に生きる国民が、せっかく獲得した自由を自らの意志で手放し、その代わりに、国民の自由を国家指導者が制約する「権威主義」の国家体制を選び取った事例も存在したことに気付きます。
 その典型例が、1930年代前半のドイツでした。
 第一次世界大戦に敗北したドイツは、皇帝の地位が廃止されて帝国から共和国へと生まれ変わり、当時の世界で最も先進的と評された「【 イ 】」の下で、民主的な国家として歩み始めていました。しかし、戦勝国から課せられた莫大な賠償金と、周辺国への領土の割譲、屈辱的な内容の軍備制限などにより、当時のドイツ国民の多くは自尊心の拠り所を見失った状態に置かれ、大恐慌に起因する経済状況の悪化がそうした心理面での不安をさらに増大させていました。
 そんな時、彼らの前に現れたのが、アドルフ・ヒトラーを指導者とする【 27 】ドイツ労働者党(通称ナチ党)でした。ナチス政権下のドイツは、過去のふたつの帝国(神聖ローマ帝国とドイツ帝国)を継承する「第三帝国」という異名が示すように、ヒトラー総統という国家指導者を絶対的な権威として称揚する権威主義国でしたが、国民の多くが彼の掲げる理念に共鳴して、頼りになる「強い指導者」が自分たちを正しい道へと導いてくれると信じました。
 しかし実際には、ヒトラーが権力の座についてから6年後、ドイツは第二次世界大戦を引き起こし、さらにその6年後にはドイツ全土が焼け野原となって破滅的な敗戦を喫し、敗戦国ドイツは【 28 】年まで、東と西のふたつの国へと分割される結果となりました。
 当時のドイツ人はなぜ、そんなヒトラーとナチ党を支持してしまったのか?
 反ユダヤ主義のナチ党が政権を掌握した直後にドイツを離れ、スイス経由でアメリカに移住したユダヤ系ドイツ人の心理学者エーリッヒ・フロムは、1941年にアメリカで一冊の書物を著しました。『自由からの逃走』(日高六郎訳、東京創元社。初版1951年、新版1965年。以下の引用は新版より)と題されたその本は、ドイツ国民が「自由を保障してくれる」【 イ 】を捨てて「権威への服従を国民に求める」ヒトラーとナチ党を熱烈支持するにいたった経過を、心理学の観点から分析したものでした。
 同書の冒頭で、エーリッヒ・フロムは民主主義の社会では手放しで(ウ)礼賛されることが多い「自由」という概念が、実は万人にとって魅力的であるとは限らないこと、むしろ「自由に伴うマイナス面」から逃れたいという感情を抱く人が多いことを指摘します。

  自由は近代人に独立と合理性とをあたえたが、一方個人を孤独におとしいれ、そのため個人を不安な無力なものにした。この孤独はたえがたいものである。かれは自由の重荷からのがれて新しい依存と従属を求めるか、あるいは人間の独自性と個性とにもとづいた積極的な自由の完全な実現に進むかの二者択一に迫られる。 (p. 4)

 そして彼は、多くのドイツ人が、自由の副産物としての孤独や不安から逃れたいという心理に導かれて「自己の外部の、いっそう大きな、いっそう力強い全体[ナチ党を支持する集団]の部分となり、それに没入し、参加」(p.174)したと分析します。

  ゆるぎなく強力で、永遠的で、魅惑的であるように感じられる力の部分となることによって、ひとはその力と栄光にあやかろうとする。(略)新しい安全と新しい誇りとを獲得する。(略)決断するということから解放される。すなわち自分の運命に最後的な責任をもつということから、どのような決定をなすべきかという疑惑から解放される。かれはまたかれの生活の意味がなんであり、かれがなにものであるかという疑惑からも解放される。 (p.174)

 人は自由を捨てて強大な「権威」に服従し、それと一体化する道を自ら意志で選ぶことによって、その「権威」が持つ力や栄光、誇りを我がものにしたかのような高揚感に浸ることができ、また迷いや葛藤、自分の存在価値への疑問なども「権威」が取り払ってくれるので、自由とは異質な「解放感」を得ることができる。そんな心理面の「メリット」があるからこそ、人々は権威主義に惹かれるのだと、彼は読み解いています。
[出典 山崎雅弘『歴史戦と思想戦一歴史問題の読み解き方』集英社新者、2019年]

B) 【 イ 】に入る語は何か。なお、2カ所の【 イ 】には同じ語が入る。

26. 【 26 】にいう「戦勝国」にあたる国々を次の中から選べ。
① オーストリア=ハンガリー、ロシア、イギリス
② オーストリア゠ハンガリー、フランス、イギリス
③ オスマントルコ、日本、フランス、アメリカ
④ ロシア、イギリス、フランス、日本、アメリカ

27. 【 27 】に入る語を水の中から選べ。
① 社会民主主義 ② 国民民主主義
③ 社会国家主義 ④ 国家社会主義

28. 【 28 】に入る年数を次の中から選べ。
①1961 ②1975 ③1990 ④ 2001

C)(ウ)を付した漢字の読みを記せ。

D) 著者は、フロムの分析を引きながら、権成主義に惹かれる人間について述べていますが、あなたはこの論旨についてどのように考えますか。文中で挙げられている例や現代の日本社会の事象など、任意の例にふれながら、350字程度で論じて下さい。

解答

B) ワイマール憲法(※暫定解です。原書未確認。議会制民主主義、の可能性も。)
26. ④
27. ④
28. ③
C) らいさん
D)
 本文では、ナチス・ドイツのように、国民が自由を自らの意思で手放し、権威主義に惹かれていく事例について述べられている。自由を得たはずの国民が服従を選ぶ理由の一つとして、強大な権威は迷いや葛藤を取り払ってくれるということが述べられているが、これと類似する構造は現代の日本社会においても存在する。
 例えば、労働環境に関する問題の一つに、残業時間の増大があげられる。しかし、憲法で保障されている職業選択の自由に基づき、嫌な仕事をすぐにやめてしまうことも可能だ。だが、それでも上司や会社のために身を削って働き続けるのは、そこには、「やりがい搾取」という言葉があるように、社会に貢献しているという「高揚感」があるからだ。
 このことから、強大な権威にすがることには心理的なメリットがあるという点に私も賛同する。(349字)

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最終更新:2023年12月29日 01:43