
読むのは五作目となる伊坂幸太郎。初めて読んだのは「陽気なギャングが~」で、「なんて面白いんだろう!」と感嘆した。だけど他の本を読み進むに従って、「なんか暗い…」と最初のような興奮は得られなかった。この人は本当はこういった少しダークなお話を描きたいのかな。
ダークと言ってもバイオレンス満載というわけではない。そもそも私は暴力描写がきっちりあるようなお話は苦手なので、そんなのは読まない。そういうのを敢えて避けている私が読む本の中で、ダークと感じるだけだ。今回は直接的な暴力描写はないのだけれど、それを連想させるようなお話だったので、読んでいて気分が盛り上がらなかった。ただ貸してくれた人は面白いと言っていたし、そういうのが平気な人は面白いと私も思う。
このお話は三人の登場人物が交互に語り手を努める、他視点の一人称小説である。一人目は「鈴木」という男性。妻を交通事故で殺した筋金入りの悪党に復讐する為そいつがいる「令嬢」と呼ばれる会社に潜り込む。悪党の親父がやっているその会社は詐欺を行う会社で、鈴木は意に染まぬ詐欺をしつつ悪党に接触するチャンスを待っているが、なかなか尻尾をつかませない。
二人目は「鯨」。自殺をさせるという特殊な殺し屋で、自分が殺した人間が幽霊として自分の周りに現れるという、特殊な性癖(?)を持つ。
三人目は「蝉」。うるさくしゃべりまくるからこの名前がついたらしい。こいつはナイフを使う真っ当な(?)も殺し屋。自分に仕事を斡旋する男がいなくなれば俺は自由になれるのに、と思っている。
ストーリーは鈴木から始まる。妻の敵を討ちたいがなかなか馬鹿息子には会えず、しかも「令嬢」は自分を怪しんでおり、必死にごまかす鈴木。そんな時、やっと馬鹿息子が自分の目の前に姿を現すが、その直後誰かに押されて車道に飛び出た馬鹿息子は走ってきた車に轢かれてしまう。「押した奴を捕まえろ」と尾行を命じられる鈴木だが、ひょんなことからそいつの家にお邪魔してしまうことになる。「令嬢」や「鯨」や「蝉」も自分の仕事(殺し)を遂行していくうちに、押し屋を巡って騒動を起こす。
そもそもが殺し屋や詐欺とアングラな仕事を生業としている奴らばかりなので、悪い奴が多い。人を傷つけることに良心の呵責を感じていないような奴らばかりだ。そのせいか今一つ物語に溶け込めなかった。私は明確な悪意が苦手だが、悪意無しに悪いことをする奴はもっと苦手だ。ストーリーだけを見れば面白いと思うけど、私はキャラに感情移入するタイプなのでついていけなかったのが残念。ただじめじめしたところがなく、からっとしているところはすごいと思う。
(2008/07/02)

語り口調は軽快ですが、割と重た目のお話でした。主人公は泉水という遺伝子関連の企業に勤めるサラリーマン。母親は既に亡くなっており、春という名の弟と、癌を患い入院している父の3人家族です。春は見た目麗しい青年で性的なものを異様に毛嫌いしますが、その理由は自らの出生から来ています。ある日泉水の会社が頻発していた放火事件に巻き込まれ、春は「放火される場所の近くにはグラフィティアート(壁とかへの落書き)がされているという規則性がある」と連絡をして来ました。春の言い分を面白く感じ、泉水や父までもがその事件に興味を持ちます。
「深刻なことほど軽く伝える(うろ覚え)」というのは、この作者のポリシーなのかなと思います。一見軽口をたたいているように見えますが、腹の探り合いの激しい登場人物達。この兄弟の会話は非現実的(少なくとも私の周りにこんなにシニカルで謎かけのような会話をする人はいない)ですが、読む分にはとても面白いです。
スピード感のある展開、最後の1ピースがかちっと嵌め込まれるようなラストと、とても良質のミステリだったのですが、私が乗り切れなかった原因は、全編に漂う春の屈折の理由。暴行の結果生まれた子供だということが、ずーんと圧し掛かってきて読むのに体力がいりました。苦手な、というか目にするのも嫌なテーマだったので、他がどう面白かろうとそこに想いを馳せると気分が萎えました。
