瀬尾まいこ

幸福な食卓


 「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」
 はい、私はここで「お父さんはお母さんになるんだ」と想像してしまいました。自分がいかにひねくれているか実感します。インパクトのある出だしで始まるこのお話、「幸福な朝食」という題名で映画かドラマかスペシャルドラマになったらしいです。ミスチルの「くるみ」がバラードっぽくなって、主題歌になってた記憶があります。本の中では「幸福な朝食」というのは一話目。さらっと描かれているのにほんのり暖かい、とても読みやすい本でした。多分1時間くらいで読めたと思います。何度でも読み返せそうな感じ。
 佐和子という中学生女の子の視点からお話は綴られます。両親と兄というごく普通の家族構成の佐和子。ですが、家族はそれぞれ傷を抱えていました。このお話は、その傷を癒そう!という暑苦しいお話ではなく、傷を抱えて生きている日常を描いています。
 彼女達はとても仲が良い家族だけど、なんだか「普通」とは言い難い雰囲気を感じました。朝ごはんを皆で揃って食べる決まりごとや、お兄ちゃんと妹がとても仲が良くて、お兄ちゃんのことを「直ちゃん」と呼んでいたり、中学生の女の子が父親や兄と仲が良かったり。一つ一つは些細なことなのですが、それが降り積もると微妙な不自然さを感じてしまうのです。兄妹喧嘩の仲直りの仕方とか、思春期の女の子は父親にそんな風に接するかなぁとかが、理想的過ぎて。でもそれは私が勝手にそう受け取っただけ、自分の家庭がそうじゃないから、かもしれません。なんにせよ、私は危ういバランスで「家族の形」がぎりぎり成り立っている印象を受けました。
 案の定彼女達はそれぞれ鬱屈したものを内在しています。面白かったのは、それを抱えてどうこうしよう治そうとか思わずに、そのまま生きていること。その生活模様を描いていること。そっか、治すばかりが脳じゃないよねと思いました。
 出てくる人全員が優しい人で、切なくなりました。電車じゃなければ泣いていたかもしれません。もっとゆっくり読めばよかった。

 ここから先はネタバレです。
 それぞれ思い悩むことはあるんだろうけど、私には理想的な家族でした。家族のありようとは難しいものですね。父親が自殺未遂をしたり、母親が別居していたりしても、その心の通い合いは羨ましいものがあります。
 最後の大浦君の死は、「そう来るか!」と思いました。大浦君がとてもいい子だっただけに、そして脇役だっただけに衝撃。ぎらぎらした感じが一切無い恋人同士は微笑ましかったのですが、それでも佐和子は立ち直るんだろうなぁ。
 登場人物はそれぞれ味があって好きですが、ヨシコ!ヨシコがなんだか好き!最初「なんじゃこいつ」って思ったけど、佐和子を慰めようとするその不器用さが、「うまいこと言った」って感じないところが、とても良いと思います。
 実写化の話に戻るのですが、主題歌の「くるみ」が合致しているなぁと思いました。「ねぇくるみ 時間が何もかも洗い連れ去ってくれれば生きる事は実に容易い」とか「あれからは一度も涙は流してないよ でも 本気で笑う事も少ない」とか「引き返しちゃいけないよね 進もう君のいない道の上へ」とか。
(2007/05/14)

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最終更新:2009年06月07日 17:48
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