山田詠美

風味絶佳


 久しぶりにこの人の本を読みました。高校生の時に読んで、「もういいや」と思って以来長いこと手を出していませんでした。「ラビット病」「放課後の音符ノート」「ぼくは勉強ができない」等、面白いのもいくつかあったのですが、どちらかというと背伸びして読んでいたような気がします。
 で、名実共に大人になった今、機会があって読むことになったのですが。やっぱり私はこの人苦手かもしれません。私のイメージではこの人の本は、大人の女性が読むような本。お酒と煙草を嗜み、身奇麗にしていて、性に貪欲で、恋人や求婚者とのウィットの利いたスレスレの会話を楽しみ、肝心なところでするりと逃げるような。多くの女性にとってある種の憧れを具現化している、そういう本です。間違っても会話の中にジブリや週間少年ジャンプの話題は出てこない。無精ヒゲは男の魅力として描かれても、脂ぎったフケ付の頭髪は語られない。もしかしたら混じりけ無しにそういう生活をしている人がいるのかもしれない、と思わせる要素がこの人の本にはあるように感じます。
 私はもうすぐ30歳を迎え、そういう生活をしていてもおかしくはないのだろうけれども、哀しいかなそちらの方向へは進みませんでした。恐らく私はこの作者、もしくは作者が描くヒロインが嫌うであろう、お尻の大きな(byラビット病)愚鈍な女です。まぁ言うたらおばちゃんですな。勝手に決め付けますがこの作者はおばちゃんを嫌っているように思います。私も所謂「おばちゃん」という概念を100%受け入れるわけではないのですが、でもどっちかというと将来的にはおばちゃんの道を辿っているのでこの人の本を読んでいると、糾弾されているようで辛い。格好いい女になれなかった無念さと、「そりゃ確かにそういう生き方はかっこいいと思うけどさぁ」という僅かな反発心が渦巻いて、素直にこの人のお話を受け入れられないのです。
 長々と語ってしまいましたが、本のお話に戻ります。
 この本は短編集で読みやすいです。本の題名にもなっている「風味絶佳」にはキャラメルが出てくるのですが、表紙がキャラメルの箱のようになっていて可愛いです。表紙を取るとアリがたかっていたりして、凝っています。内容は「間食」「夕餉」「風味絶佳」「海の庭」「アトリエ」「春眠」の6編。体を資本とする職業(鳶職やゴミ清掃員)についている男性が出てきます。前述と矛盾するようですが、「小洒落た男女が愛の意味を語らうぜ」的な話はありません。ただ全編に漂う恋愛に貪欲な雰囲気は、抑えられていないです。一歩間違えばどろどろしそうなのに、そうなっていないところも魅力的です。それから、短い描写で状況や人物がすっと頭に入ってくるところはすごいと思いました。

 以下軽くネタバレ(こういう短編はネタバレは気にしなくていいようにも思いますが)なので、情報を一切知りたくない人は読まないほうが良いです。
 一番印象に残っているのは「夕餉」でしょうか。これに出てくるヒロインは凝りに凝った料理を作るのですが、私はご飯を作る描写が好きなので面白かったです。そんだけか!って感じですが。ただ彼女の最後の決断は気持ちよかったです。弱いだけの女性かと思ったので。
 それから「アトリエ」。精神的に不安定な女性と、彼女をこよなく愛する汚水槽清掃員のお話なんですが、なんだか二人とも病的で怖いです。何がいけなかったのかよく分からなかったところが、不気味でした。
 映画化もされた「風味絶佳」はかっこいいおばあちゃんのお話でした。でもどこで何を感じればよいか分からなかった。レディーファーストを強要するおばあちゃんは、どうも私の琴線を弾きません。小気味良いおばあちゃんが年を取っても若者に受け入れられ、人生の大先輩なんだぜ?ってところに面白さを感じればよかったのかな。それとも、普段は表に表さない過去を感じ取れってことなのかな。
 「海の庭」は一番とっつきやすかったかも。離婚した母と幼なじみの男性のぎこちない関係を娘の視点から見る話。「大人になってからの初恋っていやらしいだろ?」っていいですね。そこは私も同意。それにじたばたする娘が可愛くないところが可愛い。
 「春眠」。これは私は駄目でした。苦手。私は息子以外の視点では見れず、例え恋心を抱いていなかったとしても駄目。誤解を恐れずに言うなら「気持ち悪い」としか思えませんでした。せめて息子に対して罪悪感なり慎みなり持っていて欲しい。
 と振り返ると、「あれ?山田詠美って愚鈍な人をすごく愛情持って描いてない?」と思いました。おかしいなぁ。じゃあ私の感じる居心地の悪さは、どこから来るんだろう。作品の魅力がわからない自分自身のせいかしら。
 と考えてみたところ、私は私なりの「常識」や「健全」さを持っていて、この作者はたやすくそれを覆すところが苦手なのかもしれません。例えば「間食」。私は暴力を振るう人は嫌いで、それをさも当たり前に描かれると居心地が悪い。愛情故の行為みたいに描かれても気持ち悪い(作者がそれを肯定しているわけではないけれど)。「アトリエ」のように精神的に伴侶を縛る男性も理解できなければ、それを幸せとして受け止める女性も理解できない。「よくあることとは思いたくない。それを幸せとは思えない。」という私基準の秩序が、この人の本を苦手とする理由なのかな。
(2007/06/13)

  • 山田詠美さんの作品は最高ですね。 -- ヘレナ (2009-07-09 21:16:58)
  • ヘレナさんはお好きなんですね。私はこの人の描くお話よりも、作品から想像する作者自身を苦手と思ってしまうようです。 -- May (2009-07-14 01:44:15)
  • 晩年の子供、読んでみて下さい。良いですよ!それ読んでから、最新作を読むともっと楽しめると思います。 -- Cream (2009-08-16 23:15:10)
  • 「晩年の子供」ですね、最新作は「学問」でしょうか?機会があれば読んでみたいと思います。コメントありがとうございました。 -- May (2009-09-25 00:39:34)
名前:
コメント:


[カウンタ: - ]
最終更新:2009年09月25日 00:39
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。