とは言っても流石伊坂幸太郎。読む分にはさくさく読めました。父も泉水も春も、春の出生の事情を真ん中に、輪になって距離を取っていて、でも誰もそのことに触れない、危うい関係がよかったです。春のエキセントリックな言動は、狂気と正気の間にあるロープを歩いているようで、とてもハラハラしました。やはりこの作者の描くエキセントリック青年は、私の中ではハチクロの森田さんを連想します。
ここから先はネタバレです。
ストーカーの夏子さんに対する泉水と父の反応も、面白いと思いました。普通ストーカーが寄ってきたらピリピリするだろうに、普通。世間話なんかしちゃう。この作者の描くお話には泥臭いことがないなぁという印象です。
結末の、春が生物学上の親を手にかけ、出頭もしない結末は賛否両論あるだろうなぁと思います。私も釈然としないものを感じましたが、「あんなやつ殺されて当然なんだ」と読者が何の迷いも泣く思ってしまうように仕向けるのは簡単だと思うのです。そう思わせなかったところが、逆に好きだなぁなんて思ってしまいます。
「赤の他人が父親面するんじゃねえよ」とか、萩の月持って放火されたビル管理人のおっちゃんに謝りに行くところなんて、伏線が美しく張られすぎていて感服です。
春の心情があまり語られないところで、より一層春の闇を感じました。
(2007/06/09)

相変わらず変わった題名の小説。お話は「二年前」と「現在」、二つのエピソードが絡み合うように進みます。登場人物が重複しているのに、時間が離れていることに途中まで気づかなかった私。ちゃんと隅々まで目を通さないといけませんね。考えながら読めっちゅー話です。おかしいと思ったんですよ、うん…(遅いわ)。
で、感想なんですけども。う~ん。面白かったです。終盤の展開にもびっくりさせられました。パズルがはまったような。ただ私の苦手なノリだったのです。お話は「二年前」と「現在」が交互に綴られます。「二年前」の語り手はペットショップでバイトしている琴美という大学生。ドルジという留学生が恋人で、近所で発生しているペット殺し事件に巻き込まれます。「現在」は椎名という大学の新入生。入学のためアパートに引っ越してきたら、河崎という奇妙な男に気に入られ(?)、「広辞苑を盗みに行く」という意味不明の言動に振り回されます。ただ「二年前」の最後に一体何があったのか、そこはぼかされたまま、一見無関係のように見える二つのお話は続きます。
何が苦手な展開かと言うと、二年前の最後に何か事件があったというのが明らかに分かっててそれが駄目。「予想される悲劇」に向かうのは、私の嫌ポイントなのです。うまいなぁと思うし、面白いなぁと思うけど、どうしても気分が重くなるのです。だって「現在」の様子を見る限り、「二年前」にとても嫌なことがあったのは間違いなさそうなんですもん。「二年前」だけのお話なら、まだハッピーエンドになる可能性は残されてる!と思いながら読めそうですが、「現在」がそれを邪魔するんですよ。だから苦手。これは完全な私の好みの問題で、小説としてはとても面白かったと思います。多分ほとんどの人が、そういうのが嫌いではないでしょうし。
長くなりますが、私は「予想される悲劇」が嫌いなばかりに、それを避けようとしない登場人物に八つ当たりをしてしまうのです。例えば何か事件を目撃してしまった主人公が「あれはきっと勘違いだよ」とか言って自分をごまかしたりするじゃないですか。それが元でトラブルに巻き込まれることなんて読者からしたら分かりきっているのに。私はそのハラハラが嫌すぎて、主人公にイライラするんです。そんなわけないやろ、さっさと警察にでも助けを求めろよ、と。今回の琴美もそう思いました。トラブルに巻き込まれそうな予感がするのに、それを認めようとしない。誰にも話さない。対策も練らない。あほかー!って叫びたくなるのです。避けられるように万全の準備を整える主人公なら好きなんですが、そうじゃないのが嫌い。なので、琴美には全然感情移入できませんでした。いい奴なんですけど、って私が偉そうか。でも他の登場人物は血が通ってる感じがしましたが、琴美は今ひとつ分かりませんでした。
「二年前」の河崎が、ハチクロの森田さんに見えてしょうがなかったです。エキセントリックで女好き(そこはちょっと違うけど)で口が達者。それか「陽気なギャングが地球を回す」の饗野。ドルジはハチクロ竹本君かな。あーでも椎名も竹本君ぽいな。
ここから先はネタバレです。
「予想される悲劇」は思っていたよりも凄惨ではなくてほっとしました。いや死んじゃってるんだからほっとしちゃ駄目なんでしょうけど。「現在」の河崎=「二年前」のドルジってのは、全然予想できませんでした。同じような台詞を言っていたり、見た目に関する描写が少なかったり、今思えばヒントはあったのでしょうけれども。推理合戦をするために読んでいるわけじゃないけど、もう少し気合を入れて読まないといけませんね。そういうヒントのようなもの、という点では非常に優れた作品だったのではないかな。オチが明らかになった時に「そういえば」と思えるエピソードが多かった。でもこれ映画化すんの難しそうですよね。活字だから同一人物ってわかんないけど、映像化したらばればれなんやもん。
なんだかドルジが切なくて、でもそういう泣かせ描写は少なくて、余韻のある終わり方でした。「アヒル」と「鴨」と「コインロッカー」はちょっとつけたしみたいに感じてしまった。もしかしたら重要なファクターかもしれないけど、読み返す気力がないー。でもでも多分読み返したらきっと面白いと思う。
(2007/03/27)
「陽気なギャングが地球を回す」の続編です。相変わらずテンポよく、さくさく読み進められました。前半は四人がそれぞれ別で関わった事件が描かれています。短編集かと思いきや、後半はその別のエピソードが一つに収束していくお話です。短編の読みやすさと、やっぱり全員が揃ってないと寂しいのでまとまって動く楽しみとが、両方楽しめました。
結局全員でカジノに出向くのですが、少し釈然としない終わり方というか、説明され尽くしていない不満はちょっと残りました。多分通勤時間にとぎれとぎれに読んでいたせいだとは思いますが(記憶力がないので)。前半は「日常に潜む謎」みたいな感じで面白かったです。
四人ともすごく魅力的なんですけど、やっぱり響野が好きです。久遠が「祥子(響野の奥様)さんに言いつけますよ(要約)」「やめてください」ってやり取りが可愛くて。どういうノリの「やめてください」なんだろう。響野みたいな性格で「うちの愚妻が~」って感じなら、まぁそんなもんかなって思うんですが、「祥子さんには惚れてます」ていう感じが面白いんです。
なんだかんだで愛着が湧いてきたので、続編出たら読みたいな~。
(2006/11/24)

面白かったです。感動するとか、後に残るとかそんなんはなくて、テンポの良い軽快な作品でした。ちびちび読むつもりだったのですが、一気に読んでしまいましたね。金曜日でよかった。
これは映画化されたらしく、それで題名を覚えていたのだと思います。面白そうな設定やな~と思ってたので、「貸してあげる」という言葉に飛びついてしまいました。結局映画は見ていないんですけれども。
登場人物は、成瀬(冷静沈着、計画を考える人)、響野(口が達者な人)、雪子(時間が正確にわかる人)、久遠(掏摸が得意)が主な四人。この四人が銀行強盗を行います。他には響野の奥さんや雪子の息子が出てきます。四人は美学を持った銀行強盗仲間なのですが、この強盗シーンが面白くて好きです。響野が客達に演説をしている間に、成瀬と久遠がお金を集め、待機していた雪子の車で逃げます。ここまでもすごくテンポがいいですね。ここまではいつも通りの「銀行強盗」なのですが、ここからアクシデントが発生。さて、というお話です。
何がいいって、割と短いお話だと思うのですが、キャラの性格がはっきりしていて登場人物に愛着が湧きます。皆が皆変わった性格で、会話を読むのがとても楽しいです。銀行強盗なのになぜだか憎めません。またエピソードに無駄が無く、伏線もばっちり。起承転結の結が非常に心地よいです。綺麗に終わります。なにせ気持ちよく読めるお話でした。
また、確かに映画向きというか実写化に向いたお話だなぁと思いました。響野の演説なんてすごく聞いてみたいですね。登場人物のキャラが立っているお話が大好きなので、これは本当に面白かったです。
(2006/11/13)
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最終更新:2009年06月07日 17:45